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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界召喚編
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第五話 最強の武器造っちゃいましょう!

 


 君子がクロノの元で修業を始めて実に二〇日が経った。

 『複製(コピー)』の特殊技能(スキル)の修行は、なかなかの精度になって来ている。

 カップだけではなく、色々な物が複製できた。

 椅子、机、棚、タンス、よくわからない液体に使ったよくわからない物などなど。

 本物の隣に置いてもどちらが偽物か判別できないほどの出来だ。

「君子にはこの特殊技能はとても合って居る様だな、普通ここまでの精度の物を造る事は出来ぬ」

 自分の妄想力がこんな所で役に立つとは、人生どう転ぶか解らないものである。

「師匠のご指導のおかげです」

「…………君子、そろそろより実戦に使える物を造ろう」

「実戦に使える物……ですか?」

 何だろう、荷車とかかなと君子が首を傾げていると、クロノは口元にほんのり笑みを浮かべて言う。

「武器を作ろうではないか」

「……武器ですか!」

 確かにそっちの方が実戦向きで良いと思う、それに武器を特殊技能でどんどん出していければ凄くカッコいい。

 そんな事が出来れば、榊原や東堂寺の助けになれるかも知れない。

「じゃあお見本の武器は何にするんですか」

 やはり剣だろうか、だが槍も捨てがたいし、刀だってカッコいい。

 元々ファンタジーが好きで、そういう社会の役に立たない知識だけ無駄に持っている君子にとって、武器を造るのは夢の様な事だ。

「……そんな物はない」

「えっ!」

「君子、お前の世界で最強の武器を造るのだ、神話上、伝説上の武器を何でもよいから造ろうではないか」

 『複製』に最も必要な物は、対象を正確にイメージする想像力。

 より難易度高いが、その場になくとも頭の中の対象を複製する事が出来る。

「さっ最強の武器……」

 何と言う中学二年生、大好物です。

 そんな楽しそうな事が出来るなど、異世界最高じゃないですか。

(じゃっ……じぁっじゃあ北欧神話のグングニルとかニョルニルとか、日本神話の草薙の剣とか天羽々斬とか! 造っちゃって良いんですか、良いんですか!)

 実在しない武器。

 空想上の存在で、眼で見て触れる事が叶わない武具。

 それを、こんなモブの中のモブ、脇役の中の脇役の二次元に染め上げられた手で造ってしまって良いのだろうか、そんな事許されても良いのだろうか。

 君子は、聖剣やら魔剣など空想の武器達を造れる喜びで興奮し、テンションゲージが壊れる位に気合がはいっている。

「師匠、やりましょう! 最強の武器造っちゃいましょう!」

「……いつになくやる気だな君子よ」

 魔力珠(マナジュエル)の修行の時だって、こんなにテンションは高くなかった。

 鼻息が荒い君子にクロノは圧倒されていた。

 君子は全神経を集中させて、自分の頭に完璧なイメージを作り上げて行く。

「……最強の武器、絶対無敵の剣」

 強者にふさわしき最強の剣を、我が手で造り上げる。

 その名は――。



「騎士王の剣、エクスカリバー!」




 手のひらが燃える様に熱い、カップを造った時とは比べ物にならない熱量だ。

 光る靄はバチバチと火花を散らせ、電流が走る。

 そしてイメージに従い、一本の美しいロングソードが現れた。

「……おお」

 クロノはその出来に思わず声を上げた。

 美の中には力強さもあり、美術品ではなく戦場で活躍する無敵の剣だという事を見せ付けている様だ。

 しかし宙に浮いていた剣は、石の床に落ちた。

「君子、大丈夫か?」

「……う」

「君子?」

 首を傾げるクロノ、しかし君子は床に落ちて、刀身に傷が入った剣を悔しそうに睨みつけていた。

「違う……、こんなの最強の剣、エクスカリバーなんかじゃない! 騎士王の剣はもっと、も~~~っとかっこよくて強い剣なんです、こんな事で傷なんかつかない! こんなペーパーナイフみたいななまくらじゃないんですぅ!」

