第三幕 1つ目の消失
晴哉は目に映る衝撃すぎる光景に脳が追いつかない。
その中でも晴哉が無意識に視線を向ける者は最も衝撃的だった。
黒い装束を身に纏い、大きな鎌を片手に持つ異様な存在、それはまるでーーー、
「死...神...」
いや、ありえない、死神がこんなところにいるはずがない、何かの間違いだ。
そう自分に言い聞かせる晴哉だが、視線の下にある事実はあの者を死神と思わざるを得なかった。
「母さん...父さん...姉さん...舞...」
晴哉は恐る恐る視線を下へ落とすと、そこには彼の母、父、姉、妹が倒れていた。
彼らは動く気配すらない。
「あ...あぁ...」
晴哉は突然体中に恐怖が走り、今すぐにでもこの場から逃げ出したかったが、足が動かない。
「......」
すると死神は晴哉の存在に気づいたのか、体を晴哉の方に向け、ゆっくりとこちらに向かってくる。
ーーーーーー殺される
真っ先にそれが晴哉の脳内に浮かび上がる。
晴哉は動かない足に精一杯の力を入れる。
そしてようやく足が動き、晴哉は全力でその場から逃げた。
この家にいてはいけない、それだけは頭が回っていない晴哉でも理解出来た。
しかし、玄関まで辿り着いた時点で晴哉は予想外なことが起きる。
ーーーーーードアが開かない!?
押しても引いてもドアはビクともしない。
まるで外側から鍵をかけられているかのようだった。
「くそぉ!なんで、なんで開かねーんだ!?」
そうこうしている間にも死神は一歩また一歩と迫り来る。
「く、来るなぁ!」
晴哉は側に置いていある傘を手に取り、死神に投げつける。
しかし、投げた傘は死神の体をすり抜ける。
「ーーーは!?」
すり抜けた、やっぱり人間じゃないのか。
改めて奴が人間ではなく、死神だというのを再認識する。
そして、その死神はもう晴哉から1メートルの範囲内のところにいる。
近くで比べると死神と晴哉には大きな身長差がある。
「く、くそぉ!」
晴哉はやけになり、死神に殴りかかる。
こんなことしても意味がないことを分かっている。
しかし、何もしないよりはマシだ。
晴哉にとってこれは最後の足掻きだった。
死神もすり抜けることを知っていて、避ける動作すらしない。
しかし、両者共に予想外なことが起きる。
「ーーーーーーっ!?」
晴哉の拳はすり抜けることなく、死神の溝辺りに直撃する。
その攻撃が効いたのか死神は腹を抑えながら後ずさる。
顔が頭蓋骨で隠れているため、表情は読み取れなかったが、困惑しているように見えた。
「当たっ...た?」
しかし、それは晴哉も同じだった。
なぜ、物はすり抜けたのに自分の拳はすり抜けなかったのか。
疑問は消えない、けどーーー
「首の皮一枚繋がった、のか?」
助かる希望が見えた。
一方死神は抑えた手を退け、顔を上げる。
「あなた...でしたか...」
死神は初めて言葉を発した。
それは暗く、抑揚のない声だった。
そして、何かを悟ったのか死神は「はぁ」と息を吐く。
「死を与えます...」
死神は鎌を振り上げ、その鎌から黒いオーラが滲み出る。
「なんだよ......あれ......」
晴哉は言葉が出なかった。
先程より強い冷気が死神の周りを漂い、自分の死期が近づいていることを実感した。
一瞬にして希望が絶望に変わる。
すると、突然開かないはずのドアが開く。
晴哉は後ろを振り向き、ドアを開けた人物を確認する。
いや、わかっていた。
『家にあるから後で渡すね』
あまりの衝撃の数々に来ることを忘れていたが、ドアの開く音でパッと思い出す。
「プレゼント渡しにきたけど大丈夫?なんか晴哉の家から凄い寒気がしたんだけど?」
「加奈!!今はそんなことどうでもいい!逃げろ!」
「何を言って、え?何...あれ...」
加奈は今頃になって向こうにいる死神の存在に気づく。
ーーーやばい、このままじゃ加奈までもあいつに殺されてしまう!
