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1.4 瑠璃丸

「あれ? お客さん?」



 男の声であった。


 紙袋を抱えた彼は、背中で扉を押しのけて、中へと足を運ぶ。


 まだあどけない顔立ちで、高校生か中学生ではないかと思える幼顔おさながおをした彼は、柔和にゅうわな瞳とすっと通った鼻が端正たんせいに整っており、いわゆる美少年を演出していた。


 美少年は、美心みこをみつけるとにこりと笑った。



「いらっしゃい」



 その温和おんわな声に、思わず美心は聞きれ、それまで頭の中を駆けめぐっていた怒りという感情は一気に霧散むさんした。



「あ、お、お邪魔しています」



 かかげていた拳を慌てて降ろし、前髪をさっと直す。



「瑠璃色工房へようこそ。ゆっくりしていってくださいね」



 美少年は再度にこりと微笑んで、美心の横を通って奥へと向かった。


 なんて、素敵な人なのだろう。あの非常識な店番と会話した後だと、礼儀正しい対応が余計に紳士的に思える。


 やはり、美しいものは美しい心から生まれるのだ。


 きっと彼こそが、人形職人、瑠璃丸るりまるに違いない!


 美心が見惚れていると、美少年は店番がひじを付く台の上に、紙袋を置いた。



「ちゃんと店番してくれていたみたいですね、瑠璃丸さん」



 え?


 今、なんとおっしゃられましたか?


 美心の不安をよそに、店番の男は、ふんと鼻を鳴らして顔をそむける。



「不愉快な女が来たから追い返そうとしたんだが、失敗した」


「いや、お客さんを追い返さないでくださいよ」



 はぁ、と美少年はため息をついた。



「座っていてくれればいいって言ったじゃないですか」


「あの女が汚い手でドールに触れようとしたんだ」


「あぁ」



 美少年は額に手を当てた。


 それから美心の方に困ったような笑みを浮かべて話しかける。



「すいません。ドールにはなるべく手を触れないでいただけますか? うちの店主が気にされる方なもので」



 店主。


 美少年は確かにそう言った。



「あの、ということは、そちらの方が瑠璃丸さん?」


「あ、そうですよ。ヴェネチア国際コンクールで日本人で初めて最優秀賞を受賞した瑠璃丸さんとは、この方のことです。もしかしてファンの方ですか?」



 いえ、ファンからは最も遠い存在ですが。


 というか、



「さっき、瑠璃丸は不在って言ったじゃない!」



 おまえが瑠璃丸かい!


 美心が会心の怒りをぶつける一方で、店番、改め、瑠璃丸の方は素知らぬ顔をしていた。



「おまえと話す気はないのだから、不在も同じだろう」


「嘘つき!」


「騙されるおまえがわるい」


「この根暗ピノキオが!」



 その鼻伸び切って折れてしまえばいいのに!



「まぁまぁ落ち着いてくださいよ、二人共」



 間に入ってきたのは、美少年であった。


 美少年は、美心の方に頭を下げてから、瑠璃丸の方に向き直った。



「ちょっと、瑠璃丸さん! お客さんと喧嘩しないでくださいよ! 愛想あいそよくできないまでも、黙っていられないんですか?」


「俺はわるくない」


「だいたい、大の大人が堂々と居留守なんて使わないでくださいよ!」


「こそこそとするよりはいいだろう」



 ……本当に謝んないな、瑠璃丸。


 やれやれと項垂うなだれる美少年の気苦労が知れるというものだ。


 美少年は、くるりと振り返り、再び美心に向かい合った。



「すいません。うちの店主は、ちょっと変わり者でして」



 変わり者というより、ひねくれ者だと思う。



「失礼な態度で不快にさせてしまい、本当に申し訳ありません。ドールに関しては格別なんですけれども、どうしようもない人嫌いでして」



 人嫌いというよりも、嫌われ者だと、美心は瑠璃丸を睨みつけた。


 人形作り大会に出るよりも、嫌われ者大会に出た方がいい。そちらの素養そようは間違いなく世界レベルだ。



「瑠璃丸が何を言ったかは、まぁ、おおよそ想像できますが、とにかく、せっかく遥々《はるばる》お店に来ていただいたのですから、心ゆくまで瑠璃色工房の至極のドール達を堪能たんのうしていってくださいね」



 微笑む美少年が、この場の唯一の清涼剤であった。

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