第一〇話 嫌いじゃ、ないよ
ギルベルトとカルミナをくっつけると誓った君子。
意気込んだ物の、正直君子にはこれと言って出来る事がない様な気がする。
(恋愛はタイミングだって少女漫画で言ってたしなぁ……そもそも脇役がそう言う事するもんじゃないし、私は二人の恋愛を横で傍観出来ればいいだけだし)
恋愛偏差値ゼロの君子には、参考になる知識の全てが二次元の世界にしか存在しない。
つまりは何をどうするべきなのか全く解らないのである。
(一先ず……抱っこはやめよう、抱っこは)
君子はソファの上でねっ転がりながら、ポテチをつまむギルベルトの上から降りると、向かいの一人掛けソファへと移動する。
「……なんでそっち行くんだよぉ」
「だっだって……ギルが重いかなぁって思って」
まさかギルベルトとカルミナをくっつけて、自由になろうとしているなど口が裂けても言えない。
適当な嘘をついて話を濁す。作戦は慎重に進めなくてはならないのだ。
「…………」
「…………」
何もしゃべらず、ただギルベルトがポテチを咀嚼する音だけがする。
君子は意味もなく制服のスカーフを結び直したり、おさげの枝毛を整えたりを繰り返す。
特に何もない、何をする訳でもない時間が流れている。
(つっつれぇ……ギルに婚約者がいるって解ったら、なんか色々とからみずれぇんですけど……)
あの美人のカルミナが恋人だと考えると、自分の様なモブの脇役が抱っこどころか、話をする事さえもおこがましく感じて来た。
気まずすぎて、どこかへ逃げてしまい。
「キーコ、貴女の寝間着って普通に洗っていいの?」
「えっあっ……じゃあ私が教えますよ!」
君子が『複製』で造ったお気に入りのパジャマ。
こちらはネグリジェやガウンで、とてもじゃないが眠れないので造った。
「いや、教えて貰えれば……」
「口頭で説明するのはすっっごい難しいんですよ、だから教えますよ!」
「あっおいキー」
「さあ! アンネさん行きましょう、すぐにいきましょぉぉぉぉぉ!」
名前を呼ぼうとしたギルベルトの声を遮って、君子はアンネの手を引いて走って部屋から逃亡した。
あまりの全力疾走に、ギルベルトは唖然と見ている事しか出来なかった。
「えっ、王子と居るのが気まずい?」
「そうなんですよ……緒に居るとカルミナさんの顔が浮かんで、自分が隣に居るのがなんかおこがましい様な気がして来て……」
君子は洗い場へ向かう途中、アンネに愚痴をこぼしていた。
アンネには何でも話せてしまうのだから不思議だ。
「なんか……分からなくもないわ」
「そうなんですよ、今までは普通に抱っこされていましたけど、良く考えると恋人がいる人にやるのって可笑しいですよね!」
「そうよねぇ……てっあ!」
そんな話をしていると、カルミナが廊下に立っていた。
窓から外を眺めて居て、その姿はまるで絵画の様、この世の物とは思えない美しさだ。
「あら……あなた方は」
(うわっ……やっぱ美人!)
