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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
外伝 千年前の勇者編
41/100

第三八話 リンシェンへようこそ



 シャヘラザーン マグニ領。

 勇気が異世界にやって来て四日目、ようやく異世界らしい光景が見えて来た。

「うおっ、街だぁ~~」

 どこを見渡しても薄暗い森だったのだが、ようやく人工物を眼にする事が出来た。

 石を積んで造った高い城壁から、建物の屋根がいくつか見える。

 まだかなり距離があるというのに、あれだけ大きく見えるのだから、よほど巨大な街なのだろう。

「やっぱ異世界って言ったら、中世ヨーロッパ風の街並みですよな~、やっと異世界来た感じがして来たな~」

「何訳の分かんない事言ってんのよ」

 街を見て感動する勇気を見て、リリィは呆れながらそう言った。

 こちらの世界ではアレが街、興奮するようなものではない。

「早速行こうぜ! ずっと木の実で腹減ってんだ、もっとボリューミーなもんが食いたい」

 食べ盛りの男子高校生的には、果物やキノコだけのヘルシー生活には限度がある。

 もっと肉とか白米とか、こってりしたものが食べたい。

「待ちなさい、その前にネネリは置いて行きなさい」

「えっ……、なんで?」

 勇気はそう言いながら、自分の隣にいるネネリを見下ろす。

 死霊術師(ネクロマンサー)のネネリは、結局二人にくっついて来てしまったのだ。

「『なんで?』じゃないわよ、アンタねぇネネリは人間に捕まってたのよ、たまたま大丈夫だったから良かったものの、一歩間違えれば大変な事になってたんだから!」

「大変な事って?」

「そっそれは……」

 リリィは口を噤み、ネネリも顔を背けた、何か言えない事でもあるのだろうか。

「とにかく! ネネリだって分かってるわよね、今から行くのは人間の街なのよ、アンタと私の仲間はだ~れもいないの、そんなとこ行きたくないわよね?」

「…………あう」

 ネネリは少し戸惑った様子だったが、勇気の顔を見ると彼のボロボロになったズボンを掴んで、ぴったりとくっつく。

「わたしは……ユーキと一緒がいい」

「だってさ!」

「ちょっとネネリ~」

 まるで話を聞かない二人に、リリィは頬を膨らませる。

 勇気は仕方がないとしても、ネネリまでいう事を聞かないなど思いもしなかった。

「言う事聞きなさい! アンタはここで待ってるの!」

「うっ……」

 ネネリはリリィから逃れる様に、勇気にしがみ付いて離れようとしない。

「やめろよリリィ、ネネリが怖がってるだろう?」

「わっ、私はネネリの事を思って言ってるんだからね!」

「いいじゃねぇかネネリが来たいって言ってるんだから、お前はそのキツイ言い方を治せよ~、女王なんだろう? そんなんじゃ他の妖精から嫌われるぜ」

「なっ……」

 リリィは少しキツイ所がある、そのせいでまだ子供のネネリは怖がっているのだ。

 妖精の世界ではどうなのか知らないが、女王とはいえどもそうやって頭ごなしに言っていい訳ない。

 勇気は何気なく言ったのだが、リリィは不意を突かれたのか、先ほどまでの勢いを失くした。

「…………わ、分かったわよ」

「ホントか、良かったなぁネネリ!」

「ただし、いくつか約束して欲しい事があるわ」

 承諾の代わりに、リリィは約束について話し始めた。






************************************************************





 道はシャヘラザーン帝国にとって、重要なモノである。

 人や物が行き交う為に非常に大きな役割を持ち、特にここカリューン街道はシャヘラザーンの東西を結ぶ、重要な道だった。

 故に、その街道に作られたこの街は、その規模もその賑わいも、全て桁外れだった。




 シャヘラザーン帝国 マグニ領 リンシェン。

 ベルカリュース最大の国家であるシャヘラザーンの中でも四大都市として名高く。

 首都ハルディアスにも負けぬほど、発展した都市として有名だった。

「へぇ~~、すげぇ城門だな」

 石造りの城門は数十メートルもあり、近づいてみるとその大きさに圧倒される。

 門の前には何台もの馬車や人がいて、実に賑やかだった。

「なんか池袋の駅前くらい込んでるな~、へぇ~すげぇ~」

 人々の恰好は中世のヨーロッパの様な感じで、眼に入る物全てが新鮮で物珍しく感じる。

「おい、貴様」

 辺りをじろじろと見渡していたせいか、悪目立ちして話しかけられた。

 勇気が振り返ると、兜と鎧を着て、剣を携えた男達がいた。

 その恰好には見覚えがあり、ネネリが使役していた死人(ゾンビ)と同じ装備だった。

「見慣れぬ恰好をしているな、どこの者だ」

 大きな街には検問があるのは普通の事、彼らはこの門を守っている騎士らしい。

 ここで怪しまれると、街には入れないのだが――今の勇気の恰好はボロボロのズボンに、半袖の体操着とリュックサックと言う、ベルカリュースでは異質な物、到底検問を抜けられるとは思えない。

