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春眠  作者: 日向あおい(妹の方)
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1.誰かの陰謀としか思えん!

『寒椿』(http://ncode.syosetu.com/n5907d/)の続編です。

 サーカスが来たよ

 陽気な音楽、楽しい曲芸

 笑い 笑い 笑い

 ハラハラ、ドキドキ、思わず息を呑む

 拍手 拍手 拍手

 

 サーカスは夢

 夢の世界

 永遠の夢さ

 

 疲れる現実から抜け出そう

 現実なんて忘れてしまえばいい

 捨てちゃえよ

 

 ほら、なんて、楽しいんだ

 

 白塗りの顔、だぶだぶ衣装、おもちゃのラッパを吹き鳴らせ

 プー

 ブー

 ピーーーーー

 

 今日もピエロは、笑ってる

 

 

▲▽

 

「またかよ!」

 掲示板を前にして、少年はしゃがみ込んだ。

「小一から中三まで、九回もクラス替えがあったっていうのに、俺は一度も数と同じクラスになったことがない! こ・れ・は、誰かの陰謀としか思えん!」

 少年こと、大伴直久は、この春、中学3年生となった。

 去年から急激に伸びだした身長は、現在、167cm。まだまだ伸びる予定である。

 声も幾分か低くなり、美少年とは口が裂けても言えないが、それなりに整えられた顔も、年齢に応じて大人びてきている。……とはいえ、その行動には、まだまだ幼さが溢れていた。

 立ち上がる気力なく、その場に頭を抱えていると、自分そっくりの顔が覗き込んできた。

 直久同様の成長を遂げている彼の双子の弟――数久である。

「陰謀? オーバーだなぁ」

 兄に比べ、おっとりとした口調のためか、大人びているように見える。が、けしてそんなことはない。

 むしろ、数久の方が質の悪いガキだということは、付き合いが長い程たっぷりと身に染みて分かることになるだろう。

「数とゆずるは、また同じクラスじゃんか。つーか、違うクラスになったことないんじゃねぇ?」

 ゆずるというのは、双子たちのいとこのことだ。彼らの母親が、ゆずるの父親の妹なのである。

「うん。僕とゆずるは、毎年、同じクラスにして貰えるように、校長先生にお願いしているからね」

「はあ?」

 当然の事のようにサラリと話すので、危うく聞き逃すところであった。

「お願いしてる、って……。それ、インチキって、言わねぇ? つーか、だったら、なんで俺も同じクラスにしてくれ、って頼んでくれないんだよ?」

「えー、だってぇ〜。直ちゃんまで同じクラスだったら、忘れ物をした時の貸し借りができないじゃない。しかも、よく忘れ物するの、直ちゃんの方だからねっ」

「けどさー。なにも俺らだけで貸し借りしなくともさ。他のクラスにも友達いるし、そいつらに借りればいいじゃんか」

「なんで? 他の人に頼らなくたって、僕が貸すって言ってるんだからいいじゃない。それとも何? 直ちゃんは僕に物を借りるの嫌?」

「嫌、つーか……」

 雲行きがおかしくなってきた。直久は言葉を詰まらせる。こんな風に、自分の言いたい事もろくに言えず、相手にうまくかわされてしまうのは、大抵、直久の方だった。

 ちっ、またか……と、心の中では舌打ちする。

 だが、何だかんだ言っても直久は、この、しっかり者で頭の良い片割れのことが自分のこと以上に大好きだった。

 直久にとって数久は、生まれる前からずっと一緒にいた存在で、誰よりも自分の近くにいて、誰よりも自分を理解してくれる『もう一人の自分』だった。

 例え、世界中の人という人が自分の敵となってしまった時でも、最後の最後まで味方でいてくれるのは、きっと数久だとさえ、直久は思う。

 双子と言っても、二卵性双生児なら、偶々同時に生まれてしまった兄弟姉妹だが、直久と数久は一卵性双生児だ。

 元は一人の人間として生まれてくるはずであったモノが二つに分かれ、二人の人間として生まれてきてしまった。そのことを思うと直久は、どうしても数久を自分の一部かのように扱ってしまうのだ。