 鼻息を荒くして叫ぶ、今まで大人しく声を荒げた事のなかった彼女だが、今はまるで人が変わったかのように感情が爆発していた。

「もう一回……今度こそ最強の剣を……完全無欠の騎士王の剣を複製してみせる……」

 もはや君子は、この複製はクロノの魔力を使って造られている事などすっかり忘れて、最強の武器を造る、この一点だけに意識が向いていた。

「…………やれやれ、何と言う弟子だ」

 クロノは少し困った表情をする。

 今君子に取られた魔力は、軽く中級クラスの威力を持つ魔法に匹敵する。

 それだけの魔力を使ってペーパーナイフとは、どうやらクロノの予想以上の物を君子は造り出そうとしている様だ。

「君子、イメージを上手く掴めていないのだろう、もっとよく考えると良い」

「……はい」

 クロノに言われて、とりあえず冷静さを取り戻した君子。

 だが、やっぱり足元の剣は最強の剣としては不完全だ。

 本で読んだ神々の武具、すごい能力があって、かっこよくて美しい、そんな武具達。

(エクスカリバー)

 昔図書館で借りた本を、姉と一緒に何時間も飽きずに読んでいた頃の記憶が、少しずつ蘇って来た。

(最強の剣、騎士王が湖の貴婦人から授かった剣、決して折れず、決して刃こぼれせず、あらゆるものを両断する――)

 再び全神経を集中させると、今度は先ほどとは比べ物にならないほどの霞と電流が発生する。

 奔出された魔力は、特殊技能の力によって、君子のイメージ通りに形成されて行く。

 まず現れたのは金の装飾が施された(グリップ)柄頭(ポンメル)、細やかな金細工は見る者を魅了する。

 次に現れたのは(ガード)、同じく金で出来ており、幾何学的な模様が彫られていた。

 最後に現れたのは厚みのある刀身(ブレード)、一切の曇りもなく、刃こぼれもなく、傷もない。

 剣は陽の光を反射して、神々しい光を放っている様に見える。



 それは、正に騎士王が持つにふさわしき剣であった。



「これは……」

 クロノはその出来栄えに感心した。

 先ほども美しき剣であったが、これはそれ以上の代物。

 神々しき光に包まれた剣は、万人を魅了する美しさに満ちていている。

「素晴らしい……この様な美しい剣、ハルドラ……いやベルカリュース中を探し回っても見つける事は出来ぬだろう」

 いまだ電流を纏い、宙に浮いている美しき剣――エクスカリバーの柄を君子はしっかりと握った。

 堅い感触が、この剣が本当にここにある事を教えてくれる。

「……これが、エクスカリバー」

 あの伝説の剣を、君子が造ってしまった。

 誰もが憧れる最強の剣を、此処に造り上げてしまった。

 感動していると電流がなくなり、突然荷重が君子の腕にのしかかってくる。

「ふぎょおっ!」

 とても小枝の様な腕では支えきれない重みで、エクスカリバーを落としてしまった。

 ガシャンという金属の音が響く。

 先ほど造ったペーパーナイフの様な失敗作の上に落ちてしまった。

「ひゃあああっ、エクスカリバー」

 慌てる君子。

 しかし、エクスカリバーは傷などついておらず、むしろ失敗作の方が真っ二つに折れていた。

「どうやら、満足した出来の様だな君子」

「はい師匠!」

 君子が嬉しそうに笑うと、真っ二つに折れた失敗作が光る靄へと変わり、大気の中へと溶ける様に消えて行った。

「きっ消えた……消えちゃいましたよ師匠!」

「……ああ、刻印(ネーム)を刻んでいなかったからな」

「ねっねーむ?」

「ああ、複製は魔力で造ったものだ、そういうものは壊れたり術者が命令したりすると、魔力に戻り消えてしまうのだ……だが刻印、つまり名を刻めば例え壊れても術者が命令してもこの場にとどまる」

