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二度とは来ないレペティション  作者: 北條カズマレ
第五章 ラストレペティション
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第二十六話 最後の選択

 ニハヤを見据えると力を込めて言う。

「誰も選べない」

 ニハヤは口をだらしなく開けると初めて人間らしい表情を見せた。落胆だ。本当にがっかりしたという表情。心を読めるくせにこれは意外だったらしい。あまりに複雑に考えたからか。

「いい?」

 指をぴんと立てて、

「誰か一人選ばないとだめなのよ? わかってるはずよ。大丈夫。全員を思うあなたの気持ちが本物なのは私もわかってるから。疑わないわ。大事なのはそれでも一人を選ぶこと。完全に思いが等しい今の状態なら誰か一人の名前を口にするだけでそれぞれ一人ずつを選んだ世界線三本へと分岐し、平行世界は豊かさを取り戻す。わかるわよね?」

 こっちが小さな子供かとでもいうような調子でまとめてくれた。だが俺は頷かない。なんだって? 誰か一人を選んだ世界では他の二人は不幸になるって? 冗談じゃない! そんな世界を三本も作ってたまるか! ニハヤは俺のこの一連の思考の流れを読んだようだった。予想通りに。ため息をついて、

「だから言ってるじゃない」

 と言った。

「例えそうなってもそれぞれの世界線で一人だけでも救われたらそれはもう十分なのよ。ほかの世界線のことなんか知らない。それでいいじゃない。だいたいあなただって、既に死んでる世界線だってあるのよ? あなたその世界線があるからって気分が悪くなったりする? しないわよね? そう。ほかの世界線なんて悪いモノは無視すればいいのよ。だから救われる世界線が一本だけでもあればもう十分なの」

 俺は長々とした説明を聞いている最中からふつふつとした怒りを感じていた。そしてニハヤが話し終わる頃には怒りの声を上げたくなるほどだった。そして実際に怒鳴りつけた。要はキレたのだ。

「ふざけるな!」

 ニハヤは俺の荒げた声を浴びても全く動じない。

「いいか! 宇宙人野郎! 俺が誰も選ばないのはなあ! 誰も切り捨てたくないからだ! この気持ちがお前らにわかるか!?」

「わからないわ」

 俺の怒りのボルテージは上がる一方だった。

「お前らは! いいか! 見てろ、今度はすべてを救ってやる! このペンダントで戻って……」

「すべてを救いたい、ねえ」

 ニハヤは冷たい顔で言う。

「一本の世界線内でそんな無理をしようとしても結局『誰も救えない』になるのよ。これを見て」

 暗闇に液晶画面のような白い四角い光の窓が浮かび上がった。

「これは……」

 困惑するしかない。何を見せようというのか。やがて白い枠の中には映像が現れる。ナイだった。ナイとミンだった。ご丁寧に日付までビデオで撮ったように表示されている。それは、世界終了の日付だった。俺たちの街が闇に飲まれる日。つまりこれは……。

「そう。あなたが千駄木シズルや根津サモリと最後を過ごしているときの谷中ナイの映像ね」

 よく見ればナイはミンを抱きしめて震えているのがわかった。そして声も。

『大丈夫。大丈夫だからね? お姉ちゃんが付いてる。きっとお父さんとお母さんは来てくれるから』

『お姉ちゃん。本当に来てくれるの? お父さんお母さん』

『帰ってきてくれるよ』

 哀れだった。とっくに闇に飲まれたであろう両親を……。うかつにも、シズ姉やサモリに思いを向けているとき、すっかり忘れていたことだ。なぜ忘れていたんだろう。俺がナイの両親に電話をかけなかったら両親は闇に飲まれていたんだ。つまり、ナイと幼なじみじゃなかった世界では……。

「そう。谷中ナイは両親を失った悲しみに耐えていたわ。そのことをあなたたちにも話さず、明るく振る舞っていたの」

 俺は言葉を失ってしまった。

「今度は千駄木シズルの様子を……」

「なんでこんなモノを見せるんだ」

 ニハヤの動きが止まった。答えを考えているのか。俺を傷つけないような答えを。いや、こいつらにそんな人間らしい心の動きを期待しても仕方ない。やがて答えは返ってくる。

「あなたに誰か一人を選んで欲しいからよ。じゃあ、残りの二人の最後も見てもらうわね。でないと感情が平等にならないから」

 それから俺はシズ姉とサモリの最後の瞬間も見た。シズ姉は、最後まで彼女の方を振り向いてくれない父親の背中を白い顔で見つめていた。サモリはバンド仲間と最後の演奏をしていたが、最後の最後で泣き崩れてしまった。誰にも理解されなかったと泣いていた。

