老人カンテのモノローグ
私は自分の工房で白いキャンバスを前に椅子に座った。すぐ近くのテーブルには十八歳の時に死んだ息子ラッツの遺影を置いている。写真の中の息子は変わらず笑顔である。
「お前が亡くなってからいくつの季節を超えてきたかな?八十代になった今となってはもう忘れてしまっている」
私は以前から少しづつ書き足していた絵をキャンバスに置く。キャンバスに描かれているのは白と茶色の毛並みをした猫だ。
「今日はお前の命日だな。お前の喜ぶものを描いているぞ」
筆で猫の毛並みの茶色い色を上塗りしていく。この猫を家で飼っていたのもかなりの昔のことだ。
「お前は野球が好きだったな。今年もヤンキースは強いぞ。
何度も二人でスタジアムに野球を観戦に行ったな。母さんと三人で芋ほりもした。川で魚釣りもした。大きなフナが釣れた時は驚いていたがとても喜んでいたな」
ふうっと一息つきグラスの水を一口飲む。
「私はさようならという言葉が嫌いだ。さようならは別れの言葉だから。
悲しい気分にさせる歌も苦手だ。
私は美味しいものをたくさん食べることが大好きだ。お気に入りの曲を聴くのも好きだ。それはコップに継いだ水があふれていくように、温かいスープを飲んで心が満たされていくかのように感じるから」
ラッツの写真を手に取った。
「お前はその笑顔のまま何も変わっていないな」
白くなったあごひげを撫でる。
「またお前に会えるだろうか?前世や来世があるのか、ないのかなんてよく言われるけれど。ハハハ、私は生まれ変わりなんて信じていないんだ。しかしまたお前に会うことができたらいいなとも思っている。いつか、必ずどこかで・・・」
笑って生まれてくる赤子はいない。みんな泣いて生まれてくる。
それだけ人生は大変ということなのだろうか?
人間の一生は苦しみだけなのだろうか?本当にそうだろうか?
八十年の人生の中で苦しみと喜び、はたしてどちらが多かっただろうか?
工房の大きな窓からは太陽の光が差し込んで部屋を明るくしている。
「今となっては私の独り言になってしまうが聞いてくれラッツ。
人の一生は一度きりなのだ。だから与えられた時間を大切にして
一つだけの命を一生をかけて生き切ることがとても大きなことなのだ。
人生に夢中になって気づいたら老人になっている。
人の一生は夢のごとく、あっという間に過ぎていく。
夢を見るようにあっという間に時は過ぎて去ってしまう。
時間を忘れて何かに夢中になって、気づいたらもう老人になっている。
夢中になれるものがあと少し、もう少し、明日見つかるかもしれない。
人生は夢。
人生とはすごく素敵なものだと思わないか?」
筆をおき椅子から立ち上がりキャンバスを両手で持ち上げて息子ラッツの写真の前に出す。
「ほれ、絵が完成したぞ。お前がかわいがっていた猫のメイの絵だ。天国で仲よく遊んでいるか?まさかまたメイの髭を抜くいたずらをしていないだろうな?」
私は今日も絵を描いている。この美しくてとても儚い時間の中で、大好きなことに夢中になっている。
カンテ老人の独白形式で少し哲学的なショートショート作品となりました。
後書きまでお付き合いいただいて有り難うございました!




