幕間 Merry Christmas
読んで字の如し、クリスマスの話です!
今回はユウとランのお話、本編とは関係ない番外編です!
Merry Christmas!
マグニの城に、朝がやって来た。
窓から陽光が溢れ出ていて、眼覚めの時が来た事を教えてくれるのだが――。
そんな太陽の呼びかけを無視して、眠り続ける者がいた。
「う~~ん」
「むにゃっ」
大人用のベッドに、二人で眠るユウとランである。
二人ともまるで天使の様な寝顔で眠っていて、さながらここは楽園の様。
しかし楽園の平和は、突如終わりを迎える。
「こらあっ! いつまで寝てるのあんたたちぃ!」
アンネが温かな毛布を剥ぎ取って、二人の天使を起こす。
途端に楽園は地獄へと様変わりして、寒い冬の朝の空気が、二人を襲う。
「さむ~い」
「ねむ~い」
「ワガママ言ってんじゃないの! 早く顔洗って着替えるの!」
悪魔の様な形相のアンネに怒鳴られ、しぶしぶベッドから降りた。
ユウとランは、ドワーフの双子だ。
ベルカリュースの西部にはドワーフの国もあるが、ここヴェルハルガルドでは他の魔人達に比べて数が少ない。
特に双子となれば余計に珍しく、どっちがどっちかは置いておいて、一目で覚えてもらえる。
そんな二人はこのマグニ城の使用人であり、朝から晩まで主の為に働く。
「ねむい」
「ふぁ~」
着替えの途中で眠くなって、立ったまま眠っている。
二人は使用人なのだが、正直言って仕事と言う仕事を何一つとしてやっていない。
「寝るんじゃないの、早く着替えてご飯を食べて、水汲みするの!」
むしろアンネの手を煩わせる一方だ。
結局彼女が二人を着替えさせて、そのまま顔を洗わせ、朝食が並んだテーブルにつかせないと、それ以降の仕事が出来ないのである。
溜め息を付くアンネ、しかしそんな彼女の苦労など双子は何一つ知らず、ベアッグのお手製の朝食を食べるのだった。
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「今年ももうすぐ終わりですね」
君子は自分の部屋で手帳を見ながらふとそう言った。
「そうね、大分寒くなって来たし……そろそろ雪が積もるんじゃないかしら?」
「マグニも積もるんですか?」
「年によって差はあるけど、すごく降る時は私の胸くらい積もった事があるわ」
「うえっ……それほとんど雪国じゃないですか」
トンネルを抜けたらそこは雪国だったレベルだ、マグニは内陸だからそこまで積もらないが、沿岸部や山岳部などは五メートルを優に超える場所もある。
東京で育った君子には、そんな積雪考えられない事だ。
「しつれーしまぁす」
「しつれーしまーす」
コンコンと不揃いなノックが響き、ドアが開けられる。
入って来たのは、薪を持って来たユウとランだった。
二人とも小さな体で抱えきれないくらいの薪を持っていて、大変危ない。
「ゆっユウくんにランちゃん、そんなに薪を持ってちゃ危ないよ」
「ああっ! 駄目、キーコは手伝っちゃ駄目!」
薪を代わりに持って上げようとする君子を、アンネが止めていると、案の定双子は絨毯に足を引っかけて転んでしまった。
「うわ~」
「ひゃ~」
「だっ大丈夫二人とも!」
心配して君子が駆け寄る、しかし二人に怪我はない。
だが部屋中に薪が散乱して、せっかくアンネが綺麗に掃除をしたというのに、その全て無駄になってしまった。
「ユウ、ラン! あんなにいっぱい一度に薪を持ったら危ないって言ってるでしょう!」
「いっぱいもてばいっかいでおわるもん」
「いっかいでおわればすごいらくだもん」
「物臭するんじゃないの、アンタ達は使用人なんだからね、働かないとベッドで寝れないしご飯だって食べられないんだからね!」
アンネは使用人の極意を二人へと教えようとするのだが、五〇年生きているとはいえドワーフ的にはまだまだ子供、やんちゃの盛りの二人には馬の耳に念仏である。
