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地味女子ですが、異世界来ちゃいました!  作者: フランスパン
異世界召喚編
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第三話 師匠と呼べ

ルビ振るのが難しい。


 脇役山田君子は、主人公榊原海人とヒロイン東堂寺凛華の勇者召喚の巻き添えにあった。

 生まれながらのモブ、どう生きてもモブの君子は異世界に来てもやっぱりモブ、凡人程度のステータスで、この異世界でこの先どうやっていけば良いのだろう。

(どうしよう、二人は魔王を倒しに行くみたいな雰囲気だけど、私はどうしたらいいの!)

 まさかこのまま捨てられてしまうのではないのだろうか、そうなるとあのトカゲの様なモンスターに殺されてしまうのではないのだろうか。

 この世界ははたして教会で生き返らせてくれるのだろうか――。

「山田さん、山田さんってば」

「えっあっはい」

「国王様がね部屋を用意してくれるんだって、疲れたでしょう、休憩しようか」

 色々考えている間に国王とシャーグはどこかへ行って居て、部屋に案内してくれるというラナイだけが残っていた。

「行きましょう勇者様と凡人」

 呼び方に随分差がある様に感じたが、きっと勘違いだと信じたい。

 


 ラナイの案内に続いて、城の中の一室にやって来た。

一部屋かと思ったら、そこはあくまでもエントランスの様なもので他に二部屋つながっていた。

 軽く教室二つ分ありそうなその部屋には、赤いじゅうたんが敷かれて居てふかふかなソファと見事な彫り物がされた木製の机がある。

「うわぁ、なんか落ち着かないかも」

「ふはっ、ソファすげぇ気持ちいい」

 二人の勇者は部屋でくつろぎ始めたが、凡人はとてもじゃないがくつろぐ事など出来ない。

 これから先自分はどうなってしまうのか、そればかりが心配で気が気ではない。

 ソファの端にちょこんと座って、君子は再び考える。

(そもそもモブの私がどうしてこんな異世界に来ちゃったの、私余計じゃん……ああ異世界なのは嬉しいけど、こんな凡人ステータスじゃなにも出来ないよ……お家帰ってドラクエしたいなぁ……あれ、ていうか私呼ばれてないなら帰っても良いんじゃ――)

 呼ばれたのは榊原と東堂寺なのだ、だったらこんな凡人が帰っても何も支障はないはず、君子は全力の勇気を振り絞ってラナイに話しかける。

「あっあの……ラナイさん」

「………チッ、何ですか凡人」

 今舌打ちが聞こえた気がする、きっと気のせいだと信じたい。

「私勇者じゃないし、呼ばれた訳でもないから……その帰りたいんですけど……」

 出来れば魔法の一つや二つ習得して帰りたかったが、この際仕方がない。

 家では君子の帰りを愛しき相棒達(ゲーム)が待っているのだ。

「…………ワタクシも、出来れば貴方の様な不要な奴は元の世界に送り返してやりたいのです、しかし呼ばれて居なくとも来てしまったからには光の女神以外元の世界に返せる者はいません」