「俺は異世界から来た異邦人なんです」

 すると、勇気は正直にそう言った。

 眼を丸くして驚く騎士達に向かって、更に続ける。

「元の世界に帰る為に旅をしているのですが、今だその方法は見つからず、疲れ果ててしまいリンシェンの街へ、一晩の宿を求めてまいりました」

「いっ異邦人……確かに見慣れぬ恰好をしているが……」

「おい待て、もしかすると異邦人のふりをした魔人かもしれないぞ」

「いやしかし……」

 異邦人という者の知識はあるがそれはお伽噺程度の物、あまり詳しくないので隣国ヴェルハルガルドの密偵かと疑い始めている。

 勇気はそれを見逃さず、つかさず更に続ける。

「俺は、聖都へ向かう途中なんです」

「せっ聖都だと!」

「きっ貴様が!」

 びっくりして互いに眼を合わせる騎士達、勇気はそしてとどめの言葉を言う。

「御霊は、尊へ誘われん」

「――そっ、それはもっもしや啓示のお言葉の一説! 貴様……いっいや貴方様は、創造神から聖都への巡礼を許された者、なのですか!」

 狼狽える騎士達に、向けて勇気は堂々とした態度で頷いた。

 たったそれだけで騎士達も、更には辺りにいた人々達も驚きのあまり眼を丸くし、声を上げる。

「なっなんと……聖都に行かれるならば、この様な所でお止めする訳には行きませぬ、どうぞ街の中へ」

「うぬ、苦しゅうないぞ」

 勇気は貴族の様にそう言って、街へと入ろうと歩き出した。

 しかし――彼を呼び止める者がいた。

「……待て」

 そう言って来たのは馬車に乗っている、騎士達とは明らかに違う一人の男だった。

 歳は三〇ほど、短く切り揃えた薄い金髪に翡翠色の眼、顎には髭が蓄えられていて、とても貫禄がある、頑丈そうな鎧の傷と使い古された大剣が、彼の力量を示している様だった。