こんな美人と会話するほどのコミュニケーション力を持っていない君子は、その美しさに圧倒されて固まってしまう。
「カルミナ様、この様な所で如何なさったのですか?」
「外を眺めていたの……マグニのお城は随分森の中にあるのですね」
ここはヴェルハルガルドの国境沿い、かなり田舎の方で、都会から来た彼女にはこんな森の景色でさえ物珍しく感じるのだろう。
「そう言えば……あなたお名前は何とおっしゃるの?」
笑顔でそう言うカルミナの問いは、アンネではなく君子へと向けられている。
その事に気づくのに随分時間が掛かってしまった。
「えっ……やっ山田君子、です」
「……ヤミャーダキリコ? 変なお名前ね」
「キーコは異邦人なんです」
「まぁ、では随分遠い所から来たのね」
大変だったでしょうと優しい言葉をかけてくれる、やっぱり美人は心根が違う様だ。
「私異邦人は初めて見るのですけど……面白い恰好をしていらっしゃるのね」
「へっ……そっそうでしょうか」
君子の夏服を見ながらそう言う、この世界ではそんなに制服は可笑しいのだろうか。
「所で、あなたとギルベルト王子はどういうご関係なの?」
「へっ?」
「随分親しい様に見えるのですが……もしかして恋仲なの――」
「違います!」
喰い気味に否定をした。
まさかあらぬ誤解を受けているなど、モブで脇役の君子があんなイケメンで主人公とそんな仲になる事などあり得ない。
(んっ……待てよ、私とギルは一体どういう関係になるんだ、私はギルに刻印を書かれて無理やり連れて来られてここに居るだけだし……)
誘拐犯と被害者という認識をしているのだが、別に待遇が酷い訳でもない、十分なご飯も頂いているし、ベッドもふかふかで気持ちいいし、むしろ日本に居た時よりもいい生活が送れている気がする。
(この関係をどう説明するべきなんだろう……)
どう訂正するか君子が迷って居ると、答えは別の所からやって来た。
「キーコはギルベルト様の玩具ですよ」
「ヴィルムさん」
「ギルベルト様が拾って来た玩具です、カルミナ様が気になさる事ではありません」
そうきっぱりと言い放つヴィルム、君子的には物扱いされるのが嫌なのだが、言い返す言葉を持ち合わせていないので、話はそのまま進んでしまう。
「まぁ玩具なのですか? ギルベルト王子はこういう物がお好みなのでしょうか?」
「いいえ、ただ奇声を上げるのを楽しんでおられるだけです、カルミナ様は玩具ではなく婚約者なのですから、気にする事ではございません」
(なぜだろう、確かにその通りなのに、凄く悲しい……)
ヴィルムの言葉の一つ一つが心に突き刺さって、打たれ弱い君子のライフは赤ゲージへと突入している。
「そんな事よりカルミナ様、お部屋へお戻りください、後でギルベルト様とお茶にいたしましょう」
「えぇ分かりましたわ……またね玩具さん」
明らかに楽しんでそう言うカルミナ。
やはり玩具と言うのは否定しておくべきだったと、今さら後悔した。
あんな美人に誤解を受けてしまった、君子はその要因を造ったヴィルムを睨む。
「なんですか、その眼は」
「だって……いくらなんでも玩具は酷い……」
「的を射ていると思いますが?」
このクールイケメン野郎、きっぱりと言いやがって。
君子はぷくーっと頬膨らませて、やり場のない怒りをあらわにする。
「キーコはギルベルト様のご機嫌取りの玩具なのですから、カルミナ様とギルベルト様の邪魔をする様な真似は止めてください」
「そんな事……頼まれたってしませんよ……」
「……ならよろしいのですが、カルミナ様は隣国ドレファスともかかわりがある方、今後のギルベルト様の地位を考えると、彼女との交流は重要な事です」
良く解らないが、ヴィルムの表情を見る限りとても大切な事なのだろう。
頼まれたってそんな大事な事の邪魔なんてしない、それに二人がラブラブになれば、君子が自由になれるのだから、むしろ応援したいくらいだ。
でも少しだけ気になる事がある――。
(ギル……私の事どう思ってるんだろう?)