 巻き込まれてしまったとしても、召喚された異邦人を戻せるのは召喚主しかいない。

 つまり魔王を倒して光の女神に返してもらう以外方法が無いのだ。

「山田さんごめんね、なんか私たちの巻き添えにしちゃったみたいで……」

「えっ、いや、アレは私が転んだからで……」

 本当になぜあんな所で転んでしまったのだろう、自分で自分が嫌になる。

「いや山田のせいじゃねぇよ、でも安心してくれ、俺が魔王をさくっと倒して光の女神様に頼んで帰らせてもらうからさ」

「あんた一人じゃないわよ、私もだからね」

「ほんとに来るのかよ凛華」

「あたり前でしょ、海人一人でなんて怖くて行かせられないわよ」

「お前は俺の保護者か!」

 流石は勇者に選ばれるだけある二人、会話までもどこかの小説や漫画にありそうな主人公とヒロインの様だ。

 二人の会話で黙って妄想していると、東堂寺がトーンを落として声をかけて来た。

「……山田さん、やっぱり怒ってる?」

「うへ?」

「正直に言ってくれて良いんだよ、巻き込んじゃった私たちが悪いのは本当だし……」

 自分の妄想がまさか怒っていると捉えられているとは、こんな形で人様に迷惑をかけているなんて、すぐに丁寧に訂正しなくてはいけない。

「ちっ違う、んです……本当に怒ってない、です」

「……本当に?」

 首が取れる位頷いて、肯定して見せる。

 まさか妄想をしていたなんて口が裂けても言えない、今度から妄想する時は顔の表情にも気を配らなければ。

「よかったぁ、山田さんいつも一人で居る事が多いから、私嫌われてるのかなぁって思ってたんだぁ」

「えっうえええっ!」

 そんな風に思われていたなんて、誰にも迷惑がかからない様に一人で妄想していたのに、まさかその様な誤解を生んでいたとは、夢にも思っていなかった。

「ちっ違うよ……わっ私人としゃべるの得意じゃなくて、別にとっ東堂寺さんの事を嫌ってる訳じゃなくて……あの……えっとぉ」

 自分の社交性のなさを呪いたくなる。

(う~~私は本当にダメな奴だ、東堂寺さんが眩しすぎて私の低すぎるステータスじゃあ話しかけるなんてコマンドを発動できないんですぅ)

「じゃあお話しようよ、私山田さんとずっとお話したかったんだ」

「ぎょっ、わっ私とぉ!」

 委員長で美人で可愛くてヒロインの東堂寺が、こんなオタクでそばかすで不細工の自分と話をしたいなど、一体どんなイベントが起きればこんな事になるのだろうか。

「ぎょってなんだよ山田~、お前本当に変な奴だな」

「海人あんたはちょっと黙ってなさいよ! 女子同士で話してるのよ!」

「女子同士~凛華のどこが女子なんだよ」

「言ったわねこのバカイト!」

 二人の言い合いを見ていたらなんだか面白くて、笑みがこぼれた。

 それを東堂寺は見逃さなかった。

「笑った、今山田さん笑ったよね!」

「へっ……あっごっごめんなさい」

「ううん良いの、むしろもっと笑って、このバカの活用なんてそれぐらいなんだから」

「ああん、バカって言うなバカって!」

「…………兄弟みたい」

 思わず口をついて出てしまった。

 ちょっと考え無しだったかと思ったが、二人はお互いの顔を見合わせて――。

「まぁ幼稚園からの腐れ縁だしな、もう兄弟みたいなもんだよな」

「そうね、そう言えば山田さんは一人っ子? 兄弟居るの?」

「お姉ちゃんが……」

「へぇ、お姉さんがいたんだね、なんか一人っ子みたいだったから凄く意外だなぁ」

「……うん、良く言われるんだ」

「じゃあ、山田の帰りを待ってるねーちゃんの為にも、とっとと魔王を倒さないとな」

 こんな風に軽く言える事ではないと思うのだが、流石は超主人公体質。

 二人はこんなにも自分の事を考えてくれているのに、何一つ出来ない自分。

 役に立てない自分がふがいなくて仕方がない。

「……あの、私二人に迷惑ばっかりかけてごめんなさい……、凄い能力もなくて……二人にばっかり押しつけて」

 本当にどうして脇役の自分がこの世界に来てしまったのだろう。

 異世界になんて来なければ、榊原にも東堂寺にも迷惑がかからないのに。

「……役に立てなくて、ごめんなさい」

 ふがいなさ過ぎて申し訳なかった。

 凡人は凡人でも使える凡人だったらよかったのに、そうすれば誰にも迷惑なんて掛からなかったのに――。

「何言ってんだよ山田、全然迷惑なんかじゃねぇよ」

「うん、役に立とうなんて思わなくて良いんだよ、私達友達なんだから」

「……とも、だち?」

 友達、それはつまりフレンドと言う事。

 こんな主人公とヒロインの二人と、脇役の自分が友達。

 聞きなれない言葉に、君子の脳みそはフリーズした。

「…………、ワタクシはこれで失礼しますわ勇者様」

 ずっと黙って壁際に居たラナイが、突然そう断りを入れると部屋から出て行った。

 遠慮をして出て行ったのだろうか。

「ねぇ、せっかくだから下の名前で呼んでもいいかな? 私の苗字なんかごつくて嫌なの、だから凛華って呼んで欲しいんだ」

「ふえっ……」

 そんなそれではまるで本当に友達同士の様ではないか。

 ちょっと戸惑ったが、東堂寺の真剣そうな顔を見ていたらなんだか断る事も出来ない。

「りっ……凛華さん」

「ちゃんがいいなぁ、君子ちゃん」

「えっうえっ……えっとぉ……りっ凛華ちゃ、ん」

 緊張で声が裏返って、頬っぺたが熱くなる

 恥ずかしいけど、なんだか無性に嬉しくて仕方がなかった。

 



