209.屋敷の購入
「それでさっきもらった巻物ってなんだったの?」
ユキは先程の巻物の中身が気になるらしい。
「【式神招来・十二天将】ってスキルだな。はっきり言ってスキル名しか見てないし、どの程度の効果があるかもまったくわからない。ただ、セイメイ殿の威力を見るに超級スキルであることは間違いないが」
「ふむ、その認識であっているな。習得するにも多大な労力を必要とするスキルだ。使いこなせれば、これ以上ない戦力となるだろうが、半端な実力では使いこなせないだろうな」
「でしょうね。……ところでクロはさっきからずっと俺達の案内をしているけど、他の仕事とかは大丈夫なのか?」
「基本的に私の仕事は長の補佐だ。長から直接の依頼ならばこれも仕事のうちだ」
「そうか、なら構わないんだが」
「あの、クロさん。ガンナーギルドのアカネさんと姉妹みたいですけど、他にも姉妹っているんですか?」
「うん? ああ、いるぞ。皆、この星見の都でそれぞれの仕事をしている。運がよければ他の姉妹にも会えるかもな」
「そうなんだ。……今度散歩がてら探してみない?」
「……他の姉妹を探すのにそこまでする必要はないだろう。まあ、どこかで偶然会う機会はありそうだが」
「確かにな。その方が可能性はありそうだ。……さて、ホーム屋についたがどうすればいい?」
「店員に紹介状を見せれば売ってもらえるだろう。もっともかなりな金額になるが」
「そこは覚悟してるし、俺達結構な金持ちだからな。そこは心配してないよ」
「そうか、それは安心した。長が用意した家だ。相当な金額だろうからな。今から覚悟しておけ」
「了解。それじゃあ入ろうか」
俺達は先程ぶりのホーム屋へと入る。
出迎えてくれる住人も同じ人間だ。
「おや、これはお客様。何か不備でもありましたでしょうか?」
「ああ、そっちはまだ試してないんだ。その前に別件ができてな」
「別件でございますか。どういった内容でしょう?」
「この場では話しにくい内容だ。店主よ、済まないが別室を用意してもらえるか?」
「はあ、クロ様がそう言われるのでしたら構いませんが……それほどの事ですか?」
「ああ、用意ができないというならば他の店に行くが?」
「いえいえ、滅相もございません。こちらにどうぞ」
店主に案内されて、店の奥側にある個室へと入る。
俺を中心に、ユキとクロが両サイドに座る形になる。
対面には店主が座る事になるが、果たしてこの紹介状を渡したときの反応はどうなるかな……?
「それで、今回訪れた理由はこれなんだけど。こちらで用意できるかな?」
「紹介状でございますか。拝見させていただきます。……これは……少々お待ちを」
店主らしい住人は慌てて店の奥へと消えていった。
数分後戻ってきた店主はどことなく意気消沈していた。
「……申し訳ありませんが、この紹介状の物件を当方では用意できません」
「……そこまで立派な屋敷なのか」
「はい。かなり特殊な条件を揃えた物件となります。これほどの物件を扱っている同業者となると……星見の都中央部に店を構えている大店のところに行くしかないでしょうな。あの店で用意できなければ、一から建てるという話になるでしょう」
「そうか。……その店までの道を教えてもらって構わないか?」
「ええ、もちろんです。……それではこちらが地図となります。紹介状がある以上、邪険に扱われることはないでしょう。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ、ありがとう」
俺達はホーム屋を出て、次のホーム屋へ向かうための道程を確認する。
「ふむ、どうやら中央商業区のサブポータルを経由する方が近そうだな」
「そうみたいですね。トワくん、サブポータルまで戻ろう」
「だな。行くとするか」
サブポータルまで戻り、中央商業区とやらに転移。
そこは中央商業区の名にふさわしく、活気と喧噪に満ちていた。
「何度来てもこの活気は慣れないな」
「クロはこう言うのは苦手か?」
「あまり得意ではないな。静かな方が好ましい」
「そうか。……生産ギルドもここにあるんだな。今度寄っていくか」
「……なんなら今寄っていっても構わないぞ。ギルド内ならば、この喧噪も静かになるだろう」
「そうか? じゃあ少し寄り道させてもらうか」
生産ギルドでは特に紹介状などをもらっているわけではないので、出張販売所の商品更新をして終わりだ。
滞在時間は5分にも満たなかっただろう。
再びユキとクロを伴い、中央商業区へと繰り出す。
