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異世界という名の死後の世界  作者: ヒコ
二章 鬼神襲来編
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第八幕 鬼の襲来

「茨木童子?」


「知らないの?」


「知らないな、まず鬼にそういう明確な名があること自体初めて知った」


鬼はただ一個体の集団で名はないと思っていた晴哉は正直驚いていた。


「茨木童子は平安時代に京都を荒らし回った鬼のことよ。そして、茨木童子は酒呑童子の家来だったとも言われているわ」


「その酒呑童子も存在するのか?」


「その可能性は高いと思うよ。本当は存在して欲しくないんだけど」


菜月は苦笑いを浮かべるが、それは仕方ないことだ。

この街を壊滅させた茨木童子より強い鬼が存在する......考えただけで嫌になるだろう。

しかし、実際見たことも、ましてや聞いたこともなかった晴哉にとっていまいちピンと来なかった。


「茨木童子ってどんな外見してるんだ?」


「平安時代を生きた鬼だから格好は和服。そして、茨木童子は女なの」


「女の鬼か、それ以外は全員男なのか?」


「わからない...けど、私が見た鬼の中で茨木童子だけが女だった」


「そうか」


ゴツい女なんだろうな。

晴哉はそう考えていると、菜月は歩を止める。


「着いたわ、ここが私の家よ」


周りの建物と比べれば原型を留め、幾分マシではあったが、それでも酷い。

外壁には焼け跡があり、窓ガラスが無惨に割れていた。


「外見はあれだけど、中はまあまあ綺麗よ」


菜月はそう言って、晴哉を家の中に招待する。


「確かに綺麗だな」


菜月の言う通り、中は綺麗に整理されており、晴哉は丁寧に扱われているテーブル用の椅子に座る。


「コーヒー入れてくるけど、砂糖はいる?」


「ああ、スプーン10杯分は入れてくれ」


「へ?」


菜月は晴哉の予想外の返事に思わず変な声が出てしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「......」


かなり甘ったるいであろうコーヒーを平然と飲んでいる晴哉を菜月はなんとも言えない顔で見ていた。


「晴哉くん...よく飲めるね」


「俺は甘党だからこれくらいがちょうどいいんだよ」


甘党でもそんなに入れないわよと思ったが、菜月は敢えて言わなかった。


「ところで気になったんだが、なぜこの街の住人は誰も外に出ないんだ?」


「やっぱり気づいてたのね」


「あれだけ視線が強ければ嫌でも気づく」


表面上だけ見れば無人の街だろう。

しかし、晴哉はこの街に来てからずっとあらゆるところから視線を感じていた。

まるで、何かを警戒してるかのような。


「あの時触れなかったが、お前が鬼に追いかけられていた理由は人間だからってだけじゃねーよな。それにこの街の雰囲気......何か隠してねーか?」


菜月は言った、1年前に鬼の襲来により街は壊滅させられたと。

しかし、それは1年前の話。

1年あれば街は壊滅前までの活気に至らずとも、ある程度の活気は取り戻せてるはずだ。

そして、何よりおかしいのが窓の真下にガラスの破片が落ちていること。

普通はガラスの破片が床に落ちていればすぐに掃除するが、それをしなかった。

いや、出来なかったのか......?


「わかった、全部話すわ」


隠しごとは出来ないと判断した菜月はこれまでの経緯を晴哉に話す。


「さっきこの町は1年前に壊滅したって言ったじゃない。でも、それから私たちは生き残った人々で街を少しずつ活気を取り戻していった。でも......」


「また鬼が攻めて来たんだな」


「うん...でも今回は誰1人殺さず、街の人たちを鬼のアジトへ来るよう強制したの。結果十数人の人たちが連れていかれ、私もその中の1人だった」


「他の奴は助けなかったのか?」


「助けるどころかみんな自分らの家から一歩も出なかったわ。元々、鬼が来ると知った瞬間、みんな建物の中に身を潜めていたの。でも、鬼は私たちを引きずり出そうとお構いなしに次々と建物を破壊していった」


「だから、街はこの有り様だったのか。で、お前があの森にいたのはーーー」


「そう鬼のアジトに連れて行かれる時に隙を見て逃げたってこと。でも、それは街の人たちが協力してくれたからよ。私1人じゃ絶対に無理だった」


菜月の目からツーっと涙が頬を伝う。


「悔しいよ、私はただ逃げることしか出来ないなんて。本当は皆も助けたかった。でも、私は強くなんかない」


菜月の目から涙が次々と溢れ出ていた。

己の非力さ故に大事な人を失った晴哉なら分かる。

だからこそ、


「え......?」


晴哉は何も言わず菜月の頭にポンと手を置く。

菜月は少し困惑したが、自然と心が温まっていった。


ーーーーーードゴォォォ......


すると、突然外から大きな破壊音が聞こえてくる。


「おらぁ!隠れてないで出て来いよぉ!まだ、残っているのはわかってるんだぜ!」


荒々しい声が街に響き渡る。

まさか、これは......

