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二度とは来ないレペティション  作者: 北條カズマレ
第二章 千駄木シズル
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第十五話 小さな成功

 六月中に案が浮かんだ。拙いし、正攻法にすぎるかもしれないが、とにかく生返事をされても親父さんとのコミュニケーションをとるというものだった。全てはそこからだと。毎日電話で成果を聞いた。

「今日はサモリさんが先生に怒られたことを話したんですよ。サモリさんの対応、なんていうかとっても可笑しくって、印象に残りましたからね」

「ナイさんの作ってきた唐揚げをいただいたことを話しました。そうしたら、ひどいんですよ、父さんったら。子供が料理を作るなんてよくない家庭だって」

「今日はとても悲しくて憤りを感じたんです。サモリさんの両親のことを話したら、父さんはそういう子と付き合うのは避けなさいって」

 話を聞くだにシズ姉の親父さんは難物だと思った。無理にきっちりあろうとする家の、余裕のないお父様って感じだ。娘のシズ姉をある種溺愛しているというか、それでいて何も考えていないというか。まあそれでも前よりかはマシになったんじゃないかな。お互い考えが知れたわけだし。もしかすると親父さんの方はあまりわかってないかもだけど。いや、ぜったいわかってない。これは時間が問題を解決するというタイプだろう。何年もかけて。うん。だからこそ不味いんだ。『闇』は世界の都市を次々飲み込んで行っているのだから。夏休み中にどうにかしないといけない。それが明ければ、終わりが来るだろう。そうなればどうなるんだろう。俺はまた別の世界に行くんだろうか。そうしたらシズ姉はどうなるんだろうか。そもそも前の世界のナイはどうなったんだろうか。考えても仕方ない。今できることを精一杯しなくては。

 

 やがて七月。状況は変わらず、俺は夏休みにすべてを賭ける。

「ねえ! 今年の夏休みは私のおじいちゃん行かない!? 何日か泊まってさ! 海が近くだから、海水浴しようよ!」

「海ぃ? はぁ、知らないの? ナイ。あたしは強い日ざしに……」

「サモリさん、その割には十字のアクセサリー……」

「あたしはサイキョーの吸血鬼だからこんなものは……」

「海か」

 俺は前の世界での出来事を思う。確か、あの時は『闇のカーテン』が沖合に出て、シズ姉とサモリとミンはシズ姉の親父さんの車で帰ったんだった。チャンスのように思えた。

 そして夏休みになった。海水浴場では、例のモノが出てくる時間になるまで、俺たちは楽しく過ごせたと思う。時計にばかり目をやる俺をみんな不思議に思っただろうけど。その時間が来た。海の方に突如出て来た、真っ黒い闇。俺は憎しみを込めた強い視線を奴に送る。

「『闇のカーテン』だ……」

 サモリがボールを持ったまま呟いた。そう、前の世界通りだ。

「みなさん、落ち着いてください! 落ち着いて退避してください!」

「はやくおじいちゃん家に入ろう!」

 ナイが叫ぶ。ミンが走る。やはり前の通り。ナイのおじいちゃんの家に着くなり、告げられる、

「避難指示!?」

 との言葉。前の時は気づかなかったが、みんな不安そうにしている。これから避難所に行くべきか、電車で帰るか(ディーゼル車だから電車ってのは変か)、悩む間、俺はただシズ姉の親の車を待った。果たして、それは来る。

「大丈夫かい!? シズル!」

 ナイの御爺さんの家に横付けした車から泡を食った千駄木さんが飛び出してくる。

「私は大丈夫ですよ、父さん」

 これも前に見た光景だ。そして俺はシズ姉とサモリとミンがこの車で帰っていくのをナイと見送るんだった。だが俺は今度は違う選択をする。ちょっとサモリには悪いんだが、安全なのは確認済みだ。

