第5話 森の精霊(2)
二人を置いて急に駆け出したキコを追いかけていると、開けた場所に出た。その前ではキコが呆然と立ち尽くしていた。
「これは……」
そこは木々が薙ぎ倒され、無残にも荒れ果てていた。同時に、大型の魔物が通ったような跡が残っていた。足跡ではないので、少なくとも獣型ではない事は確実だ。となれば、あの足音の正体は木々が薙ぎ倒される音だったのか。
「……ああ……」
キコが泣き始める。
森を荒らされる事は、彼女にとっては深刻なショックなのだ。ゲームでも、こうして泣き崩れていた。
「……許せない」
次第に彼女の声が怒りに染まる。
「森を荒らすなんて……」
涙を拭い、足跡の方向へと駆けて行った。
「……シリル、追うぞ!」
「ああ!」
二人も彼女を追った。
◇◇◇
キコを追っている内に、更に開けた場所に来た。そこでもまた、キコが呆然と立ち尽くいていた。
「……おーい、キコ!」
真っ先に追い着いたのはエレノアだった。目の前の状況を確認するや否や、目をギョッと見開いた。
「……」
目の前では、巨大な樹木の怪物が暴れていた。その怪物の近くで、一人の精霊が戦っていた。
「……はぁ……はぁ……」
遅れて俺も追い着いた。
やはりエレノアはレベル100なだけあって、スタミナや素早さといった基本ステータスが底上げされている。
俺は目の前の状況を見て、同じく目をギョッと見開いた。
「これは……」
目の前で暴れているのは―――この森のボスであるエビルトレントだった。
確かに、ゲームでもダンジョンのボスとして敵対するが―――その展開とは少し違う。
「こいつは……エビルトレント!?」
「……え? 知ってるの?」
俺がその名を口にすると、キコとエレノアが振り向いた。
「あー、まあ。うん」
「そう……ともかく、早くこいつを止めないと!」
キコが身構えると、戦っていた精霊のミネがこちらに気付いた。
「あっ、キコさん!」
「ミネ! 大丈夫!?」
水色の髪を持ち、ゆったりとした服を着たミネはこの森に棲む“水の精霊”だ。名の通り水魔法を操る精霊で、レベルは“5”だ。
対するエビルトレントのレベルは“12”。レベル差はあれど、この時点での主人公達なら十分対抗可能な筈だが―――
「大丈夫ですけど……こいつ、結構タフなんですよ!」
「え!? そんな、前戦った時には結構簡単に倒せた筈……どうして……!?」
そうこう考えている内に、エビルトレントが振った巨枝が―――ミネに直撃した。
「うわあっ!」
「ミネ!」
彼女は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
「……エレノアさん、力を貸して! シリルさんはミネを!」
俺はすかさず地面に倒れているミネを避難させ、【ヒール】を使い始めた。
【ヒール】は初期状態―――つまりレベル1の時点で既に習得している魔法だ。レベル3になった今なら簡単に扱える。気休め程度の効果だけど……
「……【ヒール】―――」
唱えると同時に―――ミネの体がポワァっと優しく輝いた。それと同時に怪我も治ったが、未だに目を覚まさない。だが、しばらく安静していればいずれ回復するだろう。
だが、エビルトレントの様子がおかしい。念の為【サーチ】で調べてみるか。
「……【サーチ】―――」
【サーチ】を唱えると、エビルトレントについての情報が表示された。
◆エビルトレント
【分 類】 トレント / ボス級
【レベル】 12
【ランク】 D
【スキル】 【吸収】
エビルトレントは序盤ではそこそこの強さを持つ魔物だったな。
確か、ゲームでの設定は魔王の支配を受けていたんだった……となれば、今暴れているのは―――そのせいだろう。
◇
「私が動きを止めるわ! その隙にエレノアさん、お願い!」
「分かった!」
「……【トレリクの蔦】!」
スキル名を唱え、両手を伸ばすと同時に―――袖から数本の蔦がシュルルルと伸び、エビルトレントに巻き付いた。蔦で縛られ身動きが取れなくなったエビルトレントはもがき始めた。
『ガ……ガガッガ……』
声にならない呻き声を上げながら、枝をブンブンと振り回す。
そして、蔦をブチブチとちぎり解いてしまった。
「え!? 効いてない!?」
キコが驚く。
確かにエビルトレントはかなりしぶといが、本来なら今の技で身動きは完全に取れなくなっている筈だ―――だが、トレントは水魔法を受けると回復と身体強化を行う種族だった。まさか……
俺は地面に寝かせているミネを見た。
(……まさか、ミネの水魔法で強化しちゃたか!?)
