第二話 呼ばれていない私
「伝説の光の勇者様、どうかこの国を魔王からお救い下さい」
魔法使い的な女性は、そう神妙な表情で言って来た。
ゆう‐しゃ【勇者】 勇気のある人。勇士。
二次元の中ではきっと当たり前の存在、正しくて強くてカッコいい人。
(ゆっ勇者……、勇者って勇者で良いんだよね! ロト的な? 天空的な?)
言葉に刺激されてすっかり空想の世界に行ってしまった君子を置いて、冷静な榊原と東堂寺は訪ねた。
「伝説の……勇者? 一体何の事だ」
「私達ただの高校生で、いつの間にかこの森に居たんです、此処は一体どこなんですか?」
二人の言葉を聞いて、戦士と魔法使いは互いに顔を見合わせる。
そして戦士が説明を始めた。
「……ここはハルドラ、ベルカリュースの東の国でございます、勇者様方」
「ハルドラ……? ベルカリュース? 何だよそれ」
まるで聞いた事のない言葉に戸惑う榊原、それに東の国と言うのはどういう事なのだろうか、分からない事が多すぎる。
「私達分からない事だらけなんです、すいませんが教えて頂けませんか?」
「もちろんでございます勇者様方……しかし此処は不潔ですわ、場所を移しましょう」
魔法使いはそう言いながら、虫を払う。
榊原と東堂寺は、聞こえない様に小声で話す。
「(どう思う凛華……敵じゃないみたいだけど)」
「(私も敵じゃないと思うけど……ついて行って良いのかしら)」
「(う~ん、ただどう考えても此処は学校じゃないよな、ていうか日本なのか?)」
「(違う……よねぇ)」
いくら考えても答えが浮かばない。
今はこの二人について行く以外の選択肢が無いのだ。
「(山田さんもそれでいいかな……山田さん?)」
妄想にすっかり入りこんでしまっている君子には、東堂寺の言葉など聞こえてはいない。
心配そうに何度も声をかける。
「(山田さん、山田さんってば)」
「へっ、あっはっはいいっ!」
「(私達あの人達について行こうと思うんだけど、山田さんもそれでいい?)」
「えっあっはい……」
判断能力はきっと東堂寺の方が優れているので、君子としては二人の意見に従うだけだ。
「どうやらまとまった様ですね、勇者様方」
「はい、私達貴方達について行きます」
「ふふっ、ではまいりましょう、早くまいりましょう」
嬉しそうな魔法使いと戦士の案内で、三人は歩き出した。
鬱蒼とした森かと思ったら突然終わり、広大な草原が広がっていた。
緑の草が風に揺れて、まるで絨毯の様だ。
「……凄い、こんな場所初めて見た」
「サッカーコート何面分だ?」
狭い日本では考えられないその広大な草原を前にして、素直に驚いた。
「勇者様方、あそこに見えるのが我がハルドラの王都でございます、今から皆様をあちらにお連れいたします」
戦士が指をさしたのは遠くにうっすら見える紅い城壁、此処からではよく見えないがいくつかの建造物が見える。
三人が案内されたのは白馬が四頭で引く、大きな馬車だった。
馬車の装飾の基準は分からないが、かなり豪華な装飾品がいくつも付けられていた。
「うわ……馬車って初めてだ」
「椅子ふかふか」
(……気持ちいい)
六人乗りの馬車の様で、榊原、東堂寺、君子の順で乗り込む。
戦士と魔法使いも乗り込んで、馬車は出発した。
思ったよりも揺れが少なく、タクシーとまでは行かないが快適で、初めての馬車という事もあって何だか楽しくさえ感じた。
「あの……さっきは助けてくれてどうもありがとうございました」
しばらく進んだ所で、東堂寺が頭を下げた。それを見て榊原と君子も頭を下げた。
「お礼が遅れてすいません、混乱していて……命を助けて貰ったのに酷い態度を取ってしまって……本当に申し訳ありませんでした」
やはり学級委員長、ちゃんとしている。
東堂寺の謝罪を見て、魔法使いと戦士は驚いた様子で、眼を丸くした。
「ははっ勇者様も人に礼を言うのか」
「こらシャーグ、勇者様に何という物言いか!」
「でもよラナイ、思ったよりも勇者様が若くてな、なんか敬語使うのが馬鹿馬鹿しくなって来た」
「この脳筋馬鹿、貴方はもっと礼儀を知りなさい!」
「いや待ってくれ、俺は年上の人に敬語使われるのはなんか嫌だ、それに勇者って俺達の事なのか? だったらそういう風に呼ばないでくれ、俺には名前がある」