これまで話の流れから大方予想できる。

菜月も怯え、身体が震えていた。


「いや...」


身体の震えを抑えようと両肩を掴む。

この怯えよう...恐らく今の声は鬼だろう。

もしかしたら再び街の人々を鬼のアジトに連れていこうとしているのかもしれない。


「止めて!離してよ!」


近くで女の子の声が聞こえてくる。

おそらく鬼に見つかってしまったのだろう。


「晴哉くん......?」


正気に戻った菜月は先程まで目の前にいた晴哉がいないことに気付く。

家の中を見渡しても晴哉はいない。


「まさか...!」


嫌な予感がした菜月は割れた窓から外の様子を窺う。

そこには少女の手を強引に引っ張る鬼とその鬼の腕を掴む晴哉の姿があった。


「ん、なんだお前?離せよ」


「お前がこの手を離せば離してやるよ」


「生意気な野郎だな」


2メートル以上の身長の超人的な肉体を有する鬼は晴哉は軽く見下ろす。


「「あ、あいつは!!」」


後方にいた2人の鬼が晴哉を見るや、口を開く。


「知っているのか?」


「はい!あいつは森で俺らを攻撃してきた奴です!」

「あいつのせいで追いかけていた女を逃したんです!」


「誰だ?」


彼らは晴哉が森で気絶させた鬼だが、あっという間の出来事だったので晴哉はあまり覚えていなかった。


「この野郎!あの時は油断したが今度こそは始末してやる!」

「本気でやればお前なんかに負けるはずがねえんだ!」


彼らは剣を抜き、斬りかかろうとするが、


「やめろ」


2メートルを超える鬼がそう言った途端、彼らの動きがピタっと止まる。


「な...ゴードン様?」


この鬼はゴードンという名らしい。

先程の彼らの行動と様付けするあたり実力はかなりのものだと分かる。


「お前たちじゃ勝てねえ、俺様が始末する」


ゴードンは晴哉に掴まれている手を振り払い、背中に差している大剣を抜く。


「一瞬で終わらせる」


彼の等身大程の大剣は垂直に晴哉へと振り下ろされる。

晴哉はその攻撃をなんなく回避するが、ゴードンは威力を殺さず、そのまま地面に伝える。


「何つう威力だ」


身体中に衝撃が走る。

見た目通りの凄まじい怪力だ。

しかし、勝てない程ではない。


「オラァ!!」


ゴードンは晴哉に息つく暇も与えず、次、また次と攻撃の手を止めない。

だが、動きが単調だから避けること自体それほど難しくはなかった。


「......」


また、攻撃を避けながらも晴哉は何かを狙っているかのように彼の動きをじっくり観察していた。


「ここだ」


ゴードンの動作が停止するその一瞬、晴哉は握りしめた拳を大剣を握る彼の右手に叩き込む。


「クッ...!」


ゴードンはその一撃に右手が痺れ、思わず大剣を手放す。

晴哉はそれを見逃さず彼から大剣を奪い、距離を取る。


「この大剣使わせてもらうぞ」


「この野郎、なめやがって!俺様は幹部の1人だ!貴様程度に倒される俺様ではない!」


あっさり形勢が逆転した。

今どちらが主導権を握っているかと言われれば間違いなく晴哉だろう。

いや、攻撃が全く当たらない時点でゴードンに主導権などない。

怒りに任せ、闇雲に襲いかかるゴードンは自ら罠にかかりに来る猪のようだった。


「振り回せば当たるという考えが甘いんだよ」


喧嘩とかで最も倒しやすいのは感覚、本能だけで喧嘩する彼のような奴らだ。

もちろん、強ければある程度の地位は築くことができる。

ゴードンもその1人だろうが、全てがそう上手くいくわけではない。

今がその状況だ。

晴哉はガラ空きの足を払い、


「なっ......!」


受け身の体勢を取れないゴードンは豪快に倒れる。


「無様だな。幹部さんよ」


晴哉はゴードンに大剣を突きつける。


「くそ...!」


晴哉に弄ばれるゴードンは悔しさのあまり歯軋りを立てる。


「嘘だろ、あいつ幹部のゴードン様を...」


手下の鬼たちは助けに行こうにも、自分たちより強い幹部が負けるほどの相手だ。

返り討ちにあうのは目に見えている。


「てめぇが鬼たちのリーダー的支柱だろ?さっさとこの街から去れ。そして、もう二度と来るな」


「はっ、お前この街の者じゃねーな」


「だったら、なんだって言うんだ?」


「なぜ関係ないのに首を突っ込むかは聞かねえ。ただ、お前は後悔するぜ。鬼に刃を向けたことをな」


「ーーーそうか」


勝手に言わせておけばいい。

こいつがなんと言おうとこの状況は覆らない。


「いいねいいねえ!最高だねえ!この街にまだこんな奴がいたのか!次あたしとやろうよ!」


すると突然、何処からか陽気な女の声が聞こえてきた。

聞こえてきた方に目を向けると、和服を身に纏った女性の姿がそこにいた。

また、彼女のある部分に視線がいく。


「鬼...?」


額に二本の角、その特徴だけで彼女が鬼だとわかる。


「なんで、あいつが...」