「ユウまきはこびあきた~」
「ランまきはこびきら~い」
冬は暖炉を使う、その為木材置き場にある薪を持ってくるのは、ユウとランの仕事だ。
ただでさえ仕事なんかしたくないのに、冬は薪運びの仕事で資材置き場と各部屋を往復する毎日、二人は飽き飽きしているのだ。
「ふゆなんかいやだ~」
「ふゆなんかきらい~」
じたばたと暴れて、労働反対のストライキを敢行する二人。
こうなってしまうと、お腹がすくまで止めないので質が悪い。
アンネが頭を抱えると、君子が口を開いた。
「でも冬にだって、冬の楽しい事があるんだよ」
「そんなのないー」
「そんなのな~い」
「そんな事ないよ、雪が降れば楽しい事がいっぱいだし、ご飯だって美味しくなるし、それにクリスマスだってあるんだから!」
「クリスマス?」
「クリスマス?」
首を傾げる二人。
ハロウィンに続き、どうやらクリスマスもこの世界にもないらしい。
本来なら子供が眼をキラキラさせて喜ぶ物なのに、サンタさんもがっかりだろう。
君子は子供の為のイベントの説明をする。
「うん、私の世界ではサンタクロースっていうおじいさんが、一年間いい子にしていた子供にプレゼントをくれるんだよ」
「プレゼント!」
「くれるのぉ!」
やはりこの一言に子供は物凄く反応する。
いつになく真剣に聞くユウとランに、更に続きを話した。
「うん、サンタさんが来てくれるその日は皆でご馳走を食べて、お祝いするんだよ」
「ごちそう!」
「たべるの!」
プレゼントにご馳走という子供が喜ぶ単語を聞いて、ユウとランは眼をキラキラと輝かせている。
やはりクリスマスと言うのは、どんな世界でも楽しいと受け入れられる物なのだ。
「じゃあ、ユウにボールくれるの?」
「ランに、おにんぎょうくれるの?」
「もちろん、いい子にしてたらサンタさんがユウちゃんとランちゃんにプレゼントを持ってきてくれるよ!」
「わ~い、プレゼントだ!」
「やった~、ごちそうだ!」
飛び跳ねて喜ぶ二人、しかしあくまでもサンタにプレゼントを貰えるのは良い子だけだ。
その辺はしっかりと教えてあげなければならない。
「でも、サンタさんはお仕事を怠ける様な悪い子には、プレゼントはくれないんだよ」
「プレゼント!」
「くれないの!」
「だからアンネさんのいう事をよく聞いて、お仕事をちゃんとやらなきゃ、サンタさんは来てくれないんだよ」
とはいえ君子は日本生まれの日本育ち、本場の欧米のクリスマスよりもクリスマス商戦の方に馴染みのある日本人だ、ちゃんとしたクリスマスは分からない。
しかしそれでも、クリスマスとサンタクロースの魅力は十二分に伝わった様で、さっきまでやる気のなかった瞳が、闘志に燃えている。
「ユウ、おしごとやるよ!」
「ラン、ちゃんとやるよ!」
「えへへっあと一週間、いい子にしててね二人とも」
君子としては、冬が好きでない双子が少しでも楽しめればいいと思って、そう言った。
しかし――ヤル気になった双子ドワーフの真の力を、誰も知らなかったのである。
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翌日。
アンネはいつも通り双子を起こす為、彼らの部屋へと向かっていた。
どうせいつも通り駄々をこねるに違いない、今日という今日は何が何でも使用人の心得えを叩き込んでやる。
「ユウ、ラン、おきなさ――」
アンネがドアを開けた時、勢いよく二つの影が廊下へと飛び出す。
それが何か一瞬理解する事が出来なかった。
それほどのその光景が異様だったのである――。
それは着替えを終えた、ユウとランであった。
アンネが起こす前に起床して、あろうことかメイド服と執事服をきっちりと着用している。
今までアンネが叩き起こして、アンネが着替えさせなければ、まともに働こうともしなかったあの双子が、自分で起きて自分で着替えている。
