「面白れー女」→ヒロイン辛酸フラグを叩き折らせて頂きます!
「面白れー女。気に入った。お前と付き合ってやるよ。ほら、行くぞ」
にやっと笑う、端正ながらもワイルドさを感じさせる俺様系の笑顔。
その場面を見たとき――――少女マンガや恋愛系のドラマの、恋が始まる定番のセリフっ!! と、思った。瞬間、わたしの頭の中を様々な記憶が駆け巡った。
「ぅぐっ……」
思わず頭を押さえる。
「お姉様、どうしました? やっぱり、どこかぶつけたの?」
心配そうな妹の声に、
「そんな地味女より、俺のことを見ろよ」
被せられる不満げな低い声。
廊下を歩いていると、所謂スクールカースト上位のグループが余所見をしながら歩いていて、わたしにぶつかった。それを、気の強い妹が咎め・・・
「謝ってください!」
と、相手を非難して――――からの、『面白れー女』というテンプレな状況。
相手は、王家に次ぐ権力を誇る公爵家の令息。とは言え、嫡男ではなくて放蕩者の三男。親にあまり構われず、優秀な長男二男と比べられ、されど間違った甘やかしを受けて育ち、遊び人に。
そして、なにか面白いことはないか? と、よくないことに手を出す……不良貴族一歩手前の輩。
実家が下手に権力を持っているから、下っ端貴族が忖度して割と半グレに近いことをするようになる。そんな中、『面白れー女』に出逢って本当の愛を知り――――という感じの、王道なんだかよくわからない中途半端な西洋風貴族物語が始まる。
そして、相手の野郎がクズ手前の、けれど権力者の息子ということで、子爵令嬢なヒロインは下手な貴族令嬢やらどこぞの有閑マダム的なおば様、クズの親などに絡まれ、疎まれ、辛酸を舐めさせられる。
その辛酸を舐めている健気なヒロインに、クズ手前ヒーローはどんどん惹かれて行き、今までの態度を改めて更生し、愛を育んで行く。
途中、ヒロインのことを好きだと言って猛烈にアタックして来る当て馬君が出て来て、その当て馬君に嫉妬して暴走し、ヒロインを傷付けるヒーロー。ヒロインの心は揺れ、当て馬君へと気持ちが傾き、三角関係に。
けれど、ヒロインはヒーローを選んで、最終的にはヒーローの家族に「息子を一途に愛し、更生させてくれてありがとう」と認められ、ハッピーエンド――――
というストーリーの、そこそこ人気な少女マンガがあったのだ。
あれだ。当て馬君は、余所の国のハイスペック男子。クズよりも断然一途で、ヒロインのことを幸せにしてくれそうな、すっごくいい男だった。
なのに、ヒロインはなぜか元クズヒーローを選びやがったっ!?
『あなたが幸せになるなら』と、身を引いた当て馬君の男気に、なんでこの子選ばなかったヒロインっ!? 明らかにヒーローより当て馬君のが君を幸せにしてくれるよっ!? という意見が殺到したという。
そんなことが一気に頭を駆け巡り――――
わたしは、ハッ! とした。
この迷惑坊ちゃんが『面白れー女』と妹に興味を持って付きまとったら、わたしの可愛い妹が様々な辛酸苦渋を舐めさせられるっ!?
わたしのこの可愛い妹が……幾ら後で妹に更生させられるとは言え、現在クズなこの男に付きまとわれ、このクソ野郎を慕う見る目の無い貴族令嬢やら有閑マダム、このクソ野郎の親族共に絡まれ、誹謗中傷され、我が弱小子爵家がピンチに陥れられた挙げ句、泣かされる?
そんなの、誰が認めるかっ!!
しかも、このクズ野郎のやらかしで公爵家の権威は失墜。それでも態度の変わらないヒロインに、公爵家の人々もやがては心を打たれて――――改心したところで遅ぇんだよっ!?
手前ぇらのやったえげつない、我が家への追い込み、喩えヒロインが許しても、手前ぇらを許してねぇ読者のが圧倒的に多かったんだかんなっ!?
斯く言うわたしも、許さん派だっ!?
まあ、現時点では『まだ起きていないこと』ではあるけどね!
でもお姉ちゃん、可愛い妹を泣かすようなクソ野郎には妹はやらん! 関わらせて堪るかっ!!
というワケで、『面白れー女』→ヒロイン辛酸フラグを叩き折らせて頂きます!
