第二幕 悲惨な誕生日
あれは晴哉と加奈がまだ小学6年生頃、季節は今と同じ夏だった。
「おーい、早くこいよ」
「ちょっと待ってよー、私晴哉みたいに体力ないのよー」
晴哉と加奈は街の近くにある山を登っていた。
何故、山を登っているかと言うと晴哉がこの山から見える絶景を加奈に見せたいと言い出したのが事の発端である。
しかし、彼は肝心の彼女に気を使わず、先へ先へと進んでいく。
彼女はそんな彼に呆れてはいたが嬉しくもあった。
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「はぁ...はぁ....ま、まだ着かないの〜?」
登山してから20分は経つ、さすがに加奈の足も限界に近かった。
しかし、そんな彼女と裏腹に、晴哉は歩く速度を緩めるどころか息一つ乱れていなかった。
「ほんと体力バカなんだから」
加奈は呆れるようにため息を吐く。
すると、前を歩いていた晴哉が急に立ち止まる。
「着いたぞ」
「え...?ほんと?」
加奈は晴哉の言う絶景を早く見たく、急ぎ足になる。
今まで散々歩いてきて足が重かったが、この時だけは軽く感じた。
そして、加奈はようやく晴哉に追いつき、そこから見える景色に目を置く。
「きれい...」
基盤の目のように綺麗に区画された街並みが夏の夕焼けにより一つ一つの家を色鮮やかに映し出していた。
「今まで生きてきた中で一番綺麗かも」
「だろ?俺が見つけたんだぞ。一番に決まってる」
晴哉は誇らしげに胸を張る。
「調子に乗らない」
「へへっ」
「でも、なんで今日なの?」
「そりゃぁ、俺の誕生日に見せた方がサプライズになるだろうが」
「サプライズって......普通逆でしょ?」
「気にすんなって、まあ理由としてはこの季節のこの時間が一番綺麗でそれが俺の誕生日に丁度よかっただけなんだけどな」
「そうなんだ、ありがとね」
「あぁ、また来ような」
「うん」
2人はしばらくこの景色を満喫した。
今日は8月8日ーーー晴哉の誕生日だ。
また、それと同時にあの事件の日でもある。
しかし、2人はまだ知らない。
これから起きる悲劇を......
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「そろそろ帰るか」
「うん」
辺りはまだ明るいが、おそらく時間は6時頃で、晴哉の家も加奈の家もご飯の支度をしている頃だ。
腹の虫もなっている2人はそのまま下山する。
帰りは登りよりも楽な下りなので、行きよりかは楽に帰ることができた。
しかし、いくら登りといえど20分近くかかった道のりなので加奈にとって楽とは言い切れなかった。
「大丈夫か?」
心配した晴哉は一旦立ち止まり、手を差し伸べる。
「それ登るときにしてくれたらもっと嬉しかったのに、でもありがと」
周りが見える時と見えない時の差が激しい晴哉に呆れる加奈だが、今はその気遣いが素直嬉しかった。
晴哉は加奈の手を取り、彼女に合わせゆっくりと下山していく。
そして、ようやく山を下り終えた晴哉たちは自分たちの住む住宅地を歩いていた。
晴哉と加奈は家が隣同士なので帰り道は一緒だった。
「そういえば、まだ渡してなかったね」
「何を?」
「誕生日プレゼントだよ」
「あぁ、確かにまだ貰ってなかったな」
晴哉は今日が誕生日というのは知っていたが、あまり自覚はなかった。
「家にあるから、あとで渡すね」
「別に明日でもいいぞ?」
晴哉のその発言に加奈は「はぁ」とため息を吐き、顔を近づける。
「いい?誕生日プレゼントっていうのは誕生日に渡さなきゃ意味がないでしょ」
「近い近い」
そうこう話をしている内に2人は自分らの家に着いた。
「ちょっと長くなるかもしれないから、家で待ってて」
「わかった」
晴哉と加奈は各々の家へと入る。
「ただいまー」
「......」
晴哉はいつも通り帰宅後の挨拶をしたが、返事がない。
誰もいないのかと思ったが、時刻は夕方6時頃、少なくとも母が夕飯の準備をしているはずだ。
「サプライズか」
晴哉は誕生日ということを思い出し、これはサプライズで自分を喜ばそうとしているのだと納得する。
晴哉は靴を脱ぎ、いつも家族で食事をする台所へと向かう。
「なんか寒いな?」
それは家の中に入った時から薄々感じていた。
夏だから涼しいと言った方が正しいのかもしれないが、家の中は晴哉にとって涼しいとは感じなかった。
しかも、台所へ近づくにつれ、寒さは強くなっていた。
「クーラーの温度低くしすぎだろ」
晴哉は単純にクーラーの温度が低いから寒いと思っていた。
いや、それしか考えられない。
しかし、これは寒さというより寒気に近く、クーラーではない何かが影響していると考え出す。
「ただい.....ま.....?」
台所に入った瞬間、晴哉は自分が見た光景に目を疑う。
「なんだよ...これ...」
悲痛と驚愕、その2つの感情が目に映る光景によって生み出される。