第4話 森の精霊(1)
木々が激しくざわめく。魔物達が逃げ惑う。
そして突然、森が静まり返った。
『……タチサレ』
一瞬の静寂の後、警告と共につむじ風の中から姿を現したのは―――妖精を彷彿とさせる小さな少女だった。
まるでフクロウのようなゴワゴワしたこげ茶色のローブに身を包み、フードを深く被って顔を隠している謎めいた少女―――彼女はこの森の守護精霊であるキコだ。
ゲームでは森に入ったシリル達を侵入者として排除しようと敵対するのだが、俺達の目の前に現れたのは恐らくその為だろう。
「誰だ!」
エレノアは剣を構えた。俺も続いてピッケルを構えた。
「私はキコ……今すぐ、この森から出て行ってほしいの」
「……私達は今から出て行く所だが……途中で道に迷ってしまってな」
「そう……」
彼女は素っ気なく返事だけすると―――否応無しに攻撃の構えを取った。
「問答無用。今すぐここから出てって」
キコは植物系の魔法を操る”樹木の精霊”だ。ゲーム序盤でも、こうして主人公に襲い掛かる。
彼女のレベルは“8”だ。今の俺では勝てる相手ではないが―――少なくともレベル100のエレノアがいるので取り敢えず負ける心配は無いだろう。
「……【ラディの根】―――」
キコがスキル名を唱え、両手を地面に突っ込むと同時に―――地面から木の根がボゴォっと飛び出した。
木の根はうねりながら、二人を呑み込もうと襲い掛かる。
「危ないッ!」
エレノアは咄嗟に俺を突き飛ばした。根は後ろの木にぶつかり、木を根本から倒してしまった。
レベル8とはいえ、その力は侮れない。
「やるしかないか……ここは私に任せて逃げろ!」
「え、ちょ、エレノアさん!」
彼女は俺に魔結晶が入った袋を押し付け、剣を構えてキコに跳び掛かった。
「はあぁぁあっ……【ライトブレード】!」
「【ブロワの幹】!」
エレノアの剣から光を纏った斬撃が繰り出され、キコの足元から盾代わりの太い木の幹が生成される。
だが、92ものレベル差を覆せる筈もなく―――木の幹は斬撃を防げる筈もなく―――
「うわぁっ……!」
斬撃は木の幹ごとキコを切り裂き―――彼女はあっけなくエレノアに敗北してしまった。更に斬撃の勢いに押され、吹き飛ばされた。
「う……うぅ……」
地面に投げ出された彼女は呻き声を上げ、その場にうずくまる。
レベル8の小さな少女に、過剰とも言えるダメージが入った。彼女は瀕死の状態だ。このままではいずれ死んでしまうだろう―――彼女に呼応するかのように、周りの草木がワナワナと枯れていく。このままでは、森全体が枯れてしまいかねない。
「ぐ……う……」
「……【ヒール】―――」
苦しむキコを見兼ねたエレノアがすかさず患部に手を当て、治癒魔法【ヒール】を唱えると―――キコの体が見る見るうちに回復していった。
同時に、キコの体から何やらエネルギーのような物が俺に流れ込んできた。体の中で、何かが満たされるような感覚だ。
これは―――“経験値”か。確か、ゲームではこれを一定量集める事でレベルアップできる仕組みだった。そして、経験値はパーティメンバーに均等に分け与えられる仕組みでもあったな。
恐らくは、エレノアが倒した事によって経験値が俺にも手に入ったのだろう。
そして、俺はレベルアップした―――“3”に。
彼女が完全に回復した後、エレノアが手を差し伸べた。
「……大丈夫か?」
「うん……すっかり」
キコは彼女の手を掴み、立ち上がった。
「……ごめんなさい……いきなり襲い掛かって……あなた達を侵入者と勘違いしちゃって……」
「こちらこそ、誤解を招くような事をしてしまって申し訳ない……」
「何か、お詫びをさせてもらえる……?」
「お詫びか……」
エレノアはしばらく考えた後、口を開いた。
「そうだな……出口への道順を教えてくれないかな……?」
「分かった……こっちに来てくれる……? 私が出口まで案内するから……」
「……シリル、行こう」
「あ、ああ……」
俺は二人を追った。その頃には頭痛はもう収まっていた。
◇◇◇
キコと和解(?)した後、彼女に案内される事小一時間。
三人は出口を目指して歩いていた。
「……紹介がまだだったね。私はキコ。この森の守護精霊よ」
「私はエレノア。こちらの男はシリルだ。宜しく」
「宜しく……キコさん」
ぎこちない会話の後、しばし沈黙が流れた。
「……所でだけど、あなたのレベル……」
「私の事か?」
「ええ……この私を一撃で倒したんだもの。きっと、相当なレベルだと思うけど……」
キコはレベル8だが、最初のダンジョンであるこの森ではかなりの実力者だ。
「それが……その……」
エレノアが言葉を濁す。
「……【サーチ】―――」
キコが【サーチ】を唱えると同時に、あの時のエレノアのような反応を示した。
「え、待って……レベル100!?」
「あ、ああ……黙っててすまない」
「……レベル100って……もしかして、あなたは“戦士”!?」
「“戦士”?」
キコは興奮するように話した。
「“戦士”は……その……世界を救う鍵を握っている人達の事よ。そのレベルなんだから、その可能性があるって事よ」
「私が……? 本当に……?」
いや、本当なんだけど。
というかこれもっと先のイベントなんだけど……何というか、とんでもないネタバレをされたような気分だ。
「……とにかく、世界はあなたに懸かっているのかもよ……森もまともに守れない私が言えた事じゃないけど……」
「そ、そうなのか……?」
エレノアは中々受け入れられないようだ。まあ、急な展開だからな……分からんでもない。
と、そこで―――
「……ん?」
再び森が騒ぎ出した。
ざわめく木々と逃げ惑う魔物の声に混じって、今度はズシン……ズシン……と重い足音と地響きが鳴り始めた。
「……まずい!」
同時に、キコも慌て出す。
「今度は何だ……」
「これは……奴が暴れ出したのよ! ……今すぐ行かなきゃ!」
「お、おい、待って!」
キコは俺達をその場に残し、音のする方向へと走って行った。
◆キコ
【分 類】 精霊
【レベル】 8
【ランク】 E
【スキル】 【植物魔法】
森を守護する精霊の一人。