目指すホーム屋はここから10分ほど歩いた場所になる。
「それにしてもずいぶんと商いが活発なんだな。こう言う場所は明け方が一番混み合いそうなものだが」
「そうだな。朝の賑わいはさらに混み合っているな。今の時間帯は食品や各店で提供するようなものではなく、装飾品や工芸品などの土産物がメインとなるだろう」
「ふーん、ユキ、皆に何か買っていくか?」
「それは後でもいいんじゃないかな? いまはホーム屋に行くことを優先しよう?」
「ま、それもそうか。……そろそろ地図のあたりにはたどり着いたはずだが」
「そこの店ではないのか? かなりな規模の店のようだが」
クロが指し示した店は平屋や二階建ての建物が多い中で三階建てになっている店だった。
店にかけられている看板を見る限りでも、ここが目的のホーム屋である事は間違いない。
店構えも立派だし、気後れしてしまうが……とにかく入るか。
「いらっしゃいませ。どのようなご用でしょうか?」
店に入ってすぐ若い店員から声をかけられる。
案内役と言ったところだろう。
「住宅の斡旋をしてもらいに来た。店長はいるか?」
「店長でございますか? 失礼ですがお約束はございますでしょうか?」
「いや、ない。だが陰陽寮のクロが来た、と伝えれば大丈夫だろう」
「はあ……? かしこまりました。少々お待ちを」
店員はよくわかっていない様子で店の奥へと消えていった。
……それにしても、クロってやっぱり陰陽寮ではそれなり以上の役職にあたるんだろうか。
「クロ、お前さんの役職って何になるんだ?」
「陰陽寮長代理付衛士と言うことになるな。主に長の守護や長の代わりに色々とすることが主な役目だ」
「……セイメイさんに護衛って要るのかなぁ?」
「そこは対外的な話だな。主な役目は長の代わりに色々と見て回ったり、今回のように客の相手をすることだよ」
「そうか。それならいいんだが」
クロの役目について話をしていると、店の奥から上質な着物をまとった女性が慌てて駆け寄ってきた。
この人がこの店の店長、あるいはそれに準じる役職の人か?
「お待たせいたしました。まさか筆頭衛士のクロ様がご来店なさるとは夢にも思わず、丁稚が失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」
「ああ、気にしていないから気にするな。それよりも長からの紹介で屋敷を都合してもらいたいのだ。どこか個室で話ができないか?」
「はい、すぐにご案内いたします。こちらへどうぞ。ああ、申し遅れました。私はこの店の店長を務めます、ツカサと申します。よろしくお願いいたします」
「知っているようだが、私はクロ。こちらは外つ国の異邦人でトワ殿とユキ殿だ。詳しい話は後にしよう。まずは部屋に案内してもらえるか?」
「はい、今すぐご案内いたします。こちらになります」
ツカサという女性に案内されて店の奥にある個室へと入る。
ずいぶんとしっかりした作りの応接間だし、雰囲気がジパンのものと違うな。
「この部屋は外つ国の方をもてなす際に使う部屋でございます。外つ国の方々には靴を脱いで畳の上に座ると言う習慣はございませんので……」
「ああ。そう言うことなら俺達は大丈夫だったんだが」
「まあ、そうでしたか。では部屋を変えますか?」
「いや、そこまでしてもらわなくてもいい。それよりも、この紹介状の物件をここで用意してもらえるかどうかなんだが……」
「紹介状をお借りいたします。……これは、なかなか難しい条件の物件ですね。確かに、この物件を取り扱っている店となると当店ぐらいしかございませんね。資料をお持ちいたしますので少々お待ちを」
足早に部屋を出て行くツカサさん。
……一体、どんな規模の家を紹介されたのか不安になってきたぞ。
「一体どんな家を紹介されるんだろうな」
「おそらく『家』などと言う規模ではなく『屋敷』だろうな。それも半端な規模のものではあるまい」
「……お金足りるだろうか」
「いざとなれば我々陰陽寮からも出して構わないという指示だ。そこは深く気にしなくても構わないだろう」
「でも、そんなに広い家をもらっても維持するだけでも大変なような……」
「そこも考えているはずだ。……どうやら戻って来たようだぞ」
クロの言葉通り、ツカサさんが部屋に戻ってきた。
その手にはいくつかの資料が抱えられている。
「紹介状の条件に合った屋敷はこの3件になります」
「ふむ、それぞれ説明してもらおうか」