そんな疑問を浮かべながら、君子はただ窓の向こうの広い空を眺めた。
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「ギルベルト様、起きて下さい、朝でございますよ」
ヴィルムはギルベルトの寝室へ入ると、カーテンを開けて天蓋の中へ光を入れる。
ギルベルトは眼を突きさされた様な悲鳴を上げるが、こうしなければ起きない事をヴィルムは知っているので容赦などしない。
「ふあっ……ねみぃ~」
「早くお着替えを、そして朝食を召し上がってください」
欠伸をしながら寝間着から着替える。
寝癖でぼさぼさの髪の毛のまま寝室から出た。
「んあっ?」
いつもなら君子がそこに居て、一緒に朝食のはずなのに、今日はいない。
「…………キーコは、まだ寝てんのか?」
「キーコなら、先に朝食を済ませましたよ」
「なっなんでだよ!」
突然の事で戸惑っているギルベルト。
全く状況が理解できない中、ドアを開けて入って来たのはカルミナだった。
「ごきげんよう、ギルベルト様」
にっこりとほほ笑むカルミナ、しかしギルベルトはなぜ彼女がこの部屋に来たのかまるで解って居ない様子で眉を顰める。
「カルミナ様はギルベルト様の婚約者なのですから、ご一緒に朝食をとるのは当然です」
そう言うとアンネが二人分の朝食を持って来た。
ギルベルトとカルミナの分だ。
突然の事で驚いているギルベルトにカルミナは微笑みながら言う。
「さあ頂きましょう、ギルベルト王子」
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「てな感じで、二人でご飯食べてたわよキーコ」
君子がその様子を聞いたのはその日の夜。沐浴を終えて髪の毛を乾かしている時だ。
今日はずっと部屋で、特殊技能の練習をしていたので外には出ていない。
「へぇ~じゃあいい雰囲気だったんですね」
「一応その後お茶も飲んだし、夕飯も一緒に召し上がってたから、いい感じなんじゃない?」
「そうですか~良かったぁ」
これなら早く自由になれるかも知れない、うきうきしながら髪の毛を拭く。
この世界では毎日沐浴するのは珍しく、シャンプーやリンスもない。
ただでさえ悪い髪質が余計悪くなりそうだ。
「う~んやっぱりごわごわになってるなぁ……」
「じゃあ月光浴でもしてみたら、今日は晴れてるから月が綺麗よ」
「月光浴? 月の光を浴びるんですか?」
「そう、美容にいいって言うのよ」
そんな話聞いた事がないが、月の光を浴びるだけでいいなら楽だ。
ベランダへ出てみるとアンネの言うとおり、綺麗な月が空に浮かんでいた。
「ほんとですね、すっごく綺麗です」
満月よりはちょっと欠けている、食べかけのお月様だ。
アンネがわざわざ椅子を持って来て、くつろげる様にしてくれた。
「これネユリの種油、髪の毛になじませると艶が出るのよ」
「へぇ~有難うございます」
きっと椿油の様なものなのだろう、匂いを嗅いでみるとほんのり花の香りがして、アロマオイルの様だった。
「……でもキーコやっぱりその寝間着辞めた方がいいと思うんだけど」
「えっ……変ですか」
灰色のパジャマ。
中学生から使って居るお気に入りなのだが、なぜか評判が悪い。
「色も駄目だし形も駄目よ、それにこんな安物の生地じゃ安眠出来ないわ」
「えぇ……私は別にこれでいいんですけど……」
「駄目ったら駄目! 折角髪の毛綺麗にするんだから身なりもちゃんとしなさい、これ可愛い寝間着用意したから」
そう言って寝間着を手渡すアンネ。
ネグリジェやガロンは、現代日本人には馴染みのない物だ。
「え~~」
「いいじゃない、どうせ寝間着なんて誰が見る訳でもないんだから……」
「まあ、そりゃそうですけどぉ……」
「あっ、折角だからお茶も用意するわ、月光浴にはポンテ茶がつき物なんだから」
と言ってアンネはわざわざお茶を取りに行ってしまった。
君子は手の中にある真っ白なネグリジェを見る。
上質なシルクで作られて居て、さわり心地がいい。
「…………ちょっとだけなら、いいかな?」
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その頃ギルベルト。
「だああああああああっもう我慢出来ねぇ!」