「「バルトロウーメス騎士団長!」」

 すると男を見た瞬間、騎士達は敬礼をする。

 騎士団長は、馬車から降りると勇気の前へとやって来て彼を見る。

 その視線は騎士達よりもずっと鋭く、何もかも見透かしている様だった。

「……貴殿は、我らが創造神に招かれし巡礼者だという事は分かった……しかしそなたの連れは、なんだ?」

 そう言って、ぼろ布を羽織っているネネリへとを睨む。

「……妹なんだ」

「妹? なぜ顔を隠す必要のだ……改めさせろ」

 団長がボロ布を掴もうとした時、勇気はその手から庇う様にネネリの前に立つ。

「駄目だ、妹は宗教の問題で家の外で顔を晒してはいけないんだ」

「宗教……だと?」

「そうだ、顔も体も旦那になる者以外に姿をさらしてはいけないんだ」

「……そのような宗教聞いた事も無い」

「そりゃそうだ、俺の世界の宗教だ、アンタ等が知る訳がない」

「……ベルカリュースの神ではない、ここでは無意味だ、脱げそして顔を見せよ」

 一歩も譲らない団長に向かって、勇気は――。

「とか言ってぇアンタ……本当は俺の妹に惚れたんじゃねぇの?」

 疑いの眼で見ながら、そう言った。

 布ですっぽり全身を隠している彼女の一体どこに惚れるというのだろうか、団長だけではなく周囲の人々も唖然とする。

「さっきから嫌らしい眼で見やがって! 俺の妹は滅茶苦茶可愛いーんだ、まだ嫁にはやらねぇぞロリコンやろぉ!」

 ネネリを抱きしめ頬ずりをする勇気、その言動に人々は引く、それは騎士団長も同じで眉を顰めてまるで汚い物でも見る様な感じだ。

「……アーメル」

「はい」

 騎士団長が名を呼ぶと、馬車から人が出て来た。

 それはすらっとした長身の女性。

 長い青色の髪をポニーテールで結い上げ、鎧は胸当てのみを着用し長いスカートには深いスリットが入っていて、歩くたびに見えるそのおみ足は万人を魅了する。

 腰には細身のレイピアを吊っていて、さながら女性騎士と言った雰囲気で、それはそれは美しい大人のお姉様だった。

「アーメル、やれ」

「はい」

 アーメルと呼ばれた女性騎士は、勇気へと近寄る。

「うっ……」

 警戒する勇気に向かって、アーメルは右手を伸ばした。

「索敵魔法『調査(リサーチ)』」

 すると浅葱色の魔法陣が展開される、まさか魔法を放つのかと思っていると――輝くだけで何も起きず、そのまま光は消えて行く。




 サトウ ユウキ

 特殊技能 『光の使徒』 ランク3

 攻撃 D+ 耐久 C- 魔力 E- 幸運 D

 総合技量 D




「……特殊技能(スキル)も技量も大した事はありません」

 どうやら勇気を疑い、ステータスを確認した様だ。

 Ⅾランクの技量では、大した事はないただの雑魚である。

特殊技能(スキル)も技量も普通、到底ヴェルハルガルドの密偵の器とは思えんな」

「だから言ってるだろう、俺達は聖都に向かう途中だって……そのヴェルなんとかって国とは全っっ然、ま~~たく関係ねぇよ」

 仁王立ちで堂々と言い放つ勇気、騎士団長はそんな彼を睨みつける。

 これ以上何を問うのかと思ったら、彼は勇気の前から退けた。

「我が世界ベルカリュースへよくぞ参られた異世界の少年、そして巡礼の旅ご苦労、この街で旅の疲れを癒すと良い……妹君ともども」

 そして団長は手で案内する。

 先ほどとは手のひらを返した様な態度に驚いたが、分かって貰えたのならこちらも問題は無い。

 勇気はネネリと共に巨大な城門に向かって、歩き出した。

「……リンシェンへようこそ」

 そう言って招き入れる団長の眼は、何もかも見透かしていそうで、怖かった。





************************************************************




「あ~~、飯うっめぇ!」

 勇気は、食堂でシチューの様なスープと大きくて硬めのパンをかじる。

 ちょうど昼時なのか、一〇〇人位入れそうな食堂は満員で、勇気達は隅っこの方で人目を避ける様に食事をとっていた。

「にしてもびっくりだな! まさかビー玉が金貨になるなんてさ」

 実は、リュックに入っていたガラクタの中に、ラムネのビー玉が大量にあったので、試しに売りに行ってみたら、金貨化けたのである。