「はい。まずは前提条件として屋敷の管理を行う式神を用意するようにという事でしたので、こちらの方は手配させていただきました」
「式神が屋敷の管理をできるんですか?」
「ええ、もっともそんな事をしているのは高名な陰陽師の方がほとんどですね。年に1度程度とは言え魔力を補充しなければ、ただの紙に戻ってしまいますから」
「なるほど、それで、屋敷の方は?」
「前提条件として、鍛錬が行える道場付きという指定でしたので、この時点で大分候補が絞られました。それから異邦人でも住める住宅と言うことでしたので、こちらの条件でもさらに絞り込まれることになります。結果、残ったのはこの3件ですね」
「ふむ。それで、その3件の内容は?」
「まずは、星見の都の衛士居住区にある屋敷です。ですが、ここはあまりお勧めいたしかねます。候補の物件の中ではもっとも狭く、なおかつお値段も高めになっておりますので」
「ちなみにおいくらなんですか?」
「ざっと800万と言ったところでしょうか。そこに諸々の諸経費が加わりますので1,000万はくだらないかと」
「……流石にそこまで高いのはな……」
「でしょうね。交通の便も不便ですので、一応紹介だけで済ませる予定でした。次からが本命ですが、星見の都で用意した異邦人向けの居住区にある物件となります。こちらは直に見てもらう方が早いですので、実際の屋敷にご案内いたします。どうぞこちらへ」
ツカサさんに案内された先にはホームポータルが用意されていた。
これだけの大店ともなるとこれだけの設備は必須か。
「まずは3階建ての屋敷になります。こちらの販売価格は600万となります。……では、ホームポータルにお触れください」
俺達はホームポータルに触れて転移する。
転移先には立派な武家屋敷が建っていた。
「こちらの建物になりますが、中を見学なさいますか?」
「……ふむ、悪くはないと思うが、トワ殿、ユキ殿、どうする?」
「うーん、俺達2人が住む家にしては広すぎるな」
「そうだよね。ちょっと規模が大きすぎるかな」
「そうでございますか。確かにお二人で暮らすには広すぎるかも知れませんね」
「では、次の物件が本命となるわけだな」
「ええ、こちらは自信を持ってお勧めできる物件となっております。まずはポータルから移動をどうぞ」
「わかった。行こうユキ、クロ」
「うん」
「承知した」
再びポータルから転移する。
その先には先程の屋敷よりに比べると、小さな屋敷が建っていた。
「こちらの屋敷は屋敷だけではなく、耕作用の農地や近隣の野山、それから屋敷の裏手に回れば海を見渡せる屋敷となっております」
「海を見渡せる……オーシャンビューね。実際にはどんな感じなんだ?」
「それではご案内いたします。こちらへどうぞ」
ツカサさんに案内されて、まずは屋敷の中へと入っていく。
屋敷の中には床の間や数部屋の和室、台所などが存在していた。
2階も存在して、そちらは主に寝室として利用できるようだ。
そして何よりもすごかったのは、縁側からの眺めであった。
今は何も植えられていない畑の先には、一面の海が広がっていたのだから。
そして、屋敷の奥、入口から右手側には立派な道場が併設されていた。
「いかがでしょう。ちなみに、道場側にある野山もこの家の敷地に含まれております。季節によって山菜を収穫することも可能となっておりますよ」
「それはすごいが……ここまで広いと高いんじゃないのか?」
「そうですね。本来の価格で行きますと1,000万となりますが……陰陽寮の長様からのご紹介でありますし、ここで暮らすのに必要な諸々の諸経費を含んで800万でいかがでしょうか?」
800万か……最近は小金持ちになっているし払えない額ではないが、やっぱり高いな。
でも、これ以上の値引き交渉は難しそうだし、どうしたものか。
「どうしたの、トワくん。悩み事?」
「うん? ああ、流石に800万となるそう簡単には出せないと思ってな」
「それなら私も半分出すよ? それなら問題ないよね?」
「そうですね、お二人の共有資産と言うことで登録することも可能です。いかがなさいますか?」
うーん、400万か。
ユキの方がお金持ちなのは知ってるし、この様子だとユキも気に入っている様子だな。
ここは奮発して買い取ることにしようか。
「わかりました、それではその金額で買い取ります」
「あら? 即決ですね。もう少し悩むかと思いましたが」
「これだけの物件ですからね。買えるときに買っておかないと、売り切れてしまっては後悔しますから」
