(前編)竜は井戸に潜む
新作ではないです。2018夏ホラ投稿作を長めに改訂したもので、エブリスタ掲載していたものです。第3回 yomyom コンテスト用に仕上げたもの。中間までは残ったけど入賞はなし。こちらのサイトにも載せようと思ってたのが、やっとやる気出た。旧作は残してます。
その子の顔を初めて見たのはいつだったろう。僕の少年時代の重要な部分を占めている夏休みの思い出の中に、不穏な影を落とすあの子。それは、いつまでも輪郭のあやふやな染みのように消えずに記憶の奥に残っている。
最初は小学校二年生の夏だったと思う。初めて田舎の祖父の家を訪れて見慣れぬ緑と自然に囲まれ過ごした一週間。その間に、家族で川で遊んでいた時のことだった。
はじめは自分の顔が水面に映っているのだと思った。河岸の岩に腰掛けて色鉛筆で絵を描いていたら、いつのまにかその顔が水面から僕を見ていたのだ。ゆらゆらと水面が動くと、その顔も波打って歪む。笑っているようにも泣いているようにも見える。僕の顔ではない。僕の髪は、こんなに女の子みたいに長くはないし、かといって父と母は少し離れたところで釣りをしていて誰かの顔が映っているわけでもない。僕は手を伸ばして水面の顔に触れてみた。いや、触れてみようとしたが、水の流れと冷たさを感じるだけで、水面に浮かぶ顔に触ることはできない。川の水に溶けるようにその子は消えてしまった。
次にその子を見たのは、翌年、小学三年生の夏休みだった。祖父の家から、もう明日には帰ろうという最後の滞在日。今日こそは川に飛び込むぞと心に決めていた。仲良くなった地元の子供たちと毎日のように川で遊んでいて、彼らが次々と岩の上から川に飛び込む様子を憧れていた。しかし、いざ自分が岩の上に立ってみると、いつも足がすくんでしまっていた。でも今日はそれじゃだめだ、もう明日には家に帰らなきゃならないから。せいぜい大人の背丈くらいでたいした高さじゃないし、スイミングに通っているから泳ぐのは得意だ。大丈夫だと自分に言い聞かせた。余所者の僕のことを仲間に入れてくれたガキ大将のケンちゃんや村の子供たちに、いつまでも弱虫とは思われたくなかった。
その岩は、飛込み台というなんのひねりもない名前で呼ばれていた。川の真ん中にどっしりと突き出し、登るにも寝そべるにも丁度いい平らな岩。飛込み台の上で僕が固まるのを、みんなが見守っているのがわかった。蝉の声も川のせせらぎも耳に入らなくなる。一歩を踏み出すだけでいい。たった一歩だ。ついに勇気を出して、岩の上から水の中に飛び込んだ。
水面が近づく。一瞬目を閉じて、次に開いたときはすでに水底だ。足はつかない。独特の浮遊感が心地よい。やった。達成感があった。たくさんの泡が舞っている中、小さい魚が何匹か逃げていったのを目の端に捉える。あとは力を抜いて浮かぶだけ。みんな喜んでくれるだろうか。浮上する途中に目に入ったのは、子供だった。髪の長い子供が水底に張り付いて僕を見上げていた。白い顔、恨めしそうな羨ましそうな黒目がちな瞳。だれか先に飛び込んでいたのかなと不思議に思いながら水上に顔を出すと、みんな喝采をあげている。何人かの子供達が飛び込んできて、揉みくちゃにされる。そうだった。僕はついに飛び込めたのだった。嬉しくて水底の顔のことは忘れてしまい、あとで潜ってみたけれど、その子はどこにも見つからなかった。
川遊びについては地元の子供たちからも注意されていた。川底の石は滑るから注意すること。一人では絶対に川に入らないこと。深みに気をつけること。雨が降ったらすぐに川から出ること。それから、もう一つ、遊んでいて知らない子供が増えていても声をかけないこと。子供が川遊びをしていると、長髪で肌の青白い見知らぬ裸の少年が増えていることがあるのだという。それは水の神様で無視していれば消えるのだが、もし声をかけると、連れて行かれるのだという。何処へとは語られていない。
ばかばかしいと一蹴するには皆が真剣すぎて、その話を聞いてから暫くは川で遊んでいる子供の数が増えていないか気になるようになってしまった。そうは言っても、遊んでいて楽しく過ごしているうち忘れてしまう程度だったが。