 それから三人で時間が経つのも忘れて話し合った。

 小学生一年生まで榊原がおねしょをしていたのは衝撃だったし、完璧超人のイメージがある東堂寺が料理が全くダメなのは意外だ。

 結局それぞれ床に就いたのは、随分夜が更けてからだった。

「勇者様方、お二人の装備をご用意いたしましたわ」

 召使いについて行って、大広間へと向かうとラナイとシャーグが、二人分の鎧や剣やらを持って来た。

 鋼の鎧と青い鞘に入った片手剣。

 どちらも美しい細工が施されて居て、素人目にも良品だと分かる。

 そして杖と橙色のケープ。

 杖には山吹色の宝石がついて居て、ケープには金の糸の刺繍が施されていた。

「こちらはカイトの物、貴方には剣士や戦士の才能があるので剣と鎧を、白鋼で造られた剣と防具は、敵を穿ち貴方の身を守るでしょう」

「すげぇ……本物の剣だ」

 鋼鉄の手触りに歓喜する榊原。随分重量があるのかと思えば、すいつく様に手になじんでいて、見た目の割に軽くて扱いやすい。

「そしてこちらはリンカの物、貴方には魔法使いの才能があるので杖とケープを、杖は魔法補助をし、ケープには矢避け呪いがあり、どんな攻撃も貴方には届きません」

「……綺麗」

 曇りのない済んだ山吹色の宝石と軟い手触りのケープに、東堂寺は感動していた。

 二人とも制服の上からそれを着込む、ただのブレザーとセーラー服もこれだと本当に異世界の装備に見えるのだから不思議だ。

「すごい、良く似合ってるよ二人とも」

 正に勇者と魔法使いと言った感じで、本当に魔王を倒してしまいそうだった。

 感激して拍手をする君子を見て、東堂寺はなんだか表情をくらくする。

「あのラナイさん、君子ちゃんの分も用意してもらえませんか」

「えっ」

「折角仲良くなれたんだもん、私が守るから一緒に行こう」

 東堂寺の申し出に、君子は首を振った。

「私が行っても邪魔になるだけだから……」

「そんなの気にしなくていいよ! 此処に残ったら君子ちゃん一人になっちゃうよ」

 異世界という特殊な場所には、知り合いはおろか日本人もいない。

 こんな知っている人が誰もいない所で、君子一人でやっていくのはあまりにも孤独だ。

 東堂寺はそれを心配してくれているのだろう。

 でもついて行けば迷惑になるのは明確で、それを君子自身がよく理解していた。

「私は大丈夫です、二人が魔王を倒して帰ってくるのを待ってるから」

「でもっでもぉ、君子ちゃんと友達になれたのに、このままさよならなんて……」

「なら凛華も残っていいんだぜ、俺が行くから」

「そっそんな事言ってないでしょう海人!」

 榊原に怒鳴る東堂寺、君子は笑みを浮かべて言う。

「大丈夫、此処で二人が帰ってくるのを待ってるから……私これでも手先器用ですから適当に仕事でも見つけてくるから!」

「君子ちゃん……」

 笑顔を見てとりあえず納得してくれたのか、東堂寺は君子の手をぎゅっと握りしめる。

「すぐに魔王を倒して戻ってくるからね! 全部終わったらまたおしゃべりしようね!」

「うん……二人が帰ってくるの、待ってるから」

 しっかりと握手を交わすと、東堂寺は名残惜しそうに手を離した。

 本当になんて優しくて可愛い人なんだろう。君子が感動していると、意外にも話しかけて来たのはラナイだった。

「これを貴方に……」

 そう差し出したのは一枚の紙だった。何と書いてあるのかは全く分からないが、どうやら地図らしい。

「何ですか……これ」

「地図です、凡人は見て分かりませんか?」

 いやなぜ地図を自分に渡すのかを聞いたのだが、ラナイは何かと言葉にとげが多い。

「ここに、ワタクシの師がいます」

「えっ……師?」

 つまりラナイの先生と言う事になるのだろう、しかしなぜそんな人の家の地図を自分に渡すのだろうか。

「貴方のダメな特殊技能と凡人なりの技量でも、少しはマシになる様に教育してくれるでしょう……まぁ結構な変人ですけど」

「…………つまり私は、此処で魔法のお勉強をすればいいんですか?」

