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王位返上は認めません! 王宮一可愛い末っ子の僕が兄上を止めます

作者: くみの
掲載日:2026/10/13

 うちの国は安泰だー。


 僕は朝食の席で、パンをちぎりながらしみじみとそう思った。


 長男の兄上は、責任感が強くて政務に励む王太子。


 次男の兄上は武力。


 三男の兄上は財務。


 四男の兄上は外交。


 そして僕、五男はとても可愛い。


 政略結婚にぴったりの人材だ。


 完璧な布陣である。つくづく、うちは安泰だー。


 ……と、思っていたのに。


「皆に話がある」


 長男の兄上が、スプーンを置いた。朝から書類を読みながらスープを飲んでいる兄上が、その書類まで脇に避けている。これは本気の話だ。


「王位を返上しようと思う」


 ぽとり、と僕のパンが皿に落ちた。


「ごほっ! ……兄上、今、何と言った!?」


 次男の兄上が、肉を喉に詰まらせて胸を叩く。


「聞き間違いではなさそうですね」


 三男の兄上が、紅茶のカップを静かに置いた。


「えー、朝から重いなあ」


 四男の兄上は、なぜか僕のほうをちらっと見た。なんで僕を見るの。


「理由は、改めて話す。先に執務室へ行っているよ」


 兄上は穏やかに微笑んで、書類を抱えて出ていった。


 扉が閉まる。


 沈黙。


「……肉、冷めるぞ」


 次男の兄上が、ぼそっと言った。


「兄上、それは現実逃避です」


「そこじゃないでしょ!」


 兄上が乱心した。


 思春期だろうか。十八歳でも、遅れて来ることはあるのだろうか。いや、そんなことより。


 うちの国の安泰が、朝食の席で崩れかけている。


* * *


「来ると思ってたよ」


 四男の兄上は、辞書に埋もれた机から顔を上げて、ひらひらと手を振った。


 僕と一番歳が近い、十四歳の兄上だ。困ったときは、だいたいここに来る。


「兄上、知ってるでしょ。長男の兄上、どうしちゃったの」


「ちょっと前に、独り言みたいに言ってるのを聞いちゃったんだ。冗談だと思ってたんだけどさ」


「聞いてたなら止めてよ!」


「止めたよ? そしたら『ありがとう、でも気を遣わなくていい』って返された」


 ……なにそれ。


「理由は、なんとなく分かるんだけどさ。たぶん、ボクたちのことを気にしてるんだと思う」


「僕たちのこと? いやいや」


 僕は思わず身を乗り出した。


「長男の兄上、真面目だし責任感あるし、毎日ちゃんと働いてるじゃないか。王太子に必要なものは全部持ってるよ?」


「ボクもそう思うよ。でも、ボクが決めつけて話すのも違うでしょ。それに、ボクが何を言っても『気を遣わなくていい』で終わっちゃうんだよね」


「じゃあ、どうするの」


「キミなら、兄上もちゃんと聞いてくれるんじゃないかなって。兄上、キミには弱いしさ」


「僕が?」


「うん。キミが」


「よし、決めた」


 僕は立ち上がった。


「会議を開く。まず、兄上たちの話を聞かなきゃ。全員集めて」


「全員って?」


「兄上たち全員! 長男の王位返上を、阻止する会議!」


「……そう言うと思った」


 四男の兄上は、楽しそうに笑って辞書を閉じた。


* * *


「第一回、長男の兄上に王位返上を思いとどまらせる会議を、始めます!」


 談話室の一番いい椅子の上に立って、僕は宣言した。


 議長は、一番高いところにいなければいけない。


「第一回ってことは、二回目もあるのか?」


 次男の兄上が、僕のお菓子を勝手に食べながら言った。


「あるかもしれないでしょ! まず皆さんの意見を聞きます。次男の兄上から!」


「まぁ、俺は将軍になれればいいからな」


「思考停止、禁止!」


「思考停止じゃない。自分の適性を理解しているだけだ」


「王様だって武力は必要だよ! 将軍と王様は違うんだからね!」


「だから、俺は将軍になりたいんだが?」


「そういう話をしているんじゃない!」


 ……なんで僕が、兄上たちの進路指導をしているんだろう。


 しかも次男の兄上は、言っていることが正しいのが腹立たしい。自分が何に向いているか、ちゃんと分かっているのだ。脳筋に見えて、そこだけはぶれない。


「次、三男の兄上!」


「私は、今の仕事にやりがいを感じています。王位は要りません」


 三男の兄上は、帳簿を膝に載せたまま淡々と言った。