その年も昼はだいたい地元の子供たちと遊んだ。二年生の夏休みに年上のガキ大将のケンちゃんが仲間にいれてくれてからというもの、毎年夏にだけ出会う友人達は僕を迎え入れてくれた。特に楽しみなのは川遊びだった。怖くてできなかった岩からの飛び込みだって、今は平気で楽しめるようになった。水の底で魚だって見つけられる。
その日は格別に晴れ渡っており、冷たい水が心地よかった。川で潜水していると、見事な泳ぎを披露する少年に気がついた。まるで魚のように水中でくるっと方向転換し、いつまでも水の中に潜ったままなのだ。僕よりも小さくて、こんな子いたかなと怪訝に思う。みんな日焼けしている中で不自然に白い肌が際立つ。腰まである長い髪が水中にたなびいている。しかも裸だったので、祖父や子供たちの話を思い出してぞわっとした。しかし、どうみても普通の子供でお化けのようには見えない。その子がようやく水面に顔を出すと、今度は川の中で立ったまま動かないので心配になった。
「どうしたの。寒くなった?」
話しかけると、少年はまん丸に目を見開いて僕の顔をじっと見る。黒目がちで吸い込まれそうな瞳。そこで気づいた。僕はこれまでもその子を見たことがある。去年もその前の年もどこかで。その子は突然に口を開いた。
「おらんこと助けてくれんか?」
「え、いいけど、君どこの子?」
「約束じゃ、約束じゃ」
僕の問いには答えず、にやっと笑ったかと思うと、少年はばしゃんと川に沈んだ。沈んだというよりは、川の水に溶けて消えたように見えた。
「うわあっ」
もう少年はどこにもいない。僕の叫び声にみんなが集まる。
翌日、川に行くなと言われふてくされていた僕は、蝉の声を聞きながら縁側に座り、スイカを食べて、ぼうっと外を眺めていた。蝉の大合唱が頭の中まで反響するようだ。絵でも描こうかなと思いつく。スケッチブックと色鉛筆は僕の宝物なのだ。
何を描こうかと少し考えて、川の中にいた子供のことを思い出した。魚のような達者な泳ぎを思い出して、絵を描いてみる。祖父やケンちゃんたちの話を考えてみると、あの子は水の神様ということなのだろうか。考えながら描いた絵は、自分でもなかなかの出来だった。水の中の表現が、うまくできたように思える。夏休みの自主課題にだしても良いかもしれない。
ぱしゃん、水に何か落ちるような音が聞こえた。なんだろう、縁側から降りて、音の方向を探す。
また、ぱしゃんと音がした。うちの裏手だ。山の方向。目に入ったのは、井戸だった。
危ないから近づくなと言われた井戸。
いつもなら気味が悪くて近づかないが、このときの僕は、川に行くなと言われたことやだれも井戸のことを教えてくれないことで、反発心が勝っていた。
注連縄をくぐり、井戸を覗き込むと、底から小さな男の子が見上げていた。川にいた子だ。井戸の中に子供がいることに不思議と違和感を覚えなかった。
「どうしたの?」
聞くと、男の子は、答える。
「井戸にはまって出られん。助けてけろ」
「じいちゃん呼んでくるから待ってて」
「いらん。手え伸ばしてけろ」
深くて届くわけがないのに、そう思いながらも言われるままに手を伸ばすと、がしっと強い力で両腕をつかまれていた。
「びぇっ」
へんな声が出た。男の子は胴体がにょろっと伸びて、両手でぼくの両手を掴んでいたのだ。
「さ。引けや引けや人の子や。引かねば落ちるぞ。落ちれば食うぞ」
うれしそうな顔で歌う目の前の少年は、皮膚が緑の苔に覆われていて、妖怪図鑑で見た半魚人を連想させた。胴体には鱗がびっしりだ。
いやだ、逃げないと。手を振りほどこうとしたが離れない。男の子の力は強く、僕はずるずると井戸に引きずり込まれそうになる。
お腹が井戸の縁に引っかかっている状況で、両足が地面を離れた。川に飛び込む時と似た気持ち悪い浮遊感。井戸の底の水面が目の前にすうっと近づく。もうだめだ。ここで死んじゃうんだ。水面が近づき思わず目をつぶった。
落ちたはず、そう思ったのに、いつまでも水面に到達した感触はない。目を開けると僕はまだ井戸の上にいた。背後から誰かが僕の身体を抱きかかえて引っ張っている。
「聞けやあ聞けやあ竜の子や。井戸の底から出たければ、さあさあわしの手を掴め。二十人力のわしならば、お主を天に引き上げよう」
