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リュックのチャック



「ねぇ、幕末が好きなの?幕末もいいよねー、私も好きだよっ」


一通り自己紹介が終わった後。

隣の席の空城にこそっと話しかけられた、俺。


空城は、ニコニコと楽しそうに笑っていた。こんな表情見たことない、と少し困惑してしまう。

空城は、そんな俺を不思議そうに見つめる。




──空城は、俺の返事を待っている。


その事実に絶句しそうになるが、俺は絞り出す声で

「………まあ、ね。でもめちゃくちゃ好きって訳じゃなくて……」

と自信なさげに言う。


しかし、そんな俺を見た空城の頭上には「?」マークが浮かんでいる。(ように見えた)

……別に、理解できないことは理解しなくても良い。俺だって空城のことが心の底から理解できないのだから。


◇◇◇


「彩花さん、千翔さん、授業に集中してください」

突然先生に指摘され、ハッと志丸先生を見ると、俺達を見て困ったように笑っていた。それを、他のクラスメイト達が笑って見ている。

俺は考え込んでいたようだ。恥ずかしさのあまり火を吹きそうだ。


黒板には何かたくさん書いてある。

だが、俺のノートはまだ白紙。

その事実が今になって押し寄せる。苦しい、と感じてしまう。




俺は首を横にブンブンとふり、シャーペンを持ち直す。

……全く、空城は歴史が好きなあまり周りが見えていないのか。


俺は「はあ」と窓の奥の景色を見ながらため息をついた。


◇◇◇


今振り返ってみても、胃が痛くなるような授業だった。

あぁ、腹痛い……。



俺は今、家に帰る途中の道にいる。

さっき友達と別の道に別れたところだ。



もうすぐ、家に着く。だから、少し速く歩いていた、そんな時。




「ま、松下……くん?」


背中の方から声がした。


誰だ?友達か?

俺が落とし物でもした?



声の主は、くるりと方向を変え、俺の前までスタスタと歩いてくる。リズムが早い。何か重要な用事があるのだろうか。


声の主の姿を見て、俺は呆気に取られる。

なんと、社会の授業で「歴史に名を刻んだ」空城彩花ではないか!!


空城の表情は少しだけ曇っていた。

眉毛がハの字に下がっていて、どこか落ち着かない様子で、俺の目を見て話し始める。モジモジと、最初の言葉を口の中で転がしているように見えた。


「あ、あの……社会の時間、迷惑かけて、ごめん」


「……え?」


「え?」


……俺に謝りに、来た?


2人の、別の意味の「え?」が重なる。俺は空城のことを二度見してしまった。

なぜ?

なぜ空城は今俺に謝る……?

謝りたいなら明日でも良かったじゃないか。


何に対しての謝罪なのかはわかりきっている。でも、謝りに来るほどのことだったのか?さっき俺は「腹痛い」なんて思っていたけど、空城に謝罪を求めていた訳じゃない。なんなら、あまり関わりを持ちたくなかった、失礼だけど。



「全然大丈夫、気にしてないから」


手を左右にふりながら、俺は言った。多分俺は、困り笑いを浮かべてしまっている。あまり会話を続けたくないことが口調にも漏れる。相手はここまで言いに来てくれたのに、俺はそっけない言葉で返す。



「あ、っ、ごめ、ありがと……」

空城は途切れ途切れで会話を続ける。いや、終わったのか。空城が終わらせたのか?



気まずい。

そう思っている心を奮い立たせるように、リュックを背負い直した。


もう俺は帰ってもいいのだろうか……。

いや、空城は俺の上から下まで見て、何か言いたげにしている。

空城の考えていることがよくわからない。実は空城は、俺のクラスの不思議ちゃん枠なのか。



「…………そのキーホルダー、お城の……ゆるキャラの……」


俺がリュックを背負い直したせいか、気づけば空城は俺のリュックに注目していた。

リュックのチャックには、ひらひらと、とあるゆるキャラのキーホルダーが揺れていた。揺れて日光に当たるたびに、少しだけ光を反射している。



「………やっぱり、お城好き?」

社会の授業の時とは違って、空気はおそるおそる俺に尋ねる。そんな空城のことが、たまらなく怖い。何を考えているのだろうか。取り敢えず、俺は空城の質問に答える。


「うーん……えっと、ちょっと前に親戚が旅行行ってて……その時のお土産、みたいな」


事実だ。

少し前、親戚がどこかに旅行に行った時、俺にお土産として買ってきたものだ。


最初は「なんだこのキーホルダー」と、このキーホルダーの魅力が理解できなかった。

が、リュックにつけてみたら意外と良くて、今もリュックにつけていた。



空城は、俺の話に丁寧に相槌を打っていた。やっぱり空城は礼儀正しい。ただ本当に歴史が好きで、社会の授業でテンションが上がっていただけなのかもしれない。だとしても迷惑なんだけど。


2人の間に訪れた沈黙。数秒の沈黙を挟み、空城が

「……松下くんはお城には興味ない?社会苦手?」

ほんの少しだけ悲しそうに俺に聞く。

俺はなんとも言えない表情で、

「……まあ、普通」

と言う。


「もったいないよ、知れば知るだけ楽しいのに!!私、知ってるよ?松下くんが社会苦手なこと。特に歴史!」


空城は捲し立てるように言葉を並べる。

その言葉は、ずっしりと心臓にのしかかる。


俺は、空城とは違って社会が嫌いだ。特に、歴史が嫌いだ───。

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