「こんな事なら、駄菓子屋のラムネもっと買っとけばよかったな!」

 トンボ玉といい、ビー玉といい、異世界は意外とちょろいのかもしれない。

「アンタねぇ、なにノー天気にご飯食べてるのよ、本当に危なかったんだからね!」

 そう言ったのは、勇気の服の中にいるリリィだった。

 ビー玉のおかげでご飯代に宿代、更には服代も出来て勇気はとりあえずワイシャツとベストの様な物とズボンを買って、今はそれを着ている。

 着替えてからは人々におかしな眼で見られなかったので、やはり半そでのジャージはこの世界では可笑しいのだろう。

「あぁ、でも途中まではリリィの言ってた通りだったよな」





 リンシェンに入る前、妖精の森。

「アンタは、啓示を受けて聖都に向かう異邦人の巡礼者って事にするの」

「聖都? 巡礼? なんだよそれ?」

 聞きなれぬ言葉に首を傾げる勇気に、リリィは続ける。

「この世界の神、万物の創造神を祭る最上の神殿があるのが聖都、そこにお祈りをしに行くのが巡礼者よ」

「へぇ~なんかすごい所があるんだな」

「そっ、巡礼者は皆神のご加護を受けている、だから襲う奴らは天罰が下るのよ」

 聖都には、ベルカリュース中の人々が訪れる。

 人種国籍関係ない、時には敵国など危険な場所を通らなければならない、そんな巡礼者を神は守っているとまことしやかにささやかれている。

「加護とかそんなんで大丈夫なのか? 俺この世界について全然知らないんだぜ?」

「昔、巡礼者をぶっ殺して滅んだ国があるんだから……皆絶対に襲わないわよ」

「滅ぶって……こえーな、この世界の神様って」

 とにかく、聖都へ向かう巡礼者を装えばいいという事は解った。

「演技とかすげぇ苦手なんだけどなぁ……」

「まぁそこは頑張りなさい、ネネリの安全はアンタの演技次第なんだからね」

「おっおう……責任重大だなぁ」

「大丈夫よ、なんか言われても『御霊は、尊へ導かれん』って言っておけばいいんだから」

「わっ分かった、御霊は、尊へ導かれん……」

 たどたどしく復唱する勇気のズボンを、ネネリが弱弱しく掴む。

 彼女の為にも頑張らなくてはいけない。

「それと、今からアンタのステータスを見られない様にするわ」

「えっ、なんで?」

「当然でしょう、アンタの特殊技能(スキル)は超希少ランク6の『不死(アンデッド)』なんだからね! そんなのバレて見なさいよ、大騒ぎになっちゃうでしょう!」

 言われてみたら確かにそうだ。

 死なないのをいい事に見世物にされたり、何かの研究の人体実験に使われてしまうかもしれない。

「だからアタシの近くにいる時は、アタシの特殊技能(スキル)がアンタの特殊技能(スキル)として見える様に、妨害魔法と幻術魔法をかけるから」

「へぇ~そんな事出来るんだな……リリィって、ポンコツの癖にすげぇよな」

「ポンコツじゃないって言ってんでしょう!」






「ホント、リリィの言う通りにしといて良かったなぁ~、あんな騎士に絡まれるなんて思わなかったぜ~」

 甘酸っぱいジュースを飲みながら、勇気は満腹のお腹をさする。

 生粋の米派の勇気的には、パンではちょっと物足りないが、スープに肉がゴロゴロ入っていたので、とりあえず満足である。

「当然でしょう、戦場はまだ三石碑分くらい先だけど、ここマグニは敵国との国境なのよ」

「へぇ~、あの騎士達も俺達の事をヴェルなんちゃらの密偵だって疑ってたもんな~」

「だからヴェルハルガルド、いい加減覚えなさいよ」

 リリィは呆れながら、ちょうどいい大きさにちぎったパンを食べる。

 パンの欠片でも、彼女が持つとバレーボールの様だ。

「でも、アンタ演技できないとか言ってた割には、よくあんな嘘が言えたわね」

「あっあ~、なにが?」

「だから~宗教とか妹のくだりよ……、びっくりしたわアンタがあんな事言うなんて」

 いつもやる気のない勇気が、あんな風に迫真の演技を見せるなど思いもしなかった。

 リリィも吃驚して、その様子を服の中に隠れながら見ていたのだが――。

「あっ? アレ演技じゃねーぞ」

「えっ?」

「妹は嘘だけど、それ以外は全部本当だぜ、俺の世界には女の人が家の外で肌を出しちゃいけないっていう宗教があるし……ネネリが可愛いってのも本当だ、俺が兄貴だったら絶対に嫁には行かせない」