こんな事ありえない、天変地異の前触れだ。
「ゆっユウ、らっラン……、アンタ達いっ一体どうしたのよ!」
実はアンネはまだ眼覚めておらず、本当は自室のベッドで眠っていて、目の前の光景は本当は夢なのではないだろうか――、しかし双子は戸惑う彼女へと言う。
「みずくみするんだよ!」
「まきはこびもするよ!」
それは今まで嫌がっていた仕事、あの双子が意気揚々と仕事をすると言っているのだ。
アンネがこの城に努めて数十年、そんな事今まで一回もない。
ユウとランは、呆然と立ち尽くすアンネを放って、仕事をしに向かったのであった。
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「あははっ、クリスマス効果絶大ですね」
「笑い事じゃないわよキーコ、私ほんっと~~に、びっくりしたんだから!」
食後の紅茶を出しながら、アンネは楽しそうに笑う君子にそう言った。
何気なく言った話で、こんなにも双子の意識改善が出来るなんて、流石は皆大好きクリスマスである。
「でも二人が冬に楽しみを持ってくれて良かったです、流石はクリスマスです」
「……クリスマス? ハロウィンの次は一体なんですか?」
書類を見ながら話を聞いていたヴィルムが、そう尋ねて来た。
「あっ、毎年一二月二五日は皆でお祝いするんです」
「またお祝いですか……貴方の世界はつくづく祭りが好きですね」
祭り事が大好きな日本人にとっては、宗教の違いなど些細な物、クリスマスを祝って、除夜の鐘を聞いて、初詣に行くなんて言う、よそから見たら宗教のごった煮みたいな事を平気でやってみせる。
「それで、今度は何でランタンを作るのですか?」
「クリスマスは作りませんよ、その代わりモミの木に色んな飾りをつけて、それを居間とか玄関に飾るんです」
「モミの木?」
「あっえ~~と、たしか針葉樹だったかな、こう背が高くて細い葉っぱがいっぱい生えてる感じの……」
「……あぁススリの木ですか、それならその辺の森に沢山生えているでしょう」
正直君子も本物のモミの木のクリスマスツリーなど知らない、プラスチックのホームセンターで売っている物しか家で飾った事が無いので、クリスマスツリーに見える木なら、何だって良い。
「せっかくだから、飾ってもいい?」
「あン、木を飾るだけかぁ? またクッキーとか食わねぇのかぁ?」
ご馳走にしか興味がないギルベルトは、ポテチを食べながらつまらなそうに言う。
「食べるよ、鶏の丸焼きとかケーキとか!」
「トリ! 肉食うのかぁ!」
焼き鳥の味が忘れられないギルベルトは、鶏と聞いて目を輝かせる。
こうなると後は簡単だ、涎を飲み込みながらギルベルトが許可を出す。
「トリ食おうぜ!」
「うん、皆で食べようね」
ちょうどメヌル村から近々特産が届く予定になっている、クリスマスまでには鶏が何羽か仕入れられるだろう。
ベアッグもきっと協力してくれるだろうから、ケーキの準備は問題ない。
クリスマスパーティなんて、小学校でやった以来でなんだか君子まで楽しくなって来た。
「所で、クリスマス……と言うのはどう言う祭りなのですか? 木を眺めて食事をとるだけの祭りですか?」
「キリストって人の生まれた日、じゃなかったかなぁ……私の国の祭りじゃないのでよく分からないんですけど、とりあえず二五日にみんなでローストチキンとケーキを食べて、サンタクロースが来るのを待つんです!」
「サンタクロース?」
「あっえっとぉ、子供にプレゼントをくれるおじいさんです、トナカイの引いたそりで空を飛ぶんです」
「…………トナカイが空を飛ぶんですか、翼もないのに一体どうやって?」
「いっいやそんな事私に聞かれても、そう言う言い伝えなんで……」
「そもそも子供にプレゼントを配るのはどういう利益があってやってるんですか、正直見ず知らずの子供にそんな事をする老人の気がしれないのですが……」