 複製を含め、魔力を使ってこの世に具現化する能力は破壊されたり術者に命令されたりすると、形状を保てなくなり、魔力へと戻り大気中に霧散して消えてしまう。

 しかし刻印を刻むと、その者の所有物となり、例え製作者が命令を下しても魔力には戻らない。

 この世界に置いて、名前を刻むというのは大きな意味を持つのである。

「……そうなんですね、じゃあこのエクスカリバーも消えちゃうんでしょうか」

 せっかく作ったのに、こんな見事な出来の物が消えてしまうなどもったいない。

 出来ればどこか床の間の様な所に飾っておきたいくらいだ。

「それほど見事な剣は、君子が消そうとしなければ消えはしないさ」

「良かった~~、もう二度と造れる気がしません」

 君子は改めてエクスカリバーを見つめる。

 金細工も刀身も全てが美しくて、見たもの全てを魅了する不思議な力があった。

 これを自分が造ったなど今でも信じられない。

 こんなに見事な物が造れたのだから、他の物も造りたくてうずうずして来た。

「師匠、今度は槍も造りましょう! 私の世界にはまだまだ最強の武器があるんですよ!」

 槍だけではない、槌だってあるし、防具や盾だって最強の物が存在する。

 エクスカリバーがこれほど見事に造れたのだから、他の物だって上手く造れるはず。

 そしてなによりも、君子自身がそんな伝説上の武器達を、生で見てみたいと思って居るのだ。

「…………ああ、君子の好きにすると良い」

 もうクロノの魔力が使われている事など完璧に忘れている。

 今の君子には、伝説の武具を完璧に再現したいと言う強い意思しかなかった。

 その意思と君子の才能を感じ取って、クロノはあえてなにも言わない。

 彼女なら最強の武器を造れるという確信を持ったから――。





 それから君子はありとあらゆる伝説上の武器を造り上げた。

 失敗と君子のこだわりによって、八つの武具を完成させるのに費やしたのは七日。

 一瞬で複製出来るにも関わらず、これだけの日数がかかったのだから、名工が鍛え上げるのと指して変わらない日数がかかったと思っていいのだろう。

「どひゅう~、すごぉい!」

 君子は机に並んだ八つの武具を見て、歓喜の声を上げる。

 自らが造り上げたとは到底思えないほどの美しさと力強さを持った、剣や槍に、槌に盾等などが所せましと並んでいた。

「かっこいいなぁ~~、綺麗だなぁ~~」

 何度見ても飽きが来ない。

 君子はうっとりとしながら、ため息をついた。これがジャニーズのアイドルを見ての反応なら、きっと君子の人生も大きく変わっていたに違いない。

「良かったな君子」

「いっいいえ、師匠の教えがあってこそです! 本当に有難うございます」

 クロノは君子に近づくと、手を伸ばして頬をなでる。

 師匠とはいえ見た目は一〇くらいの男の子、なでられるというのはなんだか不思議な感じがした。

 そしてクロノは口元に笑みを浮かべて、優しい口調で言う。

「君子、お前は我が弟子の中でも最も愛おしき子だ」

 彼が一体何を思ってそんな事を言ったのか解らない、でもきっと彼なりの激励で本気ではないのだ。

 それくらい頭の足りない君子でも解る、でも解っているはずなのに頬が熱くなって、とても恥ずかしくなった。

「ふぁっ、ふぁあああああ」

 君子はクロノの手から逃れる様に後ずさりをする。

 変な声を上げてしまったので、少し驚いた様子のクロノ。

だがこれ以上の接触は君子の身が持たない、ふと視界の端に乾燥させた蔓で編んだ買い物かごが映る、それを素早く手に取った。

「あっ、わっ私かっ買い物行ってきますねぇぇぇ!」

 脱兎のごとく、君子は外へと出た。

 乱暴に開けられたドアが、大きな音を立てて閉まるのを、クロノは無言で見つめる。

 久しぶりの弟子は、本当に楽しいものだ。

 クロノは机に並べられた伝説の武具達を見て改めてその出来に感心する。

「本当に、素晴らしい出来だぞ、君子」





(もう、師匠ってばなんであんな事を……)

 君子はまだ火照っている頬を抑えながら、街に向けて走っていた。

 この一ヶ月家事は全て君子が行っていたので、どの店になにがあるのかすっかり覚えて、此処で生活するにあまり不便さを感じない。

(でも……やっぱり師匠といると、なんだかほっとするんだよなぁ……)

 本当は東堂寺や榊原の元へ早く追いつく為に、魔術と特殊技能の修行をしてきたのに、なんだかこのままずっとクロノの元で弟子をしているのもいいかもしれないと、最近は思えて来た。

 ――最も愛おしき子だ。

 クロノのあの言葉がどういう訳か耳に残って離れない。

(てっ私の馬鹿ぁ! そう言う意味じゃない、そういう意味じゃないの! アレは弟子を褒めてるの、ただそれだけのなのぉ!)

