第六話 第三王子との邂逅、やっぱり守ってあげたくなる雰囲気
「今日は一緒に昼食を摂るよ」
いきなりそう言って来たのは午前の授業を隣で受けているライト・ヴァーデル。
心の中で漸くかと思いながらも嬉しそうにわーいとはしゃぐ私。
初めてライトと話してから約一か月半が過ぎていた。ゲームではもっと早かったが、現実と考えればゲームのように行くわけもない。だが早ければ早いだけ私としては有難い事だ。
一か月過ぎたころからは少し焦って四回剣術の授業にも参加した。ゲームと同じならば五回目でイベントが発生するはずだ。
相手を自然に煽てながら楽しそうに話す私は、ライトが向かっている場所など気にしていませんアピールの真っ最中だ。
ライトが向かっている場所は、位の高い人ではないと予約できないスペースで、バラ園の一角に椅子と机が置かれている場所だ。
私はバラ園に入って綺麗だのなんだのと言いながら周囲を観察してみる。やはりというか当たり前だが私に向けられた視線を感じる。だが此処に来る前の令嬢の思いっきり今私貴女を睨んでいますの光線ではなくて、此方に視線をよこしていることを隠している視線だ。護衛であろうことは分かるから、行動に気を付けておこう。
バラ園単体は本当に綺麗な物で、よく手入れもされているように見える。途中仄かに香るバラの匂いと、どこかから漂ってくる昼食の匂いでお腹が鳴りそうになるのを我慢するのが大変だった。
漸く辿り着いた場所はやはり一等地。天井までバラに囲まれたスペースだった。そしてそこに座る少し長めの金髪をした優しそうな雰囲気の少年こそ第三王子であるアラン・アインヘル・アディラだ。
「やぁ待ったかいアラン」
「ライト僕はもうお腹ペコペコだよ、それで……」
「彼女はカーラ・ルクレン譲、話題の光魔法だ」
「カーラ・ルクレンって言います! 初めまして! 此処はとっても綺麗な場所ですね!」
「僕はアラン・アインヘル・アディラ、一応王子だけど、兄様が継ぐだろうから気にしないで」
「私アラン様とご飯食べられてとっても嬉しいです!」
ふんわり笑うと相手もふんわり返してくる。実際ゲームの中では彼が一番好きだったから、幾らでも見ていられる。
「では食事にしようではないか」
ライトと私が椅子に座ろうとすると、さっと執事が現れて椅子を引いてくれるので笑顔で御礼を言っておいた。本来は御礼とか言う必要は無いけれども。
その後は基本アランとライトが主導で会話をして、私も楽し気にその会話に入って笑ったりと和やかな雰囲気で送られた。
「カーラ譲は、他のご令嬢とちょっと違うね、あっ悪い意味じゃないよ、僕は好ましいよ」
「ありがとうございますアラン様! 私もアラン様お優しそうで好きです!」
「ただ気が弱いだけだよ僕なんて」
「えっ、でもちゃんと王子様と名乗れているんですから、とっても大変な事もあったと思うんだけど……だから気が弱いんじゃなくてやっぱり優しいと思うんです!」
「……それはずっと近くで見てきたこの僕も同意するところだな」
「ほら! ライトさんがそう言っているんですもん、アラン様は素敵な王子様ですよ!」
「あはは、ありがとうカーラ譲」
「カーラでいいですよ!」
「分かったよカーラさん」
こうしてファーストコンタクトはしっかりと終了した。やはりふわふわと可愛らしい王子は守ってあげたくなるが、残念ながら現実では敵なのだ。いや敵という訳でもないか、私の頑張り次第では味方になって貰えると思う。
翌日から次のイベントを起こすために毎日バラ園の隣にある簡易的な林へと足を運んだ。勿論此処は学園が管理しているので魔物が出たりするはずもない、疑似的な森林浴が少し味わえる程度だ。後は授業で使う植物が植わっていたりする。
アランとお昼ご飯を一緒に食べてから約一週間、この一週間でアランと食事をした回数は三回になった。なのでそろそろイベントが起きないかなぁとお昼休みに林を歩いている私。
「……」
ビンゴ。
私に向けられた視線、以前と変わらず気づかせないようにしている視線を受けた。ならば今この林にはアランが来ているという事が分かる。
イベントは林の中心点で起こるはずなので私はそちらに向かって歩いて行く。
「あれ?」
「あっ」
そしてあたかも偶然見つけましたというようにアランに出会った。彼は少し屈みながら小鳥を撫でていた。かなり絵になるが実際此処のスチルがあったので絵になっていた。
もし私が怪しまれたとしても、今日突然此処に来たわけではない、ここ一週間アラン達とお昼をしない日は此処に来ているので最近のマイブームと言えばそれでいいし、来ている事実は消えないのでそこまで怪しまれることは無いだろう。
「カーラさん」
「アラン様! びっくり! こんにちは!」
「こんにちは、カーラさんはどうして此処に?」
「最近よく来るんです、此処は気持ちいですよね!」
「僕は今日初めて来たんだけど、気持ちのいいところだね」
「はい! なんだか私の好きなところを好きって言って貰えてうれしい!」
えへへと笑いながらゆっくりとアランに近づいて行く。
「カーラさん……」