榊原はそう言うと真っ直ぐに二人に向かい合った。
「俺は榊原海人、歳は一六、高校生だ」
「私は東堂寺凛華、私も一六歳の高校生です」
二人とも当たり前の様に名乗ってしまい、自分も名乗る空気だという事に気がついたのは少し間が空いてからだ。
「山田君子です……一六歳、高校生……です」
拙い自己紹介をすると、戦士もそれに続いた。
「俺はシャーグ・オルフェイ、歳は三六だ、ハルドラ国の国王親衛隊隊長をしている」
三六にしてはかなり若く見える。
二〇代の前半くらいにしか見えないのだが、童顔なのだろうか。
「ワタクシはラナイと申します……ハルドラ国魔法顧問をしております、以後お見知りおきを……」
そうラナイは笑顔を浮かべる。
歳を言わないのが気になったが、女性なので言いたくないのだろうし、わざわざ聞くのも無粋である為そこは流した。
「それで勇者……、いやえ~とサカキ……」
「海人で良いよ、俺もシャーグさんって呼んでいいか?」
「もちろん……ではカイト、君達は自分達がなぜあそこにいたか全く知らないのか?」
榊原が頷くと、シャーグとラナイは少し困った顔をする。
「どうやら初めから全てを話さなければならない様ですね」
「はい、此処がどこなのか、それに勇者が何なのか、全部教えてください」
真剣な東堂寺を見て、ラナイも真剣に話し始めた。
「まず、驚かないで聞いていただきたいのです、今貴方達がいらっしゃる此処は――」
「……異世界」
ラナイの言葉を遮ったのは、意外にも君子だった。
自分から言葉を発しなかった彼女に、榊原も東堂寺も驚いている。
だが何よりも驚いて居たのは、言葉を遮られたラナイだ。
「えっ……ええ、おっしゃる通りです、此処は貴方方の世界とは異なった世界です」
異世界人はその非現実的な言葉に驚いている。
ただ君子を除いては――。
(やっぱり、異世界なんだ! 私とうとう次元の壁を超えちゃったんだ!)
ついに人類最大の夢である次元の壁を超える事に成功した。
此処は漫画や小説の世界、剣があって魔法があって、勇者が居て魔王が居る。夢にまで見たファンタジーの世界。
「そしてこの世界ベルカリュースの東ハルドラ国が、ここです」
「ちょっと待って下さい、私たちは普通の高校生なんです、そんな異世界とか言われてもよくわかりません」
全く実感のない、そんなの勘違いだと主張する東堂寺。
いきなり異世界とか言われても困ってしまうのが普通だ。
戸惑っているとシャーグが口を挟む。
「折角だがおじょーさん、話は後にしよう」
「えっ? なんで」
シャーグは口元に笑みを浮かべると、窓の外を見る様に促した。
ガラス越しに見えたのは、紅い煉瓦の壁。
それは草原の向こうで見た、あの城壁だった――。
「ようこそ、ハルドラの王都ハルデに」
王都と言うだけあって賑わいがあった。
石畳の道の両脇に、屋台の様な商店がいくつも並び、老若男女問わずたくさんの人々が行きかっている。
皆中世のヨーロッパの様な服装で、時折鎧を着て剣やら杖やらを持った人も歩いていた。
そして馬車はひと際大きくて豪華な建物の前で止まった。
「さあ、皆様国王陛下がお待ちでございますわ」
ラナイは有無を言わせず、城へと三人を案内すると、礼拝堂の様な所に案内された。
天井一面に宗教画の様な絵が描かれて居て、壁には十字架と五芒星を合わせた様な彫刻の飾りが施されていた。
太陽の光を取りこむ様に設計されているのか、この部屋は室内とは思えないほど明るい。
その部屋の真ん中に誰かが立っている。
「……ラナイか」
お祈りをしていた様だが、こちらの気配に気がついて振り向いた。
歳は三〇代前半くらい、肩まで伸びた金色の髪と藍色の眼をもった男。
赤いマントをしていて貴金属をいくつも付けていて、纏っている雰囲気が明らかに普通の人とは違う。
「陛下、勇者様をお連れいたしました」
ラナイとシャーグは、片膝をつくと深く頭を下げた。
男は二人に頭を上げる様に指示すると、視線をこちらに向ける。
「よくぞまいられた光の勇者、一体この時を何百年待ちわびた事だろうか……ハルドラの長き不浄の時はこれで終わりを告げるであろう」
国王はどこか感激した様子で三人の高校生を見る。
しかしこちらは状況をまるで理解していない、東堂寺が少し遠慮しながら問う。