ヴィルムはいちいち変な所を気にする、さらっと流してくれればいいのに。
「さっサンタさんは、子供が大好きなんです! だから子供達の笑顔の為に、二四日の夜寝静まった頃に煙突から家に入って枕元にそっとプレゼントを置いていくんですぅ!」
「不法侵入ではありませんか、異世界は随分と治安が悪いのですね」
この男には、お伽噺を信じる心は残っていないのだろうか――。
現実合理主義のヴィルムの前では、サンタさんも形無しである。
「キーコ、他に何か用意するものはある? なんでも言って頂戴」
「えっあ……じゃあ、ユウちゃんとランちゃんのプレゼントをお願いしてもいいですか?」
「へっプレゼント?」
「……プレゼントはサンタクロースが持って来てくれるのではないのですか?」
自分で言ったにもかかわらず、そんな事を言うなんて可笑しい。
君子は申し訳なさそうに説明を始める。
「いっいえ……実はサンタって言うのは――」
「しつれーしまぁす」
「しつれーしまーす」
すると、不揃いなノックをしてユウとランが入って来たので、君子は慌てて口を噤む。
二人とも薪を持って来たのだが、この間の様に沢山ではない、きっちり自分達が持てるくらいの量を持っている。
「あったかくするよ!」
「ぽかぽかにするよ!」
「うん、ありがとう」
「ユウ、おしごとちゃんとやってるよ!」
「ランも、おしごとちゃんとしてるよ!」
双子はキラキラとした眼で、元気いっぱいに報告してくる。
「サンタさん、プレゼントくれる?」
「サンタさん、プレゼントくれる?」
「うん、サンタさんはお仕事頑張ってれば、絶対プレゼントくれるんだよ」
それを聞いて、ただでさえつぶらな瞳をより一層キラキラと輝かせ満面の笑みを浮かべると、二人はさらなる薪を持って来る為に、部屋から出て行った。
「ユウおしごとがんばる~」
「ランおしごとがんばる~」
ぱたぱたと駆けていく双子を見て、君子はほっと溜め息をついた。
それを見てアンネが、さっき聞きそびれた事をもう一度聞く。
「キーコ、プレゼントを用意ってどういう事なの?」
「……あっあははっ、実はサンタはあくまでもお伽噺で、ホントは親とか大人がプレゼントを用意していて、サンタクロースのふりをして枕元に置いておくんです」
全国のお父さんお母さんは、子供に気が付かれない様にいろいろと苦労をしているのだ。
「じゃあ、サンタクロースって結局いないの?」
「まっまぁ……そうなりますかね」
「なら回りくどい事をしていないで、親がプレゼントを渡せばいいじゃありませんか、そんな子供騙しのお伽噺など信じさせていないで……」
「こっ子供騙しって何ですかぁ! いますもん、サンタさんは本当はいるんです北欧にいるんですぅ! ただ異世界まで来る旅費が無いから今回はアンネさんに用意してもらうんですぅ、サンタを信じられない、子供の心を忘れてしまったヴィルムさんには、プレゼントはありませんからね!」
「別に、結構です」
一体人はいつからこういう大人になってしまうのだろう、きっと異世界にもサンタクロースの風習があれば、ヴィルムはこんな大人にならずに済んだはずだ。
広めるのが五〇〇年くらい遅かったと、君子は後悔した。
「何はともあれ分かった、ボールと人形を用意しておけばいいのね」
「はい、あっ……くれぐれもユウちゃんとランちゃんにはバレない様にお願いしますね」
「もちろん、なんだかちょっと面白いわね」
用意する側も楽しくなって来た。
こうして、マグニ城はクリスマスの用意に追われるのであった――。
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そしてクリスマス・イブ、双子はとても頑張った。
いつもわがままばかり言って、怠ける事しか努力しなかった二人が、自分から積極的に仕事をする様になった。