「一から言わないと分からないの……まぁ少しはマシな力や魔法を覚えたら同行を許可してやらなくてもなくてよ」

「えっ……それは私も一緒に行ってもいいってことですか?」

「もうどんくさいわね、そう言ってるんです! 良いからその使えない特殊技能をちょっとマシな物にしてきなさい!」

 ラナイはぷんすか怒って、先に部屋から出て行ってしまった。

 しかしどういう心境の変化かは分からないが、彼女なりに心配してくれているのだろう。

 言葉はきついけど良い人なのだ。

「じゃあ俺……つーか国王様から、あまり多くはないがお金だ」

 両手大の皮の袋に、ぎっしりと金貨が詰められていた。

 これであまり多くないというのは世事だ、こんなにたくさんの金貨チョコレート以外で見た事が無い。

「カイトとリンカの事は俺達にまかせてくれ、君はのんびり待って居てくれ……えっと」

「君子です……、有難うございますシャーグさん」

「あぁキメコ、君はなにも気にせず修行に励んでくれ」

 どうやら自分の名前は異世界の人間には難しい様だ、訂正するのもなんだか失礼な気がしてそのままにした。


 城の外へと出ると、綺麗な青空が迎えてくれた。

 高層ビルが無いせいか、空がとても広く、大きく感じられた。

 大きく長い階段の前で、先に行ったラナイが待っていた。

 どうやら彼女も一緒に行くらしい。

「それじゃあ行ってくるな山田」

「すぐに帰ってくるからね君子ちゃん」

 二人はそう言って階段を下っていく。

 君子は手を振って二人を見送った。

 四人の後姿はだんだん小さくなってゆき、人ごみの中へと消えて行ってしまった。

 残されたのは君子だけだ。

(……二人とも行っちゃったなぁ、きっとすぐに魔王を倒して帰ってくるんだろうなぁ)

 ラナイに渡された地図を見て、彼女の師匠の元へと君子は歩き出した。

 少し道が複雑で、文字が分からないので途中人に聞きながら行く。

(やっぱり宝物のある洞窟とかにも行くのかなぁ? 毒沼とかあって危険じゃないといいけどなぁ、でも二人なら大丈夫に決まってるよね)

 榊原も東堂寺も選ばれし勇者なのだ、そのくらいどうという事無いだろう。

 今は自分の事に集中しなければいけないのだが。

(あっ、でもでも中ボスとか居たりするよね、あのトカゲよりも怖いモンスターがいっぱいいるかもだし、それに旅なんだから途中で病気とかになったりしないかなぁ……てっなにを心配してるんだ私は、あの二人は選ばれし勇者なんだから、私みたいなモブが心配する事無いんだって……きっと楽しくやれるに決まってるよ)

 今はラナイの師匠の所へ行かなくては、自分の事だけを考えるのだ。

 そう心に言い聞かせているのだが、なぜか頭は二人の事ばかり考えてしまう。

 なぜこんなに二人の事が気になってしまうのだろう。

 一体どんな冒険をするのだろう、どんな敵と戦って、どういう風に勝つのだろう、気になって気になって仕方がない。

(二人とも……いいなぁ)

 君子は心の中でそう思いながらため息をついた。

 そしてしばらく歩いてから立ち止まり、気がついた。

(……あれ私、もしかして羨ましく思ってるの?)

 脇役の自分が、主人公の二人を――。

 そんな月とスッポン、雲泥の差、泥以下のモブである自分が彼等を羨ましく思うなんて脇役失格だ。

(なに馬鹿な事考えてるの君子! 貴方は顔グラもなく名前も存在しない女子生徒Aなのよ、それがあろう事か主人公に憧れるなんて、そんなおこがましい事考えちゃダメぇ~~)

 近くの壁に頭を数回ぶつけて、どうにか頭を正常に戻す。

 なぜこんな感情が芽生えてしまったのだ、異世界に来たせいでテンションが上がっていたのだろうか。

(山田君子、貴方はモブなの、あの二人とは住む世界が違うの、勇者と一緒に旅をするなんてそんなの脇役がして良い事ではないの、モブの神様申し訳ありませんでした、私は身の丈に合った脇役人生を歩んでいきますので、どうかお許しください!)

