推しのアクスタが実体化したんだが何か違う件
とりあえず、ここまで目を通して頂けた方は一度、
騙されたと思ってお読み頂けますと必ずご満足いただけるかと存じます。
私は花丸木 楓。25歳のOLだ。
私には推しているアニメキャラがおり、
会社に行く時もプライベートでも常にカバンに忍ばせている。
映える景色やランチと共に推しのアクスタを撮影し、
一緒に街を遊んでいる感を楽しんでいる。
しかし、時々ふと思う事がある。
「このアクスタ、実体化したら良いのになぁ。」
もちろん、そんな事はあり得ない話である事はわかっている。
夢見がちな少女は、とんでもなく痛かった初体験と共に捨てたつもりだ。
その日私は仕事を終えて友人との食事会に向かっていた。
食事会と言ってもそんな気取ったものでもなく、
花の金曜日を二人で祝いながら、楽しく過ごそうと言うものだ。
私は少し早くお店に着いてしまい、
店員さんに事情を説明して先に一人で店に入って待つ事にした。
店内のメインは掘りごたつの個室で、私もそれを予約していた。
掘りごたつの下の部分に足を伸ばし、フゥとため息をつく。
ここ最近仕事の疲れでどうにも十分に眠れていない。
こんな時は、とカバンからアクスタを取り出そうとした時、
掘りごたつの下に落としてしまった。
「あっ!」
と思ったその時、友人が到着した。
「あー、先に着いてたんだね。
LIME読んでなくて、さっき店の前で読んだんだ、ごめんね。」
そう言ってコートを脱ぎハンガーにかける友人。
私は掘りごたつの下をのぞき込み、友人が足を入れるより先に
落としたアクスタを拾おうとした。
その時だった。
「おい、くせー足どけろよ。」
?
「え?何、今の声。」
私は掘りごたつの下に頭を屈めて入っている状態で、謎の声を聞いた。
そしてそれはどうにも、私の大好きな推しキャラの気がした。
(ヤバ、アクスタ落として焦って、幻聴が聞こえてるじゃん。)
しかし、声は更に聞こえた。
「なぁ~、何でこんな掘りごたつの店で、
タイツとか履いて来んの?
せめて普通の靴下とかにしてさ、仕事終わったら履き替えろよな。」
また、聞こえた。
確かに私の推しは悪態をつくキャラではある。
それにしても、どうしてこうも現状にピンポイントな指摘の幻聴が?
そう思った時、私の目の前で推しのアクスタが直立していた。
「おい、聞いてんのかよ?
掘りごたつでこのくっせー足は、拷問だぜ?」
え!?
私は頭が混乱した。幻聴じゃなくて、今度は幻覚が見えてる!?
その時、コートを脱いだ友人が掘りごたつに足を入れて来た。
「ねー、何やってるの?
まだ料理来てないけど、スマホでも落としたの?」
友人の足が掘りごたつに入って来たその瞬間、
物凄く蒸れた匂いが鼻を突いた。
「う”、くさっ!!」
思わず私は新鮮な空気を吸う為に、
掘りごたつの外へと顔を上げた。
友人が言う。
「え、そんなに臭かった!?
ごめーん、今日仕事立ちっぱだったからさ、結構蒸れたかも。
それにしても、結構ハッキリ言うんだねー。
いくら友達とは言え、ちょっとショックなんだけど(笑)」
友人は笑いながらそんな事を言ったが、私はそれどころでは無かった。
掘りごたつの下で聞こえた幻聴と、さっきの幻覚。
ただ掘りごたつの下にアクスタを落しただけなのに、
どうしてここまで変な白昼夢を見てしまうのか。
いや、いまだにアクスタは掘りごたつの下にあるんだ。
もし友人の臭いタイツ足で踏まれたりしたら、
私の推しがかわいそうだ。
私は意を決して、再び掘りごたつの下に頭を潜り込ませた。
友人には、『ごめん、ちょっと落とし物』と一言詫びを入れた。
すると、やはりさっきと同じく、アクスタが私の目の前で直立していた。
「おい、お前の友達もすっげー足臭いな。納豆でも踏んだか?
さっさとこんな所から出せよ。何かの拷問かよ、これは。」
いやいやいやいや、おかしいおかしいおかしいだろコレ。
私は目がぐるぐると回りながらも、推しもこんな状況ではかわいそうだと
とりあえずそーっとアクスタをすくい上げて、そっとカバンに戻した。
(え、現実!?いや、アクスタが喋るとか、どういう事!?