「………………」
「お姉様? やっぱりどこか痛い? 保健室に行く?」
「はあ? 保健室くらい一人で行けんだろ。そんなことより、お前は俺に付き合えって」
と、妹の腕を掴もうとした汚い手をバシッ! と強く払う。
「ってぇな! なにをする!」
「ああ゛? ……コホン。許可無く、婚約者でもない殿方が女性に触れるものではありません。公爵家では、そのようなマナーも教えないのですか?」
危うく、ガン付けを食らわせるところだった。わたしはしがない、子爵令嬢。一応、お嬢様の端くれに属している。ここは一つ、穏便に蔑みの視線と口撃だけにしてやろう。
「え? お姉、様?」
「なんだお前、ブスのクセに・・・ああ、あれか? 俺が妹に構うのに嫉妬してんのか? もっとマシな外見になって出直して来いよ」
にやりと自信満々な笑みを鼻で笑い飛ばす。
「ハッ、なにを言っているのか全くわかりませんわ。自分の機嫌も自分で取れないようなお子ちゃまを、わたくし共が相手にするとでも? わたくし、そこまで心が広くないのです」
あと、わたしは可愛い妹よりも地味顔ではあるが、不細工という程の顔ではない。
「あ? 手前ぇ、なにを」
「あら、嫌だわ。早速お子ちゃまが不機嫌になりましたわ。残念なことに、オモチャのガラガラやおしゃぶりの持ち合わせがございませんの。それとも、情緒不安定なお子ちゃまが欲しいのは、お気に入りの毛布の方でしたかしら?」
お気に入りの物を持っていないと情緒が安定しないという症状を、ブランケット症候群というらしい。某愛され系お茶目わんこのマンガに出て来る、お気に入りの毛布が手放せない男の子からの命名だそうだ。
「えっと、お姉様? どうしちゃったの?」
わたしの辛辣な言葉に、目を白黒させる妹。うむ、慌てる顔も可愛いゾっ☆
「てめっ、言わせておけばっ……誰に向かって口を利いてんだっ!?」
「あら、だって、自分の不機嫌を周りに当たり散らして、周囲の人へ自分の機嫌を取ってもらわないと癇癪を起こすって、まるでお世話されている赤ちゃんではありませんか? その分だと、お付きの方やご家族の方も相当苦労なさっているんじゃないでしょうか? こんな、図体の大きな赤ちゃんの面倒を見ないといけないだなんて、幾らお役目や派閥関係で側に侍らざるを得ない方々でもお可哀想に……」
クスクス笑うと、真っ赤になって憤慨するクズ野郎。お、上げたその腕をわたしへ振るうか?
「ああ、ほら? そうやってすぐに暴力に訴えようとなさる。それこそ、お子ちゃまな証拠ですわねぇ。僕ちゃん? お腹が空いていらっしゃるのでしたら、ミルクでも如何かしら?」
プッ、と彼の取り巻きの方から吹き出すような音がした。
「っ!?!?!? だ、誰だ今笑った奴はっ!?」
「まあ! 犯人探しだなんてやめてあげてくださいな。公爵家の、爵位を継ぐ可能性も低い放蕩三男に取り入って来いとおうちの方に言われて渋々付き従っているだけで、学園卒業後には放蕩息子とつるんでいたということでいい縁談にも恵まれないで落ちぶれて行くという、転落まっしぐらな人生を歩む可哀想な方……かもしれないですもの」
現時点での将来を考えると、かなりの泥船なのだよ。この、周囲を巻き込むお子ちゃまクソ野郎は。
「はあっ!?」
真っ赤になる彼とは対照的に、わたしの言葉に顔色を無くして行く取り巻きの一部。そして、
「す、すみません、急用を思い出したので失礼します!」
と、数名がダッシュで立ち去った。
おうちの人へ報告しに行くんだろうなぁ……まだ傷は浅いからどうにかなるかもねー。
さっさと見限るが吉だ。
「へ?」
呆気に取られる彼と、残った取り巻きの女の子二人。そして、侍従と思しき男子一人。
「あなた方、愛人になったところで大して甘い汁は吸えませんことよ? どうせ、この若さとそのお顔が何十年も続くワケでもなし。ご自分を大事になさった方がいいですわ」
「え? あ、あの……」
そこで丁度、お昼休み終了の鐘が鳴った。
「では、授業が始まるのでごめんあそばせ。さあ、行きますよ」
と、ぽかんとする妹の口を閉じさせ、涙目の僕ちゃんを放置して教室へ向かうことにした。
「お、お姉様っ!? ど、どうしちゃったのっ!?」
「そうね……可愛い妹に害虫が集りそうだったから、ちょっと頭に血が上っちゃったっ☆」
「が、害虫とまでっ!?」
後ろからなんか驚愕という声がしたような気がしたが、気にしない。
「だ、大丈夫なのっ!?」
「大丈夫大丈夫。ここは学園。わたし達は生徒。女子生徒に絡んで来た男子生徒をちょ~っとキツめにやり込めただけよ」
ふっ・・・多分。大丈夫な筈!