寝る支度をしていたヴィルムの前で、そう叫び声を上げた。
「キーコの奴なんで俺のとこにこねぇんだよぉ、ちくしょうがぁっ!」
まずい、今日一日大人しくしていたので、大丈夫かと思ったがついに我慢が限界を超えて爆発した。
「キーコを問いただしてやる!」
「ギルベルト様!」
完全に油断した、今さら爆発すると思って居なかったので、ヴィルムが止める前にギルベルトは部屋の外へと出て行ってしまう。
ヴィルムがすぐに追いかけるが、ギルベルトの方が早く止められない。
これはもう諦めるしかない、聞こえないだろうが犠牲になる少女へ向かって謝った。
「……キーコ、すいません」
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「…………」
君子は鏡の前に立つ。
白い絹のネグリジェは、フリルがついて居るが数は抑えられていて清楚な感じだ。
露出も少なく、君子の貧相な胸でも悪目立ちはしない。
アンネのセンスには正直脱帽だ。
「うわ~ネグリジェかわいい……」
あくまでも可愛いのは服なのだが、どういう訳か可愛い服を着るとちょっとだけ楽しくなって来た。
「だれも見てないんだし、いいよね」
可愛い服を来て喜ぶなんて、いつもの君子なら有り得ない。
きっと月の光が自分を可笑しくしているのだろう、ベランダで欠けた月を見上げる。
「……へへっ」
楽しくてつい笑って居ると、誰かが廊下を爆走する足音が聞こえて来た。
一体どこへ向かって居るのだろうかと思っていたら、この部屋のドアが勢いよく開けはなたれた。
「おいゴラ、キーコ!」
まるで取り立て屋の様にやって来たのは、なぜかお怒り気味のギルベルトだった。
「ぴぃやあああああああああああああっ!」
夜まで怒鳴りこんでこなかったので、てっきりカルミナにメロメロだと思っていた。
予想していなかった襲撃に奇声を上げる。
(てっ私今ネグリジェきてるじゃあああん! いっいやだぁよりによってギルに見られるのは嫌だぁ!)
着替えようにも、パジャマは部屋の中だしギルベルトの前では着替えられない。
ならば最終手段、顔だけでも隠そうと傍にあったタオルを頭からかぶって、まるで巨大テルテル坊主になる。
「おいキーコ、なんで俺の所に来なかったんだよぉ!」
「えっ……なっなにがあ?」
「とぼけてんじゃねぇよ、なんで俺の事避けるんだよぉ!」
ずかずかとベランダまでやって来たギルベルトはかなり怒っている様で、君子の腕を強く掴む。
「さっ避けてなんかなくて、たったまたまぐ~ぜんギルの所に行かなかっただけで……」
「つーかなんで顔隠してんだよぉ、ちゃんとこっち見ろよキーコ!」
そう言うと最終防衛ラインであるタオルを引っ張る。
何とか抵抗しようとするが、彼の方が力強くてどうする事も出来ない。
「だっだめっ、だめぇ! そばかすで不細工のネグリジェが~~」
「なに訳の分かんねぇこと言ってんだよ、おめぇはっ!」
ギルベルトが思い切りタオルを引っ張ったせいで、眼鏡が勢いで落っこちてしまった。
「あっ!」
とっさに拾おうとしたら、タオルを引き抜かれてしまう。
もう覆う物がない、こんな恰好の自分を人に見られてしまった。
「あっああ……」
そばかすで不細工で、髪の毛はまだ濡れているし眼鏡をかけていないから眼付きも悪く、似合いもしないフリルのネグリジェを着ている、最も見られたくない状態の自分。
それをイケメンで王子のギルベルトに見られた。
「ふぁっ……ふぁっ……ふぁぁ」
恥ずかしくて死んでしまいそうな君子。
一方ギルベルトは――――。
「………………」
何も言わない、黙って居るなんて変だ。
表情を見たくても、眼鏡なしの状況では良く見えない。
「ぎっ……ギル……」
なにか、何かこの状況の言い訳をしなくては、そう思って口を開くのだが恥ずかしさのせいでまるで出てこない。
そんな風にのろのろとしていたら、ギルベルトが顔を背けて手を離すと、そのまま部屋の外へと出て行ってしまった。
何も言わず、何もせず、黙って出て行くなんて――。
「えっ……えっ……何がどうなってるの?」
へなへなと崩れ落ちる君子。
(まっまさかギル……引いてた? そばかすの不細工の癖にネグリジェなんて着てるから、笑いとか批評とか、そう言うの全部通り越して……引いてた?)