「こんなモノ見たくない!」

「でしょうね」

 ニハヤの声が憎たらしい。

「だけれどもあなたは選べるの」

 俺は暗闇に浮かぶ白い顔をにらんだ。

「確かに世界が滅びなくてもこんな風に孤独に苦しむルートを歩む世界線は、彼ら三人の前に平等に用意されているわ。でもあなたなら救えるのよ」

「でも苦しむナイやシズ姉やサモリが一人もいなくなるわけじゃない、いや無数に出てしまうんだ!」

 その通りね、と言う言葉が聞こえた。それを聞いて俺は決意する。決意が口をついて出てくる。

「だから……やる」

 ニハヤが一瞬驚いた顔になる。俺の意図を読んだのだ。

「今そのペンダントを使って戻っても誰の心にも迫れないわ。なぜなら誰の幼なじみでもなくなるから。あなたはあの三人の前にただのクラスメイト初音ヒィロとして現れる」

「それでもいい」

 俺は本心を口にする。決意を。こいつにも止められたくない決意を。

「このペンダントを使って五月の俺の世界に戻る! そしてたった一つしか世界がなくても、全員を救ってみせる!」

「本気なのね」

 本気なの? とは訊かないようだ。そりゃそうか。心を読めるから確認する必要がない。俺はペンダントを握りしめる。光が手の中に隠れてニハヤの顔が見えなくなった。当然、俺の手も。あたりは暗闇だ。

「じゃあ、好きになさい。さあ、行くのよ。そして思い知るがいいわ。無駄だと言うことを」

 知ったことか。俺は口の中でそうつぶやくと、ペンダントに伝わるように強く願いを念じた。


 俺は自室で目が覚める。慌てて布団脇の時計を見る。五月一日。間違いない。飛び起きて着替え、一階に降りた。流し目で確認すると、変に部屋が増設されていることもなかった。

「中東各国で発生したこの現象には専門家も頭を悩ませており、一部の見解では国家規模の突発的な消滅もあり得るとの見方が……」

「ヒィロ! もう、ここのところいつも遅いからぁ。早く食べて学校行き……あら食べていかないの?」

「ごめん! 母さん! 急ぐから!」

 そう言って俺は最低限の準備だけして家を出た。隣の家を確認するのも忘れない。それは今までとは違うが見知った家だった。ナイの家、シズ姉の家、それがあった頃、そのさらに隣にあった家。それがこちらに詰めてきていた。間違いない。おそらくこの世界線には幼馴染みと言える人間は誰一人としていない。そう確信した。急いで学校へ向かう。ダッシュで通学路を突っ切り、校舎に到着し、教室へと上がる。

「おっはよー、ヒィロ!」

「おはようございます、ヒィロさん」

「うっす」

「おはよう、みんな」

 息を切らせながら挨拶する俺をみんな怪訝そうな眼で見つめる。俺はナイにじり寄る。少しおびえたように後退する彼女だった。

「ナイ、携帯貸せ」

「はぁ!? 何言ってんの? ヒィロ」

「いいから!」

「なんで!? 理由は?」

 シズ姉とサモリがぽかんと見つめる中、俺とナイは押し問答をする。何かと理由をつけてなんとか通話アプリを立ち上げた状態で借り受けると、俺はためらわずナイの父親に電話をかけた。もしもし、ナイさんのお父さんですか? と電話口で言った瞬間、ナイの顔がこれ以上ないくらいの速度で驚きの表情へと変わるのがわかった。

『な、なんですか? 娘の番号から誰なんですか?』

 電話の向こうの声に俺は語りかける。

「娘さん二人が交通事故に遭いましてね、だいぶ危ない状態なんですよ。すぐに戻ってください」

 ピ、と電話を切る。ナイ本人の声が入る前に。案の定、ぎゃあぎゃあと、何考えてるの!? とナイが文句を言ってくる。まあ、当たり前だが。俺はじっと不満の声に耳を傾けつつ、やがて静かになるとこう言った。

