かごめかごめ
「森先輩、大丈夫かなぁ」
オフィスビルの窓、ブラインドの隙間を覗いても、どうせ灰色のシャッターしか見えない。
日没の15分前に自動で閉まるシャッターは分厚くて、外をうかがう隙間もない。
わかっていてものぞいてしまうのは、時間ぎりぎりに飛び出していった先輩のことが気になるんだろうか。
シャッターが閉まっていることを確認して、自分が安心したいんだろうか。
定時間際に起きたサーバートラブルで、今日はオフィスの人間はほとんど残業している。
半端な時間に帰るより、潔く泊まって仕事を進めたほうが安全だ。
彼女と違って、オフィスに残った俺たちは安全だ。
だけど、実際何かがあったとき、このシャッターはどの程度守ってくれるんだろうか。
どの程度頑丈なら大丈夫かなんて、だれかが試したことがあるんだろうか。
後ろからスーツの裾を引かれ、思わず振りほどく。
振り返った先にいたのは、不安げな顔をした同期。
「ねぇ、やめなよ。あんま近寄んないほうがいいよ」
「なに、びびってんの?だーいじょぶだって、ちゃんとシャッター閉まってっから」
必要以上にびくついた自分を隠すように騒ぎ、シャッターをたたいてバンバンと音を立てる。
「ちょっと、マジでやめなって!」
「ウソウソ、じょーだん。仕事しまーっす」
彼女の後ろで怖い顔の部長が立ち上がりかけるのを見て慌てて自分の席に戻る。
実際、こういうちゃんとしたところが被害にあったなんてニュースは聞いたことがない。
だけど、実際何かがあったとき、助けに来てくれる誰かがいるわけじゃない。
びびってんのは、俺の方だ。
「でもやっぱ心配だな。俺、送ってけばよかったな」
しばらくは部長の目を気にしてまじめに仕事をしていたけど夜はどうしても仕事に集中できない。
昼光色のLEDに照らされた暗がり一つないフロア。閉じられた白いブラインド。壁のモニターはどこか南の海の映像をエンドレスに流している。
明るい部屋、たくさんの人、そこかしこで漏れる雑談。
それでも夜を意識しないではいられない。
「送っていくって、あなた家逆方向じゃない。自分が帰れなくなるよ?」
突っ込みを入れる同期にびしっと親指を立てて答える。
「先輩シングルマザーじゃん?やっぱ夜、男手あった方が安心じゃん?
森先輩、料理うまいって噂だし」
「ばーか。下心丸見え」
小突いてくる同僚を大げさな身振りでかわす。
「好きで外にいる人よりさぁ、近くにいる人を心配してよ……」
でも、俺が守りたい人は今近くにいないから、その声は聞こえなかったことにする。
もう少し仕事を進めたら、適当に切り上げて仮眠室に向かうつもりだ。
ビルの中央に設けられた部屋には、セキュリティカードがないと入れない。
防火防震の最新型シェルターだとビル管理者は胸を張っていたはずだ。
だけど、夜に追われて逃げ続ける先輩と、夜に閉じ込められた俺達と、一体どっちの方が安全なんだろうか。
いるかもわからない逃げ惑う獲物を探すより、普通は確実に数を仕留められる方を狙うもんじゃないだろうか。
一体何人がこの夜の中でおびえていて、一体何人がこの夜を生き延びるのか。
それは、朝が来るまで誰にもわからない。