朝は自分から起きて、着替えて顔を洗ってご飯を食べる。
水汲みをして薪運びをして、各部屋のシーツを回収する。
今までさぼっていた仕事をてきぱきとこなし、むしろこんなに仕事が出来たのかと、周囲を驚かせた。
「……ああ、ずっとクリスマスだったらいいのに!」
「あははっ、それは幸せですねぇ」
負担が減ったアンネは泣いて喜んでいた、睡眠時間は格段に増えたし、仕事の負担は激減して、ちょっと一息つく暇も出来た。
しかしこの楽な日々が今日で終わってしまうなんて、勿体無い。
「所でプレゼントは用意できましたか?」
「ええ、問屋に頼んだの、ほら!」
そう言って袋からボールと人形を取り出した。
リクエストには沿っているから、これで問題ないだろう。
早速ラッピングをする事にした、手ごろな箱と包装紙とリボンで、プレゼントを包む。
「クリスマスって、子供は楽しそうだけど、サンタをする大人は大変ね」
「えへへっ、でも二人の喜ぶ顔を見たら、きっと嬉しいですよ」
「まっ……まあね、よし出来た」
青いプレゼントがユウ、赤いプレゼントがラン。
これで準備は出来た、後は気が付かれない様に今夜二人の枕元に置けばいい。
「でも、これどこに隠しておきましょう……」
「そうね……じゃあこの袋に入れて、私の部屋に置くから」
アンネはそう言って袋から真新しいシーツを取り出した。
染み一つ無い綺麗なシーツは、見るからに高価なのが分かる。
「王子とキーコのベッド、新しいシーツに変えようと思って、プレゼントのついでに問屋に注文して置いたの」
「えっ私のもですか……まだまだ綺麗ですよ?」
「だ~め、王子とキーコには清潔なシーツで眠って欲しいんだもん!」
ちょっと奮発してしまったが、予算の範囲内問題ない。
そんな事を話していると、ユウとランがやって来た。
君子とアンネは、急いで袋にプレゼントを隠す。
「なっなっ何、二人とも」
今日待ちに待ったプレゼントがもらえるだけあって、ユウもランもワクワクのドキドキが止まらない様子で、落ち着いていられない。
「サンタさんきょうくるの?」
「よーいするものとかある?」
「えっああ……サンタさんにお礼のお手紙と、あっあと靴下が必要だった!」
「くつしたー?」
「くつしたぁ?」
「そう、サンタさんは靴下にプレゼントを入れてくれるの、だから枕元に靴下を置いておくんだよ」
「へぇ……靴下にプレゼントなんて変わってるのね」
「そうですよねぇ、でも楽しくていいじゃないですか」
今日の主役はあくまでも子供、楽しければ何だって良いのだ。
だから大人は子供を喜ばせる為に、それぞれの仕事に戻る。
「じゃあ私はベアッグさんと、明日のご馳走のお話をしてきますね」
「じゃあ私は洗濯が終わったら行くわね」
君子とアンネは、ユウとランを残して部屋を後にする。
「くつしただって」
「くつしただって」
二人は自分達の靴下をそれぞれ見つめる
子供用の靴下小さくて、片手に納まってしまう。
「プレゼントはいるかな?」
「プレゼントはいらない!」
こんな靴下では、ボールも人形も入らない。
これではサンタさんがプレゼントくれないかもしれない。
「……どうしよう」
「……どうしよー」
二人は辺りを見渡すと、ふとテーブルの上に置いてある、真っ新なシーツに気が付いた。
それをしばらく見つめると、双子は嬉しそうに顔を見合わせた。
「何よコレぇぇぇぇ!」
クリスマスの準備でせわしなかったマグニの城に、怒号が響いた。
君子は慌てて、台所から声がした部屋へと向かう。
するとそこには、物凄い剣幕で怒っているアンネがいる。
「えっ……、どっどうしたんですか」
「……どうしたもこうしたもぉ……これよぉ!」
怒りに震えながら、アンネは手に持っていた物を広げた。
それは新品のシーツ、しかしさっきまでと違うのは、それらがビリビリに切られているという事だった。
「どっどうしたんですか、コレ!」