「あの……勇者って何のことなんですか? 私達学校に居て、目の前が光ったと思ったらいつの間にか此処に居たんです、何の事だかさっぱり分からないんです」
「そうだ説明してくれ、あと帰り方も教えて欲しいな」
榊原の帰るという言葉を聞いて、ラナイとシャーグが慌てている。
国王も少し困った様子だったが、少し考えてから話し始めた。
「……どうか、話だけでも聞いて欲しい」
そう言うと、国王は天井のレリーフを指差した。
どうやら物語の様につながっているらしく、一番初めの絵は真っ黒い竜が描かれている。
「今から一〇〇〇年も昔の話だ、西の国の魔王が率いる妖獣と魔人がせめて来た……奴らは邪悪なる闇の竜の加護を受け、世界を己が物にしようと数多の村や町を焼き、何の罪のない人々を殺し、この国を蹂躙した」
悲しそうに話す国王は、次のレリーフを指差した。
隣の絵は白い女性らしき物が描かれている。
「この国が滅びかけたその時、我が国の神、光の女神が現れベルカリュースとは異なる世界から一人の異邦人を使わして下さった」
さらに隣のレリーフは、輝く鎧を着て輝く剣を持つ人間が、竜と人型の何かと戦っているものだ。
「光の女神の加護を受けた異邦人は、闇の竜を退けその手先であった魔王を倒した、光の女神に召喚された異邦人は以後光の勇者としてこの国で祭られている」
最後のレリーフは女神と共に描かれた勇者の絵。
剣を高らかに掲げて、国民らしき人々に祭られている物だった。
「……そんな昔話がどうしたんだよ、魔王はもう倒されたんだろう? だったら俺達なんか必要ないじゃないか」
榊原の問いに、国王は首を横に振った。
「闇の竜を倒さなければ魔王は何度でも復活する……新たな魔人が王となる、一〇〇〇年の時を超えて魔王は再び現れて、我が国を、我が民を襲い始めたのだ」
「既に我が国の国土の四分の一が、魔王の手によって滅ぼされてしまったのです」
四分の一、それがどれくらいの物かは分からないが、王とラナイとシャーグの真剣な顔を見ると、決して少ない物ではないのだろう。
「どうにか王都は光の女神の大いなる守りによって魔の手は伸びてはおらぬが、それも時間の問題……この国は、ハルドラはいずれ滅んでしまう」
国王はこちらに近づいてくると、突然腰を落とす。
ただ座った訳ではない、両膝を突き床すれすれまで頭を下げて、平伏した。
そして真摯に、力強く言葉を放った。
「どうか我が国を、ハルドラを救ってくれ!」
一国の王がただの高校生に頭を下げている。
公立高校に通う子供よりも、ずっと権力があって偉いはずの男は、ただ必死に頭を下げて訴える。
「そなたたちの望みは何でも叶える、金でも名声でも儂に支払える物であれば何だって差し出す、それが例え我が命でも!」
「国王!」
そんな事をしては国が滅んでしまう、しかしどうしても民を、この国を守りたかった。
しかし国王は知らない、彼の前に居るのはただの学生だという事を――。
ついほんの数時間前まで、友達と世間話をして将来に役に立つのか分からない勉強をしていたのだ。
国を救うなどという大役など、あまりにも荷が重い。
「……嫌だ」
断られたと絶望をあらわにする国王、しかし榊原は平伏する彼に向かって右手を差し出すと、口元に笑みを浮かべた。
「アンタの命はいらない、そんな物くれなくても助けるよ」
それは彼にとってはいたって当然の返答。
困っている人を助ける、こんなの当たり前の事だ。
「……海人」
「さっきのトカゲの化け物みたいな奴を倒せばいいんだろう? まぁただの学生の俺がどこまで力になれるかなんて分からないけど、土下座で言われちゃ断る訳にもいかないな!」
「……ありがとう、異邦人の勇者、そなたは慈悲深く勇気のある人だ」
「あははっ、照れるっておじさん」
「このバカイト! 王様になんて口のきき方してんのよ」
「バカって言ったなこの暴力女!」
言い合いを始めた海人と凛華、そんな二人を見て国王は小さく微笑んだ。
そして再び頭を深々と下げると、差し出された榊原の手をしっかりと握った。
君子はその光景を五歩離れた所から黙って見ていた。
より正確に言うと、黙って妄想しながら見ていたのだ。
(榊原君マジでイケメンだよ! 東堂寺さんとの絡みも完璧だし、正にTHE主人公、いやTHE勇者だよ!)