 そういう彼の顔には一切の嘘偽りが無く、本当に本気で言っているのだ。

「あっ、でも勘違いするなよ、俺はロリコンじゃねぇ! 俺は年上のお姉様が好きなんだ……あの騎士団長の部下みたいなお姉様、滅茶苦茶美人だったなぁ~美脚だったし」

 少し強気な感じがして、勇気のもろタイプだった。

 できればお近づきになりたいのだが、異世界のナンパはどうやってやればいいのだろう。

「あっ……アンタ」

「あっ、ネネリ全然食べてねぇじゃねーか、パイも食べろよ~」

 勇気はネネリの前にデザートとして出て来た、果実のパイの皿を置く。

 初めて見るのか、ネネリはそれを眼を丸くしながら見る。

「……パ、イ?」

「おう、食べた事ないのか? 甘くてサクサクで美味いぜ!」

 勇気の顔を見ると、ネネリはゆっくりと手を伸ばしてパイを取ると、匂いを嗅いで恐る恐るそれを口にした。

「――――っ!」

「……美味いだろう?」

 ずっと森の木の実ばかり食べていたネネリにとって、カスタードを使った甘いパイと言うのは未知の味だった。

 初めて食べるパイは、外はサクサクで中はとろ~っとしていて、季節の果実は程よい酸味がアクセントになっていて、幾らでも食べられそうだった。

「ゆっ……ユーキ、こっこれ、おっ美味しい!」

「おう! どんどん食べろ、ネネリ」

 そう言って、パイを食べるネネリの頭を撫でる勇気。

 異世界から来た人間である彼は、蜥蜴人(リザードマン)に対する偏見や差別が全くない。

 まるで普通の人間に接する様に、彼女に話しかけたり手を握ったりしている。

「…………」

「……どうしたリリィ?」

 ずっと黙っている彼女に、勇気はそう尋ねた。

 いつも元気な彼女が黙っているなんて、珍しい事もある物だ。

「……何でもないわ、それより早く宿に戻りましょう、あんまり外にいるものじゃないわ」

「そうだな、ネネリも食べ終わったし出るか」

 勇気は感情をテーブルに置くと、ネネリを連れて街の外へと出た。

 リンシェンの街は、流石は異世界と言った感じで、勇気の眼にはどれも物珍しく映る。

 まだ陽も高く、このまま真っ直ぐ宿屋に帰るのは少しだけ勿体無い。

「……なぁリリィ、もうちょっと街の中を見てから帰らねぇ?」

「なんで、わざわざ人目に付く必要がどこにあるの?」

 リリィは一刻も早く宿に帰りたい様で、そうきっぱりと言い放つ。

 だが、やっと異世界らしくなって来たのだ、せっかくならもっと観光したい。

「あっ、アレなんだ!」

「ちょっちょっとぉ!」

かろうじてあった、勇気の純真無垢な少年の好奇心に火がついて、一目散に走り出す。

 本当は止めたいのだがここは人間の街、妖精のリリィが迂闊に姿を見せる訳には行かず、建物の中に入るのをしぶしぶ容認するしかなかった。

「……うお~~、なんだここ?」

 それは一面壁画だらけの建物だった、まるで博物館か美術館の様で、カラフルな顔料で描かれた様々な文字や絵が飾られていた。

「……うわ~、すげぇでけなぁ」

 勇気の何倍も大きな壁画は随分昔に描かれた物らしく、所々剥げていたり朽ちていたりしているが、それでもその絵はなぜか勇気の眼を釘付けにする迫力があった。

「…………これはエルフが描いた、『神の裁き』の絵よ」

 食い入る様に見る勇気に、リリィがそう言った。

 確かに所々描かれている人の様な絵は、耳が真横にとんがっていて、エルフと言われればまさにその通りだった。

「エルフ! エルフってあのエルフか! やっぱ異世界と言えばエルフだよな!」

 定番中の定番、エルフの話をされて勇気のテンションも上がる。

 せっかく異世界に来たのだから、是非金髪の巨乳のお姉さんエルフに会ってみたい。

「……コレは大昔エルフ達が残した絵、歴史を語る大切な物よ」

「へぇ、何て描いてあるんだ?」

 何気なく聞いたのが、リリィはどこか暗い表情で、真剣な口調で語り始めた。

「大昔の話よ、神がこの世界を造った後初めに造ったのはエルフだった、神は自らの姿を真似、自らの知恵と力の一部を与えた、神はその後いくつかの生き物を造ったが彼ら以上の存在は無く、エルフは神に最も愛されベルカリュースで一番の種族になった」

 眼の前にある壁画は、性別の分からない光る大きな人間が、エルフらしきものを作り出している様に見える。

 エルフの周りには犬や猫の様な動物らしきものや、木や花や草などをが描かれているのだが、エルフだけはひと際大きく描かれていた。

「へぇエルフってやっぱりつえーんだな……ん、コレは?」

 次の壁画は、沢山のエルフ達が様々な動物を取り囲んでいる様な絵だ。

「神に愛されたエルフは優しく聡明だったが、エルフは次第に他を虐げる様になった、神に愛されているのは自分達だけ、他の種族は不要な存在だと」

「えっ……」

 見るとエルフ達は、様々な生物に縄を付けている、まるで従わしている様に――。

「そしてエルフはとうとう禁忌を犯した」

 勇気は戸惑いながら、隣の壁画へと向かう。

 それは今までで一番大きな壁画で、沢山のエルフが真っ黒な闇の様な物に呑まれ、その半分にも満たないエルフ達が、シェルターの様な所に逃げ延びている様な絵に見える。

「……エルフは神より授けられた大いなる力を使って、とうとうやっていけない事をした」

「やっては……いけない事?」

 リリィは深く頷いた。




「生命を、造ったのよ」




 ベルカリュースでは、いかなる命も造れない。

 造形の特殊技能(スキル)も魔法も、命だけは造る事が出来ないのだが――、神から愛され、神から大いなる力の一部を授けられたエルフ達は、それを行ってしまった。

「自分達が最高の種族だと思い込んだエルフは、神を超えようとしたの……そしてエルフは神と同じように生物を造りだした……、神と同じ事が出来る自分達も神だと、そう考えそう実行したの」