晴哉はあの光景を思い出し、必死になって加奈をこの場から逃がそうとする。
しかし、死神の取った行動は晴哉の思っていたのと違っていた。
鎌から滲み出ていた黒いオーラは消え、死神の周りを漂っていた冷気も感じなくなった。
「外側からの結界を怠っていましたか...私もまだまだですね...しかし、他の人間に姿を見られたのなら致し方ない...ですが、必ずあなたを連れて行きます...」
そう言って死神は姿を消した。
「た、助かったのか...?」
晴哉は今まで張り詰めていたものが解かれ、その場で倒れてしまう。
「ちょっと晴哉!晴哉っ!!」
加奈が俺の名前を呼んでいる。
しかし、だんだん意識が遠のいていき、次第に聞こえなくなっていった......
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーーここは......?」
白い天井、白いベット、白いカーテン、晴哉は病院のベットにいた。
「あ、晴哉調子はどう?」
加奈は椅子に座り、心配そうな目でこちらを見ていた。
「俺はどうしてこんなところで寝てるんだ?」
「覚えてないの?晴哉、あの後急に気を失ったから心配したんだよ」
ーーーーーーあぁそうか、あれは夢じゃなかったんだ...
そう思いながらも晴哉は一つ気になることがあっ。
「加奈...母さん達はどうなったんだ?」
「ーーーーーー」
「加奈?」
加奈は目を逸らし、答えようとしない。
「それは私がお答えします」
すると、突然誰かが入室してきた。
年相応の白髪が目立ち、ほっそりとした体型に白衣を纏うその特徴からこの病院の医者だとわかる。
「結論から言いますと、君のご家族はお亡くなりになりました」
「ーーーーーーッ!?」
医者は言葉を濁すことなく、直球で伝える。
晴哉は言葉が出ない。
薄々気づいてはいたが、医者からはっきり言われることで確信へと変わってしまう。
医者は晴哉の表情を確認し、言葉を告げる。
「体の器官はどれも正常、外傷もない。ただ、心臓の鼓動だけが綺麗に止まっています」
聞きたくない。
「様々な方法で君のご家族の死因を調べましたが、可能性すらもわかりません」
聞きたくない。
「長年いろんな患者を診てきましたが、このようなケースは初めてーーー」
「うるさい!黙れよ!」
聞いたところで何も変わらない。
叫んだところで何も戻ってこない。
これはただの八つ当たりだ。
無力な自分への苛立ちをただぶつけているだけだ。
もし、あの場にいたとしても、どの道家族を誰1人助けることが出来なかったに違いない。
「死神ぃ......」
なんで俺を、俺の家族を狙った。
一体何をしたっていうんだ。
晴哉はギリッと強く歯を食い縛る。
「許さねぇ...次現れたら絶対殺してやる、死神がなんだっていうんだ」
「晴哉...」
医者は晴哉の言ってることが理解出来なかったが、死神の存在を間近で見た加奈は理解出来た。
「そして、もう何も奪わせやしない」
涙が次々と溢れてくる。
しかし、今は泣こう。
そしてこれから先どんなにつらいことがあっても泣かないと晴哉は心に誓った。
その事件以降、晴哉の家族の死因を警察や医者が調べたが、欠片も手掛かりが見つからずその事件は闇へと葬られた。
もちろん、晴哉にも証言として迫られたが、死神の仕業と一向に発言を曲げず、呆れられた。
決して間違ったことは言っておらず、事実だけを口にしていた。
しかし、普通に考えればありえないことで誰も信じてくれなかった。
その事件が闇へと葬られる頃に晴哉は家族の不明の死、事件の謎、何より彼の発言から『死神』という理不尽な異名がついた......