第四話 全部俺が倒す!
やっとこさ特殊技能を使う。
ハルドラ国 西の砦 ゴンゾナ。
国境より一五〇キロ離れた砦は、戦火の中でも比較的ゆとりがあった。
もっと西に行けば、魔王軍と闘っている同志達が居るのだろうが、此処は平和そのもの、時折兵や物資を運ぶ為の中継地として使われる兵五〇〇位の規模の砦だ。
「お~い、酒持って来たぞ」
「お前、見張りはどうしたんだよ、見ろまだお天道様が見てるぞ」
「いいじゃねぇかよ、戦線はずーと向こう、此処は平和、たまには息抜きしたってお天道様だって怒りゃしねぇよ」
見張り台の男二人は赤ワインを開けると、木を削って作った器に注いで、干し肉をつまみに酒盛りを始めてしまった。
「あ~うめぇ、やっぱサボって飲む酒は最高だな」
「西の連中は可哀そうだよなぁ、酒を飲む暇もねぇンだからな」
「ちげえねぇ、ほんと内地最高だなぁ~~」
「あっこら、俺の干し肉だぞ」
「へへっこの世は弱肉強食、強い奴が勝つんだよ」
「へぇ、おめぇつえぇのか?」
「干し肉一つに何言ってんだよ……てっあれ?」
今、知らない声がしたのだが、此処は見張り台。
せいぜい二人が座って足を伸ばすのがやっと、他に誰もいないはずなのだが――。
「ちょ~どむしゃくしゃしてんだっ、つえぇなら俺の相手をしろよ」
見張り台の横、空中に一人の男が居る。
短く切りそろえられた赤みのある金髪、左右に二個ずつ付けられた金色のピアス。
黒いインナーはボディラインがくっきりと分かり、肩当ての付いた深紅のコートを、ボタンを留めずに着ていた。
茶色のズボンに本革のブーツを履き、鋼鉄を鍛えて造られた両手剣を腰に吊っていた。
だがなによりも見張りの兵を驚かせたのは、彼が灰色の鱗で覆われた飛竜に跨っている事と――その頭に二本の角が生えていた事だった。
「あっああっ……まっまっままっ」
「てってててててってきききっ」
恐怖から口が回らない。
干し肉を落としワインを零して、彼等は拾う事も出来ない。
男は見張りを見下ろすと、無邪気にけれども恐ろしく、楽しそうに笑った。
「けけっ皆殺しだ」
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遡る事一カ月前。
君子はハルドラで最も古き魔法使いクロノのもとで、本格的な魔法の勉強を始めていた。
「良いか君子、魔法を使う為には魔力のコントロールを覚えなくてはならない」
「魔力……ですか」
本格的にファンタジーな展開になって来て、真剣に学びながらも君子は有頂天だった。
「この世界、ベルカリュースに存在する物全てに宿っているものだ……量は物によって変わるが、大気や生物、そしてわずかながらも無機物にも宿り、我々にも宿っている」
魔法は術者の魔力などの内の魔力や大気など外の魔力を使って行うものらしい。
普段ファンタジー小説や漫画を教科書の様に読み漁っている君子にとって、この程度のことは一般教養に過ぎない。
「今からコレに君子の魔力を注ぐ練習をする」
「……これはビー玉ですか?」
クロノが出して来たのは透明なビー玉の様な球。
それがいくつも入った木製の箱を、君子の前に置いた。
「これは魔力珠と言う、此処に魔力を込めると保存できる」
「へぇ~、これにどれくらい魔力を入れられるんですか?」
「そうだな……今の君子の魔力量なら、軽く一〇〇〇年は入る」
「せっ一〇〇〇年!」
そんなに生きられない。
まぁ様は無限大と言っても良いのだろう、それとも自分の魔力はそれほど少ないのだろうか――あまり考えないでおこう。
「手のひらから暖かい靄の様なものをここに入れるイメージをするのだ、今の君子では眼では見えぬが感じる事が出来るだろう」