祖父の声だった。祖父が右手で僕の胴体を支えながら、左手で何かを井戸に差し入れる。僕の腕と並んで井戸に入って来たのは、藁の人形だった。前の年の夏祭りで見たのを覚えている。毎年、夏祭りの最後に井戸に祖父が放り込んでいる人形だ。
少年は、藁の人形をがっしりと掴んだ。祖父が人形から手を離すと、もろともに井戸の底に落ちていく。ばしゃんと音がして、人形は浮かぶこともなく、井戸の底に引きずりこまれていった。少年は消えていた。
「この井戸にはもう近づいちゃなんねえぞ。一生だ。次は助からねえ」
僕は恐る恐る頷く。
「じいちゃん、あれはなんなの」
冷たい麦茶を準備し、縁側に並んで座って祖父は語ってくれる。
昔、空から落ちてきた龍の子供がこの地に住み着いた。川を氾濫させて村人を苦しめ、年に一度は子供の生贄を要求した。あるとき、二十人力と言われた村の豪傑が龍をこらしめ、井戸に閉じ込めた。龍は改心し、治水の神様となった。そんな話。
よくある民話だが、祖父は、その竜の子がさっきの少年なのだという。地域に伝わりまことしやかに噂されているところでは、竜の子は井戸から出られないのだが、腹を減らしているのが寂しいのか、夏になると付近の川に写し身を遣わして子供を井戸に誘うのだと言われているのだとか。そのため夏祭りには、藁人形を井戸に放り込み竜の子を慰めるのだという。出られないのに姿を現すとはへんな話だがお化けとはそんなものなのかもしれない。
「人柱って意味わがっか?」
「なんとなく。みんなのため沈められたりするやつ」
祖父の突然の問いに、本やテレビドラマで見た知識からのイメージを答えた。
「んだ。さっきの話、竜の子なんてもんは本当はおらんのよ」
「え、さっきはいるって」
「竜は後付け、実際は人柱の子供だったんじゃろうな。ここいら昔から日照りで水がなくて困ったかと思えば、雨が降ったら降ったで増水じゃ洪水じゃと大騒ぎじゃ。だから、水神に人柱を捧げる歴史があったんじゃ」
「雨をちょうどよく降らしてほしいってお祈りするってこと?」
「んだな。じゃがそれも口実よ。ほんとうはなあ、もどすのが目的じゃったんだろうなあ。むごいもんよ。その祟りを恐れて祀っとるのを、竜の子を祀るという話に置き換えたんじゃろうとわしは考えとるんじゃ」
「もどすって?」
「ああ、わからんでいいんじゃ。わしの趣味に付き合わせて悪かっだな。忘れっべ。じゃが、わしが死んだらこの井戸をどう管理するか、お前の親父らで決めねばなんね。あやつらは運よく井戸に呼ばれることもなかったからな、わしの話なんぞ歯牙にもかけんじゃろし、もう土地に縛られる時代でもねえ。そんときは、おめはわしの話をちょっとだけ思い出してくれりゃあいい」
祖父は、代々の先祖が井戸をずっと守ってきたのだという。今思うと、僕にもその一端を伝えたかったのかもしれない。
「井戸を埋めたり建物で囲ったりするとな、必ず事故が起こる。増水して堤防が壊れたり、悪いことが起こるんじゃなあ。だからずうっとこのままなんじゃ。井戸を祀ってるうちは大人しくしとるが、ぞんざいに扱ったら暴れ出す。そういう怖い神様だと思っておけばいい」
にっと笑う祖父だが、一転、厳しい表情で、僕の目を見て言う。
「おめは目えつけられたから、もうあの井戸には近づいちゃなんねえ。来年からはうちにも来ね方がいい。寂しいが命にゃあ変えらんねえべ」
その年を境に僕は、夏も正月も祖父の家に遊びに行くことはなくなった。祖父はたまに、僕の家に遊びに来てくれたけれど、本当は僕の方から行きたかった。ケンちゃんや他のみんなにも会いたかったし、川遊びもしたかった。でも、祖父は許さなかった。
中学くらいまでは未練があったけど、高校生にもなると流石にこの体験のことは思い出さなくなってきたし、祖父の家に行きたいと両親に駄々をこねることもなくなっていた。
だから楽しい夏の思い出も、不思議で怖いあの体験も、すごく鮮やかで印象的ではあったはずなのに、記憶のずっと奥の方にしまったままになっていて、ずっと引っかかってはいるものの、いつしか思い出すことも少なくなっていたのだ。