『裸ネクタイ男の英雄伝、短編編』~息抜き短編集~
世間がズレているのか、俺がズレているのか。
このお話はそんなシュレディンガー方程式の様な話なのかもしれない。
地球では、個性と言うものが死んでいる気がした。
誰もが同じ服を好み、同じ方向へ進み、同じ死を迎える。
それに抗う者は、世間から「ズレている」と言われてしまう。
だが俺は一度死んだんだ。
そして異世界に転生した。
もういいじゃないか。
今度こそ好きに生きても……。
なのに、なのに……!!
「ごめんなさい!!ずっと言いたかったんだけど!私達、服を着てくれない人とは、もうこれ以上一緒にはやっていけない!!」
そう告げられたのは、俺が20歳の時。こいつらとパーティを組んで丁度五年が経った時だった……。
「何でだよ!!何がいけないんだよ!!はっきり言ってくれよ!!」
「だから言ってるだろ!何がいけないか自覚がないところがいけないんだ!!もう我慢の限界だ……!!なんで、なんで服を着てくれないんだ!!なんで裸にネクタイの姿なんだ!!意味が全然分からない!!分からないんだよ……。確かにあそこは、男の大事な部分はネクタイで何故か隠れてる!だから俺達も5年も我慢したんだ!!だけど限界だ!!出てってくれ!!」
「なんで……。俺が何したってんだ……」
いつものように皆で楽しく依頼を受け、笑いあって、助け合って、そして今日と言う日を皆で冒険する筈だった。なのにいきなりのパーティーからの追放宣言。
これは地球で死んで何故か転生した、裸にネクタイという格好をした男の「自由」を求めた英雄伝……。
俺は地球という世界で一度死に、そして異世界に転生したその日から服を着るのをやめた。いや、正確に言えば世界の『しがらみ』を着ることを止めたとも言える。服を着るという行為を誰が決めたのだろうか。そんなものに一度死んで、生まれ変わってまで従うつもりはない。なのに、なのに誰も分かってはくれない。
俺は前世では、露出狂と呼ばれ死んだ。皆同じような服を着て、同じスーツを身に纏い、同じネクタイを締めて会社に向かう。「面接ではスーツで来てください」、「仕事にはスーツで来るのが当たり前」。当り前って何だ?何故そんなくだらない恰好をしなければならない。いくらスーツに身を纏いネクタイを締めたところで、中身が伴わなければ、能力がなければ意味がない。見た目ばかり気にして何になる。そんなのなんの意味もない。
俺は地球のルールが嫌いだった。だけどルールを破れば、他人と違う事をすれば、それは異端児として見られる。悲しい事だ。だから俺は家では裸で過ごした、しがらみを脱ぎ捨て、世界の理の外で過ごした。
あれはちょっとした気の迷いだった。俺は裸のままコンビニに向かったんだ。世界が、ルールが嫌になり、そして自分の進みたい道を選んだんだ。だが結果として俺は死んだ。通行人に変質者がいると通報され、警察に追われ、そして車に轢かれて死んだ。他人と少し違う事をしただけで死んだんだ。俺は世界に殺されたんだ。くだらないルールに殺された。
俺が冒険者になり5年が過ぎて、Sランク冒険者になった。Sランクとは冒険者の中で最高ランク、所謂最強の冒険者の栄光を手にしたのだ。なのに仲間に捨てられ、一人ぼっちになってしまった。
俺は生まれ変わったその時、女神様に最強の肉体を貰った。そのおかげで、時にドラゴンブレスをお尻で受け止め、時にオークのこん棒を股間で受け止め活躍した。それがなかったら、今頃仲間達は皆死んでいた事だろう。なのにそんなにも大活躍をした俺を、仲間達は常に白い目で見ていた。ちょっと引いていた。
もういいじゃないか。こんなに頑張ったんだから。もう服を着てもいいじゃないか?お前は十分信念を貫いた。金なら沢山あるだろ。さぁ、服を着ようじゃないか。
仲間に何度もそう言われた。
だが俺にはその言葉の全てが理解できなかった。
こんなに頑張ったから、服を着る?何故着なくちゃいけないんだ?股間は常にネクタイで隠れている。そう言う魔法をかけた。だから大事な部分は隠れている。別に誰かに迷惑をかけたわけじゃない。そして努力して栄光を獲得したんだ。それが全てだろ。
「またあの人よ?」
「何で服を着ないのかしら?もうSランク冒険者なんでしょ?」