「……神は、エルフをどうしたんだ?」

 万物の創造神からすれば、可愛がっていた子供に裏切られた様な思いだろう。

 もし勇気がそんな事をされたら物凄く怒る。

 人間の勇気でさえこれなのだから――神が怒ると、一体どうなってしまうのだろう。

 リリィは、壁画を見ながらその答えを、言った。

「エルフを、滅ぼしたの」




 それはベルカリュースの歴史の中でも、最も最悪の厄災。

 最も多くの犠牲者を出した天災であった。

「滅ぼすって……そんな事、出来るのかよ」

「どうやったのか語られていないわ、伝えられているのは沢山のエルフは死に、生き残ったエルフは極僅かって事だけ……」

 壁画に描かれているエルフで、生き残りらしい者達はほんのわずかしか書かれていない。

 半分、いや三分の一にさえ満たないだろう。

「それでも神の怒りは収まらず、エルフ達が二度と栄えない様に、子供を産めなくしたの」

「えっ……それじゃあ、エルフはもう増えないのか!」

「そうよ、でも……神にも慈悲はあったの、その代わりにエルフは完全な不老を手に入れて、厄災のその日から歳をとらなくなった」

 それ以前までは長命ながらもエルフにも寿命という物があった。

 しかし、天災以降は一切歳をとらず、子供も老人も永遠にそのままの姿になった。

「そしてその時お腹にいた胎児は、神の手によって新たな種族となった……それがアタシ達、妖精族(フェアリー)よ」

「えっ……リリィはエルフだったのか!」

「元をたどればの話よ、今は別の種族だわ」

 確かに言われてみれば耳も長いし、羽根をなくせば小さなエルフに見えなくもない。

 さながらエルフの親戚といった所だろうか。

「そしてのちにコレは『神の裁き』と呼ばれるようになったの、どんなに神の寵愛を受けていても、神は怒らせてはいけない、自分達の創造神だって、皆が自覚したのよ」

 なるほど、そんなに怖い神様に逆らおうなんて、誰も思わないだろう。

 だから、半ばはったりだったにも関わらず巡礼者と言った勇気を、中に入れたのだろう。

「『神の裁き』の後、神はいくつかの種族を造り出したの、大角種(オーガ)耳長種(コボルド)大牙種(オーク)吸血鬼(ヴァンパイア)、巨人、獣人、ハーピー、ドワーフ、そして人間……、神が造り出した最初の世代は総じて『原始生命』と呼ばれる様になったの」