「どうしたのですか?」
「いや、なんでもないんだ」
「アラン様、今は私達しかいませんし、よかったら私もお友達の力になりたい」
「友達?」
「アラン様とはお友達だと思ってたんですけど、もしかしてちが」
「そんなことないよ、お友達か、そうかお友達、ふふ、僕友達はライトしかいないから嬉しいな」
「やったぁ、じゃあこれからはちゃんとお友達ですよね! だから私もアラン様の力になりたいです!」
私がそう言うと、アランは俯いてしまった。ここでお友達というイベントを起こすことで、彼のルートが発現し、大まかな目標点が定められる。それは彼が心の中でずっと思っていたことで、しかし誰にもライトにさえ言えなかった話。なにせライトは権力がいらないと言っていても、権力者の中で育ったのだ、考え方はこの国の貴族に寄ってしまう。そんな中で現れた平民上がりの子爵令嬢、彼女ならあるいはそう思っても不思議ではない。
というよりも、そう自分を納得させて悩みを打ち明けたかったのだろう、一人で抱えていたくなかったのだろうと私は思っていた。そんなちょっと壊れそうなところも好きだった。
「……カーラさんは、異種族を、どう思ってますか?」
「どうって? 皆仲良くできればいいのになぁって思います」
「ッ!」
驚いた表情で此方を見るアラン。
「僕も、そう、思います……でもこの国は教国の庇護下にあるから、それは出来なくて」
「でも、皆仲良くした方が楽しいと私は思います!」
「そう、だよね、僕もそう思うんだ。でもそれは誰にも言えなくて、言ったら王族なのにって言われてしまうのが分かっているから。でもどうしても彼らを蔑んで奴隷にするなんて思えなくて、だから、僕は……あはは、初めて肯定されたから、言葉が出てこないや」
「そっか、お城とかだと皆他種族排他主義ですもんね……でも私は平民だったから知ってます、力仕事を任せられる獣人や薬を作ってくれるエルフは表立っては言えないけど、皆感謝してるって」
「えっ」
「皆誰かの奴隷だけど、でも優しくした分返って来る、それは奴隷も一緒でした。だからきっとアラン様が思っているよりもこの国の人は優しいと思う」
「……そっか」
「変えていけたらいいのに」
「え?」
「でも私は元平民で子爵家だからあんまり力にはなれないけどね」
冗談めかしててへっと笑うと、アランの真剣な顔とぶつかった。
「そんな事無いよ、僕自分の想いが肯定されて、凄く嬉しかった。それに平民の皆さんの事も少し知れた。……だから凄く嬉しいんだ」
「アラン様……」
「ありがとうカーラさん」
「ううん! 私達友達でしょ! 困ってたら助ける! それに元気出たみたいで良かったです」
「うん! 元気出たよ、ありがとう! 表立っては動けないけど、僕に出来る事探してみるよ!」
「私にも出来ることがあったら言って下さいね!」
アランは私に再度御礼を言って去っていった。一応護衛の位置と声量から考えて聞こえてはいないと思う。
やっぱりアランはゲームと変わらなかった。この国で求めるには難しすぎるそれを求めていた。彼のルートは非常にシビアな部分も含まれる、エンディングもこれから国を良くしていこうという約束のエンディングでその後どうなったのか分からない。トゥルーエンドが波乱エンドみたいなものだ。
午後の授業は魔法の授業にして、その日は早々に部屋に帰り手紙をしたためた。
内容を簡単に言うとこうだ。
アランとの接触に成功。後順調に関係を構築中。彼はこの国では珍しいルーファより、そのため此方に取り込むことが可能。現時点での地位では力になれないため他の人を送ることを希望。または指示を求む。
こんな感じだ。至急という事を言い含めてリリアに持たせる。この王都にも帝国の手の者はいる。勿論配達員に扮したスパイだって何人もいるだろう。その中の今回の協力者に持たせて、ルクレン領を通るルートで渡すと見せかけて、もう一枚書いたダミーのお父様への報告のみを渡す。本命は王都のスパイから更に違うスパイが最短距離帝都へ届けに行くだろう。そういう場合に使う便せんを使ったのだから。
この国は人族以外の種族は排他的であり、帝国の国教は奇しくもルーファアースを崇めた物だ。ルーファアースは自由を愛する女神として祀られており、獣人もエルフもそれ以外も人族と呼ばれる者は等しく自由であると定められている。なので手紙に書いたルーファ寄りと言うのは、他種族を人として認めているという事になる。
私の考えが正しければ、もう少し爵位の高い貴族がアランと会い、憂いがちに奴隷の事を話すだろう。今のアランならそれに飛びつくかもしれない。その貴族が帝国に落ちている売国奴だと知らずに。そしてアランもじっくりと帝国側に落ちるだろう。彼らはそうやってこの国を蝕んできたのだから。そうやって私は蝕んでいくのだから。
まぁ日本ではそういった差別的な行為には否定的な立場な人が多いと思うし、ゲームではそこまで明記されていなかったけど。
だから蝕んでいったとしても良心は全くもって痛まない。逆に彼らを問答無用で奴隷として使っている方が私としては悪なのだと、そう思っているから。