厄介だな……
だが、トレントは共通して炎魔法に弱い。今の俺では到底敵う敵ではないが、エレノアなら十分に倒せる相手だ。
「……エレノアさん! 【ファイア】を使って!」
俺が大声で呼び掛けると、彼女は黙って頷いた。そして―――
「……【ファイア】!」
【ファイア】を唱えると、彼女の右手から猛火がゴオオオォォっと噴き出した。
炎はあっという間にエビルトレントを包み込んだ。
『ガガ……ガ……!』
声にならない悲鳴を上げながら、燃え盛る猛火に焼き尽くされる。
「んぅ……」
ミネが目を覚ます。幸い、致命傷には至らなかったようだ。
◇
しばらくして、焼き尽くされたエビルトレントは完全に燃えカスとなっていた。パチパチと音を立てて、今もなお焼かれ続けている。
「や、やった……!」
「勝った……!」
「「……やったぁーっ!」」
その姿を見て、キコとミネは抱き合った。
エビルトレントは一応ボス級の魔物なのだが、チュートリアルの締めみたいなポジションなので、実質かませ犬のような扱いを受けている可哀想な魔物だった。
魔王に支配され、倒されたらキコ達に喜ばれて、そしてかませ犬みたいな扱い……もっと可哀想に見えてきた。
「よくやったな、シリル」
「へ?」
「……君はトレントの弱点を見抜いた上で、私に指示を出したんだろう……君、相当頭が切れるんだな。凄いよ」
「は、はあ……」
何を言われているのか分からなかったが……取り敢えず何事も無くて良かった。
それと同時に、エビルトレントの残骸から何かエネルギーのような物が俺の体の中に流れ込んできた。経験値だ。
そして、俺は“8”にレベルアップした。
◇◇◇
魔結晶が詰め込まれた袋を担ぎながら、三人は新たにミネを加えて森を歩いて行った。
「……エレノアさん……さっきの凄かったね……」
「……まあ、うん」
「流石は戦士……」
「……」
エレノアは何て返せば良いのか分からなかったようだ。
「……あっ、見えてきた」
ミネは森の奥にある祭壇を見つけ出した。
俺達はミネに【テレポート】で町まで送ってもらえる事になったんだった。
という事は……ミネは、相当な潜在能力があるって事かな?
「それじゃあ、そこでじっとしていてね」
ミネは二人を祭壇の中央に立たせた。
「ええと、どこまで送ってほしいのかな……」
「“ヨークの町”までだな」
「そう……それじゃあ、じっとしていてね」
ヨークの町は主人公シリルが最初に訪れる町だ。
「〝森の神よ……我に力を貸し賜え〟……【テレポート】!」
彼女が祝詞を唱えると同時に、祭壇の床に彫られていた紋章が輝き出した。
いよいよ、この森と、そしてキコ達と別れる事になる。
「あ、あの……!」
キコが突然、駆け寄って来た。
「森を救ってくれて、ありがとうございました! これ、持って行ってください!」
そしてポケットから小さなネックレスを取り出した。お守りだろうか、小さな木彫りの人形が下げられている。ゲームでも、キコと別れる際に貰えるアイテムだ。
「……ああ、こちらこそ。それじゃあ、さようなら……!」
俺とエレノアはキコとミネに手を振った。
「「さようならー!」」
キコとミネが手を振り返したと同時に、俺達は光に包まれた。
◆エビルトレント
【分 類】 トレント / ボス級
【レベル】 12
【ランク】 D
【スキル】 【吸収】
森を荒らす邪悪化したトレント。
◆ミネ
【分 類】 精霊
【レベル】 5
【ランク】 E
【スキル】 【水魔法】
森を守護する精霊の一人。水魔法を操る。キコとは顔見知り。