 今はほとんどが世代交代して、神が造った世代はほとんど残っていないのが現状である。

「へぇ……それで、今エルフはどうしてんだ?」

 リリィの話だと、『神の裁き』を生き残ったエルフ達は、子供は産めなくなった代わりに、不老と無限の命を手に入れた。

 他の『原始生物』が世代交代したとしても、エルフはずっとその世代だけで生き続けているはずだ。

「……もういないわ」

「えっ? いないってどういう事だよ……違う国に行っちまったのか?」

「ええ……すっごく遠い所よ」

「そっかぁ残念だな~」

 どうせならエルフに会いたかったのだが、遠い所に行ってしまったのなら仕方がない。

 壁画を見つめる勇気を、リリィは黙って見上げていた。





************************************************************




 建物から出て来た三人は、宿屋へ戻る事にした。

 しかし、大通りに何やら人だかりができている。

 壁画を見に入った時はこんなに賑わってなかったのに、今は沢山の人が何かを見ていた。

「……なんだ?」

 まるでお祭りの様な雰囲気だ、気になった勇気は隣にいたおじさんに声をかける。

「なぁ、何があるんだ?」

「なんだあんちゃん聞いてねぇのか? 凱旋だよ、戦場から戻った騎士達がもうすぐここを通るんだよ」

「へぇ~、それってすげぇの?」

「あったりめぇだよ、シャヘラザーンはこの頃連戦連勝、ヴェルハルガルドの魔人共なんて一ひねりさ!」

 そんな話をしていると、遠くからひと際大きな歓声が上がった。

 見ると、騎士が隊列を組んでこちらへと歩いて来る、彼らを歓迎する音楽が鳴る。

「来たぞ、ロレンド将軍だ!」

 おじさんはそう言って、天馬に乗った男を指さす。

 黄緑色の長髪を靡かせ優雅に進む将軍はまだ若く、モデル並みのイケメン。

 歓声も、女性の物が目立っている。

「うっわ~、若くてイケメンで将軍とかすげぇな」

「そうだろう、あの将軍が悪しき魔人共をぶっ殺してるんだ……おっほらほら見ろよぉ!」

 おじさんは興奮気味に指をさした。

 すると大角牛に引かれて、赤い鱗のワイバーンがやって来る。

 ワイバーンは腹部に大きな穴が開いていて、どうやら死骸の様だ。

「流石はロレンド将軍だ、あんなでっけぇワイバーンを仕留めるなんてよぉ! シャヘラザーン万歳!」

 森で襲われた大トカゲの半分くらいの大きさで、アレに三回も襲われた勇気としては、これくらいですごいとはあまり思えなかった。

 だが周囲は別で、はち切れんばかりの歓声と拍手で称える。

「にしてもすげぇ人だな、この街こんなに人がいるんだ」

 至る所に人、人、人。正直、人口密度が過密で気持ち悪くなって来た。

「今日はいつもに増してさ、なんたって皇帝陛下が来てるんだからな!」

「――――皇帝!」

 おじさんの言葉を聞いて驚いたのは、勇気ではなく彼の服の中に隠れていたリリィ。

「んっ……今の声なんだ?」

「きっ気のせいだろう、あははっ人多いしさ、その辺の誰かだろう?」

 勇気は適当に誤魔化すと、おじさんにばれない様に服の中へと話しかける。

「(おっおい、やめろよ……見つかるぞ)」

「(ごっごめん……、だけど皇帝がどこにいるのかだけは聞いてちょうだい!)」

 そんな事を聞いてどうするのかと思ったが、とりあえず言われた通りにする。

「なぁ、皇帝陛下ってどこにいるんだ?」

「えっ、そんなもん宮殿に決まってるだろう? ほらアレだよ」

 そう言っておじさんが指さしたのは、この街のほぼ中心にそびえるひと際大きな建物で、宮殿と言うか城である。

「リンシェンは皇帝陛下の離宮があるのさ、今は戦地で戦う将軍達を激励する為に、わざわざ王都からやって来たのさ」

「へぇ~、皇帝陛下がねぇ」

 この世界の基準はよく分からないが、わざわざこうやって戦場の近くに来るのは珍しい気がする。

 皇帝と言ったら物凄く偉い訳だし、もし万が一死んだら、この国は滅んだりしてしまわないのだろうか、ちょっと不用心というか、考えなしだ。

 勇気は、運ばれていくワイバーンの死骸に視線を戻して、雄か雌かを考えていたので、リリィが真剣な表情で、宮殿を見つめていた事に気が付かなかった。





************************************************************




「ふは~、久しぶりのベッドだぜぇ~~」

 ずっと地面の上で寝ていたので、安宿のシングルベッドが天蓋付きの高級ダブルベッドに見えるほどだ。

「あっ……ネネリ、もう顔出して大丈夫だからな!」

 勇気はそう言うと、ネネリのフードを取って彼女の顔を出してあげる。

 蜥蜴人(リザードマン)は汗はかかないのだが、見た感じ暑苦しそうだし、きっと辛かったに違いない。

「いっぱい歩いたし、疲れなかったか?」

「……大丈夫、です」

「だから言ったでしょう……森で待ってなさいって、こんな人間ばっかりの街、最悪よ」

 木製のフットボードに腰を掛けながら、リリィがそう言った。

