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真白  作者: 帯刀慎
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2:血染めの雪

天宇が生まれ育った柳という邑は、帝都より南方に位置する。

曽祖父の代よりこの土地を治め、現在では邑名を氏としている。

そして、これから向かう歴は皇族の一人が治める国。

都を絳嶺という。

鳳灼の妻の兄、岳恭は歴王の補佐を務めている。

まだ成人していないため、公の付き合いには関わっていない天宇だったが

兄達と親しかった岳恭には面識がある。

行き先に不安はなかったが、兄達の安否が気になる。

悶々としながら馬を進めていたが、とうとう馬を止まらせてしまう。

「あー、とりあえず休もう」

がしがしと頭をかいて、馬から下りる。

幸い、森の中なので人の目にも付きそうにない。せせらぎの音の聞こえる方へ馬を引いてゆく。

小川で馬に水を飲ませてから、近くの木につなぐと自分も水を飲んで近くの岩へ座る。

手には呉に持たされた荷物。

さほど大きくはないが、今の内に中身を見ておくことにする。

地図に、簡単な食料、身分証明の札、手紙。

手紙以外のものは再び包み腰に巻きつけると、手紙を開く。

長兄、竜夭の字だ。


『決して、我らの仇を討とうと思うな。生き延びよ』


書いてあったのはそれだけだった。既に自分たちの運命を知っているかのような言葉。

「兄上…」

一体、この国は何が起こっているというのだ。

「帝都へ行ってみよう」

立ち上がった彼は、兄の手紙を懐にしまうと再び馬上の人となる。

帝都は柳と歴の間に位置する。

立ち寄っていくぶんには問題ないだろう。

それに兄達の安否もわかるかもしれない。

幸い、兄が用意してくれた身分証は歴のもの。

身分を疑われることはないだろう。


闇に全てが沈んだ頃、帝都の近くまでたどり着いた。

既に閉門され、入ることはできない。

人目に付かぬ林の中に、古びた小屋をみつけたので

そこで寒さをしのぐことにする。

「誰だ」

低い声が聞こえ、思わず身体を強張らせる。

「申し訳ありません。閉門に間に合わなかったので、こちらで一晩過ごそうと思って」

素直に謝り、他の場所を探そうと後ずさる。

「そうか」

声から鋭さが消える。

「俺も同じだ。構わない、お前も使えばいい。そもそも俺の小屋というわけでもない」

「ありがとうございます」

礼をいって、中に入る。

流石に柳より北方に位置する帝都は寒い。

呉が馬に括りつけておいてくれた厚手の外套を羽織って小屋の隅にかがみこむ。

「っくし」

慣れない寒さについくしゃみがでる。

「寒いか?」

まだ寝てなかったらしい男が動く気配がした。

「ええ、少し」

男が隣に腰掛けた。

「これ、飲んどけ。少しは温まる」

竹筒を差し出された。

「ありがとうございます」

少し口に含んでみる。つんと酒の匂いが漂った。

飲み下すと、喉元から腹にかけてかーっと熱くなる。

「どうだ、温まっただろう」

天宇の反応を窺う声は少し笑い含みだ。

「ええ。お陰様で」

竹筒を男に返す。

「もういいのか?」

「あまり飲みすぎると、明日起きられませんから」

「違いない」

男はそのまま動かず、天宇の横にいた。

そのうち、うつらうつらと眠りに落ちる。


「ん・・・っ」

壁の隙間から差し込んだ光に目を覚ます。

光の当たっている方とは反対がなにやら温かいものに触れている。

身を起こすと、隣に人がいた。どうやら、寝てそのままもたれかかっていたらしい。

慌てて謝ろうと思ったら、まだ男は寝ていた。

彼も閉門に間に合わなかったといっていたから、帝都に用があるのだろう。

昨晩、彼にわけてもらった酒で寝ることができたし、起こすことにした。

「もし、日が昇りましたよ」

男の肩をゆする。

「うん・・・?」

軽く眉をひそめて、男が目を覚ます。

「昨夜はお世話になりました。そろそろ帝都へ入ろうと思います」

男は天宇の顔をまじまじと見ていた。

「?私の顔に何か付いておりますか?」

天宇の怪訝そうな顔にはっとすると、男はなんでもない・・・という風に手を振った。

「帝都は気温の割りに陽射しが強い。外套を頭からかぶって、口元を覆っておくといい」

「たびたびのご好意、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、小屋をでる。




「まさか・・・な」

小屋から出て行った少年の顔をみて驚いた。