「あったかい……靄」
君子は言われた通り、魔力珠に何かを入れるイメージをする。
手のひらが暖かくなってきて、それがゆっくりと吸い込まれて行く気がした。
するとビー玉がほんのりと赤みを帯びた。
「ふぁっ……しっ師匠、これってもしかして!」
「ああ……よく出来たな君子」
魔法とは呼べるものではないが、それでも君子は興奮した。
自分の中に本当に魔力が宿っているのだと、実感する事が出来る。
「魔法は魔力の繊細なコントロールが必要になる、これを毎日続ければ、魔法がより使いやすくなるだろう」
「はい師匠!」
早く魔法が使いたい君子は、もう一度魔力珠に魔力を込めようとすると、クロノが君子の手を抑えた。
「駄目だ、君子は魔力量がまだ少ないから、そんなに頻繁に行っては直ぐに魔力切れを起こしてしまう」
「魔力切れ?」
「あぁ、軽い時はめまいや頭痛程度で済むが、重い時は四肢を失ったり最悪命を落としたりする」
「しっ死んじゃうんですか……」
魔法と言うのは思ったよりも怖い物の様だ、死と言われて怖がる君子の手を包み込むように握ると、クロノは優しく語りかけた。
「ワシが居る限りその様な事はさせぬ、君子はワシの大事な弟子なのだから」
「師匠……」
君子よりも一回りも二回りも小さな手が、優しく手を包み込んでくる。
子供に握られている程度のはずなのだが、なんだかとても落ち着くし安心出来る。
(師匠って、歳いくつなんだろう……、なんかちょっとの事では動じないし、何もかも達観してるって言うか、外見に似合わない色香があるというか……)
室内でもフードをかぶっているが、表情が解る程度には見える。
凛々しく端麗な顔立ちのせいで、外見は子供なのだが大人にも負けぬ力強さがある。
「さて君子、並行して特殊技能の使い方を覚えて行こう」
「はっはい!」
しかしクロノは手を離さない、これでは修行にならない。
幾ら相手の外観が子供で、性別が解らない(多分男だと思う)にしても、こんな風に手を繋がれて居ては、なんだか恥ずかしくなって来た。
「あっあの師匠……これは?」
「『複製』の特殊技能には多くの魔力を使う事は説明したな?」
「はっはい、私の中にある魔力量では使えないって……」
「そうだ、だがコツを掴めば少ない魔力でも使えるだろう」
魔力を効率よく扱えれば、その最大の欠陥もある程度補う事が出来る。
少ない水で洗濯物を洗うのと同じ、効率よく魔力を扱えば、最小限の魔力で最大の魔法や特殊技能を使う事が出来るのだ。
「だからワシの魔力を君子が使えるようにする」
「えっでもそれじゃあ師匠が魔力切れを起こしちゃうんじゃ……」
「なに、魔力を供給するには儂の周辺で許可がある時のみ、それにワシが魔力切れを起こす前に、君子が疲労で倒れてしまうぞ」
『複製』の特殊技能がどれくらいの魔力を使うのかは分からないが、どうやらクロノは並みの魔法使い以上の実力を持っているのかも知れない、流石はハルドラ最古の魔法使い。
「さて、リンクを繋ぐぞ……手を出しなさい」
君子は言われるがままにもう片方の手をクロノへ向けると、両手を繋ぐ。
リンクを繋ぐために触れ合っているの言うのに、なんだか急にドキドキして来た。
(違う、これはあくまでも魔法が使えるかもしれない喜びのドキドキ)
自分自身にその様に言い聞かせる。
すると手のひらが暖かくなり、なんだか体の奥にも熱がこもって来た。
(何だろう……変な感じ、なんだか私の中に師匠が入ってくる様な……そんな感じ)
不思議な感覚がしばらく続いたのち、クロノは君子の手を離した。