いや、え?ってか、何でアクスタの姿のまま?
どうせ実体化するなら、リアル頭身希望なんだが!?)
様々な思いがありながらも、私はひとまず友人と食事をする事にした。
しかしカバンの中から「何だ、替えのタイツあんじゃん。」
という声が聞こえた。
!!!!????
私は涙目になりながら、カバンの中を見た。
すると推しのアクスタは私の替えのタイツの横にあった。
向かい側では友人が怪訝そうな顔をしていた。
「え、今の何?
スマホの音切って無くて動画が流れたの?」
私は友人の咄嗟の思い付きに乗っかる事にした。
「あ、そそそ、そうなんだ!
『替えタイツ』って言う新作アニメの、
冒頭のシーンが流れちゃったみたい!」
私は咄嗟に、ワケのわからない言い訳をした。
何だよ、『替えタイツ』って言う新作アニメって(汗)
「へぇ、そうなんだ?ってか、結構マニアックなアニメ観てるんだね。
どんなアニメなの?逆にタイトルダサ過ぎて気になる(笑)」
「あ、えーっと・・・主人公がアクスタになった彼氏に
足を嗅がれそうになるから、咄嗟に替えのタイツを用意する、
みたいな話。・・・・。」
「へ、へぇ、何が面白いんだろう、それ?
もしかして、まだ見始めた段階って事?」
「あ、そそそ。何だか面白く無さそうだから、二話無いわ(笑)」
「あー、だよねー。
最近、予算無いクセに変わった設定の作品多いよねー。
インパクトだけで釣っても二話は無いよ?みたいなさー。」
「あ、うん、そうだね。アハハ・・・。」
私は友人との会話よりも、とにかくこのアクスタの事が気になり過ぎて。
一旦、トイレに行く事にした。
「あ、ごめん、一旦トイレ。
ちょっとカバン持って行くね。」
「あー、おけおけ。
じゃあ、何か適当に注文して待ってるよ。」
「先に飲んでてくれても良いからね?
ちょっと長いかも知れないからさ。」
「はーい、頑張ってね(笑)」
ようやく友人の目の前から一旦姿を消せたは良いが、
問題はこれからだ。
一体、どういう事!?
まさか本当に、推しが実体化したの!?
でも、何でアクスタに?
私はトイレの個室に入り、カバンの中を覗いた。
また、私の推しの声でアクスタが喋る。
「おぉ、ココって、まさか女子トイレか?
俺、女子トイレに入っちゃるワケ!?」
あぁ、やっぱり推しアクスタが実体化している・・・。
いや、嬉しいは嬉しいんだよ?でも、何で、何で・・・
『 アクスタのまま、なんだよー!!!(泣)』
どうせ実体化するなら、ちゃんとリアル頭身で実体化してよ!
何で、何でそんな頼りなくて薄っぺらい姿で実体化するのよ(悲)
しかし彼はそんな私の事なんてお構いなしに、文句を言う。
「あのさぁ、俺とゆっくり話す場所が女子トイレって・・・、
俺別に、そんな趣味ねぇけど?ってかさ、お前も友達も足臭過ぎ(臭)
一回、足ツボリフレとか行けば?ぜってー、悪いもの溜まってるって。」
そう、私の推しキャラは確かに、悪態をつくキャラだ。
でもそれは作品内で別のキャラに対してやっているから面白いのであって、
私に直接やられたら、さすがにイラッとする。
「あのねぇ、今日は仕事ハードだったし、
そりゃ一日履いてたら臭くもなるわよ。
大体貴方、アクスタだからわからないのでしょうけど、
人間は汗もかくしこうやってトイレに入ればおならもする。
人間くさいって言うか、普通に生身って臭いものなのよ!?」
本当なら、推しにこんな自分の汚い所なんて見せたくはない。
だけどどこかで目の前のアクスタは単なるアクスタでしか無くて、
推しとは別モノだと思っていた。
きっと悪霊か何かが推しのフリをして遊んでいる。
だから私は、最低な自分を見せても抵抗は無かった。
しかし、彼は言った。
「あのさ、俺別にお前の事あんま知らねぇけどさ、
可愛い女の子が自分の事を臭いだのなんだの、
言わねぇ方が良いんじゃねぇか?
もっと自分を大事にしろよ。」
━━━━!!
『もっと自分を大事にしろよ』
このセリフは、私の推しが作品の中でヒロインに対して言った、
とても衝撃的な言葉だったのを今でも覚えている。
それまでツンツンしていた推しがヒロインが可愛い事を認めた上で、
自分を大切にしろと言う。ここでやられたファンは多い。
その言葉をまさか、私に・・・!!