 数久が嬉しい時、自分も嬉しい。数久が悲しい時、自分も悲しい。

 この程度なら許されるだろう。だが……。

 ――自分がこう思っているのだから、絶対、数久もこう思っているはずだ。

 自分は今とても楽しい。だから、数久も楽しんでいるに違いない。そう思い始めた時、直久は数久という人格を無視していることになる。

 数久は自分とは違う人格を持った一人の人間なのだと言うことを、完全に頭から消し去ってしまっているのだ。

 一つの受精卵が二つになった。その時から、一人は二人になり、けして再び一人に戻ることはないのだと、直久は最近になってようやく理解した。

 数久は自分ではない。自分とは違う。

 離れていく距離は、日に日に大きくなっていくけれど、それでいいのだ。

 いつまでも一緒にいたいけれど、自分ともう一人との境界線があやふやな状態でずっと一緒に居続けていいものではない。

 自分は自分。

 最後は自分一人で死の扉を開けなくてはいけないのだから、離れていく距離がどんなに寂しかろうと、それを縮めようとしてどちらかが、あるいは両方が無理をするようなことがあってはならない。

 そう、直久は悟ったのだ。

 けたたましく予鈴が鳴り響いた。鞄を持ち直した数久は、それじゃあ、と言って、自分の教室に行こうとする。

「ホームルームが終わったら、ここでね。一緒に帰ろうよ」

「あー、うん」

 そんな、気の抜けた返事を聞くと、数久は背を向けて直久から遠ざかって行った。

 

 

▲▽

 

 この日は、今年度最初の学校ということで、授業があるわけでもなく、ただクラス分けが発表され、始業式に出て、ホームルームを終えたら、それでおしまいだった。

 4つある3年のクラスの中で、直久のクラスがどこよりも早くホームルームを終える。

 ホームルームの長さは担任の性格の違いなのだろう。

 直久の担任は若い体育教師だった。見かけは美人だが、キビキビとした性格と口の悪さで、生徒たちには怖いと評判だ。

 実際、怒ると尻尾を巻いて逃げ出したくなる程、怖い。だが、余計なことをダラダラと話さないし、表情の違いがはっきりと分かるところは、他の教師たちよりよほど良いと思う。

 内容がない話を長々とされることほど、泣きたくなるものはないだろう。

 良い担任に恵まれたことを感謝して、直久は教室を出た。

 この学校では、3年生の教室は4階にある。ちなみに、2年が3階で、1年は1階、2階は職員室や事務室等がある。校舎は『ロ』の字形で、4階建てだ。

 3年生を4階の教室にしたのは、おそらく部活引退後の運動不足を少しでも解消させてやろうという学校側の心遣いなのだろう。

 だが、受験勉強疲れの3年生に少しでも体力を消耗させないようにしてあげようという心遣いはないのだろうか?

 そんな不平もちらほら聞こえる中、それでも直久は、眺めの良い3年の教室を気に入っている。

 普段と視線の位置が違うってだけで、楽しくなってしまう性分なのだ。

 しゃがみ込んで見上げるのもいいが、やはり、高いところから見下ろす景色の方がおもしろい。

 視野が広くなって、どんな悩みも一瞬で解決できるような気になるからだ。

 今朝、数久と別れた掲示板の前に行くと、直久はそれに目を向けた。朝見た時と変わらない内容にそっと息を吐き、ふらふらと窓辺に歩み寄って外を見下ろした。

 悪戯好きな春風が草木を弄び、花びらをむしり取っている。どんなに必死に抗っても、風相手に花びらはひたすら翻弄されてしまう。

 空高く吹き飛ばされた桜の花びらが直久の元まで流されてきて、踊れるだけ踊らされ、散々弄ばれた後、地面に放り捨てられた。

 どうして、花がきれいに咲く時期に限って風が強いのだろう。夏場の蒸し暑い時にこそ、この風が欲しいのに。

 なにも一年に一度の見せ場を邪魔することないじゃないか。

 3月の終わりに咲き始め、4月の初め頃にはもう半ば散ってしまっている。

 早い木には緑色のものさえ見える。地面に広がる白い絨毯は数ミリの厚さを持ち、踏みつけられ薄汚れている。 咲き始めて、あっという間に散ってしまう彼女たちに魅せられ、直久は回りの音さえ忘れ、目で追い続けた。