 そんな神様がはたして存在するのかは知らないが、君子は信奉する神に忠誠と誓いをたてなおした。

「あっ……ここ、かな?」

 それは地図に示されていた場所。

 巨大な樹の真下に石を積んで造られた建物があった。

 石の隙間から草が生えていて、建物なんだかプランターなんだかよく分からない。

 屋根は木の板をかぶせただけで、煙突らしきものもあるが、これも石を積んだだけの簡単なものだ。

(…………廃墟?)

 二一世紀の日本人にとって、これは家とは言わない。

 そもそも家から草が生えているというのはどういう事なのだろう、グリーンカーテンにしてはちょっと個性的すぎる気がする。

 まさかラナイに嘘でもつかれたのだろうか、でも一応確認してみる事にする。

「あっあの~、どなたかいらっしゃいませんかぁ~」

 木製のドア(なんかキノコ生えてる)をノックする。

 三〇秒くらい待ったが応答がない、もう一度ノックした。

「すいませ~ん、魔法使いのラナイさんの紹介で来たんですけど、どなたかいらっしゃいませんかぁ~」

 やはり返事が無い。

 まさかあんな状況で嘘をつくなんて、現状に絶望して君子が途方に暮れていると。

『客人か、入れ』

 どこからか人の声が聞こえた。男か女か分からないが、綺麗な声だ。

 君子が驚いていると、ドアが鈍い音を立てて開いた。

「あっ……」

 入って良いのだろうか、恐る恐る中をのぞくが誰もいない。

 意を決して家の中に入ると、ドアが大きな音を立てて閉まった。

(えっえええっなにこのホラゲ展開!)

 まさかブルーベリー色の鬼とか出てくるんじゃないだろうな、と身構える。

 思ったよりも家の中は広かった、外はあんなにもぼろいのに、中は清潔で住み心地がよさそうだ。

 ドアの前はキッチン兼リビングで、いくつもの皿とカップが山の様になって積まれて居て、ハーブの様な植物を乾燥させた物や、なんだかよくわからない物をよくわからない物で漬けたよくわからない物が置いてあった。

「あー……」

 君子が部屋を見渡して唖然としていると、奥の部屋から誰かがやって来た。

「……人が来るのは何一〇年ぶりだろうか」

 真っ白なローブを着て同じく真っ白なフードをかぶり、黒を基調とした地面にまで届く長い前掛けをしている。

 手には身の丈の倍ほどの木製の杖を持っていて、植物の蔦の様な物がいくつか絡まっていた。

 大人びた物言いとは相反し、その人物は――。

(……こっ、子供ぉ!)

 まだ一〇そこそこの子供だった。

 フードをかぶっているので、正確な年齢と性別はよくわからない。

 だが、目の前に居るこの人は君子よりも歳下の子供だ。

「……ワシは子供ではないぞ、君子」

「えっええ!」

 なぜ自分の名前を、それよりも心の中で言ったつもりだったのに、口に出してしまったのだろうか、君子が鯉の様に口をパクパクさせていると、子供は君子の近くにあった椅子に杖を向ける。

「まぁ座れ、今茶を入れよう」

 すると椅子が勝手に下がって、君子が座るのにちょうどいいくらいのスペースが出来た。

 手を伸ばした訳ではない、椅子がラジコンな訳でもない、つまりこれは――。


(まっ魔法だぁ! この子、本当に魔法使いなんだぁ!)

 

