転生したら猫だった~使い魔の日常~
法定速度なにそれ? なスピードで走る車が、車道に飛び出した子猫とそれを追うように飛び出した少女に近づくのが見える。
「危ないっ!!」
僕はそこで少女を助ける為、飛び出す…… ような勇気ある少年じゃなかった。
遠くで誰かが叫ぶのを聞きながら、車道の反対側で少女の結末を見ないよう、目を閉じ耳を塞ぎ背を向けてしゃがみこんでしまった。
"ごめんなさい"とか"自分でなくて良かった"とか、様々な思いを胸の内で思い浮かべながら僕は祈った。
-せめて少女が無事でいますように-と。
その祈りがどこかに届いたのかは判らない。
ただ判るのは、背中に恐ろしい衝撃が走り、目の前が真っ赤に染まった事だけだ。
薄れ行く意識の中で僕は思った。
せめてあの少女だけでも無事なら、まだマシかな……と。
「……い。……ーい。……聞こえるかーい?」
遠くから声が聞こえる。ここは天国なのだろうか?
「聞こえたら返事してくれないかな? 恐らく成功したと思うんだけど……」
成功? 何のことだろう? ぎゅっとつぶった目をそっと開ける。
「あ、目を開いた。どうだろう? 成功したのかな? ね? 私の声、聞こえる?」
「フギャッ!?」
うわっ!? びっくりしたっ!! 目を開けたらいきなり可愛い少女がドアップで目の前に居たので、つい飛びすさってしまった。
「おっと、近すぎたかな? すぐに離れるからそんなに怯えないで。ほ~ら」
少女はゆっくりと後ろにさがる。
「きゃっ!?」
と思ったら地面に転がってた何かに躓いたんだろう。盛大にずっこけた。
うん、クマさんプリントか。なかなか可愛らしい趣味をお持ちのようだ。
「ったたたたた、誰っ!? こんなところにビンを投げっぱなしにしたのは? ……って私か」
少女はゆるやかなウェーブの髪を肩のあたりで切りそろえていて……色はハニーブロンドって言うんだろうか? 綺麗な金髪だ。透き通るような青い瞳と合わさって、まるでフランス人形をそのまま人間にしたような子だ。
彼女みたいな子……見たことは無いけど、聞いている限りでは日本語をしゃべってるよね? 一応ここは日本……なのかな?
さっき成功とか言っていたし、もしかしたら車にはねられた後に手術を受けて成功した……とかかな? で、彼女が主治医? もしくは同室の子? そんな訳はないか。一応僕は男だし、男と女の相部屋なんて聞いたことが無い。
多少気持ちに余裕も出来たみたいだ。取り敢えず現状を確認してみよう。
白い天井とリノリウムの冷たい床…… でもなく、天井は木の枠組みがみえる木造建築、周りも殺風景な病室じゃなくテレビで良く見るログハウス? えっと……ここ病室だよな? 家電製品は置いてないけどシンプルな家のようにも思える。
最近の病院は木造のログハウス作りもあるんだろうか? と思ったら猫が居る。
病院の中で猫なんて……衛生面の問題もあるだろうにいいのかな?
ま、いいや。僕は猫が好きだし、ちょっとかまってあげよう。
「にゃにゃにゃにゃ~(ちっちっちっち、ほらおいで~)」
……あれ?