街を歩けばそんな小言を言われる。この格好のおかげで、俺の存在は王都に知れ渡っていた。そして皆が俺の活躍を耳にすることになる。
俺からしてみればこの格好のおかげで皆がそれを知ってくれた。この格好のおかげで有名になれたんだ。それなのにそれを馬鹿にするのか?否定するのか?俺には理解できなかった。
「世間が、そうさ世界がズレているんだ。そうだ。俺は悪くない」
今日も俺は裸にネクタイの格好で生きている。そのスタイルは変えるつもりはない。それが俺の生き方だから。
仲間にパーティを追放され、混乱した頭の中を整理させようと街を歩いていた時、路地から悲鳴が聞こえてきた。俺が慌てて声のする方へ向かうと、その原因は一目で理解できた。
「ぐへへへ。騒いだって無駄さ。誰も助けには来ない」
「そうさ、ちょっと俺たちといいことしないか?すぐに気持ちよくなるからさ」
二人のチンピラに綺麗な女性が絡まれていた。正義感の強い俺からしたら、それは見過ごせない事態だった。俺は混乱していた頭を振り、そして深呼吸をしてから一歩足を前に踏み出した。
「おい待てよ。お前達、何している?」
「あ?お、お前は……変態冒険者!?」
「何でこんなところに!?クソ、お前達逃げるぞ!奴はSランク冒険者だ!」
男達は俺を見た瞬間、顔を真っ青にして逃げていく。ほら、この格好のおかげでまた人が一人救われた。この格好だから何事もなく救えたんだ。俺は間違ってなんかいない。俺は正しいじゃないか。
「大丈夫?」
「貴方の頭の方が大丈夫?」
女性に声をかけるとそんなことを言われた。頭が大丈夫かって?確かに昨日はパーティを追い出されたが二日酔いはしていない。正常なはずだ。
「いや、二日酔いはしていないはずだ。だから大丈夫だ」
「そう、重症みたいね。助けてもらったことには礼を言うわ。だから言うけど、服を着た方がいいんじゃない?」
「ん?何故だい?」
「何故?って……皆、外に出るときは服を着るものよ?」
「ん?何故だい?」
「だから、その見えちゃうじゃない。色々と。それに危ないわよ」
「ん?何故だい?」
「だから!怪我したりしちゃうじゃない!それに寒いでしょそんなの!」
「ん?何故だい?」
「もういいわ……」
女性は呆れた顔でもう一度俺にお礼を言って立ち去っていった。一体何が言いたかったのか。女の扱いは難しいものだ。
後日、突然王城から呼び出しにより、王の謁見の間に行く。なんと先日助けた女性は、この国のお姫様だったようだ。
「今日来てもらったのは他でもない。王女を助けてくれてありがとう。何か褒美を与えよう」
「いえ、王様。俺は当たり前の事をしたまでです」
「そうか。流石Sランク冒険者だな。だが助けてもらったのに礼をしなければ我々の面子に関わる。何かないか?服とか、服とか、服とか、何か欲しいものはないか?服なんかどうじゃ?儂はお主には服がいいと思うんじゃが」
「ありがたいお言葉ですが、服はいりません」
「そうか。服がいいと思ったのだが。ところでお主は何故、服を着ていない?」
「王様に逆にお伺いしますが、何故、服を着ておられるのですか?」
「ふむ。権力とは衣の上から着るものじゃ。裸の王様に着き従う家臣はいないものでな」
上手い返しをするな、と俺は思った。初めて一本取られた気がした。だがそれくらいでは俺の心は揺るがない。
「ドラゴンだ!王都にドラゴンが現れたぞ!」
突然扉が勢いよく開き、兵士の一人が謁見の間に飛び込み叫ぶ。王都に災害級のドラゴンの出現など、歴史を振り返ってもあり得ない事態だ。その兵士の声が部屋に響き、一瞬の沈黙の後、謁見の間は騒がしくなる、周りにいた貴族や兵士たちの叫び声が部屋に響き渡り、その対応に追われる事となった。
王都にドラゴン。それを放っておけば、市民にどれほどの被害が出るか、想像もしたくない。そしてあそこには俺の昨日までの仲間もいる。俺にはそれを見逃す事などできるはずがない。例え捨てられたとしても、それはそれ、これはこれだ。俺はゆっくりと立ち上がり、そして皆に聞こえる様に、大きな声で王にお願いをすることにした。
「王様。お忙しいところ申し訳ないのですが、そのドラゴン、私めに討伐させていただけないでしょうか?」