 何と言うファンタジー、君子は感激しながら椅子に腰をかけた。

 子供は木のお盆に、ポットとカップを二つ持ってくると、テーブルに置いた。

「苦いのは飲めるか? ワシのポンテ茶はあまり苦くないぞ」

 緑茶が飲めるから大丈夫だと思うので頷くと、カップに黄緑色の茶を注いでくれた。色は緑茶よりもはっきりした緑で、香りはジャスミンに近い。

「このレミンの花の蜜を入れると良い、よく合うぞ」

「いっ、頂きます」

 はちみつよりも若干水っぽい蜜を少し入れて、君子は飲んでみた。

 緑茶より全然苦くなく、ハーブの様な香りが鼻から抜けて行く。

 花の蜜も癖やえぐみは全くなくて、甘くておいしい。

「ふは~、美味しい……」

 自分の好みに抜群にあって居て、思わず声が出るほどすごくリラックスして来た。

「どうやら落ち着いた様だな」

「えっ……」

 どうやらもてなすというより、気持ちを落ち着かせる為にお茶を出してくれた様だ。何と言うおもてなしの精神だろう。

「ワシの名はクロノ、ハルドラで最も古き魔法使いであり古の賢人の内が一人だ」

 どうやら見た目では判断してはいけない様だ。

 口調と物言いからして、きっとラナイよりも年上に違いない。どうもこの世界の基準はまだ分からない。

「あっえっと私は山田君子と言います、えっと日本……じゃなくて異世界から来ました」

「そうか、ならば先ほど魔王を倒しに向かった異邦人の知り合い、と言う事か?」

 なぜそんなことまで知っているのだろう、やはり魔法の類なのだろうか。

 ここまで何でも知っているとなんだか色々通り越してワクワクして来た。

「ラナイの奴がここによこしたのだ、何か訳があるのだろう?」

「あっ……はい、実は……」

 君子はこの世界に来た時から、榊原と東堂寺と別れてラナイにここに来るように言われた所を包み隠さず話した。

 クロノは茶を飲みながらそれを黙って聞き終えると、カップを受け皿に戻した。

「なるほど、つまり君子は置いて行かれたのだな……」

「あははっ、まぁ私は何も出来ない役立たずなんで……」

 分かって居た事だがこうもきっぱりと言われるとなんだか少し傷つく。

「ふむ、『複製(コピー)』か……確かに珍しく使い勝手の悪い特殊技能(スキル)だ」

「あっあの……、特殊技能って誰にでもあるんですよね、友達が魔法みたいな光を使ったり木の棒でトカゲのモンスターをぶっ倒したりして居たんですけど……それも特殊技能ですか?」

「何だラナイはそんな事も説明しておらぬのか……、おそらく特殊技能だろう、特殊技能は特殊技能単体で使える物がある、シャーグの『剛力』やラナイの『鑑定』がこれだ」

 肉体強化の『剛力』と識別能力の『鑑定』。

 どちらも特殊技能としてはランク3で、それなりの実力者がもつものだ。

「しかし君子の『複製』は魔力を消費して使う物、使用するには大量の魔力が必要になるのだ……だがそなたは異邦人、体内の魔力は微々たるもの……戦闘に使うにはせめて魔力量がB-はなければ、すぐにガス欠を起こしてしまう」

 そう言えば君子は全てE(-もあった気がする)、これでは到底使い物にはならない。

 だからラナイは自分が凡人で、使えない特殊技能と言ったのだ。

「そう……だったんですね、じゃあ私は魔法が使えないんですね」

 折角異世界に来たのだから使ってみたかった。

 それに――。

(凛華ちゃんと榊原君に、早く会いに行きたかったのに……)

 やはり自分はモブ、キングオブモブ。

 せめて魔法位使えるモブになりたかったのに、やはり自分には街に来た冒険者に『ここは王都ハルデよ』と言うのが関の山なのだろう。

「そんな事はない、そなたはこの世界に来てまだ一日しか経っていないのだぞ、赤ん坊がいきなり立てるか? 雛がいきなり飛べるか? どんな生物も初めは何も出来なくて当たり前なのだ」

「赤ん坊……」

 そうかこっちの世界でないと魔法が使えないのなら、自分は昨日生まれたばかりの赤ん坊と大差ないのだ。

 赤ん坊ならなにも出来なくて当たり前。

「君子、そなたの魔法はこれから始まるのだ、あきらめるのではない!」

 クロノは君子に向かって、まるで演説の様な迫力で語りかける。



「魔法は、無限の可能性に満ちておるのだ!」



 まるで何か物語が始まる様な、そんな気がした。

 脇役じゃなくて、もっと、もっと凄い物語が今始まる感じがする。

 クロノの言葉は、君子の心にしっかりと響いて揺さぶった。

「……わっ私も魔法使える様になるんですか………クロノさん」

 何かが変わる淡い期待を抱きながら、君子は胸のドキドキを抑えてそう尋ねる。

 するとクロノは手を差し出しながら、笑みを浮かべて答えた。

「師匠と呼べ、我が弟子君子よ」

 

 こうして君子の魔法の勉強が始まったのだった。





特殊技能の説明ができなかった……。

次回入れます!!

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