第十三話
魔法少女ゴロテスと銀騎士。
二人のの間には、明確な実力差が存在する。
そして大抵の場合、実力差のある相手には勝てない。
番狂せは非常に稀だからこそ、番狂せたり得るのだ。
ゴロテスが、思いっきり鎖を上に引き上げる。
たったそれだけの行動で、銀騎士は宙に投げ出された。
「!」
「遅い」
咄嗟に『飛行』でのホバリングを試みるも、今度は逆に地面へと叩きつけられる。
「うん、悪くないね、この鎖。私のリーチの短さを鎖がカバーしてくれる。何より、私の力で使っても壊れないというのは魅力的だ」
自身の右手から、生える様に付いた鎖を眺めて、ゴロテスはそう呟いた。
ピクリと、鎖がわずかに揺れる。
「本当、便利だね」
銀騎士はゆっくりと立ち上がっていた。
側から見れば余裕で死ねる衝撃だったが、銀騎士が重篤なダメージを受けた様には見えない。
「頑丈だね」
ゴロテスの声は、あくまで冷静。
ただ、その表情には僅かながら歓喜が滲んでいた。
「『アーマーバッシュ』」
銀騎士が一瞬で距離を詰める。その攻撃は言うなれば、ただの体当たりである。ただし、全身甲冑の巨体によるその一撃は、その速度も相まって強力な破壊力を生む。
「上等だね」
受け止めることもできる、受け流すこともできる。
ただ、今のゴロテスはそれをしない。ただ、正面から迎え撃つ。だってストレス発散とはそういうものだから。
銀の鎧と生身の拳が、轟音を響かせて激突する。
弾かれたのは、拳の方。
僅かだが、ゴロテスの足がズリズリと地面を後退した。
「は、面白い。コッチも僕の本気に耐えるか」
ゴロテスの口から笑みが、自然と溢れる。
銀騎士に走る、一瞬の戦慄。
今、僅かながらゴロテスは体勢を崩している。有効打を与えられるタイミングを逃すわけにはいかない。
例えそれが、わざと作られた隙だとしても。
ゴロテスの目を見れば分かる。こちらを挑発する様な、かかってこいと言わんばかりの目を見れば。試されているのは嫌でも分かる。
なら、それに甘えるだけ。
銀騎士は、自身の持つ切り札の一つをここで切る。
『アームブースト・イグニッション』
銀騎士の鎧の上腕部の隙間から、炎が噴出する。
噴出する炎は、ロケットの様な推進力を生み出し、銀騎士の拳を加速。そしてその速度は、破壊力へと変換される。
『禍鎧』
それに対してゴロテスは、防御を諦めて全身の筋肉を引き絞り、防御力を上げる。この技による防御力の強化は実のところ軽微であるが、問題はない。
この技の1番の利点は、防御力の強化よりも、衝撃の受け流しにある。
身体をめぐる衝撃が、どこも壊さない様に筋肉で骨を固める。
空中の小枝を殴っても、吹っ飛びこそすれ、折れはしない。同じ様に、全身の筋肉と骨を束ねて固めれば、車に撥ねられようと折れ曲がらない。
だが、状況が悪い。
鎖によって一定以上吹っ飛べず、ゴロテスの体は反動で再び銀騎士の前へと戻ってくる。
『ヒールブースト・イグニッション』
銀騎士の踵から炎が噴出する。銀騎士はなんとなくではあるが、拳の感触から『禍鎧』の術理を把握している。
要は、敢えて完全に吹っ飛場されることで、体へのダメージを減らす受け身の類。つまり、吹っ飛べないようにしてしまえばいい。
ゴロテスの体を上から下に、踏み付けにする。衝撃が、何処にも逃げない様に地面と足で挟み込む。
ゴロテスは、笑っていた
バキバキと、銀騎士の足から骨がいくつか折れる音がした。あばらか、腕か、もしかしたら背骨。同時にぐちゃりと、水分の多い泥の袋を踏む様な不快感も伝わってくる。
「………」
「………」
両者、沈黙
ゆっくりと、銀騎士は足を持ち上げる。
その足を、がしりと掴まれる
「何処に行くんだい?」
馬鹿な、と銀騎士は戦慄する。
致命傷でなくとも、絶対に動けないダメージの筈だ。
なのにゴロテスは万力の様な力で鎧を掴み、完全に固定している。
「ふぅ。いや、流石に遊びすぎたね。思ったよりも強くてびっくりしたよ」
ゴロテスはなんでもない様に立ち上がる。
銀騎士の脚を持ったまま。
「!?」
当然、銀騎士の体は半回転し、首と背中を地面に打ち付けることになった。
咄嗟に振り解き、距離を取る銀騎士を、ゴロテスは敢えて見逃す。
「いや、それにしてもやっぱりこの鎖は面白いね。普段と勝手が一気に変わる。ゲームとかでいう『ギミック』ってやつかな」
「……痛覚ガ、無イノカ?」
「いや、めっちゃ痛いよ。だからさ、悪いけどもう終わりにしようか」
死に体でありながらも、髪をかき上げるゴロテスはとてもそうは見えない。
笑みを浮かべる彼女に対して『優勢』と考えられない。
