お師匠様の道場
見事にスライムタウンに戻されてしまった。八つ当たりに反応するとは器の小さいやつだ。ダメージは1だったくせに。
俺の経験値を返せ。
もう一回狩りに向かっても良いが、折角だし牡丹が言ってたお師匠様とやらに会いに行ってみよう。
「お師匠様の道場」と書かれた建物の前に来た。ネーミングセンスの欠片も無い名前だ。
入ってみると中はだだっ広い白い空間だった。
その中心に一匹の黄金色のスライムが佇んでいる。
刺すような威圧感。「分析」のスキルを持たない俺でも、一目で分かる絶対的強者のオーラを放っている。
いや、比喩じゃなくて実際に金色のオーラが出ている。
威圧感、風格、容姿どれを取っても完璧。非の打ち所がない。
まさにパーフェクトと形容するのが相応しい。
……ただ一つ。
名前が「お師匠たま」なことを除いては。
「あの……」
呼びかけようとして口ごもってしまった。
お師匠たまのことをどう呼べば良いのか迷ったのだ。
「にょ?」
俺の声に反応してお師匠たまが振り向いた。
それにしても第一声が「にょ?」とは……
名前だけでなく中身も残念なのかもしれない。
「我が強くなるにはどうすれば良い?」
「にゅ?強く?お前は最強になりたいのかにゅ?」
「最強……む。そうだ我は最強になりたい」
最強とは男の憧れだ。目指さないわけがない。
「にょにょ!最強になりたい?つまりボキよりも強くなりたいということかにょ?」
「うむ。そういうことになるな」
「にょにょ!それは弟子入りしてからボキを超えるということかにょ?それとも……いまここで殺り合うということかにゅ?」
そう言ったお師匠たまの目に狂気が宿った気がした。
ヤバイ。ここで戦ったら確実に殺られる。
「まだお主には届かない故、まずは弟子入りしてその技を盗みたいのだが」
妙な悪寒に襲われた俺は弟子入りを希望しておくことに決めた。
それにしても、こんなイベントがあるなら牡丹も言ってくれれば良かったのに。
どう対応したら良いのか全く分からん。
「にょにょ!弟子入り希望かにゅ?久しぶりだにょ!感慨深いものがあるにゅ!」
弟子入りという言葉を聞いたお師匠たまは先程の危険な雰囲気を散逸させた。
何とか助かったようだ。
「それじゃ、一年ぶりに試験を始めるにょ!死ぬなにょ!」
……え?……試験?しかも一年ぶり?牡丹?
俺の困惑などお構い無しに脳内にアナウンスが流れた。
ーークエスト「お師匠たまへの弟子入り」を開始します。十秒後に「お師匠たま」と決闘状態になり、敗北すると所持金と消費アイテムが全て失われます
……なん…だと!?
……。
えっ?
えっ?
牡丹、これは一体?
動揺して動けないでいる俺の前でお師匠たまが様々なエンチャントを使っている。
更に輝きを増す金色のオーラ。
赤色の光を宿す眼光。
そして金獅子へと姿を変える身体。
「スキル隠蔽」のスキルを使っているからか、どんなスキルを使っているのかは分からない。
まぁ種が分かっても、俺が太刀打ち出来る代物でないことだけは確かだが。
決闘開始までのカウントがどんどん減っていく。もうここまで来たらやるしかないようだ。
「圧倒的……だが我とていずれ魔王になる身。こんなところで遅れを取るわけにはいかん」
【部分形状変化(鞭)】
【部分形状変化(刃)】
【部分状態変化(硬化】
【部分状態変化(軟化)】
出来る限りスキルを発動して決闘開始に備える。
あの姿からどんな攻撃が繰り出されるのか分からないが、一撃でも貰えば終わりだろう。
何とか攻撃を避けて鞭を叩き込むしかない。
カウントがゼロになり、ピーっというアナウンスが鳴った。
「我の真の力を見せてやる。破ッ!!What'sup!!」
勿論真の力など無い。
形式美というやつだ。
決闘の時にだけ秘めた力を解放する。まさに男のロマン。
力を抜き、相手に集中する。一挙一動を見逃してはならない。
「にょ!じゃ行くにょ!」
そう言った瞬間、お師匠たまの姿がぶれた。明らかに人間(正確にはNPCでスライムだが)には無理な速度でお師匠たまがこちらへ飛んでくる。
駆けてくるじゃなくて、飛んでくる。
羽もないのに宙に浮いている。
「What'sup!?|」
なんとか転がるようにして回避行動を取る。
そんな俺の横をお師匠たまが残像を残しながら通過した。
俺はつぎの一撃に備えるために、急いで大勢を立て直し、お師匠たまの様子を確認した。
お師匠たまは二十メートルくらい離れたところでこちらを見ている。
「にょ!上手く避けたにゃ!第二段階にゅ!」
またもや突っ込んでくるお師匠たま。さっきより少し速いが、距離も少しあるので何とか避けられるはずだ。
「Suck my stick!!」
今度は突撃に合わせて鞭で攻撃する準備をしながら、横に倒れ込んで突撃の軌道から身体を逸らした。
お師匠たまがさっきと同じ攻撃をしてきたのなら間違いなく鞭を当てられただろう。
しかし、お師匠たまは一枚上手だった。
お師匠たまは俺の回避を嘲笑うかのように目の前で急停止し、上に飛び上がったのだ。
体勢を崩している俺は当然、その動きにはついていけない。
お師匠たまが空中に何やら複雑な魔方陣を展開したかと思うと、一瞬で巨大な断頭刃へと変身した。
それは約七メートルの金色の刃。
自らに危機が迫っていることも忘れてしまうほど美しい。
見惚れている俺にお構いなく、お師匠たまの周りの魔方陣から容赦なく数々の魔法が放たれた。
水、火、風、土、光。異なる属性が入り乱れたの魔法の大群が俺に襲い掛かる。
体勢を崩している俺は当然避けられるわけもなく……
325、648、298、224、341、213、215……3278
数え切れないほどのダメージエフェクトと最後に落ちてきた断頭刃の一撃に俺は敗北を期した。
設定集
決闘中はオブジェクトにダメージは通らず、他プレーヤーは非表示になる(隔離空間のようになる)
他のプレーヤーから決闘中のプレーヤーを見ると、ただ止まっているだけに見える
決闘中のプレーヤーは決闘中と表示される
なお観戦は自由