手に残ったのは彼の小さな手の後と、リンクがつながった証しである暖かさだけだった。
「リンクはつながった、これでしばらくは自分の魔力ではなくワシの魔力を使えるぞ」
「なんだか、まだ実感が無いです……」
「徐々に解るだろう……では肝心の特殊技能の説明をしよう」
そう言えば使えない特殊技能であるという事以外、君子は聞かされていなかった。
「『複製』はその名の通り、魔力で対象の複製をつくる特殊技能だ、眼で見たもの耳で聞いたもののイメージを作り出す造形の特殊技能だ」
「……つまり、魔力を消費する代わりに、イメージを現実の物に出来るんですね」
何と言うオタクには究極の特殊技能なのだろうか、ならあのアニメの武器や、あのゲームの装備も簡単に現実の物に出来る。
何と言う至高の特殊技能だろうか――。
「そうだ、だが簡単に言うな、君子のイメージが強い物であればある程、大量の魔力が必要になる……だが生物の複製は造る事が出来ぬ、命を作れるのは万物の創造者たる神、あるいはそれと同等の力量を持つ者のみ」
「……はぁ」
神などと言われても君子にはピンとこなかった。
そもそもそんな命を作るなどと言う大層な事、こんなモブで脇役の君子に出来る訳が無いので、関係ない。
「それに食物を作る事も出来ない、体内に吸収される時に魔力に戻ってしまい、腹は膨れない……『複製』の能力で造れるのはあくまでも無機物だけだ」
と言う事はどんな言葉でも翻訳してくれるこんにゃくや、どんな動物でも従える事の出来るきび団子は造る事が出来ないという事になる、意外に万能ではないのだ。
「まぁ物はためしと言う、一先ずこのカップを複製してみろ」
クロノが取りだしたのは、先ほどまでポンテ茶が入っていたカップ。
白い磁器に綺麗な薔薇の細工が施されていて、もしも割ったら弁償できるか解らない代物。
「このカップを……」
「頭の中でこのカップをイメージしながら、手のひらから魔力を放出するのだ、特殊技能が発動すればカップが出来るはずだ」
「はい、やってみます」
君子は目の前のカップをよく眼に焼き付けると、眼を瞑りよくイメージをする。
(白いカップ、磁器で出来てて、薔薇の細工がしてあって……薄くてすぐに割れてしまいそうな、綺麗なカップ……)
両手から魔力を流すと、手のひらが暖かくなって来た。
先ほどとは熱量が違う、もっと熱くてバチバチと火花が散る様な音もする。
「あ、れ……?」
君子が眼を開けると、手の中に電流を帯びた淡く光る靄があった。
靄は輝きながら、イメージを構築していく。
電流が一段と激しさを増すと、そこには想像した物が出来上がる――。
白いカップが、複製されていた。
クロノの前に置いてあるオリジナルと、何の違いもない複製が、そこに置いてある。
白い磁器で綺麗な薔薇の細工が施された、薄い高価なカップが君子の前にあった。
「あっああ……しっ師匠、こっこれっこれ!」
一つしかなかったカップが二つになっている。
驚きで戸惑っている君子に、クロノは小さな笑みで返事をする。
その笑顔だけで、これが成功と言う事を全て理解出来た。
「やった、やったぁ~私ついに魔法が使えた~~」
嬉しそうに声を上げる君子だったのだが、その声をかき消す様に、何か欠ける嫌な音が聞こえた。
「えっ……」
君子が音のした方――つまり複製のカップを見ると、縦に真っ二つに割れていた。
「えっえええ、なっなんで、そんなぁ!」
「……君子、もしかして割れるイメージをしたんじゃないのか?」
そう言えば割れやすそうだと思った。
だが、割れるとは思ってはいない。
「これはあくまでも君子のイメージの産物だ、そう思ってしまうとそうなってしまうのだ」
