208.セイメイ
「ふむ。妖精郷を護っていると聞いたが、こうして相対してみると呆気ないものだな」
「それは偏に長が強すぎるからだと思われますが」
「そうか。陰陽寮という狭い空間からなかなか出る機会に恵まれないのでな。自分の実力というものがなかなかわからないのだよ」
暢気に会話をしながら目の前の二人はモンスター達を圧倒していた。
イベントエリアに入ったことで、セイメイ殿とクロのレベルがわかったのだが、クロのレベルは180、セイメイ殿に至っては350もある。
実際、先程から使っている魔法は初級のそれに見受けられるのだが……威力は桁違いで、どれもモンスターを一撃で吹き飛ばすほどだった。
さっきのアナウンスの意味がよくわかるというものだ。
こんなキャラと一緒にクリアして経験値やアイテムが手に入ったら苦労はしない。
「ふむ、トワ殿とユキ殿も相手をするか? あまり歯ごたえのない相手だが」
「いいえ、遠慮しておきますよ。俺達が加わると余計な時間をかけそうですから」
「そうか。その程度気にしないでも構わないのだがな」
「今回は長の我が儘で一緒に来ていただいているのです。この程度の障害、我らだけで何とかするのが筋でしょう」
「然り。それではこの先もどんどん進むとしよう」
……イベントエリアという事でレベル制限が働いていないのか、セイメイ殿は敵をものともせずに進んでいく。
鎧袖一触とはまさにこのことだろう。
これだけの化け物クラスの実力者に護られた星見の都は、絶対的な安全圏なのだろうな。
「すごいね、トワくん。敵がどんどん倒されていくよ」
「ああ、そうだな。……敵のレベルも60と少なくとも俺達の知ってる封印鬼よりも強いんだがな……」
「ほう、トワ殿達の知っている封印はここよりも弱いのか?」
一人、無双状態で敵を倒し尽くしているセイメイ殿の側からクロが戻ってきてこちらに話しかけてくる。
「弱い、というか封印してる場所自体が特殊な作りになっていてね。一定レベルまでこちらの強さが制限されてしまうんだよ」
「……なるほどな。長がそちらに行くと言い出さなかっただけでもよかったと考えるべきか」
「だろうな。……ところでクロはあっちを手伝わなくていいのか?」
「構わない。私の今のお役目はお二人を守ることだからな。長は……まあ、あの強さだから不意打ちを受けても大した問題でもあるまいよ。まして、今は顕現していないが長の周りにはつねに式神の守護がついている。それらが現れていない以上、ここの敵は長にとってなんの障害にもなっていないと言うことだ」
「そうなんですね。……でも、それなら何で私達をここに連れてきたんですか? 単なる足手まといなんじゃ?」
「……実はだな、我々二人でここの調査に訪れた事は何度もあったのだが、あの扉は開かなかったのだ。それで、同郷にあたる精霊を連れた者がいれば開くのではないかと長は考えていてな。お二人を探していたのもそう言う訳だ」
「つまり、探していた精霊を連れた者が、偶々星見の都に現れたためその動向を探っていたと」
「……まあ、そう言うことだな。気を悪くしたのならすまん」
「外国から来た人間の動向を監視すること自体、そんな珍しいことでもないと思うので構いませんが。俺の仲間も精霊を眷属にしてますが、そちらは連れてこなくてよかったのですか?」
「二人でダメだったら、その時は一緒に来てもらう予定だった。だが、二人だけでもあの扉は開いたからな。その必要はなくなったわけだ」
なるほどね、全員でイベントを受ける機会を潰してしまった訳か。
もっとも今は皆、白帝竜素材をあれこれいじることに夢中だからイベントの1つや2つ取りこぼしても気にしないだろうが。
「ふむ。本当に手応えがないな。もう少し強力な守護獣がいなければ封印を守れないのではないか?」
「それは難しいかな。はっきり言ってセイメイは強すぎるよ」
「うん、強すぎる。人間の領域からかけ離れている」
「……ふむ、あまりにも強すぎるというのも困ったものだな」
俺達の前方では相変わらずセイメイ殿による一方的な蹂躙が続いている。
それを見て呆れているのはエアリルとシャイナだ。
俺もあの強さには呆れるしかないのだから仕方が無いが。
「ふむ、そろそろボスの出番と言う訳か。せめて骨のある相手であってくれればいいが」
「いやー、それは無理じゃないかなー」
「セイメイ相手じゃ精霊の守護獣では相手にならない」
「長、そろそろご自身の力量をお考えください」
「ふむ、まあよかろう。それでは入るぞ」
セイメイ殿はそのままボス部屋への扉を開けて中に入っていく。
そこにいたのは、鬼ではなく猿の顔に虎の体、そして蛇の尾を持つ怪物、鵺だった。
