無効化の先にあるものを
無効化の先にあるものを手に入れたくて、こんなに焦燥の日々を過ごしているのかもしれない。なにが欲しいかわからなくて、そもそも、俺は、彼女のことをも、本当に欲しいと思って付き合っていたのか、なんなのか。それすらもうわからない。ただ、毎日の酒と、気が向いた時――それはたいていどうしようもなく落ち込んで必要に迫られてのことだが――のオーバー・ドーズ、これだけが目的になった。
自分から別れたのに、まだ傷が開いて血を流しているままだ。認めたくないけれど、それは事実で、俺はひっきょうその傷から一度出て、そしてまた戻る、ということをしたいのかもしれない。人恋しい、毎晩のベランダでの喫煙も、彼女と別れてから再開した古い習慣だった。なんでもいい、今の自分を、溺れさせて、消失して、消費してくれるもの。タバコ、アルコール、リストカット、オーバー・ドーズ。まともな愛情?正しい恋愛?そんなもの、どこにあるんだ、俺にはない、あってもつまらなくて投げ出してしまうかもしれない。その点、俺は、自分でも自身を信用できない。変な言い方だが、俺は、正しい愛を信用しないだろうという自信がある。
それでいい。なんでもいい。もうどうでもいいんだ。百歩譲って、恋はいい、今の俺にはということだが。けど、愛、こいつは駄目だ。いつの間にか自分の中に入ってきたリテラシーをとうに失った相手に求められる。俺はそれに応えられない、応えたくなくて応えられないんじゃない、応えたくてたまらないから、応えられない。
とっくにいないものとしてやりすごしてきた人間――2年前に別れたもうひとりの女――に、メールを送った。さいきん人と別れた事情を文面に織り込むかどうか迷った、が、ほのめかす程度にして、遊んでくれないか、あとくされなく利用してくれていい、という主旨を短い文章にした。そして、もう一人の女――5年前に出会ってとっくの大昔に別れた――とも、会う約束を取り付けた。これで当面の空虚は埋まるだろう、この部屋にいるときの、彼女と別れた事について考える時間――自分でも認めたくないがそれは事実、その時間だった――に圧迫されなくて済む。自室の空気に毎日窒息しそうになっていたが、渡りに船だ。昔の女2人は、既婚者だから、こういう遊びに寛容だと思った。予想通りだった。俺は順調だ。
今朝は悪い夢を見ずに済んだ。久しぶりにいい朝だと感じだ。一時的にでも、俺の”場所”になってくれる、既婚の女たち。俺はこの女と、寝て、あとくされなく別れて、来年には就職をそつなくして、また今まで通り、なにごともない顔で――その皮膚の下には敗れた夢の残骸を織り込みつつ――日々を過ごす。
そうして、彼女が自分の居場所でない事を、その事を、気にも留めない。愛には二度と振り向かない。必ず自分を裏切るから。居場所があるという顔をして、俺から居場所を取り上げる、そういうものには、もう二度と出会わない。