二日目
ヴァーチャルファンタジーの一日の利用制限時間は十四時間だ。何でも安全のためらしい。
だから昨日俺はログアウトした後、ヴァーチャルファンタジーの情報をネットで調べた。
wikiはまだ大した情報が集まっておらず、乙ちゃんねる(国内最大規模のネット掲示板で通称おっちゃん)では珍しく情報は公表しないと公言している人が多かった。
やはり廃人ゲーマーばかりでしかも国中で一万名しかプレーしていないゲームとなると、自分だけ強くなろうという流れになり易いのだろうか。
〜の情報〜バルという書き込みすら見られたので、もしかしたらこれから情報に値段がつくようになっていくかもしれない。
情報の有用性という面から見ればさして有用ではないが、他の気になる書き込みとしては、人間や亜人は装飾アイテムや趣味スキルが多用で戦闘以外にもやり込み要素が多分にあるというものがあった。
それを見た女性プレーヤーや、更には女性とのコミュニケーションを求める男性プレーヤーが人間や亜人への鞍替えを書き込んでいた。
心底情けない奴らだと思う。本当に応募条件を満たしたゲーマーなのかと小一時間は問い詰めたい気分だ。
持てる力と労力を総動員してヴァーチャルファンタジーに挑戦している俺含め真のゲーマーに失礼だと思わないのだろうか。
いや何も狩りをせずに趣味スキルや生産スキルを鍛えるのが悪いと言ってるわけではない。
ただそっち方面を極めるなら、予め人間か亜人を選らんでおくべきなのだ。
人の噂を聞いてからやっぱり変えようなんて心構えでは生産も極められるわけがない。
ましてや女性プレーヤーが多いから人間に変えるとか言ってる奴は最高にクズだ。
同じニート仲間にそんな奴がいることが信じられない。
いくらリアルでモテないからといってニートの誇りを売り渡すとは……
敬遠なるニート界の風上にもおけない奴らだ。
俺は何があろうとスライム一筋で戦闘を極めてやる!
そしていつかトッププレーヤーの頂に!!
心の中で高らかに宣言した瞬間、アラームが鳴った。ログイン可能になった合図だ。
さて今日も十四時間頑張りますか。
◇◇◇◇◇◇
再び目を開けると昨日最後にログアウトしたコモド平原ではなくて、スライムタウンのポータル付近にいた。
フィールドでログアウトすると一番最後に入った町からスタートするらしい。
これを使えばすぐ町に戻れて便利だとおっちゃんが言ってた。(注、おっちゃんが言ってた=乙ちゃんねるに書いてあった)
昨日で少しはスライムの身体に慣れたので、今日はもっと奥に行ってみるのだ。そのためには回復アイテムは必須だろう。
そう考えた俺は取り敢えず、「スラ造の薬屋」と表示されている店に入った。
「いらっしゃい」
頭に鉢巻を巻いた青色のスライムが挨拶してきた。頭上(スライムなのでどこが頭かはっきりしないが)に黄色の文字でスラ造と表示されている。
黄色の文字はNPCであるということを示しており、薄い青はプレーヤーを、薄いピンクはモンスターを示している。
「アイテムを売りたいのだが」
他にプレーヤーはいないが、ロールプレーを意識して精一杯渋い声を出した。誰も見ていないところでも手を抜かないのがロールプレーの美学だ。
「はいよ。何を売るんだい?」
スラ造が早くアイテムを出せとばかりにだるそうな返事を返した。
どうして不機嫌なんだろうか?