レベルも65と高いが……どう考えてもセイメイ殿が一蹴してしまう未来しか見えないな。
「ふむ。ここに来て妖怪、それも鵺ときたか。トワ殿、ユキ殿、お二人が戦った相手は何であった?」
「俺達が戦ったのは鬼でしたね」
「そうですね。鎧をまとった鬼でした」
「そうか。封印の場所によって守護獣が異なるのか、私が来たから鵺が現れたのか……興味は尽きないがあちらも臨戦態勢を取っている。ここは一気に勝負をつけさせてもらうとしよう」
セイメイ殿が袖の中から一枚の札を取り出してそれを投げつけながら呪文を詠唱する。
「急急如律令、来たれ騰蛇、獄炎招来!」
セイメイ殿の呪文が終わると同時、札が輝き辺り一面を焼き尽くす炎の海が生み出された。
「ふむ、少しばかりやり過ぎたか?」
「少しではありません。もう少し手加減をしてください」
「うむ。次からは気をつけるとしよう」
炎の海が唐突に消え去るとそこには何も残っていなかった。
さすがのボスもあの一撃には耐えられないと言うことだろう。
「さて、守護獣とやらは倒してしまったようだが、これからどうすればいいのだ?」
「……俺達に聞かれてもわかりませんよ。こんなこと初めてですから」
「……そうか。これで妖精郷とやらにいけるかと思ったのだが」
「それが目的でしたか」
俺達の会話に割り込んできた声。
それは妖精女王ティターニアの声だった。
「お久しぶりですね。トワ、ユキ。エアリルとシャイナも息災で何よりです」
「やっほー、久しぶり」
「うん、久しぶり」
妖精女王ティターニアは精霊達と気さくに挨拶を交わす。
「それで、そちらの方は何を目的としてこのような事を?」
「ふむ、まずは名乗らせていただこう。私は星見の都が陰陽寮長代理、セイメイと申すもの。此度は妖精郷につながる道があると聞いてこちらを訪れた次第」
「そうですか。妖精郷を訪れて何をなさるつもりですか?」
「特に何も。この世とは異なる理の中にあると聞く、妖精郷がどのような場所か気になっただけだ」
「……トワ、ユキ。この方の言っていることは本当なのですか?」
さすがの妖精女王も困惑して俺達に問いかけてくる。
……そんな事を聞かれても、俺達も会ったばかりだしな。
「正直、わかりませんね。俺達も会ったばかりなので。ただ、これまでの経験からすると嘘は言っていないと思いますが」
「うん、少なくとも妖精郷に行きたいって言うのは本当だと思いますよ。そこで何をしたいのかはわからないけど……」
「……長はおそらく妖精郷に行きたいだけなのだ。それ以外に他意はないだろう」
「……そうですか。この地の守護獣である鵺を倒したのですから、妖精郷を訪れる資格は十分にあるのですが……」
「何か問題がおありかな?」
「流石にこの規模の術を妖精郷で使われてしまうと困ります」
「はっはっは。理由もなく十二天将の力を使ったりなどしない。それは約束しよう」
「……わかりました。それではかなり例外的な扱いですが妖精の加護を与えましょう」
「おお、助かるぞ」
「……これで妖精の加護があなたに宿ったはずです。体になじむにはしばらく時間がかかると思いますが、そう言うものなので無理になじませようなどとはしないように」
「そうか。それならば無理をするのは止めておこう」
「ええ、本当にお願いしますよ」
「ティターニア、クロには妖精の加護は与えないのか?」
「そうですね。そちらの方にも加護を与えましょう。……これであなたにも妖精の加護が宿ったはずです」
「ああ、そのようだ。感謝するぞ、妖精女王殿」
「いいえ、それが役目ですので。さて、妖精郷ですが、すぐに向かいますか?」
「そうだな。出来る事ならすぐにでも向かいたいものだ」
「わかりました。私の力で妖精郷まで転移いたしましょう」
「助かる。ティターニア殿」
「では行きます」
俺達の足下に魔法陣が展開され、それが輝くと同時、俺達は妖精郷へと転移されていた。
「ここが妖精郷となります」
「ほう、ここが妖精郷か。……ふむ、魔力の質が我々の世界とは多少異なるようだ。興味深い」
「……確かに。少し不思議な気分になりますね」
「……今日は妖精達が大人しいな」
「ほう。普段はもっと賑やかなのかな?」
「妖精郷には何度か訪れてます。その時は、妖精達がやかましいぐらいに寄ってきていたんですが……」
「そう言えば今日は静かだね」
「当然です。あれほどの力を内包した方が現れれば萎縮するというものですよ」
「ふむ、私の力が妖精達を萎縮させてしまったか。それは申し訳ない事をしたな」
「……長よ。そろそろ戻りませんか?」
「……そうだな。いつまでも陰陽寮を空けておく訳にもいくまい。邪魔をしたなティターニア殿」