 自らを説き伏せ、言葉を振り払う為に首を左右に振る。

 すると行きつけのパン屋のお兄さんが声をかけて来た。

「よぉ変な格好のじょーちゃん、また来たんだな」

 変な格好と言うのは制服の事。

異邦人の服は異世界の人間には変な様に見える様だ。この制服のせいで商店街の人々が君子の事を知っているという事実を、まだ彼女は知らない。

「パン屋さんのお兄さん……こんにちは」

「おう、ちょうどさっき焼きあがったんだ一つ買っていかないか?」

 君子の顔くらいある大きなパンを持ってそういう。

 この国は基本パン食で、これくらい大きくないと家族で食べる事が出来ないのだ。

「じょーちゃん、あんたあの変な魔法使いの家にずーといて暇じゃねぇのか?」

「えっ……そんな事無いですよ」

「そうか? たまーに居るんだよな、あの魔法使いの弟子って、まぁ最近はめっきりいなかったんだけどな」

 ボロい家に住む魔法使いとして、クロノは有名だった。

 だがクロノの姿を直接見た者はいないらしく、時折来る弟子しか知らないそうだ。

「でもよぉ、あんな所にずーといたらおじょーちゃんも陰気臭くなるぜ、たまには外にでもピクニックに行ったらどうだ?」

「ピクニックって……例えばどこですか?」

 この一カ月クロノの家とお店しか行って居ない君子、そうは言われてもどこに行けばいいのかなど検討もつかない。

「そうだなぁ、西の泉なんてどうだ? そこは綺麗な花畑もあるし、泉は綺麗だし、ピクニックには最高だぜ!」

「泉の花畑……」

 想像しただけでも素晴らしい所だ、ぜひ行ってみたい。

「ピクニックにはサンドイッチ! この焼きたてのパンでサンドイッチを造れば、最高のピクニック間違え無しだ!」

 そう言って笑顔を浮かべるパン屋のお兄さん。

「一つください!」

 君子はその笑顔が営業スマイルである事には全く気がつかず、勧められるままパンを購入するのだった。






「師匠、ピクニックに行きましょう!」

 突然の弟子の提案に、クロノは眼を丸くして吃驚している様子だった。

「どうしたのだ突然」

「パン屋のお兄さんに、西の泉が凄く綺麗だって教えてくれたんです、『複製』の武具造りもひと段落つきましたし、行きませんか?」

「西の泉か、確かあそこには花畑があったな」

 流石はハルドラで最も古い魔法使い、良くご存じだ。

 クロノはいつになく渋い顔をする。

「…………いや、儂は行かぬ」

 その返事はショックだった。

 クロノの意見も聞かずに勝手に言い出すなんて、自分勝手にもほどがある。

 突然そんな誘いを受ければ、皆戸惑ってしまう。

 冷静に考えれば解るはずなのに、どうしてこんな事も思いつかなかったのだ。

「スイマセン……急にこんな事言うなんて、迷惑でしたよね」

「いや違うのだ君子……正確には行かぬのではない、行けぬのだ」

「行けない?」

 歩きでも三〇分もかからない場所だと言っていた、それほど遠い距離でもないと思うのだが、クロノは歩くのが苦手なのだろうか。

「…………実を言うと、儂はこの王都から出られぬのだ」

「街の外には行けないってことですか……?」

 クロノは深く頷くと、どこかさびしそうな眼をして外を見る。

「もう昔の話だ、儂はある者と約束をしてしまったのだ、この街から離れぬと……それ以来儂はここから出た事が無いのだ」

 そんなに昔の約束を今でもずっと守って居るなど、なんて律儀な人なのだろう。

 だがずっとこの街に住み続けているというのは、どんな気分なのだろう、この家から外に出る事もなく、クロノはずっと一人で魔法の研究をしていたに違いない。

 そう思うと、何だかちょっとだけ切なくなって来た。

 知らなかったとはいえ、外に誘うなどどれだけ酷な事を言ったのだろう。

「ごめんなさい師匠、知らなかったとはいえこんな事を……」

「気にするな、君子が悪い事ではない」