ゴロテスには、そんなカリスマめいた雰囲気がある。
そして、それに見合うだけの実力も。
「よし、じゃあさっきのヤツ、真似さしてもらおうか」
「……マ」
ネ、と言い切る前にゴロテスは銀騎士の懐に入り込んでいた。見えていた筈なのに、ゆっくりと動いていたはずなのに、銀騎士は反応できなかった。それは、『同盟』の2人に見せた、特殊な歩法と同一の技。初見殺しの類である。
「まず一発」
撃ち込まれた打撃は、超重。大砲の様な衝撃が、再び銀騎士を宙に打ち上げる。当然、鎖の長さ以上にゴロテスと銀騎士が離れることはない。ゴロテスの体が、宙に持っていかれそうになる。
「ん? 重さが足りないか……なら」
ゴロテスの足が地面に突き刺さる。
体重の関係で持っていかれかけた身体を固定する。
ゴロテスは更に鎖を引き寄せ、銀騎士を自身の間合いに引き摺り込む。
「踏み付けはできないな、殴るか」
再び、ゴロテスの拳が銀騎士の身体を正面から貫き、吹き飛ばした。
まずい、と銀騎士は自分の状況を理解する。これでは無限ループだ。殴られて、飛ばされて、鎖で引き寄せられ、また殴られる。これではサンドバッグだ。幸い、対処法は単純である。単調な攻撃には、カウンターで対応する。
『フルブースト・イグニッション』
ゴロテスの全身、あらゆる関節、鎧の隙間から炎が噴出する。
ゴロテスには、何が通じるか、何が通じないかわからない。ならば、一度通じた攻撃をもう一度使えばいい。
『ブースト・アーマーバッシュ』
先程はゴロテスの拳に正面から撃ち勝った、突進技。更に炎の噴出と、ゴロテスが引き寄せる勢いも加わって、超重超速の攻撃となる。
再び、ゴロテスの拳と銀騎士の突進が衝突する。
弾かれたのは、銀騎士の方だった。
「⁉︎」
「心外だね。私に同じ技が通ると思われてたなんて」
ありえない。確かに同じ技と言えばそうだが、先程より威力は増している。その上ゴロテスは腹を踏まれ、骨を折られ、内臓が少し潰れて、そんな状態で、更に足も固定しているので踏み込みの力を攻撃に乗せることもできない。なのに、押し負けた。その事実が、銀騎士に衝撃を与え、更にその直後、物理的な衝撃も与えられた。
当然だ、今銀騎士は、殴って吹っ飛ばされたのだから。
当然、無限ループに変化はない。否、明らかに先ほどより殴る力も、引き寄せる力も強く、ループはより速くなっている。
「その鎧、確かに僕の拳じゃ砕けないみたいだね。でもさ、中身はそうはいかないんじゃない?」
鎧は主に、遠距離からの弓矢や、斬撃を打撃に変換し、殺傷力を落とす目的で付けるものだ。
防弾チョキが弾丸を止めても衝撃が心臓を止めてしまう様に、鎧じゃ打撃を防ぎきれない。
銀騎士は苦し紛れにゴロテスの攻撃にカウンターを合わせようとするも、逆に全てタイミングを合わせられ、正面から弾き飛ばされてまう。
「ナゼ?」
そんな疑問符が、銀騎士の頭を駆け巡る。何故、明確に強くなっていくのか、まるで分からなかった。
実際のところ、その答えはシンプルなものだ。
ゴロテスはスロースターターである。『本気を出そう』と考えてから、実際に本来のチカラを発揮するまでに時間が掛かる。それは、長い間手加減を繰り返してきた弊害であった。ゴロテスが本気を出そうと考えて発揮できる出力は、良くて本来の七、八割ほど。時間経過とともに、少しずつその出力は上昇する。だが、ここまで急激に上がるのは訳があった。
ゴロテスの本気が完全に出るまでのインターバルは、状況によって変化し、短くなる条件もいくつかある。
例えば、痛み。痛みを和らげるために生み出される脳内麻薬が、ゴロテスのリミッターを解除する。
ようは、ハイになればいいのだ。
無意識の問題は、無意識のうちに解決してしまう。それも、ゴロテスの『最強』たる所以。世界や理屈が彼女の前では膝を折る。
「アハ、ハハハ!」
「……」
ゴロテスの攻撃は、嵐のように銀騎士を穿つ。
銀騎士はその間何度も抵抗を見せたが、やがて完全に沈黙してしまった。
同時にゴロテスの無限ループも止む。
「うん、結構いいウォーミングアップにもなったね」
銀騎士はもう動かない。地面で倒れ伏すのみであった。
魔法少女ゴロテスと銀騎士
二人のの間には、明確な実力差が存在する。
そして大抵の場合、実力差のある相手には勝てない。
ましてや、戦闘中にその実力差が、開いていくともなれば、番狂せは絶望的であった。
豆設定
『鎖』の魔法により出現した鎖は基本的に破壊不能。外したければくっついている服を脱ぐか(変身解除、肉を抉るでもOK)時間経過を待つか、魔法をかけた魔法少女に頼むしかない。