「分かんない、でもちょっと眼を離した隙に……」
所々何かの形に切り取った形跡がある、それもハサミでやった様で動物などの仕業ではない、コレは明らかに人の仕業である。
「キーコぉ、みてぇ!」
「みてぇ、キーコぉ!」
ユウとランがやって来た、今は彼らの話を聞いている場合ではない。
なぜこんな事になったのか、状況を調べなければならないのだが――――二人の手にはまるで新品の様に真っ白な布の物体がある。
「ゆっユウちゃん、ランちゃん……それ、なに?」
「サンタさんのプレゼントはいる」
「おっきなくつした、つくったよ」
そう言って二人は、自分の身長と同じぐらいの大きさの真っ白な靴下を広げた。
切断面がギザギザで、縫い目も荒くお世辞にも靴下とは言えない、しかし問題なのはそこではなく、その手作り靴下が新品のシーツと全く生地で出来ているという事。
「ユウちゃん……ランちゃん……そっそれ」
「プレゼントはいるくつしたつくった!」
「サンタさんこれでプレゼントくれる!」
確かに、サンタは靴下にプレゼントを入れると言った。
でもまさか、自分達で大きな靴下を作るなんて思いもしなかった、よりによって新品のシーツで――。
「こっこのぉぉ……お馬鹿! 何やってんのよぉ、コレは王子とキーコのシーツなのよ、見て分かんないの!」
「だって、くつしたないとプレゼントもらえないもん」
「だって、くつしたなきゃプレゼントくれないんだよ」
この所ずっといい子にしていた分、悪い事をした時のギャップが激しい物。
しかも本人達には悪気が一切ないので、性質が悪い。
奮発したシーツを台無しにされて、怒らずにいられる訳がない。
「あんた達みたいな悪い子に、プレゼントなんて上げる訳ないでしょう!」
「アンネじゃなくて、プレゼントはサンタさんがくれるんだもん」
「サンタさんがプレゼントをくれるんだもん、アンネじゃないよ」
ユウもランも怒っているアンネなど知らんぷりである。
子供はサンタクロースの真実など知らない、だからアンネがどれだけ怒っていても、反省も謝罪もしない。
そんな二人の態度が、アンネを更に怒らせる。
そして怒った彼女は、つい言ってはいけない事を言ってしまう。
「サンタなんて、本当はいないのよ!」
「えっ……」
「ふぇ……」
双子はこの一週間、ずっとプレゼントの為に頑張って来たのだ。
それなのにそのプレゼントを配るサンタがなんて、二人にとっては死刑宣告に等しい。
「あっアンネさん」
「ふんっ、そんなお伽噺いつまでも信じてるんじゃないわよ、そんな話信じてる暇があるなら、馬鹿な事してないで、とっとと仕事に戻りなさい!」
アンネはシーツを持って、部屋から出て行ってしまった。
「ゆっ……ユウちゃん、ランちゃん……?」
残った君子は双子の顔を覗き込む。
すると2人共とても悲しそうな顔をして、君子へと尋ねる。
「サンタさん、いないの?」
「サンタさん、うそなの?」
「えっ……いや違うの、サンタさんはね……」
一体なんと言ってフォローすればいいのだろう、きっと世界中の親がこの質問に苦しんだはずだ。
答えに悩む君子を見て、子供ながらにそれがどういう事なのかを察した。
「うっ、うへ~ん、プレゼントもらえないんだ~」
「うっ、うわ~ん、プレゼントもらえないんだぁ」
ついに声を上げて泣き出してしまった。君子は慌てて二人を慰める。
「なっ泣かないで、二人ともっ、ねっねぇ!」
頭を撫でても、背中をさすっても、二人は泣き止まない。
それどころか泣き声はもっともっと酷くなって、城中に響き渡った。
悲しい声が、ずっと響いていた――。
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夜になった。
あと少しで日付が変わり、クリスマスがやって来るというのに、アンネは一人浮かない顔で廊下を歩いている。
「…………」
