第2話 “チュートリアル”
俺は目覚めてからずっと考え込んでいた。
今の今までただの荒唐無稽な夢だと思っていたが、この状況を見るとそうも言っていられなくなる。
ゲームでは森で一休みしていた所をモンスターに襲われ、彼女に救われる所からストーリーが始まるのだが、今起こった事は偶然とはいえスペルボーンのプロローグと全く同じだ。何度も夢で見てきたのだから、間違えようがない。
目の前で繰り広げられる光景を見て、俺は今度こそ確信した。
あの夢の出来事は、本当であると―――
「間に合った……大丈夫か? 怪我はない?」
大蛇を一撃で倒した女剣士は目の前に降り立ち、こちらに振り返った。
颯爽と現れた金髪碧眼の美しい女剣士―――初対面である筈の彼女に、俺は何となく見覚えがあった。
確か、彼女はエレノア・フォーレンに似ていた。エレノアはスペルボーンに登場するヒロインで、また一番最初に仲間になるキャラだ。冷静沈着で観察眼が鋭く、序盤では主人公、つまりゲームの中の俺を色々サポートする立場に位置付けられている。
そして、物語において重要な鍵を握るキャラでもあるのだ。
そんなエレノアに似た女性―――いや、エレノア本人が目の前にいる。凛として咲く花の如きその立ち姿は、正に彼女そのもの。
今まで夢でしか見れなかった彼女だが、生で見るのは初めてだ。
興奮が収まらないが、ここは冷静に。
「ああ、大丈夫。ありがとう……俺はシリル・アクロイド。ええと、あなたは……」
「エレノア・フォーレンだ。クエストを受けてここに来ているんだが、君は?」
女剣士―――エレノアは剣を鞘に納めながら淡々と答える。
やはりそうか―――今までの疑念が一気に晴れたような気がする。
「ええと……俺は冒険してるんだけど……」
「冒険? そんな装備で? よく無事だったな……」
「え……?」
ゲームでは見せなかった彼女の反応に、思わず首を傾げる。エレノアは構わず話を続けた。
「だって、ここは魔物が跋扈する“魔境”だぞ? 私がたまたまここに居合わせなかったら、君はさっきの大蛇に喰われて死んでいたぞ」
確かに、俺はあの時、碌に武器も持たずに旅に出た。半ば追い出される形で村を出たのだから準備する暇もなかったからだ。ゲームの俺も、同じように旅に出ていた。
「……まあいい。話は変わるが、どこかで“青い光石”を見なかったか?」
「“青い光石”……?」
辺りを見回すと、木陰で淡く光る青く透明な石が目に留まった。
「もしかして、あれ?」
「ああ、あれだ。ありがとう」
指差して問うと、彼女はすかさずピッケルを取り出して歩いて行った。
彼女が石に触れた瞬間、バチッとした静電気のような鋭い痛みが指先に走った。
「うわっ……!」
反射的に石から手を放す。
その時、
―――ゲームスタート―――
―――そんな声が聞こえたような気がした。いや、しかと耳に入った。
「大丈夫?」
「大丈夫だ……かなりデリケートな石だから、扱いには気を付けないとな……」
すぐに体勢を立て直し、ピッケルで青い光石を砕き始めた。
ピッケルで拳くらいの大きさまで砕いたら、袋の中に詰め始めた。今度は静電気のような衝撃は起きなかった。
「一体、それは……」
「これは“魔結晶”だ。名の通り魔力が結晶化したアイテムなんだが、こんなに大きな物は珍しいな」
エレノアはまたもや淡々とした口調で解説する。
青い光石―――“魔結晶”はゲームでは装備の作成やアップグレードの際に必要なアイテムだ。その為プレイヤー達からは貴重な資源として重宝されていた。
「じゃあ、さっき言ってたクエストって……」
「そうだ。私はこれを集める為にここに来たんだ……さて、採集も済んだ事だし、そろそろ出発しようか。急がないと夜になってしまう」
と言って、口を固く締めた袋を担ぎながら立ち上がった。
「あっ、それと」
すると今度はピッケルをポイッと放り投げてきた。俺はそれを両手で受け取った。