なんだったら、成績優秀者に与えられるチャンスとして他国への留学という緊急避難措置を使うことも視野に入れようではないか。
わたしはヒロインの聡明な姉で、成績優秀。学年五位以内に与えられる留学チャンスもものにできるくらいの頭はある!
いざとなったら・・・家族連れて亡命だって視野に入れてやらぁ!
と、若干びくびくしながら過ごしていたら――――
とうとう公爵家から名指しで呼び出しを食らった。頭と、ちょっと胃が痛いぜ。
やべぇ! どうやってバックレようか・・・と、逃げる隙を窺ってみるものの、公爵家め迎えを寄越しやがったよ。護衛とかマジ要らんのに。
仕方なく、ドナドナな気分で迎えの馬車に揺られて公爵家へ。
すると、なぜか公爵夫妻に感謝された。
息子の目を覚まさせてくれてありがとう、と。
んで、心尽くしのおもてなしを受け、なぜか件の放蕩息子との縁談を勧められてしまった。
そんな不良物件要らんわっ!! と、直で言えるワケもなし。丁重にお断りしましたよ。うちは、わたしが嫡女だから嫁入りはできん、と角が立たないように言ってな。
至極残念そうな顔をされたが、断ることに成功。
しかし、放蕩息子と仲良くしてくれと頼まれてしまった。
仕方なく、社交辞令で頷いた。
すると――――
「姐御! 俺、姐御にガツンと言われて目が覚めたんです、ありがとうございましたっ!!」
なぜか慕われ? てしまった。
しかも、実は同い年だった! というのに姐御呼ばわり・・・
解せぬ。
まあ、更生したようでなにより。
そして、原作? よりも更生する時期が早かった為、本格的な悪いこともまだしていなかったようだ。公爵家も没落を免れるかもね。
それはいいんだけど・・・
「お、俺が姐御に相応しくないのはわかってます! で、でも、どうしても姐御を諦め切れなくてっ! だから、どうか婿として俺を貰ってくださいっ!?」
どうしてこうなった?
ちなみに妹は、うちの学園に留学して来た当て馬君と……この元俺様なわんことの三角関係にならずとも、当て馬君が一目見た瞬間に妹に惚れたと猛アタック。妹も熱烈なアプローチに絆されてラブラブに。学園卒業後には、彼の国にお嫁に行くことが決まっている。
可愛い妹が遠くへお嫁に行くのはちょっと寂しいけど。ハイスペック且つ、妹に一途な当て馬君なら妹を幸せにしてくれると、お姉ちゃんは安心して喜んでいるのだが・・・
とりあえず、この真っ赤になってぷるぷるしている返事待ちのわんこをどうしよ?
捨てるか、もっとビシバシ躾けるか・・・
悩みどころだな。
――おしまい――
というワケで、『「面白れー女」→ヒロイン辛酸フラグを叩き折らせて頂きます!』終わりました。
少女マンガの王道、権力のある甘ったれ俺様野郎をしっかり者ヒロインがビシバシ躾けて心身共にイケメンへ育てて行く……そんなストーリーに喧嘩を売るつもりは無いんです。(´ε`;)ゞ
でも、思っちゃったんですよ。ヒロイン、この俺様の皮を被った甘ったれ僕ちゃんに関わらなかったら、こんな酷い目に遭わなくて済んだのに……と。
そして、なぜに幸せになれそうな当て馬君とくっ付かない? と。
そう思ったのがきっかけでできた話です。
なので、主人公が当て馬君推しで俺様ヒーローに辛辣。めっちゃ毒吐いてます。(笑)
だから、主人公は元俺様君を信用していません。
一応、甘ったれ俺様から忠犬わんこにキャラ変したので、一考してみるかという感じで終わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。