「一般の方には販売できないのでそうそう売れる物件ではないのですが……即決していただいたお礼に、屋敷の整備を行う式神の方を5体に追加しておきましょう」
「ありがとうございます。それからホームポータルも設置してもらいたいのですが」
「ホームポータルは最初の諸経費に含まれていますので、ご心配なく。それから畑ですが、塩害が起こらないように特別な結界を張ってありますので安心してご利用ください。使い方は屋敷を管理する式神達に聞けばわかるでしょう」
「ありがとうございます。それで契約の方はどこで行いましょう」
「お手数ですが、一度店舗までお戻りいたただけますか。そちらで正式な契約を結びたいと思いますので」
「わかりました。それでは戻りましょうか」
ポータルからツカサさんの店舗に一度戻り、家の販売契約を正式に交わす。
これであの屋敷は正式に俺とユキの家となった訳だ。
「……まさか、一括で現金払いしていただけるとは思ってもみませんでした。分割払いの準備もあったのですが……」
「一括で支払っても問題ない金額でしたからね。払えるのなら一括の方がいいでしょう?」
「私どもとしては構いませんが……そうですね、屋敷の家具を揃えるのでしたらこちらのお店をお使いください。私どもの店からの紹介と言えば多少は融通してくれるはずです」
「ありがとうございます。……ああ、あと、この街の地図をいくつか用意していただけますか? サブポータルの位置や各ギルドの配置が載っているものを」
「その程度でしたら構いません。すぐにご用意いたしますので少々お待ちを」
地図を用意するために再び部屋を出て行くツカサさん。
ともかく、後は内装を整えれば晴れて立派な屋敷の持ち主となれるわけだ。
……まあ、クランホームはクラン全体の共有資産だから自分の家とはまた違うし。
あっちはシェアハウス的なものだからな。
ユキとどんな家具が必要かあれこれ話していると、ツカサさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが星見の都の地図となります。もし何かご入り用でしたら、また当店をご利用くださいませ」
「ああ、ありがとう。それじゃあ失礼します」
「ありがとうございました」
目的の家も手に入ったし、ホーム屋を後にした俺達はこれからの予定を確認する。
とは言ってもすぐにしなくちゃいけないことは……ああ、そろそろ夕飯の支度を始めなきゃいけないか。
「クロ、今日はありがとう。色々助かったよ」
「クロさん。ありがとうございました」
「なに、礼にはおよばん。私も楽しめたからな。また、用事があれば陰陽寮を訪ねてきてくれ」
「はい、また遊びに行きますね」
「ああ、長も歓迎してくれるだろう。それでは失礼する」
クロはサブポータルのある方角へと歩いて行った。
おそらく陰陽寮へと帰るのだろう。
「さて、俺達もそろそろログアウトして、夕飯の準備だな」
「あ、もうそんな時間なんだ。それじゃあ、急いで帰らないとね」
「そうだな。屋敷の方はまだなにもないし、クランホームに戻るか」
「その前に屋敷に行って巻物をしまうのが先じゃないかな?」
「それもそうだな。とりあえず屋敷でログアウト出来るように布団でも買って帰るか」
「畳の上で布団を敷いて寝るって、なんだか日本人っぽいよね」
「そうだな。……しかし今日はいろんなイベントがあったな」
「うん、でも楽しかったよね」
「そうだな、たまにはこんな一日があってもいいかもしれないな」
俺達は紹介された家具屋でとりあえず布団を2組買って屋敷へと戻る。
屋敷の収納の中に十二天将の巻物をしまっておき、布団に横になってログアウトする。
ユキが俺の横に布団を引いて横になっているのは、いつもの事だから気にしない。
「それじゃあ、おやすみなさい、トワくん。また後でね」
「ああ、おやすみ。また後でな」
いつもお読みいただきありがとうございます。
「面白かった」「これからも頑張れ」など思っていただけましたらブクマや評価をお願いします。
作者のモチベーションアップにつながります。
誤字・脱字の指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。
~あとがきのあとがき~
屋敷を手に入れるだけの話のはずがかなり長めになってしまった。
そして、ポンと400万ずつを支払ってしまう二人ですが、二人の所持金からすればそこまでいたい額ではありません。
なんだかんだ、荒稼ぎしてますからね、ライブラリは。