「いいえ。転移の術でお帰りになるのでしたら、あちらの出入り口から一度人間界にお戻りください。別次元にある妖精郷からでは簡単には戻れないでしょうし、下手に2つの次元がつながっても困りますので」
「あいわかった。それでは失礼しよう。」
「お手数をおかけいたしました。妖精女王殿」
「いいえ、また時間のあるときにいらしてください。トワやユキも歓迎しますよ。2人は妖精達にも気に入られているようですし」
「ええ、それじゃあ、また」
「失礼します、ティターニアさん」
妖精の輪から人間界に帰還した俺達は、そのままセイメイ殿の術で陰陽寮のセイメイ殿の部屋まで戻ってきた。
「ふむ、あれが妖精郷か。なかなか興味深いところであったな」
「そうですね。こちらとは様々なことが違うようです」
「……俺達には違いがよくわかりませんが」
「うん、そうだね」
「そこは慣れというものだ。トワ殿達も慣れればわかってくるだろう。……さて、妖精郷に連れて行ったもらった礼をせねばなるまい。なにか望みのものはあるか?」
……どうやら今回のイベントでも報酬がもらえるようだ。
ただ、実質なにもしていないのに褒美をもらえるというのもな。
「正直に言って、何もしていないのに褒美と言われましてもね」
「うん、何をもらえばいいか……」
「ふむ、そう言うものか。……そうだな、トワ殿であればあれがいいかもしれぬ。しばし待たれよ」
それだけ言い残し、セイメイ殿は転移で姿を消す。
そして、少し経った後、再び姿を現した。
その手に巻物を携えて。
「これは私が先程使った陰陽術の術式が書かれた巻物、その写しだ。これを授けよう」
「……見た限りとんでもない高位の術に見えましたが、そんな簡単に渡して構わないのですか?」
「これでも人を見る目は確かなつもりだ。それに、邪心を見抜くとされている精霊にそこまで懐かれているのだ。悪しき目的になど使わないだろう?」
「……まあ、悪事に使うつもりはありませんが」
「ならば構わないだろう。持っていくといい。ああ、その巻物はスキルブックとなっていてな。誰かが覚えてしまえば消えてなくなるので注意するように。それからジパンより持ち出すこともできないようになっている」
「……俺達の拠点はセイルガーデン王国にあるんですが」
「そう言えばそうだったな。ならばここで読んでいくか? 部屋ならば貸すぞ」
「ええと、ちょっと待ってくださいね」
俺は巻物を開いてみる。
そこにはびっしりと先程の術についての内容が書かれており……つまり、これを読破しないとスキルを覚えられないと言うことだろう。
「……さすがにこれを読み終わるには、しばらく日数がかかるかと思います」
「そうか。……そうだな。ユキ殿もいることだ、もう1つ褒美を取らせるとしよう。異邦人用に宅地を用意したのだがな。そこにある家の購入権を与えよう。星見の都の要人から推薦がないと買えない屋敷だ。これならば文句はあるまい」
「まあ、それでしたら。あくまで購入権であって屋敷をくださるわけではないのですよね?」
「屋敷がほしいならばそちらでもいいが?」
「購入権だけで結構です」
「欲がないな。まあ、いい。それから、時々で構わないので顔を見せるといい。守衛には伝えておく。それから、これは身分証代わりの短刀だ。刃がついてないので武器としては使えんが、これを見せれば私からの紹介であることが伝わる。何かと役に立つだろうから持っていけ」
「……そんな簡単に身分証みたいなものを渡していいんですかね?」
「なに、お主達なら問題ない。これが紹介状だ。では、クロよ。客人達を案内してくれ」
「承知しました。……では行くぞ」
「それでは失礼します、セイメイ殿」
「なに、こちらも楽しめた。礼を言うぞ」
「失礼いたします。セイメイさん」
こうして、俺とセイメイ殿の初対面は終わりを告げた。
なお、この後も時折セイメイ殿から呼び出しを受けて話し相手になることになるのだが、それはまた別の話だ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
「面白かった」「これからも頑張れ」など思っていただけましたらブクマや評価をお願いします。
作者のモチベーションアップにつながります。
誤字・脱字の指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。
~あとがきのあとがき~
今回手に入れた巻物ですが、読破するのは先の話になります。
というか、読破し終わっても覚えるかどうかは不明です(
なお、トワが使ってもあんな大火力は出ません。
セイメイが強すぎるだけです。
イベントキャラは自重しないぐらいがちょうどいい。