今僕の声はどんなだった? えっと……
「にゃにゃ~にゃん。(てすてす、マイクのテスト中)」
僕の動きに合わせて猫の口も動く…… えっと……
猫に近づくと猫も僕の方に近づいてきて…… 手で猫に触れようとして完全に判った。
うん…… 僕が猫と思ってたのは鏡で猫は僕自身だった……
「ふぎゃーーーー!!(なんだってーーーー!!)」
「えっと……やっと認識してくれたかな?」
それまでじっとしていた少女が声を掛けてくる。
そうだっ、さっき成功とか言ってたし何かわかるはずだ。
「にゃっ!! にゃ!! にゃーにゃ……にゃっ!! (ちょっ!! 僕っ!! 猫っ……猫っ!!)」
「あ、待って、落ち着いて、ね? 落ち着いて」
少女が近づいてくるので僕も近寄って……
「にゃっ!? にゃにゃにゃっ!! (ちょっ!? でかすぎっ!!)」
「でかいとは失礼なっ!! これでも小柄な方で、今だに子供に間違わ……いや、何でも無い。ま、猫にしたら人間なんて大きいよね?」
「にゃっ!? にゃっにゃっにゃ!! (猫っ!? やっぱりこの猫僕なのっ!!)」
「うんそう。よろしくね、ぽち」
「にゃっ!? にゃにゃっ!? にゃーにゃんにゃっ!! (ポチっ!? それ犬の名前っじゃん、猫ならタマだよっ!? っじゃなくて僕の名前は尊なんですけどっ!!)」
「えー? 三日かけて考えた素敵な名前なのに」
「にゃんにゃ!? にゃーにゃにゃ? (しかも三日もかけたのっ!? なんか凄く残念な人の予感がするんですけどっ?)」
「ひっどーい。自分の主人に向かって残念な人なんて……いくらやっとで契約出来た使い魔だからって、言って良いことと悪いことがあるんだよ」
「にゃっ? にゃにゃにゃっ!? (使い魔? 使い魔って何っ!?)」
「使い魔って君の事だよ。ほら、君が言ってる言葉を理解できているのが証拠。
君は僕と契約した使い魔で、僕で下僕で奴隷で体の良い操り人形」
「にゃっ!? にゃにゃーん!?(酷いっ!? なんかすごい良い笑顔でさらっと言われたんですけど!?)」
「うん、こういう上下関係は最初の内にハッキリさせておかないとね? ね? ぽち♪」
「にゃーっ!! (いーやーだー!!)」
「という訳でお手」
「にゃっ!! (嫌だっ!!)」
「じゃ、強制で♪」
「ぎにゃー!! にゃーにゃー(うぎゃー!! 体が勝手にー)」
「という訳でよろしくね、ぽち♪」
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あの衝撃の目覚めから一ヶ月が経ちました。
あ、改めましてぽちです。
ご主人様はとても素晴らしい方で、一ヶ月の間に僕は様々な事を教えていただきました。
まずこの世界の言葉と文字。と言っても言葉はしゃべれないので聞く専門ですね。
たとえ使い魔と言っても、猫が流暢に言葉をしゃべったら怖いですもんね?
それと言葉遣いも教えていただきました。使い魔は主人の許可があればテレパシーで会話が出来るのです。テレパシーで会話が出来るなら言葉を習う必要も無かったと思うのですが、ご主人様のお気遣いなのでありがたく勉強させていただきました。
基本的に僕の主人は、身の回りの世話から家の事まで、何から何まで使い魔である僕にやらせてくださるので、テレパシーはかなり流暢になったと自負しております。買い物籠を咥えて歩けば、この通りで僕の事を知らない人は居ないまでになっていますからね。
前世では家事や掃除など全くしなかった僕ですが、この世界に来てたった一ヶ月で、掃除はおろかご飯の準備からご主人様のお風呂の世話、店番など何でもできるようになりました。……あれ? 目の前が霞んで見えますが気のせいですね。
それとご主人様の身分やこの世界の常識も教えていただきましたね。
ご主人様の身分は一般貴族という者らしいです。どうやら魔法は一般貴族以上でないと使用する事ができないらしく、逆に言えば魔法を使えるようになれば勝手に一般貴族に登録されるそうです。ご主人様の場合、ご両親が一般平民だったのですがご主人様は魔法の才があったようで、一般貴族へと昇格させられたと言っておりました。
現在は街の通りに自分のお店を開き、魔法具店を営んでおります。
何故貴族なのにお店を開いているのか……ですか? 貴族といいましても一般貴族は平民と変わりありません。精々平民よりも国に厳しく管理されているという程度です。
戦国時代の身分制度みたいなものでしょうか? 士農工商。農民は武士の直ぐ下の身分なのに搾取されるだけの存在である。そんな感じを思っていただければあまり間違いはないと思います。
ただし、貴族と一言に申しましても一般貴族と純貴族には大きな違いがあります。
イメージとして領主館などで偉そうにふんぞり返っているイメージがありますよね? 純貴族はまさしくそんなイメージ通りの人ばかりです。それに貴族の家系からか、魔法力も恐ろしい事になります。
使い魔等の種類も千差万別に及び、王侯貴族では知識ある蛇を使い魔に持つお方が居るほどです。
僕のようにただの猫風情が使い魔と言うのは、魔法使いにおいては及第点もはなはだしく。何度かご主人様は"落ちこぼれ"と他人に言われているのを耳にしました。
……まぁ、敬愛するご主人様を辱めた者など、後で僕が仕返しを行いましたけどね?
