表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/34

1.1 幽霊屋敷

2020/9/6 一部修正しました

 やっぱりやめとけばよかった。

 

 煌々《こうこう》と降り注ぐ太陽の光を、轟美心とどろき みこは憎たらしげににらみつけた。


 多摩か奥多摩か知らないが、東京のくせにどうして木々がこんなに鬱蒼うっそうとしているのだ?


 ここは東京だろ。東京ならば東京らしく、コンクリートにおおわれていればよい。これでは、地元と変わりないではないか。


 踏み込んだときに反発しない足裏あしうらの土の感触、風でこすれる葉々の音、むんとする花の香りとかすれた土のにおい。


 島根出身の美心にとっては、どれもこれもきるほど覚えがあり、よく知る感覚。


 よくテレビで森林浴しんりんよくなどと美化していうが、こんなものの何がいいのだろうか。


 美心にはさっぱりわからなかった。


 無駄に晴れ渡っている青空をけるように、木陰こかげを探して美心はなかば折れかけた心を引きずってあゆみを進めた。



「本当にこんなところにあるんでしょうね」



 苛立いらだった美心の呟きを聞く者はいない。いて言えば、葉の裏側にいるてんとう虫くらいだろう。だが、てんとう虫が答えてくれるわけもなく、むなしさが余計につのるばかりであった。



『奥多摩の方に人形職人にんぎょうしょくにん幽霊ゆうれいがいるんだって』



 モデル仲間のそんな話をつい信じてしまい、美心はこんなところにいる。


 聞いたときは、これだ! と思ったのだ。次の仕事で決まった番組の『お宅拝見』のコーナー。そこでパッと目を引くものはないだろうかと考えていたところの話である。


 人形だ。


 普通の人形では意味がない。かわいい人形だらけのファンシーなお部屋なんて、既に先例が山ほどある。


 だが、職人の作った本格的な人形となれば、見栄みばえもするだろうし、インパクトもあるのでは?


 これが、正解か!


 そう思えたのは、駅を降り、バスに二十分揺られるまでであった。


 遠いし、田舎すぎ!

 

 バスの窓から見える景色がどんどん青くしげっていくのを見ながら不安にはなっていたのだが、バスを降りてしばらく歩いたあたりで、すぐに帰りたくなった。


 これで人形職人がデマであったならば、泣き出してしまう自信がある。


 今思い返せば、信じるにあたいしない話だった。そもそも奥多摩の方ってアバウト過ぎる。調べてみると奥多摩ですらなかったし。


 それに人形職人の幽霊って。


 いろいろ盛り過ぎじゃない?


 人形職人だけでも、ハッ? 何それ? てなるのに、さらに幽霊までつけるってどんだけ盛るわけ?


 たしかに情報源のあかりちゃんはそういう話し方をする子ではあった。けれども、核心部分で嘘はつかない子で、信頼はしていた。ただ核心部分以外は、盛りに盛って話す子であることを、美心は唐突に思い出すのであった。


 せめて人形屋さんくらいはあっておくれよ。


 この際、クオリティは期待しない。だいたい人形の良い悪いなど、美心にはわかりやしない。


 そもそも興味がない。


 もう二十歳を過ぎて、今更お人形遊びをすることもない。アニメやマンガが好きな友達が、大量にフィギュアを持っているけれど、はっきり言って全部同じに見える。


 アイドルに黄色い歓声をあげる子達の方がまだ理解できた。


 だって、たかが人形じゃない。


 人の作った、人や動物をした創作物。いや、動物を模した物は動物形どうぶつぎょうとでもいうのだろうか。どちらにしろ、偽物にいったいどんな価値を見出すというのだろう。


 そんなふうに否定的な考えをちらつかせながら、人気取りのために、あやふやな情報を信じて、てしない土道つちみちを歩いている。そう思うと、なんともごうが深いなと美心はいっそう気落ちした。


 もはや引き返すにも億劫おっくうな距離を歩いてきた頃、スマホの地図上では既に目的地の付近までやってきていた。



「この辺だけど」



 つば広の帽子を持ち上げたとき、パッと視界に、それは飛び込んできた。


 ごくりとのどが鳴る音を美心は聞いた。



 ()()()()()()()



 あかりちゃんの声が耳の奥で反芻する。


 黒に近いこげ茶色の木造建築もくぞうけんちく。太いみきを積み上げてこしらえられたその屋敷は、こけが適度に生えており、いい意味で古めかしく、わるい意味でボロかった。


 カーテンが引かれているのか、窓からあかりはなく、そもそもきっかりとめられた窓枠から、その窓が開かれるのか疑問であった。


 正面にたたずむ重そうな扉は、開いたら別の世界につながっていそうな不穏さをかもしており、まったく開ける気にはならない。



()()の方が核心だったか……」



 つまるところ、幽霊屋敷。


 そんな風貌ふうぼうの建物は、どうやら目的地のようで、スマホの地図アプリは一心不乱に到達報告をしてくる。


 壊れてるんじゃないの? 


 いや、もういっそのこと壊してしまおうか。


 美心の向けようのない不安を受けて、ぎりぎりとスマホは悲鳴をあげていた。


 しかしながら、そこは間違いなく目的地だった。


 幽霊屋敷を囲む申し訳程度の門の少し上に、小洒落こじゃれたかんじでネームプレートが飾ってある。



瑠璃色工房るりいろこうぼう



 その名は、まさしく美心が探していたお店の名であり、ある意味では、人形職人が住まうにふさわしい建物であった。


 ふぅ、と美心はため息をつき、そそがれる日差しにスッと目を細めた。


 帰るか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