 しかし元々はリリィが言い出した事だ、そう言えば勇気は大事な事を聞いていなかった。

「なぁ、リリィは王都に行きたかったんだよな? なんか用でもあるのか?」

「……それは」

 リリィはしばらく間を開けると、どこかぶっきらぼうに言う。

「もう王都はいいの、この街で事足りるわ!」

「なんだよそれ……、まさかお前ただの観光だったのか!」

 あんなに人には道草するなと言っておきながら、自分は人間の街に遊びに来ただけなんて、なんか腑に落ちない。

「気が変わったの、アンタには関係ないわ!」

「はぁ~なんだよそれ! たくっ、妖精の女王は気まぐれで困るぜ、俺はてっきりお前が服でも買いに来たのかと思ったのによぉ」

「あっアタシが人間の服なんか着る訳ないでしょう!」

 むしろ着た方が良いと思う、幾ら妖精とはいえ、そんな裸同然なのはいかがなものかと思う。

「あっ……服で思い出した」

 勇気はそう言うと、リュックの中を漁って何かを探し始めた。

 リリィとネネリが不思議そうに見ていると、勇気はちょっとしたラッピングがされた紙袋を取り出した。

「ほいっ、ネネリにプレゼントだ」

「えっ……わっわたしに?」

 ネネリは少し戸惑いながらもそれを受け取った。

 そして勇気に許可を得ると、慎重に包みを開ける。

「あっ……」

 中にあったのは真っ白なワンピースだった。

飾りっ気のないシンプルなデザインで、ちょうどネネリにぴったりのサイズ。

 見た事も無いその服に、ネネリは吃驚して眼をまん丸くしている。

「本当は店で着させてあげたかったんだけど人目もあったしな、それにどうせならびっくりさせたいだろう?」

 勇気はネネリに気が付かれない様に、こっそり彼女の服を買っていたのだ。

 女性はサプライズに弱い、これぞ出来る男の基本である。

「わざわざネネリの為に買ったの? アンタ……、意外と細かいのね」

「だってよぉ、俺はロリコンじゃねぇからいいけどよぉ、もしロリコンの変態が現れてみろ、このボロ布一枚しか着てないってわかったら、なにされるかわかんねぇよ! そんなの紳士の勇気さんが見逃せる訳がない!」

 ネネリはこんなに可愛いのだから、変態に何をされるか分かった物ではない。

 そんな輩から守る為にも、こんなボロ布一枚ではなく、ちゃんとした服を着る必要があるのだ。

「着てみてくれよネネリ、似合うと良いんだけどさ……」

 センスは普通程度だが、なるべくネネリに似合いそうな物を選んだつもりだ。

 ネネリは恥ずかしそうに頷くと着替えを始め、勇気はリリィの監視の下、目を瞑って後ろを向く。

 しばらくの後、着替えの音が止んで、ネネリが小さな声で言う。

「おっ……終わった」

 勇気は振り返ると、ゆっくり瞑った眼を開ける。

「……いいな、いいぞネネり!」

 思った通り良く似合っている、あんなボロ布よりずっといい。

 勇気は恥ずかしそうにしているネネリの頭を撫でてやる。

「ユーキ……」

 ネネリは勇気に抱き着いて来た、彼女が自分からこうやってやるのは珍しい。

「あっ……りがとぉ、ありがとう……ユーキ」

 見ると彼女は肩を震わせ、涙を流している。

 どうやら泣くほど、服を気に入ってくれたらしい。

 勇気はそんなネネリを優しく抱き寄せると、頭を撫でてやった。

「……あのっ」

「んっ、なんだリリィ?」

 リリィは呼んだ癖に、少し間を空けた。

 何かを言おうとして何度か言葉を飲み込むと、いつも通りの威勢で言う。

「アンタ、顔にやけてて気持ち悪いわよ……」

「んっ、んなわけねぇだろう! えっ嘘まじで」

 勇気は自分の表情筋を確認し、狼狽える。

 リリィはそんな彼を、ただ黙って見つめていた。





(――いい加減にして、もうリリィにはついていけないわ)

(――そうよ、いつもそうやって偉そうにして)

 違う、そうじゃない。

 アタシは、皆の為に言ってるのに。

(――そうだ、出ていけぇ!)

(――お前なんか、ボク達の女王なんかじゃない!)

 違うのに、なんで皆分かってくれないのよぉ!

 皆なんか、皆なんか――大っ嫌い!





「――はっ!」

 リリィが眼を覚ますと、見えたのは真っ暗な天井だった。

「……はっ、はぁ……」

 そうだここはリンシェンの宿だ、森じゃない。

 ベッドにはネネリが寝ているし、その向かいには勇気も寝ている。

 月は頭上高くにあり、明かりが必要ないくらいの光で、地上を照らしている。

 リリィは窓に近づくと、外を覗く。

 遠くにはひと際背が高い宮殿が見えた、あそこに皇帝がいる。

 振り返って、眠っているネネリと勇気を見る。

 二人とも、よほど気を緩めているのか、ぐっすりと眠っていた。

 リリィは窓の外に視線を戻すと、強く決意する。

「…………」

 リリィは窓を開けると、振り返らずに外へと出た。


 

 小さな妖精は、月の光に照らされる街の中へと、消えて行った。




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