「ナイ。お父さんお母さんが帰ってきたらかならず『ずっとこっちにいて』って泣いて頼むんだぞ」

「はあ?」

 ナイは頭上はてなマークを浮かべたが、一回幼なじみをやった俺にはわかる。顔を見ればな。こいつは内心こう思ってるんだ。「そうしたい」と。次はシズ姉だ。

「シズ姉、携帯」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私にもあんな悪質ないたずらをする気ですか!?」

「ああ」

 シズ姉はじっとこちらの眼を見つめてくる。思案顔だ。サモリとナイの見つめる中、静かに携帯を取り出すとロックを解除して俺に渡してくれた。さすがシズ姉だ。俺の意図を尊重してくれたようだ。理解できないままに。ご丁寧に、千駄木さんの呼び出し画面になっていた。

『もしもし、シズルか? 学校からどうした? おとなしくしてないとだめじゃ……』

「もしもし、千駄木シズルさんのお父さんですね? 日暮ノ里高校の教員です」

 俺は精一杯低い声を作った。見ている三人は困惑顔だ。

「実はお宅のお嬢さんが試験で不正行為をしているのを発見しましてね」

 シズ姉が鼻と口を両手で覆った。唯一確認できる眼も、見たことがないほど見開かれている。

「それで問い詰めたところ白状しましたよ。これまでのテストは全部不正行為のたまものだと。まったくとんだ不良生徒ですなあ。優秀なんかじゃないですよ。今日はしっかり話し合ってください」

 そして俺は電話を切る。シズ姉を見ると、かわいそうなくらい白い顔をしている。さあ、次はサモリだ。

「アー・ユー・クレイジー!?」

 そう言うとサモリは携帯を渡すもんかと両手でしっかり握りしめた。しかし俺はそれを無視して教室の後ろ、ロッカーに向かう。そしてサモリの形見のギターを取り出し……。

「それに触るな!」

 サモリが突進してくる。しかし俺はそれをひらりと躱すと、ギターのホール口に暗視ムービーモードをオンにしたスマホを投げ込んだ。ガラゴロと音がなった。

「何をしてるんだよ!」

 サモリは必死になっギターを奪い返した。そしてそれを逆さに振って、俺のスマホを中から踊り出させた。軽い音を立てて床に転がったそれを俺は回収し、例のモノが撮れているか確認する。よし、撮れていたようだ。ばっちりそれが映っているシーンでストップさせ、ホラ見てみろ、と言ってサモリに差し出した。彼女はそれを見た瞬間、なんだかわからなかったようで、眉をしかめていたが、次第に理解したようで、終いにはへなへなと床にへたり込んでしまった。

「あの、これ、パパの?」

「そうだ」

 俺は知っているはずのないことを口にする。サモリは放心状態で教室の後ろまで行くと、ギターを仕舞ってうつむくのだった。

「よし、これで一件、いや、三件落着だな!」

 俺がそう宣言したその瞬間、バシーン、という音が響いた。いや、違うな。痛みの方が先だった。

「ヒィロ! 何考えてんの!?」

 俺の頬を張ったのはナイだった。訳がわからない。一体何だって言うんだ。俺はお前のために、お前らのために……。

「今電話かけ直したら空港だってよ!? もう日本行きのチケット買っちゃったとか言うじゃんか! どうすんのよさ!」

「いや、それがお前らの望み……」

「なわけないじゃん!」

 俺はシズ姉を見た。まだ白い顔をしてそわそわしている。サモリ。こちらに背を向けて動かない。なぜだ? 俺は何か間違ったことをしたのか?

「おれ、まずいことした?」

「当たり前じゃん!」

 やっちまった。そうだ。そうだよ。たった一日、いや、たった一回のイベント消化なんかで全員が救われるなんてあり得ないんだよな。そりゃそうだ。俺は何を焦ってたんだ。最低限九月まで時間はあったんだ。それを俺は拙速ってやつで一気に使っちまった。

「そうだよな。そんな都合よく簡単に救われたりしないよな」

「何ぶつぶつ言ってんの!」

 俺はフラリと教室を出る。三人のことも、ほかのクラスメイトのことも眼に入らずに。出るときになって気がついて振り返る。ニハヤの姿を探したがあいつはいなかった。そのまま家に戻った。最初に世界線移動してパニックになった時みたいに。何もできなかった。問題をこじらせただけだった。失意に飲まれながら。母も父も今回も特に何も訊くことなく俺の引きこもりかを受け入れた。前と同じようにいつの間にか何日も時間が経った。