「へぶ~~、そんなつもりじゃなかったのにぃ」
君子が残念そうにうなだれていると、複製で造ったカップの欠片をクロノが拾い上げた。
割れてはいるが、他は全てオリジナルと大差ない。
「そう残念がるな君子、失敗して当たり前なのだ、それにこれは十分な出来だぞ」
「……はい」
「もう一度やろう、つぎは割れるイメージをするんじゃないぞ」
クロノに言われて、君子は挫けるのを止めてもう一度イメージを始めるのだった。
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ハルドラ国 カリューン街道。
「『爆裂』」
光の球体が一本の木にぶつかり、爆発を起こした。
まるで爆弾の様な爆発は、周囲に衝撃と爆風を拡散して、標的となった木は炭も残らなかった。
「素晴らしいです、流石は勇者ですよ……リンカ」
そう言って微笑むラナイ。
凛華は、魔法使いラナイの元で本格的に魔法の修行を始めていた。
旅をしながらの修行にも関わらず、その成長には天才と呼ばれる魔法使いであるラナイも眼を見張る物があった。
「ラナイさんの教え方が良いからですよ」
「お誉め頂き光栄ですわ……それにしても驚きですわ、魔法の基礎無しで、『爆裂』の魔法を使って居たとは……」
凛華が使って居た魔法は、基礎がなって居ない状態の未完成な代物。
それがラナイの魔法教育によって、完全な魔法へと昇華した。
未完成の魔法で妖獣を倒すなど、本来考えられない事なのだが、そこは凛華の勇者としての才能と言えよう。
「正に勇者の才能といえましょう」
「そんな、才能なんて……」
謙遜する凛華、ラナイはそんな事はないと否定しながら視線を隣に移す。
その先では、海人とシャーグが木の枝を振っていた。
「やあああああ!」
海人は踏み込みながら枝を左から右へと振う。
しかしシャーグはその太刀筋を完全に見切っており、半身を引いただけでそれを回避してみせる。
「振りが遅い! そんな剣ではこの俺から一本は取れないぞカイト!」
幾ら打ち込んでもカイトの太刀筋は全て見切られて居て、シャーグにはかすりもしない。
何度も手合わせをしているが、未だに彼から一本を奪った事が無かった。
「うおりゃあああっ!」
避けたシャーグを追うカイト。
右に振り払った枝を振り上げて、渾身の力で振り下ろす。
「おっとっ」
しかしシャーグは後ろへと飛んでそれを避けると、枝をしっかりと握りしめてカイトへと振るった。
「はっ!」
右から左に振われた枝は、海人の腹部をしっかりととらえていて、シャーグはこの手合わせの勝利を確信した。
「――――っ!」
しかし、海人はその場にしゃがんでその斬撃を避けた。
海人が今までシャーグの斬撃を避けた事など一度もない、だが彼は今完全にその攻撃を見切っている。
木の枝を両手でしっかりと握りしめると、真っ直ぐただ真っ直ぐにその一撃を放つ。
「やあああああああああっ!」
怒号と共に、海人の渾身の突きが放たれる。
全身全霊の力を使って放たれたソレを、シャーグの頭は避けきれないと判断した。
「くっ――」
無意識に枝を持つ手に力がこもり、手合わせで出してはいけないほどの速度と威力が出てしまった――。
海人はシャーグの一撃で吹っ飛んだ。
まるでコントの様に、海人は吹っ飛んで五メートル先の茂みに突っ込んで止まった。
その光景を見た凛華は驚き、ラナイは怒る。
「かっ海人!」
「シャーグ、勇者様に特殊技能を使うなど、この馬鹿、脳筋野郎!」
「すっすまん、つい力が入ってしまって……」
シャーグは杖で叩いてくるラナイにそう言い訳をする。
凛華は茂みに突っ込んだ海人へと駆け寄った。
「大丈夫海人!」