 どのくらいの時間が経っただろう。開いた窓から一枚の花びらが舞い込んできた。

 白いドレスを着たあどけない少女を受け止めようと、直久は手を伸ばす。

 彼女は、ひらりひらりと直久の手から逃れると、くるりくるりと舞いながら床に降り立った。

 尚、手を伸ばそうとすると、どこからか風が吹き抜け、彼女は再び舞い上がった。逃げていく彼女を追って、直久は顔を上げる。すると、桜の花びらの向こう側に、呆れた顔が見えた。

「何やってんだよ」

 ガリガリというわけではないが、この年齢の少年にしては細身で、どことなく頼りない印象のあるこの人物は、直久のいとこのゆずるである。

 ゆずるが頼りないというのは、もちろん、性格など内面的なことではなく、見かけの話である。

 茎の細い花のような、強い風で折れてしまいそうなイメージの話だ、あくまでも!

「あんまり、桜の花を見んなよ」

「なんで? そんなの俺の勝手じゃん」

 花びらを追い回していたのを見られたのだと知って、直久は照れ隠しにわざとつっけんどんに言い返した。

 すると、ゆずるの方も短く言い捨てた。

「取り憑かれても知らねぇよ」

「取り憑かれる?」

「春は、そういうのが多いんだよ」

「そういうの?」

「気が弛んでいるから、つけ込まれやすいんだ」

「つけ込まれる? 何に?」

 聞き返してばかりいると、次第に、ゆずるの機嫌が悪くなっていくのが分かった。

「魔物にだよっ」

 魔物……。現実離れした単語に直久は言葉を失う。

 そうなのだ。このいとこ、いやいや、我が家系の内では、こういう現実離れした単語が、余裕で日常会話に登場してくるのだ。

 なぜかと言うと、うちの家系は代々霊能力――と言って良いものか、とにかくスゴイ力を持った者たちが頻繁に生まれる家系だからだ。

 1000年とちょっと前、大伴泰成という人物が妖狼との間に子どもをつくったことが、事の発端らしい。

 なんでも彼は、当時大活躍していた陰陽師安倍晴明に対抗するために、強力な式神を探していたんだと。

 そして、銀色の雌狼と出会ったのだとか。

 本当かよっ、とツッコミを入れたくなる話なのだが、彼はその妖狼との間に女の子を儲けたらしい。

 その女の子――小夜こそが俺たちの祖先なのだ。

 そんなわけで、妖怪の血を少なからず受け継いでいる我が家系には、妙な力を持った奴が多い。

 中でも、ゆずるは小夜の直径の子孫だから、計り知れない力の持ち主だとか。その気になれば都市の一つや二つ軽く破壊できるらしい……マジでぇ?

 この生きる最終兵器――九堂ゆずるは、床に落ちた花びらを拾い上げると窓の外に放った。

 白く細い指から放られた花びらは、ヒラリと風に乗って、どこかに消えてしまった。

 直久の視線に気が付いて、ゆずるが振り向いた。形の良い眉を寄せる。

「見んなって、言っただろ」

「んなの無理だって。だって春だし。そこら中、桜ばっかだぜ」

「さっきみたいに、じっと見るなって言っているんだ。お前、魅入っていた。取り憑かれる一歩前だった」

 声を荒げるゆずるに、直久は両手を広げて降参のポーズをとる。すると、ゆずるはそれ以上何も言わなくなるのだ。

 これは、つい最近知ったゆずるとうまく付き合っていく方法の一つだ。

 それまで、いとこだというのに、ゆずると直久は何となく気が合わなくて、お互いに避けていたところがあった。いとこだし、同じ中学校に通い、学年も同じとくれば、嫌でも顔ぐらい合わせることになってしまうのだが、それでも極力会わないようにしていたのだ。