「ヒィロ、お友達が来てるわよ。三人も」

 三、四日経った頃だったかな? 部屋に運ばれるモノだけで生きていた俺の元にそんな声が届けられたのは。ナイ、シズ姉、サモリ。慰めに来てくれたのか。許しに来てくれたのか。それとも、生活が変えようがないほど壊れてしまったものだから、恨み言を言いに来たのか。

「ヒィロ! もう! どれだけ引きこもるつもり!? このままだとニートになっちゃうよ!? 出て来なさい!」

「ヒィロさん、無理にとは言いませんがご両親も心配なさってます。お顔だけでも見せてはいただけませんか?」

「ヒィロ? キャン・ユー・ヒア・ミー? その中で体液生成中とかでないなら出て来いっつーの。首狩族が待ってたりしないって」

うるさいなあ。わかった。わかったよ。どうやらまずい理由で俺を待ち構えてたりはしないようだな。仕方ない。出てやるか。ドアを開ける。

 その瞬間だった。ぱぁーんと弾けるような音がして色とりどりのビニルテープが俺の体に降り注いだのは。俺は自分が放心状態になるのがわかった。さぞや間抜け面に見えたことだろう。

「ありがとう! ヒィロ!」

「本当に、感謝してます。ヒィロさん」

「アイム・ベリー・グレイトフル・トゥ・ユー。ヒィロ」

「は、はあ?」

 ならされたのはクラッカーだった。な、なんのこっちゃ。訳がわからない。いや、まさか……。

「あれからお父さんお母さんとい~~っぱい話せたんだよ!」

「わかってもらえたんです、父に。私が本当は優秀なんかじゃないって。ちょっとゴタゴタしましたけど」

「ヒィロ。どうしてヒィロが私の服の中より探りがたいモノの中身を知っていたのかは腑に落ちないけど、でもよかったよ」

「みんな……」

 俺は三人の顔をそれぞれ見た。どれも輝いている。生涯抱えてきた問題がすべてではないにせよ、ある程度解決されたこと。そのことは一目で明らかだった。三人は希望の祝福の中にいた。そしてそんな三人に祝福されているのが、まさしく俺なのだった。

「ヒィロ、君は」

「あなたは」

「お前は」

 3つの声が重なった

「みんなのヒーロー!」

 「幼なじみ」からしか聞いたことのない言葉で讃えられる。そうか。成功したんだ。簡単なことだったんだ。みんなの心には今回迫ることはできなかったが、どれもこれもたった一歩でどうにかなる話だったんだ。気づけばすぐ。そう。親子なんだから。当たり前の話かもしれない。

『どうやら満足したようね』

 三人の声がフェードアウトしていく。自分の家の風景がフェードアウトしていく。世界がフェードアウトしていく。代わりに聞こえてきたのは、ニハヤの声。気づけば俺は例の暗い空間に自分がいるのに気づいた。飛ばされたって訳だ。しかしペンダントは前にも増して光を放っていて、暗さは全然感じなかった。寒々しい暗闇の中に浮かびながら俺の心はポカポカしていた。ぼうっと、ニハヤの顔が現れる。俺は自分が笑みを浮かべているのを感じながら彼女に語りかける。

「どうだ。ここからなら安心だ。ここからならどう分岐しても俺は後悔しない。このタイミングなら俺は何もためらうことなく選ぶぜ。誰を切り捨てることもないからな。さあ、運べよ。新たな3つの世界線に。『闇のカーテン』も消えてくれるんだろ?」

 ニハヤは驚いたような表情をした後、ふっと笑みを浮かべた。なんだよ。案外かわいい顔もできるじゃないか。

「そう。わかったわ。これがあなたのやり方なのね。今後の参考にさせてもらうわ」

 俺はうんと頷く。何に頷いたのかわからないが。幸福感がそうさせたのかもしれない。

「本当にこれで後悔しないのね?」

「ああ」

「全員を等しく愛している?」

「ああ。訊くまでもないだろ? お前にはわかるはずだ」

 その通りね、と聞こえた。俺は身構える。最後の質問に。

「では、今一度訊くわ」

 白い顔だけのニハヤが近づいてきた。

「あなたは、誰を選ぶの?」

 俺は、迷わない。

「俺は――」

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