眼鏡をしていないから全く見えなかったが、それなら何も言わなかったのも説明がつく。
間違いないギルベルトはこんな恰好の自分に引いていたのだ。
「キーコお茶持って来たわよ……って、なっなんでそんな絶望のオーラ出してるのぉ!」
戻って来たアンネは、ほんの数分の間に激変した君子の様子に驚いていた。
「えっちょっとキーコどうしたのよ、何があったの?」
「……あはっ、あはっあはははっ」
もはや君子は狂った様に笑う事しか出来なかった。
「どっどうしたのよキーコぉ!」
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「ギルベルト様……随分お早いのですね……」
ヴィルムは、ギルベルトの早すぎる帰還に驚いていた。
「ギルベルト様」
「なんだよ……」
ぶっきらぼうに答えるギルベルトに、ヴィルムはいつも通り冷静に尋ねる。
「……お顔が赤いご様子ですが、熱でもあるのでしょうか?」
耳まで真っ赤になっているギルベルト、体調が優れないのかと心配して聞いたのだが、彼は口元を隠すと顔を背ける。
「なっ……なんでもねぇよ!」
そして逃げる様に寝室へと入って行ってしまう。
「…………?」
訳が分からないヴィルムは、首を傾げるばかりだった。
ギルベルトはベッドに横になると、フカフカの枕を掴み取る。
「なんだよ……あれ」
真っ白な絹のネグリジェを着て、髪を下ろしていた君子。
風呂上がりなのか髪は濡れて、いつもかけている眼鏡がなかった。
いつもと全然違う、いつもの制服のお下げ髪の君子とは全く違くて――。
「かっ、可愛いじゃねーか……」
月の光に照らされて髪はキラキラ光っていたし、眼だって普段は眼鏡をしていたから、たれ目で愛らしいなんて知らなかった。
あんなに君子が、可愛いなんて知らなかったのだ。
「…………」
ギルベルトは枕を抱き締める。
さっきの君子を思い出すと、何だが胸が苦しくて仕方がない。
心臓がバクバクして今にも破裂してしまいそうだ。
「…………反則だろ、ちくしょうめぇ……」
頬の熱を下げようと枕へと埋めるが、その温度は全く変わらず、むしろ上がっている。
ギルベルトは得体の知れぬこの感情に振り回されて、その夜は全く寝付けないのだった。
それから数日、ギルベルトはすっかり大人しくなった。
特に怒る事もなく、カルミナとの食事やお茶を応じている様に見えるのだが、ヴィルムは釈然としない。
(…………、ギルベルト様が変だ)
あの日ブチ切れて君子の部屋に行ってから明らかに様子が可笑しい、だが聞いても答えないので訳が分からない。
(それだけ、カルミナ様にご興味を持たれた……という事でいいのだろうか?)
それにしては、今一緒にお茶をしている割に返事が生返事でどこか上の空。
興味や好意があるなら、ギルベルトはもっと感情を表に出すはずだ。
となると、これは一体何なのだろう。
「ギルベルト王子、せっかくですからパーティを開きません?」
「パーティ……ですか?」
「えぇ、お互いの親睦を深めるのに、ちょうど良いとおもうのです、折角ですからお客様も沢山呼びましょう」
そう楽しそうに言うカルミナ、たがヴィルムには魂胆が読めている。
(大方、大衆に自分がギルベルト様にいかに好かれているかを見せて、婚約後の地位を確立したいのだろうな……)
しかし思惑があるのはこちらも同じ。
カルミナの貴族としての地位を考えると、こちらとしても損は無い。
(ギルベルト様の王子としての地位を確固たる物にするには、フォルガンデス家の後ろ盾は必要だ)
せいぜい利用させて貰うのみ。
ヴィルムはそんな事を考えながら、日取りとその準備を話し合った。
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「……はぁ」
深いため息をついたのは君子だ。
ギルベルトの傍には行けないので、双子の中庭の草取りの手伝いをしているのだが、そのまとっているオーラは暗い。
「キーコ、どったの?」
「キーコ、どーたの?」
草取りなのに、葉っぱをむしり取るだけで肝心の根っこを取り残している双子。
