第七幕 荒れ果てた街
「ここは...」
真っ暗な空間ーーー。
周りには何もなく晴哉の存在だけがそこにあった。
いくら視線を動かしても黒以外の色はない。
しかし突如、本来いるはずのない者達が晴哉の眼前に現れる。
「母さん...父さん...姉さん...舞...」
ありえない、けどあれは紛れもなく俺の家族だ。
晴哉は信じられないと思いながらも、足は勝手に家族がいる方へと進む。
しかし、
「何だッ!?」
片足を誰かに掴まれる感覚がした。
晴哉は恐る恐る掴まれる足に視線を向ける。
「ーーーッ!?なんでっ......」
晴哉はギリッと歯ぎしりを立てる。
彼の足を掴んでいたのは黒い手、あの時死神が出したものだ。
「ってことは......」
前方へ視線を戻すと、その瞳の先に晴哉が最も憎む者の姿が映し出される。
家族を殺し、加奈を殺した張本人ーーー、
「なんでてめぇがーーーーーー死神ぃ!!」
晴哉は鋭い目つきで死神を睨みつける。
今すぐにでも殺しにかかりたいが、黒い手に足を掴まれ、その場から一歩も動けない。
そして、相変わらず死神の表情は読み取れず、何を考えているか謎だ。
しかし、死神がしようとすることは手に取るように分かる。
だからこそ、晴哉はそれを止めようと必死に足掻く。
「やめろぉ!!」
ーーーーーーピシャァァァァ
目の前で家族が殺され、血が凄惨に飛び散る。
そして、晴哉はまるで雨のようにその血飛沫を浴びる。
殺された、また家族が殺された。
「あ...ぁ....」
家族の死体とその屍を踏みしめる死神、その光景はまるであの時のようだった。
晴哉は力なく腰を下ろすと、辺りはパッと真っ暗な空間からある場所へと変形する。
「ここはあの時の......」
晴哉の表情はより一層暗くなる。
それもそのはず、ここは加奈が殺された場所なのだから。
「晴哉」
すぐ側に聞こえるこの声は加奈だ。
晴哉は聞こえてくる方に目を向ける。
「え...?」
確かに加奈はそこにいた。
しかし、加奈の心臓は死神の鎌により貫かれ、口から大量の血を吐いていた。
「...ゴフッ...」
そして、晴哉を見下ろす彼女の表情は歪みに歪む。
「信じて...いたのに...,..」
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「晴哉くん!晴哉くん!!」
ーーーーーーなんだ...何か聞こえる......この声は菜月か...
晴哉はゆっくり目を開ける。
「あ!やっと目が覚めた!」
「俺は...ウッ!!」
晴哉は突然の頭痛に頭を押さえる。
「だ、大丈夫!?」
「あぁ、少し頭痛がするだけだ」
「晴哉くん結構うなされていたのよ?何か怖い夢でも見たの?」
菜月は心配そうにこちらの顔を覗き込む。
ーーーーーー夢...?あぁそうか、あれは夢だったのか...
あまりにも鮮明な夢だったため、現実だと錯覚していた。
今までこのような夢は家族が殺されたあの日から何度も見ていたが、今回はとくにひどかった。
やはり、加奈を殺されたあの光景が頭に焼き付いているのだろう。
「何でもない、それよりお前はもう大丈夫なのか?」
「晴哉くんのおかげで何とかね」
「そうか」
菜月が無事だと知り、安堵する。
「それにしてもお前があれほどムカデが嫌いとはな。さすがに呆れたぞ」
「なによ、悪い?」
菜月は頬を膨らませ、晴哉を睨め付ける。
「嫌いってだけなら仕方ないが、せめて気絶しない程度には馴れろ」
「むぅ、わかったよ」
菜月は渋々ながら、そう返事する。
「色々あったがとりあえず出ることができた。もうあの森には入りたくねぇな...ところでお前の街はどこにあるんだ?」
「もうすぐ着くわよ。偶然にも出たところが私の街と近かったしね。付いてきて」
こうして2人は菜月の住んでいる街に向け、歩を進めた。
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「ここがお前の街なのか...?」
街というにはあまりにも荒れ果てていた。
晴哉は辺りを見渡す。
建物のほとんどが半壊、そしてあちらこちら散乱する建物の破片、とても人がいるとは思えない。
しかし、何故だか妙に視線を感じる。
「昔はもっと活気で溢れてたんだけど、1年ぐらい前、鬼によってこの街はほぼ壊滅、今となってはこの有様よ...」
「鬼ってあいつらのことか?」
「えぇ、でもあれはまだ下っ端、あいつらだけならここまで酷くはならない。この街を壊滅させたのはたった1人の鬼。私がこの世界に来てから15年は経つけど、あれほど強い者は他にいない」
「ちょっと待て、15年前って...お前今何歳なんだ?」
菜月は見た感じ、晴哉と同年代ぐらいだ。
ということは彼女は小さい頃に亡くなったのではないだろうか。
晴哉はそう思っていた。
しかし、そんな彼女はこちらを見てニヤッ笑う。
「永遠の17歳よ」
「そんな冗談はいいんだよ」
「冗談なんて言ってないわよ。言ってなかったけどこの世界は歳をとらない」
「まじかよ!?」
「私たちは死んだ時点で成長は止まってる。成長する方が逆におかしいってもんよ」
「た、確かに......」
晴哉はあまりに衝撃なことで驚きはしたが、よくよく考えれば納得できる。
「話を逸らして悪いな。で、その鬼はそんなに強いのか?」
「強いなんてもんじゃない、あの鬼は他の鬼とは次元が違う」
菜月の体は小刻みに震える。
それほどまでに恐ろしい存在なのだろう。
「あなたも聞いたことはあるでしょう?その鬼の名は...」
菜月は乱れた呼吸を一旦落ち着かせ、その名を口にする。
「茨木童子」
それが菜月の街を壊滅まで追いやった鬼の名であるーーー。