「武器が無いなら、それを使ってくれ。ただギルドからの支給品だからなるべく壊さないようにしてほしい」
「わ、分かった……」
彼女は大蛇の死骸を残し、さっさと立ち去ってしまった。
俺はふと大蛇の死骸を見る。
確か……このモンスターは“ジャイアントスネーク”というスペルボーンに登場するザコ敵だ。大きさの割には階級は最低のEで討伐推奨レベルは5だが、最初に登場するモンスターとしてはいささか手強い。
そんなモンスターを一撃で倒してしまうとは―――まあ、ゲームの冒頭で主人公を救う場面でもさっきみたいに倒しているし……とにかく助かったので良しとしよう。
◇◇◇
森の中を歩く事しばらく。
俺はエレノアの後に付いて歩いていた。
「……所で、君はどうやってここに来たんだ?」
前を歩いていたエレノアが振り向く。
「俺は5日くらい前に村を飛び出して旅を始めたんだけど、いきなりここに飛ばされちゃって……」
「飛ばされた? なら、【テレポート】をしたという事か……?」
【テレポート】は文字通り空間を越えて好きな場所に瞬間移動できる魔法だ。だが習得レベルは5で、ゲーム序盤のシリルのレベルは1なのだから、これらを吟味すれば今の俺がこの魔法を使える事はまず有り得ない。
「いや、俺はそれはできないかな」
「何故だ?」
エレノアが顔をしかめる。
「だって、俺は魔法使った事ないから……」
「なら、どうやってここに……?」
「さあ……よく分からない」
「本人も分からないとなれば……神かそれに近しい存在の仕業か何かか……」
「まあ、そういう事かも」
“日本”ではこの現象は“神隠し”と呼ばれていたな。まあ、そういう現象が偶然俺に起きたのだろう。
「……それと、君は魔法を使った事が無いんだったな」
「うん、そうだけど」
「なら、ここで魔法を習得していってはどうだ? 冒険者として生きる為には必須だし、簡単に覚えられる。私が教えるが、どうかな?」
そういえば、ゲームではこの辺りからチュートリアルが始まるんだった。魔法自体は分かっていても実際の使い方は知らない訳だし、折角だからここで覚えておこう。
「分かった……それじゃあ、宜しくお願いします……」
「よし、ならばまずは深呼吸して……」
早速彼女は指導し始めた。俺は彼女の言う通りに試してみた。深呼吸し、気を集中させる。
なるほど。こうするのか……意外と簡単だな。
さて、魔法の準備は整った。なら後は魔法を唱えるだけか。
「……準備は整ったようだな。それでは、何か適当な魔法を唱えてみてくれ」
「分かった……【サーチ】―――」
俺は【サーチ】を唱えた。
【サーチ】は周囲の索敵を行う魔法だ。索敵だけではなく隠されたアイテムを探す時に使えるし、応用次第では相手のステータスも把握できたりと、色々便利な魔法だ。
唱えると、早速周囲の情報が表示され始めた。
ざっと見た所、周囲には敵はいないようだ。ひとまず俺達の安全は確保された。
「どうだ?」
「ああ、バッチリだよ。教えてくれてありがとう」
「こちらこそ。それじゃあ、行こうか」
流石に操作方法とかの説明はされないな……ゲームではないから当たり前か。
苦笑いしながら、次に俺のステータスを見た。
◆シリル・アクロイド
【年 齢】 18
【レベル】 1
【職 業】 ---
【クラス】 ---
【スキル】 ---
ええと、俺のレベルは―――“1”か。まあ、この時点での俺はそのくらいか。
【職業】と【クラス】、そして【スキル】の部分に表示が無いが、これは後ほど獲得するので問題ないだろう。
次にエレノアの方を見る。確か、この時のエレノアのレベルは5だったような気がする。ゲームに準拠して考えればそのくらいが妥当だが―――
◆エレノア・フォーレン
【年 齢】 18
【レベル】 100
【職 業】 冒険者
【クラス】 剣士
【スキル】 【会心の一撃】
(……は?)
―――なんと、彼女のレベルが“100”と表示されていたのだ。