あ、仕返しと言ってもあまり変なことはしていませんよ?
机の奥にしまってあったポエムをリビングに広げて来たとか、ベットの下に挟んでいたえっちな本を机の上に綺麗に並べておいて置いたりとか、その程度の仕返しです。
もちろんご主人様にそのことを報告すると「良くやった」と言ってくださり、いつもの余り物のご飯に刺身を一切れ付けてくれたりします。結構苦労して忍び込み、弱みを掴んで白日の元に晒した報酬が魚一切れなのです。
色々と遠回りも言いましたが、一言で言うとご主人様は"才能なくて、細々と魔法具を売って生計立てている干物女"と言う事ですね。
「ねぇ、なんか変なこと考えてない?」
ご主人様が調合薬作りの手を止めて僕をじ~っと見つめます。
『そのような事はありませんよ? 決してご主人が干物女などと考えておりません』
「干物女? 何それ?」
『干物女とは、ご主人様のようにとても素晴らしい女性に送られる仇名です』
「ふ~ん、で? ホントは?」
『恋愛を放棄し、様々な事を面倒くさがる女性の総称だよ。別名てきとー女』
「なるほどっ♪ まだ教育が足りなかったみたいだね。それじゃ、強制ネズミ捕り行って見ようか~♪」
『ぎゃー、やめてーっ!! あれ口の中がめっちゃ生臭くなるのー!! うがいしても血の匂いが全く取れないのー!!』
「却下♪」
『い~や~』
専用の水のみ皿でうがいをする。
『あ~……まだ口の中にネズミの感触と血の匂いがこびりついてる……』
「あらあらぽちちゃん、今日もミニスちゃんにこってり絞られたの?」
今話し掛けて来たのは隣の八百屋のおばちゃんだ。
え? さっきまでと口調が違う?
さっきまでのはご主人がいたから意識して変えていただけで、元々の話し方がそう簡単に変えることなんて出来る訳がない。
ちなみにミニスちゃんというのは僕のご主人だ。可愛らしい名前だろう?
『うん、ちょっと現状に不満を漏らしただけなのに、酷いんだよ?』
「そうねぇ。ミニスちゃんも見た目は可愛いのに、中身がねぇ……」
おばちゃんも言うようにミニスはかなり可愛い。子役ならトップを狙える位置だ、18歳だけど。
『おばちゃんからも言ってよ。せめて猫にクマさんパンツを洗わせるのはやめろって』
「あらまぁ、ミニスちゃんクマさんパンツ穿いてるのね?」
『あの年でクマさんはね~?』
「そうねぇ、せめて猫ちゃんにすればぽちちゃんとおそろいなのにねぇ?」
『いや……そう言う意味じゃないから』
ちなみにこのおばちゃん。かなり優しいし、見た目も綺麗なお姉さんと言っても差し支えないレベルだ。
少し……いや、かなり天然が入っているけど、その所為かご主人と凄く仲がいい。
「すいませ~ん、このかぼちゃなんですけど~」
「あら、はいはい。今行きますね。じゃ、ぽちちゃん、また今度ね」
『うん、仕事頑張って』
「うふふっ」
さて、気を取り直してまずは店番に行きますかね。
あの調子じゃ、ご主人は今日一日薬品調合に入ってそうだし。はてさて、使い魔家業は大変だね~。