「王になれば、見る範囲が国全体に広がります。それはそれで興味深いですが、財務に専念できなくなる。非効率です」


「ひとことで言うと?」


「数字を数えていたい」


「それも自分の希望だけじゃないか!」


「次、ボク?」


 四男の兄上が手を挙げた。


「ボクは外交官になりたいんだ。いろんな国を回ってみたいし、語学も好きだしさ」


「自分の希望だけで国の未来を決めないで!」


「お前が言うのか?」


 次男の兄上が、お菓子の手を止めずに言う。


「僕はいいの! 可愛いから!」


「その理屈で押し通せると思っているのか?」


「思ってるよ?」


「そうか……」


 納得しないでほしい。


 いや、なんでちょっと納得しかけてるの?


「でもさ、キミだって王様に向いてるかもよ?」


 四男の兄上が、ふと言った。


「えっ、嫌だよ。僕は可愛いから、政略結婚で国の役に立つ予定なんだ」


「その自信はどこから来るんですか……」と三男の兄上。


「鏡?」


「なるほど。顔か!」と次男の兄上。


「納得するんだ……」と四男の兄上。


「納得するところではありません」と三男の兄上。


「みんな、やっと僕の価値を理解してくれたんだね!」


 三人が、顔を見合わせた。


「……君が頼むと、財務官は予算の無駄遣いを白状しますね」


「僕が可愛いからだね」


「……そうですね」


「俺の隊は、お前が見学に来た日だけ、訓練の声が三割増しだ」


「僕が可愛いからだね!」


「外国の使節団もさ、毎回キミに会いたがるんだよね」


「僕が可愛いからだね!!」


 兄上たちが、なんだか生温かい目で僕を見ている。


 きっと、僕の可愛さに改めて気づいたんだろう。そうに違いない。


 僕は椅子の上で、腕を組んだ。


 次男の兄上は将軍、三男の兄上は数字、四男の兄上は外交官。みんな、やりたいことがあるらしい。


「じゃあ、誰か王様やる?」


「やらない」


「やらない」


「やらない」


「揃うのやめてよ!」


 結論、出ず。


 ……待てよ。


 兄上たちは、それぞれやりたいことを分かっていて、誰も王位を欲しがらない。なのに、長男の兄上だけが王位を返上したがっている。


 それって、どういうこと?


「長男の兄上が王様をやめる理由、なくない?」


「俺もそう思う。兄上は、俺たちの話を最後まで聞いて、判断して、責任まで持つ。あれは俺には真似できん」


「兄上が適任であることは、全員が思っています」と三男の兄上。


「だから、本人に聞かないと分からないんだよね」と四男の兄上。


「……そっか」


 でも、こうなったらやることは一つだ。


「分かった。僕が直接、兄上を説得する」


「それがいいでしょう」


 三男の兄上が、帳簿を閉じた。


「兄上は、君の話なら聞くはずです」


「お前には弱いからな!」と次男の兄上。


「当然だよ。僕は、王宮一可愛い王子なんだから」


 胸を張る僕の後ろで、四男の兄上が小さく言った。


「……そうだね」


* * *


 夜。執務室の灯りは、まだついていた。


 ノックして入ると、兄上は机で書類に向かっていた。


「どうした、こんな時間に。もう寝る時間だろう」


 顔を上げた兄上の声が、ふわっと柔らかくなる。


 出た。僕に甘い兄上だ。


 でも今日は、そこで流されちゃいけない。


「兄上」


「ん?」


「変な女の人に、騙されたの?」


 兄上が盛大にむせた。


「だ、誰がそんなことを!」


「だって急に王位返上なんて、それくらいしか理由が思いつかなくて」


「婚約者殿とは、仲良くやっている。来週の茶会も楽しみにしているよ」


「えっ。じゃあ違うの?」


「なぜ残念そうなんだ」


「理由が分からないほうが困るんだよ!」


 兄上は、ペンを置いた。


 しばらく手元を見て、それから、ゆっくりと口を開く。


「……お前たちが、誇らしいんだ」


「うん」


「次男が王なら、武力に強い国になる。三男が王なら、財政に強い国になる。四男が王なら、外交で他国から一目置かれる国になるだろう」


 兄上は、指を折りながら言った。


「お前だって、私よりよほど上手く、この国をまとめるかもしれない」


「僕? 僕は可愛いから、政略結婚で国の役に立つ予定なんだけど」


「……お前は、そう言うだろうな」


 兄上は、少しだけ笑った。


「それに比べて、私は真面目に努力することしかできない。だから、才能のある者が王になるほうが、国のためだと思ったんだ」


 ……今、「しか」って言った?


