第二十七話
「『斬撃』」
再び、チェンソーを構えたダムドは接近戦を仕掛ける。
対する炎城はその場を動かず、ダムドの動きをこと細やかに注視する。
「ふっ」
気合いと共に振るわれるは、甲高くいななくチェンソー。
炎城は振り下ろされた凶器を紙一重で避け、
「!」
ようとしたところで、咄嗟に後ろに飛び退いた。
炎城が感じたのは、猛烈な死の気配。このままでは死ぬという直感。
飛び退いた炎城の頬から、たらりと鮮血が垂れた。パックリと、炎城の右頬には切り傷が付けられていたのだ。口の中で血味がする。どうやら切り傷は頬を貫通していたようだ。
とびのいて、確実に避けたのにも関わらず、この深さの傷。
あのまま紙一重で避けていれば間違いなく炎城の上顎から上は斬り飛ばされていた。
チッ
その舌打ちは、どちらの物だったか。
ここにきて初めてダメージを受けた炎城か、それとも絶好のチャンスで炎城を殺し損ねたダムドのものか。
両者に苛つきと緊張が走った。
「なるほど『斬撃』、斬撃を飛ばす魔法。でしたっけ?」
その緊張を崩すように、離れた場所からパラメデスがに炎城に情報を流す。
魔法番号7番 斬撃
斬撃を放つ魔法。
最大規模や発動条件、性質は使用者の性格や適合率によって変化する。
「チッ」
今度の舌打ちは、明確にダムドから放たれた物だった。
自身の魔法を、パラメデスに解されたことによる苛立ち。
これで『斬撃』の魔法は正体不明の攻撃ではなくなった。
「なるほど、斬撃か……確かにこいつはチェンソーの傷じゃねえな、医療用メスが如き、極限まで研がれた刃物のそれだ」
頬の傷を指でなぞる様にして確認した炎城は、その傷の、ブレのない細さから、『斬撃』の威力を認識していた。
「だが、疑問はあるな。斬撃を飛ばす魔法というならば、なぜ今そうしなかった? 頬に当たる瞬間に刃を射出すれば、間違いなく殺せていただろうに」
その疑問に、ダムドはギリリと奥歯を噛んだ。代わりにパラメデスが再度答える。
「多分、したくても出来ないんですよ。『斬撃』の魔法は、特別製ですから。」
魔法番号
カードの表面に刻まれた1〜99の番号に、基本的に意味はない。
10の倍数の魔法は特別強力とも言われているが、それも実際に比べられた訳でなく、あくまで噂、もしかしたら偶々という可能性もある。
だが、例外として明確に数字に意味を持つ魔法が存在する。
それが、『最初の十枚』
1〜10の番号を持つ魔法
1番『加速』
2番『盾』
3番『衣装』
4番『雷』
5番『竜』
6番『風』
7番『斬撃』
8番『音楽』
9番『蝶』
10番『時』
これらの魔法は、使用者によって効果や規模が変化する。
例えば『斬撃』の魔法であれば、先代の使い手であれば自身の周囲から複数の光の斬撃を、予備動作なしで飛ばすことができた。
それに対して、ダムドが使える斬撃は無色透明な物が常に一つ。それも、チェンソーといった『斬れるイメージがある物』に付与する形でしか使用することができない。
もし適性が高い物が使えば、山でも両断でき、逆に低い物が使えば発動すらしない。
更にこれらの特徴は使用者の成長や変化、熟練度などによっても変わる。
明らかに特別製。だがそれは決して『強力』であるとは限らない。
使用者によっては弱くなる
特別製の、欠点
「なるほどな」
それを聞いてなお、炎城に油断はない。
見えない斬撃により攻撃射程が伸びただけでも充分に厄介。
どれだけ攻撃範囲が拡張されているか分からない以上、今まで以上に直感による回避に頼ることになる。
炎城の精神的な負担は間違いなく増えるだろう。
「面倒だな」
先ほどの一合から見るに刃渡はチェンソーの1.5倍、幅は二倍ほどの『斬撃』がチェンソーに引っ付いてる。
つまりそれを想定して動かなければならず、かつその長さが変化しない保証は無いため、常に直感を働かせなければならない。
これなら斬撃を飛ばしてきた方が楽かもしれない、とする思った。
基本的に炎城の超人的能力は、飛び道具との相性が非常に良い。