一〇〇〇年前や光の女神に闇の竜、全て君子の妄想を加速させるガソリンでしかない。
素晴らしきかな異世界。
(やっぱり榊原君が勇者で、東堂さんが魔法使いかな? 勇者なら剣とか防具とか貰うのかなぁ~、どんな剣かなぁ天空の剣的な奴かな?)
頭の中では、鎧を着て剣を持つ榊原と、とんがり帽子をかぶり大きな杖を持った東堂寺が、魔王と闘っている。
(闇の竜も倒すのかな? それなら竜殺しの剣が必要だよね……聖ジョージが使ったアスカロンかなぁ?)
伝説上の武器を妄想すると、顔が自然とにやけて来た。
誰かに見られたか不安になり、急いで口元を隠す。
「あっでも凛華と山田は学校に帰してくれよ、二人は女子なんだ、またあんな化け物に襲われたら大変だ」
何という紳士精神。
そんな言葉が口から出てくる人など、君子は二次元の人間以外で初めて見た。
「何言ってんのよ海人、あんた一人でまたあんな危ない事する気なの!」
「そりゃそうだ、女に戦わせられるかよ」
榊原なりの気遣いなのだが、それは東堂寺の琴線に触れた。
「何よそれ、邪魔だから女だから引っこんでろっていうの!」
「ばっちげーよ、怪我するかもしれねぇだぞ、女なんだから大人しくして――」
「男女差別じゃない! 女に出来ないって決めつけるなんて最低よ、ねぇ山田さん!」
「…………えっ? えっええとぉ」
突然話を振られても、自分は戦えないし本当に邪魔だろうし、役になど立てないので、間違っても肯定は出来なかった。
だがすっかり憤慨している東堂寺は、国王に向かい会うと、眉を吊り上げて言い放つ。
「海人が魔王を倒しに行くなら、私と山田さんも行きます!」
東堂寺の言葉が、音速で頭の中を突き抜けて行った。
私と山田さんも、それでは君子も一緒に行く事になってしまうのだが――聞き間違いと我が耳を疑う。
だが東堂寺はやる気に満ちた顔で、君子の方を向く。
「ねっ、山田さん!」
どうやら聞き間違いではないらしい。
(わっ、わたっわたわた、私も~~~)
自分は脇役つまりモブ、勇者のお伴として魔王を倒しに行くなど絶対に出来っこない。せいぜい最初のスライムあたりで死ぬのが関の山だ。
無理ですと言う前に、国王がラナイに話しかける。
「ラナイよ、お前の特殊技能を使って三人の技量を見てくれ」
「はい陛下」
「特殊技能?」
確かトカゲを倒した時に、シャーグとラナイがそんな事を言っていた気がするが何なのか全く分からない。
「そうかそれも知らないのか、スキルはこのベルガリュースに存在する全ての生物が持つ能力だ、俺の『剛力』やラナイの『鑑定』がそうだ」
「でも俺達この世界の人間じゃないぜ」
「この世界に居れば異邦人も使う事が出来るのです、特殊技能のランクは六段階、日常でしか使えない物から戦闘で絶大な威力を発揮する物まで、多種多彩でその数は無限と言われております」
この世界の生まれでなくとも、このベルカリュースに居れば使えるようになる。
身に宿った特殊技能は一人一種類、そのランクや能力によって強さを識別するのだ。
「ワタクシの特殊技能『鑑定』は、能力や現象を見定める物なのです」
「力量を測ってから、同行するかを決めても遅くはなかろう?」
国王に言われて行き急いでいた凛華は頷いた。
そしてラナイは榊原の前に立つと、右手を向ける。
「では見ましょう」
眼を閉じるラナイを、榊原も東堂寺も国王もシャーグも皆固唾をのんで見守った。
そしてしばらくの静寂の後、ラナイは口を開く。
「分かりました」
カイト サカキバラ
特殊技能 『光の使徒』 ランク3
職種 無し
攻撃 B+ 耐久 C+ 魔力 E+ 幸運 A-
総合技量 B
「……やはり一〇〇〇年前の勇者と同じ特殊技能、勇者として申し分ない特殊技能と力量を持っています」
「異邦人にしてこれほどの力とは、一国の将軍にも勝るとも劣らないぞ」
勇者のステータスを純粋に喜ぶ国王達。
その喜びも冷めぬまま東堂寺の鑑定を始める。
「では、見てみましょう」
リンカ トウドウジ
特殊技能 『光の使徒』 ランク3
職種 無し
攻撃 E 耐久 C- 魔力 B+ 幸運 A+
総合技量 B
「何という、この方も勇者と同じ特殊技能を!」
