首
宇宙船の隔壁で仕切られた貨物室の中に、化け物は生息していた。
「いいか。扉が開いたら、同時にレーザーを発射しろ」
宇宙服のヘルメットの中の通話器を通じて隣のニックの声が響く。私は頷いて、レーザーガンを握りしめた。壁のボタンをニックが押す。
扉が開くと、闇の中に二つの目が光った。引き金をひく。二筋の輝線がその闇を貫く。野鳥のような声が響き、一瞬の光に浮かび上がった、首だけの黒々とした化け物は貨物の陰に逃げた。
その異様な形態は地球の昔に伝わる鬼の首を連想させる。
だめか、とつぶやくニックの声がした。貨物室に通じる通路のすべてのエア・ロックの扉を遮蔽すると、我々は、ひとまず居住区へ戻った。
ソファで体を休めて、私は、この十日間を反芻した。きっかけは隕石との衝突だった。船の損傷を確認する為に船外活動をしていた船長が、突然現れたあの化け物に食いつかれた。被覆の破れた宇宙服から酸素が漏れ、船長は命を落とした。
首は、船体の裂け目から貨物室に入り込み、ひと暴れで三人を倒した。残ったのはニックと私、それにケンだけだった。
「地球管制室から通信です。救命船が亜光速でこちらに向かっています」
制御卓に向かっていたケンが言った。
「それまで余裕があればいいが」
ニックがうつろに応えた。
「方策を考えよう」
私は言った。ひとつ思い浮かんだのは、実験室にある電気炉だった。それはかなり大きな開口部を持つ装置で、あれにうまく誘い込めば、あの化け物を焼却できる気がした。私の考えに二人は同意した。
その夜、うとうとした私の夢の中に、どーん、どーん、という音が忍び入った。目覚めて時計を見ると、三時間が経過している。あの首が貨物室の隔壁に体当たりしている音なのだと分かった。二人も目覚めていた。
私は言った。
「だれか一人が囮になればいい。計画を発案したのは私だ。候補ははっきりしたようだな」
二人がなにか言いたげなのを制して、私は続けた。
「レーザーであいつを牽制してくれ。首の末路をみんなでみようじゃないか」
貨物室の前でニックが一呼吸した。扉の開閉ボタンを押す。暗闇の空間にヘルメットのライトを照射する。──おぞましい二つの目が光った。
私は首を招くように注意をひき、実験室の方向へあとずさりした。首は、そろりと、明るい空間に出てきた。首には、ちょうど原生動物の繊毛のような役目をする運動器官があって、それを動かして移動している。
通路の床が粘液のようなものでぬめりとしている。素早い跳躍には首の後ろに尾のように伸びた筋肉組織を運動させることがわかった。
怪異な姿から目をそらしたくなるのを我慢して、私は、あとずさりを続けた。
首は、今にも飛び出そうとするのだが、そのたびにニックのレーザーガンが首の周囲の床を穿孔して、威嚇する。 黒い塊は野鳥のような叫びをあげ、レーザーを発射するニックを鋭い目つきで睨む。
私は、化け物の機嫌をとるように声を出した。
「ほうら、こっちへ来い。お前のすきなものがあるぞ」
実験室の中に入ると、私は、蓋を開けた電気炉の前に立った。首が私に向かって大きく跳躍したのと、私が身をかがめたのが同時だった。塊が炉の中に飛び込んだ瞬間、脇のケンが炉の扉を勢いよく閉めてロックした。
加熱ダイヤルをいっぱいにセットする。内部からは、この世のものとは思えない咆哮が聞こえた。
「終わったな」
ニックがため息をついた。そのとき、床を這う紐のようなものに私は気がついた。たどっていくと、それは電気炉のしたから、通路を貨物室まで伸びていて、その先は船体の裂け目の外へと続いていた。
「なんなんだ?」
エア・ロックが遮蔽され、酸素が満たされた船内で、ようやくヘルメットを脱いでいる私にニックが訊いた。
「紐は、一種の神経組織だな。感覚をどこかに伝達しているんだ」
私は答えた。
「ニック、ドクター」
司令室の制御卓に向かっていたケンが我々を呼んだ。
「船に近づいてくる物体を観測器が捉えました」
「救命船か?」
ニックが問うと、ケンは首を横に振った。
「生体です。たぶん、首の本体です。その神経の紐をたどってやってきたんです。ニック、あなたは終わったと言いましたが、どうやら、こいつは今始まったばかりのようです」
読んでいただき、ありがとうございました。私がSFに入ったのはブラッドベリあたりです。好みでは50年代の作品が好きです。