 クロノはそう優しく微笑んでくれた。

 すると棚から小瓶を一つもってくると、君子へと手渡す。

「これは……?」

「あそこの泉は魔法薬の調合に必要なのだ、汲んで来てくれ」

「……えっ?」

「君子はこの一月良くやってくれた、たまには息抜きが必要だろう」

「師匠……」

「あの辺は妖獣(ヨーマ)も出ない……だがあまり遅くなるな、日が暮れる前には帰ってくるのだぞ」

 なんだか父親の様な事を言われた。

 見た目が子供の彼に言われると、なんだかとても可笑しくて自然と笑みがこぼれた。

「はい、行ってきます!」




 西の泉は、城門を抜けて三〇分ほどで着く森の中にあった。

 人の通りがある様で、舗装はされていない簡素な道が出来ている。

「うわ~~~、綺麗」

 泉は底のまではっきりと見えて、綺麗な青色をしていた。

 あたり一面に咲き乱れる花々も色とりどりで美しい、なんだか本当におとぎ話にでも出てきそうなファンタジーな光景だった。

「本当にこんな所があるんだ……」

 まるで夢の様だ、君子は泉の所までやってくると持って来たバスケットを置いて、水を手で掬ってみた。

 まるで冷水の様に冷たくて、透明な綺麗な水だ。

 ひとすくい飲んでみると、飲料水とは全く違う、雑味がなくやわらかなのど越しで美味しいわき水だった。

(師匠も来られれば良かったんだけどなぁ……)

 一緒ならなお良かったのだが、来られないのであれば仕方がない。

 それよりも与えられた仕事をこなさなくては。

 小瓶をバスケットから取り出すと、言われた通り泉の水を汲む。

(魔法薬を造るって言ってたけど、どんな薬かな? やっぱり回復薬的な感じの奴かな)

 ファンタジーと言えばポーション、クロノならエリクサーも造ってしまいそうだ。

 頼まれた仕事を終わらせ、君子はふと当たりを見渡す。

 誰もいない泉と花畑は、水のせせらぎとそよ風が木々を揺らす音しか聞こえない。

 君子以外は誰もいない。

「…………静かだなぁ」

 自分以外に誰もいないのはどれぐらいぶりだろう。

 ずっとクロノと一緒だったので、なんだか独りぼっちが無性に寂しかった。

(やっぱり、師匠と一緒に来たかったなぁ……)

 そんな事思ってもしょうがなかった。

 クロノにだって事情があるのだ、無理強いは出来ない。

(ここのお花、ちょっと摘んで帰ったら……師匠喜んでくれるかな?)

 何と言う花かは全く解らないが、色とりどりの綺麗な花。

 家に飾れば華やかになるかも知れない。

 君子はなるべく綺麗に咲いている花を摘み始めた。

(彩りを考えて摘んだ方がいいよね……師匠何色が好きかな?)

 色々考えながら花を摘んでいると、視界の先に何かが入ってくる。

 何か大きな物が、泉の向こう側に横たわっていた。

「……何だろう」

 君子は何となく気になって、バスケットを手に取るとその大きな物の方へと歩き始めた。

 だんだん近づいて行くと、どうもそれは人の様だ。

 木蔭で横になっている、もしかして具合でも悪いのだろうかと、君子が更に近づくと、よりその人物を識別する事が出来た。

 まず見えたのは短い赤みのある金色の髪、左右に二個ずつ付けられた金のピアス。

 ボディラインがくっきりと解る黒いインナーを着て、茶色のズボンに灰色のブーツを履き、腰には両手剣を下げている。

 そして何よりも目立ったのは、肩当てのついた深紅のコート。

 


 紅い服を着た一人の青年が、眠って居た。



 君子はこの時なにも知らなかった。

 彼がゴンゾナを滅ぼした魔人である事も、後々名を馳せる名将になる事も。

 モブで脇役で凡人の君子は――。



(…………かっこいい)


 

 ただ彼に見惚れる事しかできないのであった。




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