ギルベルトにネグリジェ姿を引かれて、すっかり意気消沈の君子には、それを注意する気力さえなかった。
「ランにユウ、だからキーコに手伝わせるんじゃ……て、キーコまだ落ち込んでるの?」
「はぁ……」
「だからなんでそんなに落ち込んでるのよぉ……」
ここ数日ずっとこれだ、なんとかしようとするアンネ。
そこに鍛錬上がりのブルスが通りかかった。
「あっブルスさん……ほらキーコ、ブルスさんよ!」
「にゃんこぉぉぉぉ!」
さっきまでの絶望のオーラなど何処へやら、君子は嫌がるブルスへと抱きつくと、ひたすらにモフる。
「やっやめろ小娘! 俺にさわるんじゃない!」
「すいませんブルスさん、キーコが元気ないんです、協力してください」
「俺の元気がなくなるだろう!」
身をよじって嫌がるブルス、しかし君子はしっかりとホールドしていて、絶対に離れなかった。
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「ではそれでよろしいですね、ギルベルト様」
「んー……あぁ」
ギルベルトはヴィルムの問いに適当に答えた。
パーティなんてどうでも良い、カルミナなんてどうでも良い。
ただあの時の君子の姿をみてから、どうも調子が可笑しかった。
君子の所へ行こうとすると、あの時の姿が脳裏に浮かんで、心臓がばくばくする。
なぜこんな風になってしまったのか分からない、今までなんでこんな気持ちになった事がなかったのだから。
「…………んっ?」
ふと中庭に目をやると君子がいた、ユウとランと一緒に草むしりをしているらしい。
なんで君子がやっているのか分からないが、相変わらず変な事をやる物だ。
しばらく見ていると、アンネとブルスも来た。
すると君子はまたブルスに抱きつく。
「……んなぁ!」
反射で大きな声を出してしまった。
突然の大声にヴィルムとカルミナが驚いている。
「ギルベルト王子、どうなさったんですの?」
「……ギルベルト様?」
しかしギルベルトの目は中庭に釘付けだった。
いや、中庭のブルスに抱きつくと君子に釘付けだった。
ブルスに頰ずりをしたり肉球を触ったりしている。
自分にはあんな事しないし、見せた事が無い笑顔をしている。
ギルベルトではなく、あの弱くて毛むくじゃらのブルスに向けて。
「……ふ、……な」
「……ギルベルト王子?」
あんな風に、自分以外の男に抱きつくなんて、笑うなんて――。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶対に、許せない。
叫びながら、中庭へと飛び降りた。
「へっ?」
上から何か聞こえたら、上からギルベルトが落っこちて来た。
「ぎょぼおおおお! ぎっギルぅ!」
「王子!」
「ギルベルト様ぁ!」
「おーじさま!」
「おーじさま!」
突然の事に戸惑っている家来達など無視して、ギルベルトはブルスに抱きついている君子の元へと近寄る。
「えぎっぎるっ?」
驚いている君子の腕を掴むと、ブルスから引き剥がして俵担ぎにする。
「えっちょっと! 離してよぉギルう!」
久しぶりの俵担ぎが恥ずかしくて暴れるが、相変わらず馬鹿力でちっとも振り解けない。
ギルベルトは唖然としているブルスを睨みつけると、アンネと双子の間を通り抜けて、何処かへと歩いて行ってしまった。
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「ちょっとギル、離してよぉ〜」
意味が分からない、急にギルベルトが降って来たかと思ったら、ブルスから引き剥がされて何処かへと向かっている。
アレから全く怒鳴り込んで来なかったから、てっきり興味が無くなったのかと思っていたのに――。
(なっ、なんで……なんで、私怒らせる様な事した? なんで全然わかんないよぉ〜)
ギルベルトは黙っていて、全然理由を教えてくれない。
これはもしかして別室でしこたま怒られるパターンなのではないだろうか。
(まっまさか、不細工の癖にあんな可愛いネグリジェを着ちゃったから怒ってるんじゃ!)