「と、とにかくここから逃げろおおおお!」


すると、今まで家に隠れていた人々は彼女が現れた瞬間、恐れをなして一目散に逃げ出す。


「なんだ!?一体あいつがなんだってんだ!?」


彼女は他の鬼と何が違うのか。

外見だけ見ればゴードンの方が明らか凶悪で、何より強そうだ。

しかし、他の鬼たちは彼女が現れてから誰も口を開かない。


「ーーー!?まさかこいつ......」


晴哉はあの時菜月の言ってたことを思い出す。

和服で女の鬼という少ない情報だったが、今はその情報だけで充分だ。


「茨木童子か」


しかし、想像していた茨木童子とは違った。

晴哉より少し低い背、肩まで伸びたボサっとした茶色い髪とその髪と同じ色の瞳、細っそりとした華奢な身体。


何もかもが晴哉の想像とほぼ真逆だった。


「ふん、そうだ。お前は茨木様には手も足も出ない。ま、せいぜい足掻くんだな」


安堵の笑みを浮かべるゴードンは彼女への信頼の表れだろう。

すると、茨木童子は晴哉の元へ歩み寄る。


「茨木様助かります」


礼を言うゴードン。

しかし、茨木童子はあっけからんとした顔でーーー、


「なに言ってんのー?あんたもう用済みだから」


「え、それはどういう...?」


言ってることが理解出来ないゴードンだが、恐らくそのままの意味だろう。

用済み、それはーーー


「つまり死んでってことー」


茨木童子が手のひらをゴードンに向けると、彼の体がいきなり炎に包まれる。


「ぐああああああああ!!」


「なっ......!」


仲間であるゴードンを何の躊躇いもなく燃やした。


「あと君たち二人もねー」


さらに茨木童子は晴哉に一度倒された彼らも同様に燃やす。

これにも躊躇いがない。


「「ぎゃああああああああ!!」」


「なんてことを...」


菜月は悲痛な顔を浮かべる。


「さーて、あとはみんな帰っていーわよー、いても邪魔だからねー」


茨木童子は丸焦げになった彼らに目を向けさえしない。


「し、しかし...」


「あれー、聞こえなかったのかなー、あたしは帰れって言ったのよ?」


「わかりました...」


今回の目的はこの街の人々を鬼のアジトに連れて行くこと。

誰もがそう思ったが、反論すると次は自分が殺され兼ねないと悟り、誰も言いだすことは出来なかった。

鬼たちはそうして静かにこの街を出て行ったーーー。


「これで心置きなくやれるねー」


「俺に負けた奴は殺し、あとの奴らは邪魔だから帰らすーーーー随分と自分勝手だな」


晴哉は目の前の丸焦げになったゴードンを見る。

彼の表情は熱い、苦しいと言った感情だけではない。

自分をゴミのように焼いた茨木童子への怒りや悔しさもあるように感じる。

俺はこいつが燃え尽きるまで一切目を離さなかった。

その燃える炎の中で彼は泣いていた。

今は目の水分が全て蒸発し、その跡すら残っていないが......

しかし、彼らを燃やした張本人である茨木童子は視界に入れさえしない。


「だって私は強いからねー 、弱い者は強い者に逆らうことが出来ないってこと、わかったー?」


「......」


晴哉は何も言わない。

こういうタイプは何を言っても無駄だとわかっているから。


「あ、ちょっと待ってねー」


茨木童子は背中に背負っている金棒を後ろに投げる。


「なんだ?その金棒使わねーのか?せっかく鬼らしい奴と戦えるのに惜しいな」


「だってあんたは武器なしで戦う気でしょー?だったらあたしも対等にしなきゃ。あとー、私が女だからって手加減は駄目だよ」


「あんなもん見せられたらそんな気にもならねーよ」


始めから全力で行かなければこっちが危ない。

すると、晴哉は誰かに右手首を掴まれていることに気付く。


「邪魔をするな、菜月」


「嫌よ。戦ったらあなたが死んじゃう」


「うるせぇ、早く離せ」


「なんでよ、この街のことは晴哉には関係ないでしょ。ほっといてよ!」


「その言葉そっくりそのまま返してやる。これは俺の喧嘩だ!てめぇには関係ない!失せろ!」


「......ぅ」


菜月は言葉が出なかった。


「お前がいると邪魔なんだよ!とっとと失せろ!」


また、さらに追い討ちをかけるかのように怒声を発する。


「うん.....」


菜月は覇気のない声で、街の人々が逃げた方へ逃げて行った。

少しきつく言い過ぎたか?

いや、これぐらい言わないと言うことを聞いてもらえない。

晴哉は菜月の背中が見えなくなるのを確認し、目線を茨木童子に向ける。


「もう準備はいいー?」


「あぁ」


歩み寄る晴哉と茨木童子。

そしてーーー、


「くっ!!」


「うぐっ!!」


互いの拳が顔面に直撃し、彼らを中心に強烈な風が吹き荒れる。

この風は東条晴哉vs茨木童子の闘いの火蓋を切るためのゴングのようだった。

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