ユウとランの泣き声が、耳に残って離れない。
それだけ、プレゼントを楽しみにしていたのだろう。
「でっ、でもシーツを駄目にしたあの二人も悪い訳で……ちゃんと叱らなきゃいけないし」
メイド長として、使用人の教育はしっかりしなければいけない。
それが子供だからと言って例外は無い、悪い事をしたら罰を受けなければいけないのだ。
アンネは正しい事をしている、それなのに――なぜか胸が痛む。
「……アンネさん」
「っ! きっキーコ、なんで……」
寝巻にカーディガンを羽織った君子が、一階まで降りて来ていた。
さっき寝室に戻ったはずなのに、一体どうして――。
「ユウちゃんとランちゃん、本当に反省しているんです……、私が靴下の事言わなければ二人ともあんな事しなかったんです、悪いのは私なんです、許して上げてくれませんか?」
「キーコ……」
「コレ、二人からです」
そう言って君子が二枚の紙を取り出す。
広げてみると、そこには汚い字で『サンタさん、ごめんなさい』と書かれていた。
「本当にいい子だけにサンタさんは来るんだよって言ったら、二人ともこれを描いたんです……今夜のサンタさんはアンネさんですから、どうぞ」
確かに反省はしている様だ、しかしそれで許される事では無い。
主人のシーツを台無しにするなんて、使用人として許される事では無いのだから。
「駄目よキーコ……私はメイド長として、あの二人に罰を与えなくちゃいけないの、プレゼントはあげられないわ」
そう言ってユウとランの手紙を折り畳む。
メイド長の決意は固い、絶対に二人にプレゼントを渡してくれないだろう。
「そうですか、残念です…………」
「ええ、もうキーコも寝なくちゃ駄目よ、夜更かしは美容の敵なんだから」
「分かりました……所でアンネさん、その手に持っている白い袋は――一体何ですか?」
君子はアンネが手に持っている大きな白い袋を指さす、たしか今朝そんな袋にプレゼントを入れた様な気がしたのだが――。
「…………」
「煙突からは無理ですけど、ドアから入るなら私お手伝いしますよ、サンタさん」
メイド長アンネはプレゼントを渡さなくても、サンタのアンネはプレゼントを渡す。
なぜならサンタはプレゼントを渡す人、なのだから。
「まっまぁ、一週間二人が頑張ったのは本当だし、年に一回だけだし……それにせっかくプレゼント用意したんだから、捨てるのももったいないしね」
「えへへっ流石はサンタです」
「……ちょっとぉ」
君子はちょっぴり意地悪な笑みを浮かべると、そっと目の前の部屋、ユウとランの部屋へと近づく。
「(では、先導は私トナカイが務めさせて頂きます!)」
君子は慎重にドアを開けると、なるべく音を立てない様に二人が眠るベッドへと近づく。
既に子供はお休みの時間、ユウとランはベッドの中で寝息を立てながら、眠っている。
しかし二人の眼はいつまでも泣いたせいで腫れ上がっていて、涙が流れた筋が残っている、きっと泣きつかれて眠ってしまったんだろう。
「(……ユウ、ラン)」
「(アンネさん……枕元にプレゼントを置いて下さい、ほらちょうど靴下がありますよ)」
それはシーツを切って作ったものではなく、自分達の小さな靴下である。
プレゼントは入らないけど、あの大きな靴下よりもずっといい。
アンネはユウにボールを、君子はランに人形を置いてあげる。
「(……ホント、クリスマスは大変ね)」
「(えへへっ……、でも楽しいですよね、クリスマス)」
そう言って、二人は小さく笑みを交わし合うと、なるべく音を立てない様に、そっと部屋を後にするのだった。
クリスマスは皆が幸せになる日。
今日は皆笑顔にならなければいけないのだ。
「「サンタさんのプレゼントだぁ!」」
だってそれが、クリスマスなのだから。
サンタの出身地をグリーンランドにしていたのですが、フィンランド派の方が多い様なので、間を取ってで『北欧』にさせていただきました。