「サモリ、ナイやミンのそばにいてやってくれないか? おじいちゃんがいるだろうけど、やっぱり友達がいた方が安心だと思うんだ」

 妙な提案だろうか。しかしこれは通さねばならない。

「ホワット? うーん、確かにそうかもね。どーせあたしいなくても里親にはいつものことと思われるだけだし」

 オーケーしてくれたようだった。

「それじゃあな。……千駄木さん、よろしくお願いします」

 俺とシズ姉は車に乗り込んだ。一時間ほどで東京まで戻るだろう。その間に話をつけなければ。

 高級そうな車だった。詳しくは知らないが、黒塗りでやたらピカピカしていた。座席にアイスでも溢した日には土下座一択なのは確かだ。俺たち二人は後部座席に座って大人しくしていた。シズ姉は不安だろう。なにせ初めて『闇』をまじかで見たんだから。俺はというと慣れたものだった。別に今更どうということもなかった。だから頭は別のことを走らせている。唐突にぽつりとシズ姉が言った。

「ありがとうございます、お父さん、来てくれて」

「ああ、いいんだ」

 なんとなく違和感。親子の会話っぽく無くないか? ずっと思っていたんだが、親にも敬語ってどうなんだ。親父さんの方も何となく対応が変だと思った。と、目配せしてくるシズ姉に気付いた。俺は慌てて、

「ありがとうございます、千駄木さん。駅で不安なまま一時間近く待つところでした」

「いい、いい。君は仲よくしてくれてるからな。当たり前じゃないか」

 こっちは「当たり前」か。逆じゃないか? 自分の娘を迎えに来る方が当たり前で……。

「シズル。随分遊んでいたけど勉強は進んでいるのか?」

 おいおいそう来たか。

「はい、なんとか……」

 学年一位、全国模試上位では不満かこの親は。これ以上何を望むっていうんだ。俺は言うべき言葉も見つからず窓の外を見つめる。夕日差す田んぼのあぜ道はもっと人の心を優しくしてもいいはずだった。

「あの」

「なんだい? ヒィロ君」

 俺は何の用意もなく声をかけてしまった。

「シズ姉、いえ、シズルさんだって頑張ってるんですよ? もう少し認めてあげても……」

「君はシズルのなんだい?」

 そう言われても、そうだな、幼馴染ですとしか答えようがない。だけども俺は応えずにさらに突っ込んで、

「だって成績だって上位ですよ? 褒めてあげてもいいじゃないですか。聞いてますよ? 褒めてあげたこともないんでしょ?」

「ヒィロさん!」

 意外にも声がかかったのはシズ姉からだった。

「ヒィロさん、やめて」

 泣きそうな顔でそう頼まれてしまった。

「ヒィロ君」

 諭すような声。

「君はシズルと小さいころから随分仲良くしてくれているね。成績もシズルを上回った時期もあったほどだから、おじさんも認めているんだよ? でもね、ヒィロ君。どこまで行っても、ウチと君のところは他人なんだから。あまり必要以上の介入は慎んでくれないか?」

 確かにそうかもしれない。俺が関われるのはシズ姉にであって、千駄木家にじゃあない。だからって、家庭内の不和、でもないけど、ちょっとした問題にも手が出せないなんて言うのは、歯がゆい。歯がゆすぎる。少しは親父さんに働きかけてもいいはずだ。だけど言葉が今は思いつかなかった。流れていく風景に無常さを感じる。このまま平行線で世界の終わりまで流されていくだけなのか。何か手立てを考えなくては。結局、それ以来車の中に会話らしい会話はなく、俺はチャンスを棒に振った形になった。


 夏休みの終わりが迫って来る。当然宿題はやらなかった。仕方ないことがわかっているからだ。新学期の初めにちょっと叱られるくらいなんでもない。最近はシズ姉のことばかり考えている。

「聞いてください! ヒィロさん! 通信の模試で取れたんですよ! 総合全国一位! やりました! これで……」

 これで? その続きは知っている。「これで父さんも褒めてくれますよね?」だ。なんだろうな。俺は思うんだ。「どうしてそこまで」って。褒めてくれることが目的なのか? 認められることが目的なのか? だが俺はとりあえず、早く報告してきなよ、と言った。報告はSNSのメッセで返ってきた。曰く、やりました、褒めてくれました、頭を撫でてくれたんですよ、だってさ。健気だった。涙が出るくらい。やったね、シズ姉。望みがかなったんだ。俺は自分の部屋の敷きっぱなしの布団にどさりとあおむけで倒れ込む。これでいいんだ。間に合った。世界の終わりに。俺にできることはやった、いや、何もしてないけど。シズ姉の力だ。

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