 それが、ついこの前の春休み、数久を加えて3人で出かけたことによって、二人の距離は究極に縮まった。

 会えば言葉を交わすようになったし、一緒にいる時間が前より苦にならなくなっていた。

「けどさ、せっかく咲いてんだから、見てやらないと可哀想じゃん」

「可哀想? 俺、あんまり、桜、好きじゃない」

「へ? なんで?」

 日本人は桜が好きだ。好きと言うか、特別なものだと思っている。

 他の花が咲いても、何とも言わないくせに、桜が咲くとやたら騒ぐのだ。

 そんな典型的日本人である直久には、桜が嫌いだと言ったゆずるの気持ちが分からなかった。

 ゆずるは窓に背を向けると、壁に寄り掛かった。 直久と並ぶと、ゆずるの方が頭半分ほど、背が低い。

 それを悔しがっているゆずるは、めったに直久と並んで立つことがないのだが、この時はそのことを失念していたらしい。

「俺、小さいころ、桜の木の魔物に襲われたことがあるんだ。数や鈴加さん、他にも何人かの親戚の子どもと遊んでいた時だった」

 鈴加というのは、直久と数久の4歳年上の姉だ。ゆずるは悔しさを吐き捨てるように続けた。

「根もとに白い手が現れて、俺の足を掴んだんだ。土の中に引きずり込まれそうになった。鈴加さんが助けてくれなかったら、どうなっていたか」

「そん時、俺もいた?」

「いねぇーよ。いるわけないだろ。お前、俺と遊ぶの嫌がってたじゃんか」

「そっか」

 ゆずるが嫌いなだけじゃなく、直久は本家に遊びにいくことさえ嫌いだった。

 年末年始と特別に用がある時以外、本家に近寄らないようにしていた。

「それに、桜ばかり騒ぐから、他の花が霞む。桜なんかより綺麗な花は、いくらでもあるのにさ。だいたい、数多ければイイみたいに咲くし、散った後は汚いし、夏場は毛虫がわんさかいるし。桜のどこがいいんだ?」

 聞かせて貰いたいと、直久を睨め付ける。その目を受けて、直久は肩をすくめた。

「確かに、そうかもしれないけどさぁー。散る瞬間は、どの花よりも綺麗だと思うぜ。ほら、見ろよ。なんか、雪みたいじゃん」

「馬鹿っ。見んなって!」

 再び窓の外に向いた直久の目を、ゆずるは慌てて塞ぐ。そのあまりの慌てぶりに直久は吹き出してしまう。

「お前、桜が嫌いなんじゃなくて、怖いんだろ?」

「なっ」

 真っ赤に染まった顔を見る限り、図星らしい。

 まあ、実際に魔物に襲われた身としては、怖くなってしまっても仕方がないか。

 直久が、してやったり、とニタニタ笑っていると、無言で拳が飛んできた。

 直久は、反射神経だけは自信がある。 それをひょいっと避けて、舌を出すと、ようやくやって来た待ち人の背に逃げ込んだ。

 突然盾にされた数久はどうしたの?と直久に振り向き、それから、ゆずるの顔を伺った。

 ゆずるの顔で、だいたいの二人の間の空気を読むと、それを打ち破る笑顔を浮かべて、

「お待たせ、二人とも。さあ、帰ろうね。一緒に!」

 と言い放った。

 一緒に、という言葉がやたら強調されて聞こえたのは、たぶん、ゆずるや直久だけではなかったはずだ。

 たちまち空気の流れを変えられてしまい、振り上げた拳を下がるしかないゆずると、逃げる気力も奪われた直久は素直に数久に従うしかない。

 ゆずるがどんなに桜を怖がろうと、一番恐るべきものは、このカズスマイルなのではないかと思う直久だった。



『蛍狩り』(http://ncode.syosetu.com/n6689d/)へ続く。


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