「いててぇ……何とか大丈夫」
救出された海人は、擦り傷を負っていたが、重い怪我はなく軽傷ですんでいた。
シャーグの特殊技能の一撃を受けたにもかかわらず、この程度の怪我で済むのはかなりの異例である。
「流石は勇者って事か……木の枝だとしても結構ショックだな……」
「良いからカイトに謝りなさい、勇者様にもしもの事があったらどうするつもりですか!」
「いいよラナイさん……にしてももう少しだと思ったんだけどなぁ」
今までの手合わせではかなり良い線に行っていた、あと少しで本当に一本取られてしまいそうだ。
「本当に……俺もうかうかしていられんな」
シャーグは改めて、二人の特殊技能の恐ろしさを実感していた。
『光の使徒』。
一〇〇〇年前の勇者が持っていたという特殊技能。
その能力は、魔属性攻撃に対する特効攻撃と学習加速。
魔属性に対する特攻攻撃は、妖獣に対して防御力に関係なく攻撃を与えられる
防御貫通だけではなく、更に追加ダメージを与えられる。
正に魔王と闘う勇者の為の能力だ。
そして学習加速。
これは成長速度の加速、常人が一〇日掛かる物を、その半分以下の時間で会得してしまう。
つまり二人は、王都を出て一月でそれ以上の経験を重ねた事になるのだ。
「たった一月で、俺に特殊技能を使わせるほどの腕前になった……後三日もすれば本当に一本取られそうだな……」
ハルドラでも名の知れた戦士であるシャーグを、これほどまで焦らせるとは、本当に魔王を倒せると、彼は確信出来た。
「今日はこれくらいにいたしましょう、日が暮れれば時期に妖獣も現れるでしょうし」
「そうですね……今日はどこの街に行くんですか?」
今まで街や村で、勇者の権限を使って宿や村長の家に泊めて貰って居た。
お陰で今の所野宿をする様な事にはなって居ない、実に快適な旅である。
「今日はゴンゾナです……と言っても街でも村でもありませんが」
「ゴンゾナ? 街でも村でもない所に泊まれるんですか?」
「リンカ、ゴンゾナは我が国の砦だ」
西部と王都を結ぶ重要な拠点であり、西の戦線に向かって物資を届ける役目も担っている。
「五〇〇規模だが、砲も取り揃えていて、なかなかに堅牢な砦だ」
「へぇシャーグさん詳しいんだな」
「シャーグは昔ゴンゾナで兵士をしていたんですよ、あんな男くさくてむさ苦しい所で……お肌が荒れるから嫌です」
そう言って自分の頬をさするラナイ。
女性にとって肌は一番大切だ、しかしラナイはまだ二〇代の様だしそこまで気にする事もない様な気がするのだが。
「ラナイさんお肌綺麗ですよね~、大人の女性って感じがして良いなぁ」
「リンカも素敵な女の子ですわよ、きっと美しい女性になれますわ」
「え~そうかなぁ……あと五年くらいかなぁ~」
世辞でも褒められて嬉しそうな凛華、しかしラナイはどこか苦い顔をしながら黙って微笑んでいる。
「ぶっ……五年だとよラナイ、一六の女の子に言われてるぞラナイ」
シャーグは笑いをこらえながら、明らかな悪意を持ってそう言った。
なにがおかしいの全く理解できない凛華と海人が、ぽかーんとしていると、シャーグがとても楽しそうに言った。
「リンカ、ラナイは今年で一九〇歳だぞ」
「えっ……えっええええええええ!」
「ひゃっひゃく……そんなシャーグさん解りやすい嘘つかないで下さいよ~」
そんな子供だましの嘘に引っ掛かるほど、二人は幼くはない。
笑い飛ばそうと笑顔でそう返すが、肝心のラナイは黙って視線をそらしていた。
「えっ……ホントなんですか……」
「…………まぁ、異邦人のお二人には長命に見えるかもしれませんが、この世界では一〇〇年生きるなど当たり前なのです……」