ビクビクしていると、ギルベルトの部屋へと連れて来られてしまった。
そしていつものソファに半ば落とされる様に降ろされる。
「びょごっ!」
ふわふわだから痛くはない、流石は貴族様のソファ。
ビクビクしている君子の腕を掴むと、ソファの前でしゃがむ。
視線が同じ高さになって、いつになく真剣なギルベルトの顔が目の前にある。
なんだかいつもより二割り増しくらいでかっこよくて、ネグリジェの件もあって視線をそらした。
「こっち見ろキーコ」
「ひっ」
やっぱり怒られるのだ、おそるおそる視線をやると、ギルベルトは静かに口を開く。
「…………お前、俺の事どう思う」
「へ……?」
なんだその問いは、怒っているなら怒鳴ると思っていたのだが、違う。
いつになく真剣な表情で、君子をまっすぐ見ている。
(なっ……なんでそんな顔で、そんなこと聞くの?)
いつもは子供みたいでとても大人には思えないのに、今はとても大人らしく、いや男らしく見える。
「どーなんだよ……嫌い、なのか?」
「えぇ……えーと」
ギルベルトの事、そんなの考えた事がなかった。
確かにいちいち人の事を抱っこしてくるし、横暴な所もあるしご飯の食べ方が汚くて、子供みたいだ。
(でも……勝手に連れてこられたのは嫌だったけど、ご飯は美味しいし、ふかふかのベッドで寝られるし…………それに、いっイケメンだし)
今の所生活に不満はないし、嫌いになる要素はない。
だから、気持ちをそのまま答えた。
「…………嫌いじゃ、ないよ」
「…………そっか」
ギルベルトはどこかぶっきらぼうに言うと、自分の右耳に二つ付いているピアスの一つを外す。
「これ、付けろ」
「えっ……ギルのでしょう、いいよ」
ピアスなんてつけた事ないし、折角左右の耳に二個ずつ付いているのだから、そのシンメトリーを崩すなんて勿体無い。
「いいから、付けろ」
「いいよ……穴開けたくないし」
「付けろ」
ギルベルトの顔はとても真剣で、口調は強いが怒鳴っている訳ではない。
そうやって普段とは全然違う風に言うから、断るに断れなくなって来た。
それにきっと、はいと言うまで彼は譲る気なんてないのだろう。
だから小さく、本当に小さく頷いて答えた。
「……うん」
君子の答えを聞くと、ギルベルトは机の引き出しから大きくて太い針を持って来た。
この世界にピアッサーなど無い、針で穴をあけるのが主流で当然なのだろう。
「ひっ、はっ針であけるの……」
刺繍針よりもずっと太い針、きっと痛いに違いない、そう思うと急に怖くなって来た。
またびくびくと震えだした君子。
「……右耳出せよ」
「うっうう……」
やっぱり嫌だ、なんて言わせる隙を与えず、ギルベルトは右耳に触れる。
大きな男の手が、君子の右耳を包み込む様に触れて、くすぐったくて恥ずかしい。
「……刺すぞ」
ギルベルトは針を右耳へと向ける。
恐怖から眼をつむると、耳たぶに痛みが走った。
「ひっ!」
怖くて痛くて声を上げる君子、こんなに痛いならやっぱり止めておけばよかったと、君子が後悔をしていると――。
「わりぃ、もうちょっと我慢してくれ……」
いつになく優しくギルベルトが言う。
耳元で囁くように言うから、とっても恥ずかしくて頬が熱を帯びる。
(なんで……こんな事するのかな……どうせ気まぐれだよね)
きっと思いつきでこんな事をやっているのだろう、その内飽きてピアスを返せと言ってくるのだろう。
(……凄くドキドキする)
はじめて開けるピアスだからだろうか、それとも怖くて心臓も震えだしてしまったのだろうか。
「……うっ」
針が耳たぶを進んでいくごとに痛みが走る。
こうやって人にあけて貰うと、まるで儀式だ。
ただピアスの穴をあけているだけなのに、とっても荘厳な儀式の様で心臓の鼓動が更に早くなる。
鼓動の音は過去最大のボリュームで、体の外にまで聞こえそうだ。
(……ギルに、聞こえないといいな)
君子はそう心の中で願うばかりだった。