47.とある運営管理室
本日より第3章開始となります。
数話リアルパートを挟みますがご容赦を。
ある会社のワンフロアにある一室。
そこは『Unlimited World』の運営管理室であった。
その部署は24時間稼働しているオンラインゲームの運営管理――ユーザーからのGMコール対応や各種イベント等の管理――という業務内容のため、24時間常時人がいることになっている。
とある週の月曜日、その運営管理室は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎとなっていた。
「なんでこんなに早く『フェンリル討伐クエスト』がクリアされたんだ!」
そう、すべてはこの一言につきる。
『フェンリル討伐クエスト』、つまりシークレットクエスト『銀月を臨む白銀の神狼』は、現在実装されているクエストの中でもいわゆる『エンドコンテンツ』に分類されるクエストだった。
『銀月を臨む白銀の神狼』は、まず発生させるのが困難なクエストだ。
前段階となる『狼は銀月に吠える』を特殊クリアしないと発生しないと言うクエスト発生条件。
『狼は銀月に吠える』自体も、月曜日のゲーム内で夜時間にしか発生しないという制約がある。
……実は『狼は銀月に吠える』に限れば、ヒントとなる話がゲーム内で聞けるという設定になっていた。
しかしそのヒントを得るにも、特定条件で発生する住人からの情報収集をしなければならない、という条件があった。
そのため運営側の思惑としては、『狼は銀月に吠える』ももう少し後になってから発見されるだろうと予測していた。
しかし、このゲームのプレイヤー達はそんな運営側の思惑をよそに『狼は銀月に吠える』を発見してしまった。
このクエストの発見自体が、ある意味偶然の産物だったことはすでに確認済みだ。
だがしかし、それにしても『銀月を臨む白銀の神狼』がクリアされるのは、あまりにも早すぎた。
『狼は銀月に吠える』が発見されたのが一週間前の月曜日だったことも考えれば、早すぎるという感想以外出てこない。
しかし、クエストクリアという事実は変わるわけではない。
運営管理者達はまずチートやバグがないかを調べた。
このゲームでは一部ボス戦などの戦闘ログや動画を自動的に記録するシステムになっている。
もちろん、フェンリル戦についても記録対象だ。
2戦あったフェンリル戦の記録を何度も調べた結果、チートもバグも存在していないことがわかった。
まず、2戦目の記録については、運営が想定していたとおりの戦い方であった。
しかし、1戦目の記録は、運営の想定をはるか斜め上に飛び抜けたものであった。
「なんでこのレベルでフェンリルとまともに戦えるんだ!」
「それにこのバカげた魔法スキルの大火力、こんなの想定していないぞ!」
「だがマスク値も含めたキャラクターデータを見る限り、この火力は計算通りの値だぞ」
そう、1戦目の対戦者は運営の想定をはるかに超える魔法攻撃力でごり押ししたのだ。
挑戦者パーティの種族レベルが低く人数も少なかったため、フェンリルの各種ステータスもかなり低めにはなっていた。
だとしても、あんな大火力を低レベルで扱えること、それが疑問だった。
次に運営管理者達は、1戦目のパーティの行動ログを追った。
そこで確認された内容は、
「……よりにもよって、鉱山ダンジョン深層でのパワーレベリングかよ……」
「……ああ、あそこでパワーレベリングを行うと、こう言う結果も起こりえるよなぁ……」
そう、鉱山ダンジョン深層でのパワーレベリングという内容だった。
鉱山ダンジョン内における戦闘ではボス戦を除き、種族経験値と職業経験値は手に入らない。
代わりにスキルレベルがとても上がりやすい。
そういう『仕様』で設計されたダンジョンなのだ。
その『仕様』が裏目に出た結果、今回のような低レベルで超火力というプレイヤーが現れてしまったのだ。
しかし、この件は『仕様』である以上『バグ』としても処理できない。
あるいは、『バグ』とするにしてもキャラクターデータの巻き戻しなどできるはずもない。
このままでは、同じような方法でフェンリル戦をクリアするプレイヤーが現れてもおかしくはない。
ここまでが、火曜日の夜までに集められた情報だった。
わずか一晩でここまで調べ上げられたのは、ひとえに運営管理者達の危機感の表れというべきか。
明けて水曜日午前。
運営管理者達は会議を開いていた。
「それで、今回の『フェンリル討伐事件』についてどう対応することになったのかね?」
会議の冒頭、今回の議題の中で最もウェイトの重い内容について、運営管理室室長 榊原直人は会議の参加者達に尋ねた。
「はい、その件ですが、まずクエストクリア者については一切の問題がないことが確認されました。よって、クエストクリア者に対するペナルティー等は一切ありません」
「まあ、当然の処置だな。私の方でも戦闘記録は確認したが不正は一切なかった。むしろ、あのような方法であのフェンリルを初見討伐したのだ。何か運営からのプレゼントを贈りたいものだな」
「さすがにそこまで特別扱いするのはいかがなものかと……」