何も言わずにアイテムだけを出した方が良いのか。
勝手は良く分からなかったが、取り敢えずコモドラゴンの鱗を全部カウンターの上に出した。
目の前にはコモドラゴンの鱗が一枚だけ置かれていて、その上にコモドラゴンの鱗×652と書かれている辺り、やはりゲームだなと思う。
「おぉ!見たところ駆け出しなのに凄いじゃないか!一枚10バルで6520バルのところをサービスして6880バルだ」
スラ造が急に笑顔になった。現金な奴だ。サービスが中途半端なのは、おそらく百枚渡すと一割おまけしてくれるというシステムだからだろう。
「礼を言うぞ、店主。それと赤ポーション(小)と緑ポーション(小)を十個ずつ買いたいのだが」
ちなみに赤ポーションはHPを緑ポーションはMPを回復する。
「あいよ。二十個で2000バルだ」
そう言ってスラ造はポーションと4880バルを渡してきた。
ポーション代を引いて渡すとは。何とも良くできたNPCだ。
「ふっ、礼を言うぞ、店主」
俺は再び礼をして「スラ造の薬屋」を後にした。
本来ならここで武器や防具を買うところだが、おっちゃんによると、スライムには今のところ有用な防具は無いらしい。(注、おっちゃんによると=乙ちゃんねるによると)
まぁ、半液体なのだから仕方がないと言えば仕方がないのだろう。
ナイフや剣といった武器は体内に取り込むようにすれば持てるらしいが、部分形状変化(刃)がある俺には必要ない。
俺は町でうろつくのも早々に切り上げて、コモド平原に向かった。
◇◇◇◇◇◇
「変幻自在の刃蛇」
【部分形状変化(鞭)】
【部分形状変化(刃)】
【部分状態変化(硬化】
【部分状態変化(軟化)】
俺は自分で考えたスキル名を呟き、四つのスキルを同時発動した。身体から鞭を生み出し、その先端に硬化させた刃を付けた。更に鞭の部分を柔らかくすることでしなり易くした。
これで鞭の届く範囲のコモドラゴンを一気に狩るのだ。
「我が凶刃の塵となれ」
頭の上で鞭をぐるぐる回し、周りコモドラゴンにダメージを与えていく。鞭の先端に意識を集中すれば、生きているように操ることができる。
昨日は苦戦したが、今ではほとんどはずすことはない。一日中練習した成果だろう。
「キュゥ……」
「キュゥ……」
「キュゥ……」
次々に倒れていくコモドラゴン。
一撃で倒せるので楽で良い。
五十匹ほど狩って感覚が戻ってきたところで、コモド平原の奥に進んだ。
十五分ほど歩くと、桃色のコモドラゴンがいた。薄いピンクの文字でコモモドラゴンと書かれている。
ピンク色でなんとも可愛いらしい。
「切り裂け!|変幻自在の刃蛇!」
コモモドラゴンがこちらに気づく前に、鞭を振るって先制攻撃を行った。
ダメージエフェクトが出て、43と表示される。どうやら防御力はコモドラゴンとさして変わらないようだ。
さすがに一撃で倒れるということはなく、コモモドラゴンが体当たりしてきた。コモドラゴンより少し速い。
まぁ、コモドラゴン自体が遅すぎるため、大したことないのは変わりないのだが。
俺はサッとかわして華麗に二発目の攻撃を叩き込んだ。
「キュゥ……」
再び43とダメージが表示されて、コモモドラゴンが倒れた。
ドロップアイテムはコモモドラゴンの鱗だった。何とも芸がない。
うむ。もっと奥でも大丈夫そうだ。
俺は向かってくるコモモドラゴンを倒しながらさらに奥へと進むことにした。
◇◇◇◇◇◇
途中レベルが上がったので、部分状態変化(鞭)をLv4にしておいた。部分形状変化(鞭)はLvを上げる度に長く伸ばせるようになる。これでもっと遠くまで攻撃出来るようになるだろう。
のんびり狩りをしながら、一時間ほど走る(足はないが)とムーという牛のような草食モンスターがいた。緑色で体長二メートルくらい。角も生えており、なんとも強そうだ。
どうやらあちらから攻撃してくることはないようなので、鞭の射程距離ギリギリから攻撃する。
ダメージは35。少し硬い。
続けて鞭を振るおうとしたが、その前にムーが体当たりをしてきた。
コモド平原のモンスターは体当たりしか芸がないのだろうか。
コモモドラゴンよりも更に早かったが、軽く避けて少し短くした鞭を叩き込む。
まだ倒れない。鼻息を荒くしたムーが再び体当たりの構えをとった。
俺は冷静に体当たりの前に鞭を振るった。
「ブモォ……」
鼻息を荒げてムーが倒れた。
ふっ、三発か。雑魚が。俺の敵ではないな。
ドロップアイテムはムーの毛皮だった。
俺はちょくちょくムーを倒しながらさらに奥へと進んだ。
◇◇◇◇◇◇
結局新しいモンスターに出会うことなく、コモド平原を抜けた。
今、俺は「コモドの谷」という、高原の麓にあるセーフティーエリアにいる。ここではモンスターが現れないため、のんびりアイテムの整理や装備の調整が出来るのだ。
短草草原にゴツゴツした岩が点在している様子は何とも言えない趣がある。
ヴァーチャルリアリティーとは言え、現実と絶景と何ら遜色のない綺麗な景色を見ていると、今まで家に引きこもっていたことが若干悔やまれた。
もっと外国とかを旅行してみても良かったかもしれない。
まぁ、ヴァーチャルファンタジーがあるうちはそんなことは決してないだろうが。
ゲームのおかげで外に興味を持ち、ゲームのせいで外に出ない。
傑作だ。まさにニートサイクル。これだからヒキニートは。
ワープポータルがあったので登録しておいた。これでスライムタウンから直接ここまで来れるようになった。
なぜこんな谷にポータル設置したのか甚だ疑問だが、ゲームだからということで納得しておこう。
俺は景色を見るのも早々に切り上げ、次のエリアに向かった。
次のエリアに移動すると鬱蒼とした森だった。マップ名:大森林1とある。2、3と続いているのだろう。
二十メートルはあろうかという広葉樹が日光を遮っているため、森の中は薄暗い。行ったことがないがまさにジャングルといった感じだ。
コモド平原では月明かりのおかげで夜でも狩りが出来たが、ここではそうもいかないだろう。
「スラ造の薬屋」で一定期間周りを明るくするアイテム「ランタン」が売っていたはずだ。
ついでに買っておけば良かった。
無い物ねだりをしてもしょうがない。早速探索を始めますか。
「ウキョ!!」
森を異動していると突然ピンク色の猿に襲われた。
索敵は発動してから一定期間しか持続しないため、普段は使ってない。
木の上から奇襲とは卑怯な。
俺の身体からダメージエフェクト出て5と表示された。大したことはないが、コモド平原のモンスターと比べると強い。
改めて名前を確認する。
ピンキーモンキー。ずっと変化させっぱなしだった鞭で薙ぎ払う。
ーー避けられた!?
