超絶無双精霊と契約の一幕
辺り一面に広がった濃密な魔力はやがて街全体を包むように球体を形作る。そしてその中に美しい声が響いた。
「……まあ、なんて美しい感情なのでしょうか。怒り、憎しみ、後悔、絶望——これほど彩りのある感情はそうありませんわね。しかし残念ですわ、負の感情は私の趣味じゃありませんの。そこの汚物トカゲは早急に潰すべきですわね。」
空間の一部がゆがみ、出てきたのは一人の茶髪の少女。右手に背丈ほどある筆を持ち、背後には絵の具の乗ったパレットのようなものが5つほど、弧を描くように並んでいる。そして藍色の目をうっすらと金色に光らせながら言った。
「申し遅れました。私は、始まりと終わりを司りし始祖精霊、名をラグナスと申します。以後お見知り置きを。この私が来たからには、最高の成果をお約束いたしますわ。
そこまで言うと、筆の先を真っ直ぐと目の前の竜に向ける。手に持つそれは武器ですらなく、殺意が全く篭っていないにも関わらず、扱う膨大な魔力は周囲に恐怖を刻みつけた。
「覚悟なさい、我らの世界に無駄な色を添えた侵略者よ。成敗して差し上げますわ。《精霊魔法・色彩業火》」
ラグナスの体からは七色に煌めく炎が空高く噴き出し、それらは渦を巻いて水平に伸びていく。火災旋風を横倒しにしたかのようなそれは竜王の巨体を包むと急激に細くなった。炎の内側からの声は決して外には届かない。無慈悲かつ残酷に肉体は焼かれ、炎が消えた時にはそこに何も無かった。
「早っ」
俺は思わず声を上げた。召喚から決着まで数十秒、ラグナスはついでとばかりに白い稲妻を飛ばして他の邪教徒も殲滅していた。その間俺は、ターゲットの奪い合いに負け、じっとしているだけだった。
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「住民は重症者数名を除いてほとんど軽傷で済んだよ、本当に助かった」
戦いを終えた俺たちはギルド戻ってガイロスから感謝を聞かされていた。と言っても、俺はほとんど召喚以外してないからあんま感謝されてもむず痒いだけなんだけどな。ちなみに既に日付けが変わってもうすぐ日の出を迎えるような時間だ。
「ところで、さっきの精霊は呼んだままにできないのかい?」
ふと、そんな疑問をぶつけられた。まあ、あんな魔力量をいちいち使いたくないというのは俺も同じなんだけど。
「結論から言うと、無理ですね。ガイロスさん、精霊には位階があるのは知っていますか。」
「ああ、僕が呼べるのは第4位階までだよ。」
「第4位階だと、召喚時間は2日までで合ってますよね。」
「ああ、そのはずだ……って、そうか。位階は一つ上がるごとに召喚時間は半減する。ってことは先程のは」
そこまで言って、ガイロスは黙り込んだ。自分で言っていて恐ろしくなったんだろう。強者というのは時に、話題に出すことすら躊躇われる。戦いが絶えないこの世界では常識だ。
「俺が呼んだのは終焉の精霊ラグナス。始祖精霊に分類され、第12位階、召喚時間は10分強ですね。流石にあれが何時間も地上に居たら世界が滅んでしまいますから」
俺の言葉に絶句していてガイロスは話が続けられそうに無かったので、俺は隣に座っていたエイラ王女に話しかけた。
「エイラ王女、この後どうするの?城に連れて行けば良い?」
俺の言葉に対して少し渋った後、今度は決心したような顔でこちらを見て、ガイロスにも聞こえるように言った。
「私はこれから、この国で起こっている異変について調べようかと思います。どうせ城に戻っても縁談を急かされるだけですし……」
彼女の言葉に、流石のガイロスも看過できなかったのか、声を張り上げて抗議した。
「なりません!貴女は一国の王女なのです。戦闘力も無いのに危険に足を突っ込むのは許されませんよ!」
「これはネイロスト王国第一王女としての発言です。どうしてもと言うならそこのリュージ様をつけてくだされば問題ないでしょう」
俺の名前を出されたことでガイロスは少し引いた。しかしそれでも本人が自衛できるわけでは無いという事実を彼は攻める。かれこれ5分ほど口論を聞いていたら、俺は一つの方法を思い出して口を開いた。
「エイラ王女が直ぐに強くなる方法なら有るといえば有るんですけど」
そう言うと、ガイロスがギロッと俺の方を睨んできた。完全にとばっちりだ。
「その方法とは、安全なやり方ですか?ハイリスク、ハイリターンなんて無理ですよ。お分かりですか?」
「んっと、ガイロスさんには話しましたよね、俺が何者か。用は、俺の物になってくれたら良いんです」
最後のちょっと言い方ミスったかな、なんて思ってると、ガイロスは困惑顔で俺を見て、エイラ王女はポッと顔を赤らめ、「お願いします」と言って俺の肩に頭を預けてきた。
「あ、違いますからね。魔術契約するだけですから。他意はないです」
さっきからエイラ王女の様子がおかしい。俺との物理的距離感はもちろん、言動の距離感も些か近い気がした。対して机を挟んで向かいでは、契約と聞いて思い至ったのだろうガイロスが迷っているようだった。
「リュージ様となら、どんな契約でもお結びいたします」
エイラ王女の言葉で、何かを悟ったガイロスは、ついに口を開いた。
「じゃあ、王女様はリュージ君に任せるよ。ただ、十分すぎるぐらい守ってあげてね」
「はい、お任せください!」
これでエイラ王女に関する責任は俺が負うことになった。何が起きても大丈夫なようにできる限り手を尽くそう。
「エイラ王女、俺の手に軽く触れてみて貰えますか?」
手をすっと差し出すと、エイラ王女の顔がポッと赤くなる。差し出した右手におずおずと彼女の左手が重ねられたのを確認して、俺の髪を一本だけ上に乗せた。
「なんで髪の毛なんて乗せるのかい。はて、どんな意味が」
ガイロスさんが訊いていたが、俺は集中していたので結果を見て理解してもらうことにした。
俺が魔力を流すと、エイラ王女の左手に染み込むようにして髪の毛が消え、代わりに染み込んだ部分が白く光る。魔力を途切れさせないよう注意しながら詠唱を始めた。
『下級神、水波隆二の名において、汝を我が使徒に命じ、聖剣クラウを授ける。共に道を歩み、責を全うせよ』
一通り終えて確認すると、エイラ王女の髪に所々白い毛が混じっている。どうなったか気になったので彼女に初の鑑定を使ってみた。