敵がどこから狙って、どこに向けて、どのタイミングで攻撃を放つのか、手に取るように分かる。ならば、少し移動するだけで躱せる。
こうやって大きく移動しなければならない相手の方が、炎城にはやり辛かった。
そして何よりやり辛いのは、その防御力である。
斬撃を纏うチェンソーの間合いが伸びているということは、その間合いに近づくことすら危険。
更にその増したチェンソーの横幅を盾にすることすら可能。
だが、そこまで高性能な魔法を出し惜しんだのにも訳はある。
「ハァ、ハァ、……ハァ」
ダムドの息切れが、先ほどよりも酷くなっていた。
魔法の使用に、魔力といった特別なエネルギーは消費しない。代わりに、多少の体力を消費する。
それも本来使い切りの斬撃を常時展開しているため、
ただでさえ減っていた体力を削ってしまうのだ。
つまりダムドは、短期決戦を強要しようとしている。
「いいだろう、そろそろこちらも戦い方を変える時だ」
炎城は、左手の銃をホルスターにしまった。
代わりにがっちりと、両手で銃を構える。
基本的な、銃を扱う構え。
そのまま、両手が塞がったまま、炎城は、ダムドに突進した。
先程までとは立場が逆転する。責める炎城に対して、ダムドは斬撃を持って迎え撃つ。
「ふむ、重さは変わらないか」
否、炎城の突進は攻撃の為ではなかった。地面に足を突き刺すようにして、急ブレーキをかけ、ギリギリで見えないはずの斬撃をかわしたのだ。
その際、炎城が注視したのはダムドがチェンソーを振る速度。
その速度は、『斬撃』の魔法を発動する前と全く同じであった。
つまり、纏う斬撃による重量の変化はないということ。
「!」
一方、ダムドは動けない。
振り下ろしたチェンソーの斬撃は、深々とビル屋上の地面に突き刺さっていたからである。
それを確認した上で、炎城は今度こそ、ダムドの間合いに踏み込んだ。
両手で構えた銃の照準が、ダムドの脳点に重なる。
直後、炎城は再び自身に迫る死の気配を感じ取った。
「なめ、るなぁ!」
ダムドが雄叫びと共に、地面を斬り裂いた。
チェンソーを持ち上げるのではなく、むしろ自身の身体を回転させ、その刃の周回軌道上にある地面を斬りながら、再びチェンソーを持ち上げて見せた。
炎城は咄嗟に後ろに下がるも僅かに遅い。踏み込みすぎた。そこはもう、ダムドの間合いである。
「『斬撃』!」
故に炎城は同時に、照準を逸らし、弾丸を射していた。
狙うのはチェンソー。
正確な狙撃が、振り下ろされるチェンソーの側面を滑るように弾いた。
斬撃は外れ、炎城の回避は間に合う。
「重さが変わらないということは、その斬撃自体もまた、軽い、ですか」
パラメデスが、興味深そうに呟いた。
「やはり、飛ばせない『斬撃』の魔法に本来ほどの力はないようですね」
パラメデスは、観察する。
戦闘のカタチが変わった今なら、二人の間に割って入ることはできる。
だが、まだダムドはこちらを警戒している。正確には、魔法少女『クラウン』という商品兼人質を持ち出されるのを恐れている。
パラメデスがそれをしない理由は、第一にこちらもまた商品であり、そうでなくても大切な彼女を傷つけられないから。
そしてやはり、最初の空間から唐突に現れた魔法を警戒する必要がある為だ。
だから、これでいい。
ダムドの集中力を、注目を、こちらに引き付けておくだけで十分である。と、パラメデスは考える。
だが、そんなパラメデスの考えとは裏腹に、この先の展開は、混沌としたものとなる。
「う…… う〜ん…… あさぁ? ……おかーさん、今日学校休んでいい〜?」
その前兆として、寝ぼけながらも、商品である魔法少女『クラウン』、そして人質である『安藤苗』は、目を覚ました。
豆設定
基本的に『最初の十枚』以外で魔法の仕様が変化することはないが、例外はある。
それは主にデザイン面。例えば『熱線』の魔法の色は、コスチュームと同じ色なのか、光由来の白なのか、高音由来のオレンジなのか、そう言った情報は魔法少女の深層心理から汲み上げるため、継承者によってデザインが変わる。