俺の鞭を避けて、木の上に飛び乗るピンキーモンキー。今日、鞭での攻撃を避けられたのは初めてだ。
「ウキョ!!」
ピンキーモンキーがニヤッと笑って再び木から攻撃してきた。上からの攻撃には慣れていないためやりにくい。
避けられずに少し掠ってしまった。ダメージは3。直撃でなかったからか、さっきより少ない。
俺が振るった鞭を避けてまたもや木に飛び乗るピンキーモンキー。
茶色のお尻をペンペンしてきた。
ウキー!
ムカつく。こいつだけは許さん。
俺は鞭を構えて攻撃に備えた。カウンター狙い。降りて来い。そのときがお前の最期だ。
ピンキーモンキーが木から飛び降りた。単純なやつ。鞭の餌食だ。
「変幻自在の刃蛇!!」
俺が攻撃を受けると同時にピンキーモンキーに鞭が当たった。ダメージは63。ピンキーモンキーは防御力が低いのか。それともカウンターだと威力が増すのだろうか。
「ウキャッ!!」
悲鳴を上げて木に逃げようとするピンキーモンキー。逃がさん。着地時を狙って鞭で追撃する。
「ウキョ!?」
45とダメージが表示されてピンキーモンキーが倒れた。
と同時にレベルアップのファンファーレが鳴った。体力、魔力が全回復するので有難い。
今まで一番苦戦した敵だった。ドロップアイテムはバナナ。どこに持っていたんだか。
スライムにも味覚器官はあったはずだ。
後で食べてみよう。
スキルは部分状態変化(鞭)のLvを5にしておいた。
説明書によると一定LvまでスキルLvを上げると、新しい取得可能スキルが追加されることがあるらしい。おっちゃんにはLv5がターニングポイントだと書かれていたので地味に期待していたのだが……
残念ながら部分性質変化(硬化)のときと同様に新スキルは現れていなかった。
別の条件があるのか、それとも部分性質変化(硬化)や部分状態変化(鞭)は新スキルに繋がらないのか。
情報が少な過ぎて何とも判断し難い。
まぁ、それもいつか分かるだろう。今は大森林の探索を楽しもうじゃないか。
二日目途中時ステータス
種族:スライム
Lv12
ステータス
HP(体力):16
MP(魔力):21
STR(物理攻撃):25
INT(魔法攻撃):5
DEF(物理防御):31
MR(魔法防御):21
AGI(素早さ):33
LUCK(運):16
スキル
形状変化(人型)
部分形状変化(刃)Lv2
部分形状変化(鞭)Lv5
部分性質変化(硬化)Lv5
部分性質変化(軟化)Lv1
分体作成Lv1
索敵Lv2
アイテム
コモドラゴンの鱗×53
コモドラゴンの肝×17
コモモドラゴンの鱗×76
ムーの毛皮×35
バナナ×1
赤ポーション(小)×10
緑ポーション(小)×10
所持金4880バル
設定集
体力、魔力の最大値計算式
最大体力or魔力=MP or HPのステータス×10×種族値(スライムなら両方1.2)
PKについて
初期マップではPKは基本的に不可能
PKがしたいなら決闘システムやPK可能エリアを利用すべし
決闘システム
モンスターがいないエリアででPKするシステム
集団戦も出来る
負けた時のペナルティーは条件設定時に決められる(アイテムを賭けたりする)
相手が攻撃するタイミングで上手く一撃を入れると攻撃をキャンセルすることも出来る