ベルカリュースでは、短命と言われる人間でも一〇〇を超える寿命を持ち、長命といわれる者達は一〇〇〇を超え、中にはあまりの長命故、寿命が存在しないと言える者達も存在する。
歳をとる感覚が異邦人とは異なり、老化が遅いのだ。
「じゃあシャーグさんが三〇の割に若いのも、そういう事なのか!」
「三〇なんてまだまだ子供さ、国王だってまだ一〇〇歳くらい……まだまだ先が長いさ」
この世界では、日本の常識がまるで通じない事を、海人と凛華は改めて思い知った。
「でもラナイの場合、魔法で若造りしてるから、本当はもっとオバさ――」
悪意を持って話すシャーグの脳天に、ラナイの持つ杖のバカでかい宝石がクリーンヒットした。
何かがカチ割れる音がして、シャーグが泡を吹いて倒れる。
「あらごめんなさいねシャーグ、一九〇も生きると杖を持つのも辛くて、つい落としてしまったわ」
明らかに振りかぶっておきながら、ラナイは笑顔の裏にどす黒い何かを隠しながらそう言った。
女は怒らせると本当に怖い。
「しゃっシャーグさんしっかり……てっアレ?」
「どうした凛華……」
凛華の視線の先を海人もみる、すると街道の先から何かが近づいて来た。
随分速度が遅く、その姿を確認できるほどの距離になるのにかなりの時間がかかった。
所々破損している甲冑と兜、すっかり刃こぼれした槍。
ボロボロの兜から、煤と泥にまみれた幼い顔が見える。
一二・三歳の少年が、よろよろと足を引きずりながらこちらへと歩いて来た。
「あっ…ああ」
少年は支えを失った様に倒れてしまった。
海人と凛華、そしてラナイと眼ざめたシャーグは彼の元へと駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
「大丈夫、しっかりして!」
抱き起すが呼吸がとても苦しそうで、酷く汗を駆けている。
「衰弱している……酷いな熱もある」
シャーグは布に水を含ませると少年の顔を拭き、海人と凛華に鎧を脱がせる様に指示した。
首と脇に水を含ませた布を巻き、高くなった体温を下げさせる。
「酷い、なんでこの子こんなに熱があるのに歩いてたんでしょう……」
「解らないが、この鎧の紋章は我が国の物、おそらくこの子は兵士だ」
鎧と槍を装備しているのでまず間違いない、しかしなぜその兵士がこんな内地でボロボロになり一人で歩いて居たのかが問題だ。
「この辺で一番近いのはゴンゾナだけのはず」
「じゃあ、こいつはゴンゾナから来たのか?」
ならば余計に疑問だった、五〇〇規模の砦の兵士がなぜこんな事になっているのだろう。
色々と憶測を巡らせていると、少年が眼を覚ました。
「あっ……気がついた!」
「……ここ、は?」
「ここはカリューン街道の六番石碑辺りだ」
シャーグの答えに少年はとても驚き、顔を顰めた。
起き様とする少年を、海人が押さえつける。
「そ、んな王都までそんなに距離が…………早く王都に行かないと……」
「そんな熱で無理するな、お前ゴンゾナって砦から来たのか?」
「……おね、がいです……、僕の代わりに王都に、国王様に伝えて下さい」
国王にと言われ、戸惑う四人。
なぜこんな子供が、王都に行こうとしているのか、何を国王に伝えようとしているのか、さっぱりわからない。
少年は熱にうなされながら、悲しそうに悔しそうに、言った――。
「ゴンゾナが――」
森の中に、木々を切り倒して造られた広い平地がある。
人の手によって切り倒されたその場所には、煉瓦が散乱していた。
いや煉瓦だけではない、木の板や鉄の欠片――そして人間が、そこでは音もたてず、静かに転がっていた。
目の前に広がって居たのは、陥落し崩れ落ちた砦、ゴンゾナだ。