その言葉に、謁見の間は再び静寂に包まれた。俺の活躍は城内でも知れ渡っているはず。かつてドラゴンと相対し、山をも吹き飛ばすブレスをお尻で受け止め、大地を切り裂く爪を尻で挟み受け止め、そして股間でその首を切り落とした。
その話は割と有名なはずだ。皆が口を閉ざし王を見ている。王の判断を期待しているようだ。
「できるのか?」
王はゆっくりと口を開いた。その言葉は震え、そして期待に満ちている事が分かった。
「ええ、こう見えてSランク冒険者なので」
俺はそう言い残すと不敵に笑って見せ、そして皆が俺に期待の眼差しを向けている中、謁見の間を後にした。
城を出るとドラゴンの姿はすぐに見つけることが出来た。すでに王都の中心の上空にまできている。人々の泣き叫ぶ声、逃げまどう姿が見えた。俺はその近くまで高速で走ると、空に浮かぶドラゴンを睨みつける。すでに沢山の冒険者が戦っているが、空飛ぶドラゴン相手に皆なすすべなく悔しい顔をしている。
俺は勢いをつけてジャンプし、ドラゴンと対峙する。皆からすれば空には、太陽とドラゴンと可愛らしい桃が浮いている様に見えるだろう。
ドラゴンは俺に気が付き、そして山をも砕くブレスを吐きだした。俺はそれを蹴り返しドラゴンにぶつける。そして怯んだドラゴンの上に乗り、思いっ切り全体重を乗せ股間で殴りつける。するとそれだけでドラゴンはその衝撃で絶命し、王都の中央広場へと落ちていく。神からもらったこのチートの体は伊達ではないようだ。
中央広場にはドラゴンとその上に乗った俺、そして周りには沢山の冒険者が集まっていた。一瞬の静寂の後、大歓声が起きる。俺は皆にお礼を言われ、冒険者ギルドへと連れていかれ、勝利を祝して宴会になった。そんな中、俺を追い出したパーティメンバーが申し訳なさそうな顔をして、俺に声をかけてきた。
「な、なぁ……この前は悪かった。その、もう一度仲間にならないか?お前がいなきゃ、俺達ドラゴンさえ倒せないみたいなんだ」
彼らがドラゴンと勇敢に戦っていたのは、広場に着いた時に確認できた。だが何も出来なかった事が悔しかったのだろう。それでも戦っていたこと自体が褒められる事だ。俺は微笑み、そしてゆっくりと口を開いた。
「いいのか?俺は服を着る気はないぞ?」
「その事なんだが……。なぁ、マントくらいは着ないか?かっこいいぞ?裸ネクタイにマントは」
「ふむ、確かにかっこいいかもしれないな。だが却下だ」
「何で!?それくらいいいじゃない!何がダメなのよ!」
「何がダメって、俺はこの格好に誇りを持っている。だから他に何かを身に着けることはしない!」
「馬鹿なんじゃないの?そんな誇り捨てちゃいなさいよ!」
「いいか?納豆はねばねばしていなければ納豆じゃない。同じように俺は裸ネクタイじゃなかったら俺じゃないんだ」
「ちょっと何言っているか分からないわ」
「分からないか?ビールがしゅわしゅわじゃなかったらビールじゃないだろ?同じように俺が裸ネクタイじゃなかったら俺じゃないんだ」
「ちょっと何言ってるか分からないわ」
「分からないか?なら「もういいわ。貴方に期待した私達が馬鹿だった」
元メンバーは俺の答えが気にくわないようだ。だが流石にそんなことを言われたら俺だって頭にくる。
「何がいけないんだよ!意味が分からない!」
「だから!その分からない事が分からないって言っているのよ!」
「何で理解してくれないんだ!君は才能がある。そしていい奴だ!だが服を着ていなければ変態なんだ!そこを理解してくれ!頼むから!」
「ちょっと何言っているかわからない」
「「何でだよ!」」
結局話は平行線のまま、俺はパーティには戻ることはなかった。
その後、街には俺の銅像が立つ、という話になったが市民からの大ブーイングが起きた為、その話はなくなった。さすがに裸ネクタイの銅像は子共には見せられないという話らしい。
だが密かに子供達の間では裸ネクタイの格好が流行したのも事実だ。
この世界がズレているのか、俺がズレているのか。
どんな格好をして、どんな奴でも活躍すればヒーローになれる。
だが結果が伴わなくては、たとえ服を着ていたってヒーローにはなれない。
他人の言葉に惑わされているより自分の好きに生きている人間の方が強いのかもしれない。
この話はそんなシュレディンガー方程式のようなお話だ。
このヒーローは後世には伝わらなかったが、その時の人々の心には残り続けていた。