「わかっている。あくまで言ってみただけだ。それに、あのプレイヤーはβテスターの中でも最優秀と呼べる成績を残した者の1人だからな。我々が特別扱いせずとも、いずれ目立つ事になるだろう」
「やはりβテスターでしたか。しかし、そこまでの成績を残していたプレイヤーだったのですか?」
「ああ、もちろんだ。βテストの頃からここにいる人間なら通り名は聞いた事があるはずだぞ。彼は【爆撃機】だからな」
その室長のセリフに会議室が一部騒然とする。
「彼があの【爆撃機】ですか。ずいぶんβテストに比べて戦闘方法が変わっていますが」
「職業も種族も変更しているからな。それに彼の代名詞だった『爆弾』の入手難易度や威力を調整したのは我々だろう?」
会議室が今度は納得したような空気に包まれる。
「彼のことはもういいだろう。それで今後の対策についてはどうするのかね」
「はい、第2陣参入時のアップデート項目として『鉱山ダンジョンの仕様変更』を開発側と協議して決定いたしました。具体的には、今までは完全に入手できなかった種族経験値と職業経験値について、通常通り入手できるようにします。深層についてはそれなりの経験値量となりますので、今回のような低レベルで超火力というビルドはできなくなります」
「わかった、鉱山ダンジョンの件についてはそのように進めてくれて構わない。他には変更点はあるかね?」
「あとはフェンリル自体の強化を行うかどうかですが……」
「それについては却下だな。フェンリルの強さ自体は本来十分過ぎるほどに強い。1戦目のパーティについてはともかく、2戦目のパーティは現在最前線で攻略しているクランの精鋭達だ。いくら攻略法を事前に聞いていたと言え、クリアできたのは彼ら自身が強かった結果だ」
「はい、我々の間でもそういう話になり、フェンリルの強化は見送られることになりました。この件については以上になります。それからログを追っていて確認されたバグが1件あります。眷属召喚が可能になるまでの時間がログイン中しか減らないという件です。こちらについては金曜日に緊急メンテナンスとして対応を実行、バグの影響を受けているプレイヤーに対しては正常な経過時間になるように対応予定です」
「わかった。次の議題に移ろう。次の議題は……『迷惑行為を続発するプレイヤーへの対応』か……頭のいたい話だな」
「そうですね。先の『漆黒の獣事件』の一件がようやく片付いたところにこれですからね」
「まったくもっていやになる話だが野放しにはできない。これについての対策は?」
「まず現時点で問題のあるプレイヤーについては監視AIを常時張り付けて行動を監視させています。そして問題行動が確認された場合、GMが内容を確認し警告、それでも従わない場合はアカウントロックの処置をとることになります」
「妥当な線だな。ちなみにそう言ったユーザーは、現時点でどの程度いるのかな?」
「現時点で監視しているユーザーは104名になります。そのうち30名あまりが『漆黒の獣』関係者です」
「多いとみるか少ないとみるか微妙なラインだな……とにかく監視は継続して行うように」
「はい、わかりました……今後の対策についてですが、運営からのお知らせという形で釘を刺すという事でよろしいでしょうか」
「他に手の打ちようもないからな。それで構わない」
「はい、わかりました。では、次の議題ですが『生産系技能全般についての難易度の緩和』です」
「そんなに要望が多いのか?」
「はっきり言って多いですね。特に1段階目のスキル進化を行ったユーザーからの要望が多く寄せられています」
「そこまで厳しい難易度になっていたのかね?」
「β時のデータを元にレベルアップまでのスキル経験値などを設定していたらしいのですが……どうにも、β時のデータの方に偏りがあった模様ですね」
「どういう意味だね」
「βの頃に生産に手を出していたプレイヤーはほぼ専業生産者だったと言う事らしいです。つまり、生産専門のプレイヤーばかりが元のデータが集まってしまい、全体として生産の難易度が高すぎる状態となっている模様です」
「そうか。それで今後の対応はどうする予定なのかね?」
「はい。まずは生産スキル全般のレベルアップに必要なスキル経験値量を低下させます。既存のプレイヤーについては、新しい経験値テーブルを元にしたスキルレベルに再計算される形になります。また、生産品の品質も上がりやすく上方修正する予定です。こちらについては来週の大型アップデートに間に合うように対応することで開発と話が進んでいます」
「既存プレイヤーについてもメリットの方が大きい訳か……わかった、これについてもこのまま開発との話し合いを進めてほしい」
「わかりました。それでは次の議題ですが……」
このようにして彼らの一日は過ぎていくのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
「面白かった」「これからも頑張れ」など思っていただけましたらブクマや評価をお願いします。
作者のモチベーションアップにつながります。
誤字・脱字の指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。