「まさか、そんな事があり得るのか! 勇者が二人なんて事が……」
かなり珍しい特殊技能なのだが、異邦人でありその基準を知らない榊原と東堂寺には全くピンと来ない。
「見なさいよ、邪魔で足手まといはアンタの方よ海人」
「何だと、ちょっとラナイさんもう一回見てくれ、なんかの間違いだ!」
またいがみ合いを始める二人。
しかしこの予想外の出来事は喜ばしい事だった、勇者としての力量を持つ者が二人も存在しているなど、絶望のハルドラには眩しすぎるほどの大きな希望だ。
「素晴らしいぞ、もはや魔王に勝ったも同然ではないか! 光の女神はやはり我々を見捨ててはいなかったのだな」
「複数の異邦人が同時に現れる事は珍しい事ですが、勇者なら理解できます、勇者だからこの世界に召喚されたのです!」
鼻息荒いラナイと、興奮冷めやまないシャーグと国王は最後の異邦人――君子へと視線をやる。
「えっ……あっあの」
今まで蚊帳の外だった分注目されてからの驚きと緊張で、テンパる君子。
しかし三人は大きな希望を抱いて、彼女を見る。
キミコ ヤマダ
特殊技能 『複製』 ランク1
職種 無し
攻撃 E- 耐久 E- 魔力 E 幸運 E
総合技量 E
「…………」
テンションが下がる音が聞こえる。
ハイテンションになった人が通常に戻る時の顔は、こんなにも悲しくて空しいのだと、君子はまた一つ世界の心理を知った気がした。
「なんという凡人でしょう」
(デスヨネー)
それは君子自身が一番よくわかっていた事なのだ。
だが勝手に期待したそっちも悪いと思うし、でもこの場の空気を読めなかった自分も悪かったと思う。
「なんですか勇者と一緒に来たからてっきり三人も勇者? これもしかしてハルドラ最強なんじゃねぇ? と思わせておいてのこの凡人は! ワタクシの先ほどの喜びと期待を返しなさいぃ!」
「ふぎょぉぉ、ごっごめんなさ~い」
今にも掴みかかろうとするラナイを、シャーグと国王がどうにかなだめる。
ただやっぱり二人ともどこか残念そうだ。
「まぁ勇者が二人も居るのだ、良いではないか……一人でも良いのに二人とは勿体ないほどだぞ」
「そうだぜがめつい女は嫌われるぜラナイ」
「う~~う~~~」
猛獣を押さえつける様にラナイをなだめる二人。
理性的な人だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「あ~~、リンカよ、そなたは勇者として申し分のない力量を持っている共に行っても問題ないだろう」
何とか話の流れを変えようと国王がその様に言った。
東堂寺は不服そうな榊原に自信ありげな視線を送る。
「カイト、リンカ、そなたたちに勇者の職種を与えよう、どうか魔王を倒して我が国に平和をもたらしてくれ」
国王はそう言ってまた深々と頭を下げた。二人の勇者は、力強い微笑みを浮かべる。
「もちろん、任せておいてくれ」
「国王様の期待に応えて見せます」
なんだかすごい壮大な物語が始まりそうな予感に胸がときめく君子。
しかし、同時にある事に気がついた。
二人は勇者なのだからこの世界に来て当然、このまま魔王を倒しに行くに決まっている。
では自分は勇者ではないしどうなのだろう、そもそもなぜ自分は此処に来てしまったのだろう。
脇役の自分には、こんな異世界召喚など縁がないもの。
だからこんな世界に来ても出来る事などなにもないのに――。
(あれ……二人は光の女神に呼ばれたから此処に居るんだよね? あれ、私は?)
たしか階段の踊り場で偶然一緒になって、プリントを拾って貰っていたらいつの間にかこっちに来てしまった。
(つまり私は、二人の巻き添えを食らったって事?)
呼ばれていない自分。何の力もない自分。
この世界で何の役にも立てない自分は――。
(じゃあ呼ばれてない私は、どうしたらいいのぉ!)
いくら心で叫んでも、君子の叫びは二人には伝わらないのだった。
ステータスは何となくです。
Eは一般人、Dはスポーツ選手、Cから兵士、Bから将軍(将官?)みたいな感じで思って下さい。
特殊技能の説明も徐々にしていければと思っております。
海人の魔力をEからE+に変更しました。