声を聞いた時は特に何も思わなかったが、少年の顔は…彼に懐かしい人を思い出させた。

しかし、いるはずがない。もう十数年前にその人は死んでいるし…さらに女だ。

全くの別人。それでもあまりによく似ていて驚いた。

彼は感傷を嫌うようにひとつ頭を振ると、身支度を始める。

先ほどの少年と同様、彼も帝都に行かねばならない。




天宇は注意されたとおり、帝都にはいると目深に外套をかぶって口元を布で覆う。

帝都は、何年か前に兄について来た事がある。

しかし、その頃は華やかに見えた帝都も何故か少し色あせたように見える。

冬の空のせいなのだろうか・・・。


当てがあったわけではないが、ふらふらとあちこちを歩き回っていると人垣ができているのに遭遇する。

不安げな群集のさざめきに吸い寄せられるように近づくと、見覚えのある姿が目に飛び込んでくる。

こみ上げてくる叫びを必死で飲み込み、その姿を追う。

身体の自由を奪われた兄達がそれぞれ馬上にあった。

「一体・・・、どうしたというんだ」

多くの兵に囲まれ、兄達は広場の中心へ連行されていく。

人混みを掻き分けて、兄達のそばに行こうとすると

踏み固められた雪に足を滑らせて広場の中ほどに転げでてしまった。

「おい!何をしている!!」

兵士に胸倉をつかまれ、人垣へ投げられる。

親切な人に受け止められて、再びの転倒は免れた。

目深に被っていた外套がめくれ、頭があらわになる。

強い日差しに晒されて、目を思わず閉じた。


転げて突き飛ばされた少年の姿に竜夭は一瞬はっとするが、

周りを囲む兵士に気取られぬようにすぐに表情を引き締める。

そして自分と同様に縛められた弟達を振り返る。

鳳灼は憮然としていたし、獅蓁は静かな表情で感情をうかがわせない。

しかし長兄の視線に気づくと、二人とも小さくうなずいた。

二人とも末弟の姿を見たようだ。

(しかし、何故あいつはここにいる)

妻や天宇付の従者・呉には歴へ末弟をやるように言いつけていた。

出来れば、天宇以外の弟も生かして逃がしてやりたかったが

我らは功を立てすぎたらしい。

自分の両腕として働いてくれた二弟も三弟も見逃してはもらえなかった。


「や・・・だ、やめて」

兄達にこれからなされることを察して、近くに寄ろうとする。

「止めろ、お前も殺される」

低い囁き。先ほど、天宇を受け止めてくれた人に抱きとめられる。

必死にその腕から逃れようと、もがくが逃れられない。

「離してっ」

振り返ると、今朝別れた男だった。

驚きで天宇の身体から力が抜けたのを察すると、男はそのまま人垣に紛れるように天宇を人垣の外まで引きずっていった。


人垣の外で、兄達が馬から下ろされて広場の中央に引き据えられる。

これから起こるであろう事態に、天宇の足から力が抜ける。

崩れ落ちる天宇の腕を男が掴み、倒れないように支えてくれる。

群集のざわめきのなか、刑吏によって罪状が読み上げられているが

何故か天宇の耳には遠い声だった。

「我らは帝に勝利を献じてきた!罪を問われる覚えはない!」

その声で天宇の意識は現実に引き戻された。

次兄鳳灼の声だった。

「だが、それでもなお我らを憎むというならば、謹んで死を承る!」

凛とした声に一瞬ざわめきが静まる。

「黙れ!」

刑吏によって鳳灼に棒が振り下ろされる。一瞬静まった周囲にまたどよめきが起こる。

「ぐっ」

「鳳灼兄上」

隣にいた獅蓁が縛められながらも身をよじる。

その獅蓁にも棒が振り上げられる。

「やめよ」

一同が威に打たれたように静まり返る。長兄の声だ。

「やめよ、鳳灼。如何様にしても、下った命は覆せぬ」

静かな声だった。



そして・・・



いつの間にか雪が舞っていた。

気付けば刑吏たちは兄の遺体をいずこへか運んで行き、

人々も降りしきる雪の中帰っていった。

隣に居たあの男もいつのまにか姿がない。

無人になった広場の中、広場に広がる血に触れると

ひんやりと天宇の手を染める。

「兄上・・・」

そのとき、雲間から差した光が何かに反射してちかりと目をさした。

光ったそれを手に取ると、思わず涙がこぼれた。

彼には甘い長兄がねだってもどうしてもくれなかったもの。

竜夭兄がいつも首にかけていた玉だった。

刑が執行された際、紐が一緒に断ち切られたのであろう。

何故か、兄が天宇のために残していってくれたように思う。

ひとしきり泣くと玉を布に包んで立ち上がった。


歴へ。生きて、兄達の名誉を回復せねば。

悲しみを胸に、帝都をでる。

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