「そんな……馬鹿な……」
五〇〇人規模はこの国の中隊二隊分を超える規模だ。
砦と言う地の利があり、更にここには大砲もあり、砦としてはかなり守備に優れている。
だがそれにもかかわらず、ゴンゾナは全滅していた。
「ここは前線から四石碑も離れているのですよ、戦闘が行われている西からは距離があるはずです!」
前線には徒歩であと一月は掛かる、軍で来ればより日数がかかるし、それ以前にここを落とせる大群を見逃すはずがない。
「……敵はたった一人です」
海人に背負われながら、少年は苦しそうにそう言った。
「一人、たった一人に負けちゃったの!」
「……うっ、皆必死に戦ったんです、でもっ、でも敵はどんどん皆を殺していって……僕は一番小さかったから、敵がゴンゾナに来た事を知らせろって中隊長が……でも僕を逃がした後、中隊長も殺されて…………」
少年は涙をこぼしていた。
それもそうだろう、此処に倒れている人達は皆彼の仲間だったのだ。
「ここを襲ったのは、一体どんな奴なんだ……」
「……黒い角の、金髪の魔人でした、ワイバーンに跨って赤い服を身に纏ってました」
「……紅の魔人、ですね」
近年、戦線とは離れた場所に、紅い衣を着てワイバーンに跨った魔人が現れて、軍に大打撃を与えるという事件が頻発していた。
だが、その魔人がどこからやって聞いて、何の目的でその様な事をしているのか誰にも解らない、ただその魔人が現れた所は、必ず全滅する。
「――――っ、くそぉ!」
声を荒げたのはシャーグだった。
王都で王に仕える前は、此処で兵士をしていた彼にとっては懐かしい故郷の様な場所、久しぶりの里帰りが、この様な惨状では冷静さなど保てるはずがない。
一月一緒に居て、これほどまでに激しい怒りをあらわにした彼を見るのは初めてだ、いつもムードメーカー的な存在で、これまで何度も彼の言動に助けて貰って来た。
その彼が、憎しみ怒っている。
「殺してやる、絶対に……ゴンゾナを滅ぼした魔人を見つけ出して、ぶち殺してやる」
涙を流し、亡き戦友達の仇を誓うシャーグ。
海人は少年を凛華に預けると、彼の元へと駆け寄って震える肩に手を置く。
「俺も、許せないよシャーグさん、この兵士達の事知らないけど、こんな風に死ぬべき人達じゃない事くらい解る……」
「……海人」
夕日が平原を照らし、全てを紅く染め上げて行く。
それはまるで血の様で、平地が血の池の中にある様だった。
「約束します、俺はゴンゾナを滅ぼした魔人を倒して必ずあんた達の仇を取る」
海人は、腰の剣を抜くと切っ先を天へと向ける。
夕日に照らされたそれは血ではなく、まるで煌めく炎の様。
そして海人は誓う、この場で死んだゴンゾナの兵士の鎮魂の為に――。
「紅の魔人も、魔王も、全部俺が倒す!」
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ハルドラ上空。
太陽が西の地平線に消え、東の空から夜がやってこようとして居た。
雲よりもはるか上を、一匹の前足のない竜、ワイバーンが飛んでいる。
鞍と鐙、そして手綱が付けられていて、野生ではなく軍用として飼われている物で、それなりの力が無いと御せない。
しかし青年――紅の魔人はワイバーンにつまらなそうに跨っていた。
「……あ~、つまんねぇなぁぁ」
さっき遊んだ砦は、あっという間に壊れてしまって暇つぶしにもならなかった。
このイライラも晴れると思っていたのだが。
心底つまらなそうに、ため息をつく。
「…………なんか、おもしれぇ事ねぇかなぁ」
そう天を仰ぐ彼を、東の地平線から登って来た満月だけが見つめていた。