 逃げたいわけじゃない。ちゃんと国のことを考えて、考えて、考えた末の答えなのだ。


 だから、余計に腹が立つ。


「兄上は」


 僕は、息を吸い込んだ。


「真面目に努力できることが、どれだけすごいことか分かってないの!?」


「……え?」


「兄上は毎日政務を頑張ってるじゃないか。僕は知ってるよ。誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで仕事してること」


「それは、王太子として当然のことだよ」


「当然じゃないよ!」


「……」


「僕なんか、朝起きるだけで偉いと思ってるのに!」


「……それは、もう少し頑張ろうか」


「今そこはいいでしょ!」


 兄上が、ふっと笑った。


 よし。ちょっと元気が出たみたいだ。


 でも、まだ王位返上は撤回してもらっていない。本番はこれからだ。


「あのね、兄上。僕、王様の仕事はよく分かんないけどさ」


 僕は兄上の机に両手をついた。


「ちゃんと最後までやる人が王様のほうが、みんな安心するでしょ? 真面目に頑張れて、責任を持てるのって、王様にとって大事なことだと思うんだ」


「……それが、王に必要なことだと?」


「そうだよ!」


「次男兄上は将軍になりたい。三男兄上は帳簿に夢中。四男兄上は外国に行きたい。みんな、好きなことを好きなだけ言えるでしょ?」


「ああ。それは、あの子たちの才能が……」


「違うよ!」


 兄上の言葉を遮った。


「兄上が王になるから、みんな自由に才能が使えてるんだよ」


「……私が、王になるから?」


「そう! 兄上がちゃんと真面目に頑張ってくれてるから、みんな安心して好きなことができるんだ。僕、それが当たり前だと思ってた。当たり前になるまで、兄上が頑張ってたんでしょ」


「それにね、次男兄上も三男兄上も四男兄上も、誰も王様はやりたくないって。兄上が王様なら安心だって思ってるんだよ。会議で聞いたもん」


 兄上は、何も言わなかった。


「……私のしてきたことにも、意味はあったのか」


「あるに決まってるでしょ! 僕の可愛さの次くらいにはあるよ!」


「……そこは、比べるのか」


「大事なところだよ!」


 僕は、ぐっと身を乗り出した。


「僕はね、兄上が王様の国から、政略結婚に行きたいんだ。どこの国に行っても、胸を張って言いたいんだよ。うちの兄上は、世界一立派な王様なんだって」


「……お前、まだ十二歳だろう」


 そう言ったきり、兄上は片手でそっと目元を押さえた。


「兄上? 目にゴミ?」


「……ああ。ゴミが入ったらしい」


「大丈夫? 水、持ってこようか?」


「いや、いい。……すぐ、取れる」


 しばらくして、兄上は顔を上げた。目が少し赤い。ゴミって、結構しつこいんだな。


「……分かった。王位返上は、取り下げる」


「ほんと!?」


「ただし、私はまだまだ未熟だ。皆に、助けてもらうことになる」


「大丈夫! 僕も可愛いから手伝うよ!」


「ああ。頼りにしている」


 兄上は、僕の頭を大きな手で撫でた。


 いつもより少しだけ、あたたかい気がする。


 勝った。


 やっぱり僕の可愛さは、国の危機をも救うのだ。


* * *


 翌朝の食堂には、いつもの五人が揃っていた。


「王位返上は、取り下げた。心配をかけてすまなかった」


 長男の兄上が頭を下げる。


「そうか! 肉、食うか!」


 次男の兄上が、皿を差し出した。


「……いただこう」


「兄上、食欲が戻られたようで何よりです」


「よかったねえ、兄上」


 三男の兄上と四男の兄上が、僕のほうを見て、そっと笑った。


 僕はパンをちぎりながら、胸を張る。


 うちの国は安泰だー。


 長男の兄上は、責任感が強くて政務に励む王太子。


 次男の兄上は武力。


 三男の兄上は財務。


 四男の兄上は外交。


 そして僕、五男はとても可愛い。


 政略結婚にぴったり。


 つくづく、うちは安泰だー。


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