「あの、だって・・・その、ん・・・ごめん。
私も正直、自覚してるから替えのタイツ持ってるんだ。
ごめんね、あんな風に言ったりして。」
「いや、俺もちょっと言い過ぎたかもな。
こんなワケのわからない姿にされて、
気付いたらいきなりデカい知らない女が目の前にいて、
気が立ってたよ、ごめん・・・。」
そうか、今の彼から見たら私は巨人だ。
それなのに彼は勇気を出して、私に立ち向かって来た。
その勇気!!やっぱり私の推し、尊い!!
「何か俺、こんな体で言うのも何だけどさ、
アイツの次に可愛いと思うぜ、お前。
もしアイツがいなければ、惚れちまってたかもな。」
彼が言うアイツとは、おそらくヒロインの事だろう。
彼女がいなければ私に惚れてただと!?
ヒロインはそもそも、私達視聴者の投影としての存在。
と言う事は実質、私が彼の最推しと言う事か!?
「あ、でもやっぱ、足臭いのは勘弁な。
それだけは何とかしてくれ。俺、足臭い女は無理だから。」
ハアァァァァァァ!!!!????
少し、いやかなり、私は激昂した。
そもそも作品内のヒロインは厚手のタイツを履いて冒険をしている。
アナタが好きなそのヒロインも、絶対足臭いよ、と言いたい。
あんな厚手のタイツを履いて冒険して、戦闘して、時には野宿して、
そんなの絶対に臭いに決まってるじゃん。
それを、足臭い女は無理だぁ!?
ふざけんなー!!と、私は推しのアクスタを放り投げた。
「ちょ、おいっ!!
お前、巨人なんだぞ、自分の力、考えろって!!」
彼は、いや、アクスタは?
トイレの床に落ちてしまった。
そこへ、若い女の子がやって来た。
「アレ?アクスタが落ちてる?
わ、私の推しじゃん!!
こんな所で堕とされてかわいそ~!!
洗って、私が大事にしてあげるね♪」
何と、そう言って彼女はジャーっと水で洗い、
そそくさとトイレを出て行ってしまった。
え、トイレ行きたかったんじゃないの?
漏れても知らないよ?という心配はどうでも良い(笑)
として、え、ちょ、私のアクスタが!?
あの瞬間は、あまりの咄嗟の事に
『それ、私のアクスタです』が言えなかった。
しかし、コレは相当にマズい。
このままでは、もしあの子が食事が終わっていたりしたら・・・。
あ、そうだ!きっと、いや絶対そうだ。
入って来たのにトイレを諦める事が出来るという事は、
これから帰宅するか駅にでも向かうのだろう。
そこでトイレに行けば良いから、アクスタをネコババしたのだ。
「ちょっとぉ~!!」
私は扉を開けたままにしていた個室を飛び出し、彼女を追いかけた。
彼女は連れの彼氏らしき人が先に会計を終えていたようで、
もう店を出ようとしていた。
「あの、そのアクスタ!!
私のなんですけど!!」
彼女は、『ヤバい!』という顔をして、彼氏に走るよう促した。
そうはさせてたまるか。
私は全力で追いかけた。幸いにも、その差は10m程度。
相手がよほどの健脚でも無い限りは追いつける。
しかも相手はカップルだ。絶対ヒールとか履いてるし、遅い。
全力で走った私はすぐに女に追いつき、跳び蹴りをかました。
「ギャッ!!何するのよ、痛いじゃない!!」
「返してよ、それ、拾ったアクスタ、私のだよ!!」
彼氏は横で茫然とこの光景を見ているだけだった。
「そんなの、落とす方が悪いんじゃん!!
それに、コレ結構レアなアクスタだし、拾った人のものなの!!」
「こんのぉ~、ふざけんじゃないわよ!!」
私は彼女に掴みかかり、カバンの中から無理矢理アクスタを取り出した。
そしてそれを彼女から遠ざけようと、向こうの方へと放り投げた。
「あ、ちょっと、何すんのよ!!
誰かに踏まれたら、推しが汚れちゃうじゃん!!」
しかし次の瞬間、私達の横を車が通り過ぎた。
そして、『バキィ!!』と言う音が聞こえた。
━━━。
「あ”・・・・嘘、でしょ!?」
「ちょっとー、もう、せっかく手に入れたアタシのアクスタがぁー。」
「・・・・!!」
私は彼女を平手打ちして、すぐにアクスタの元へと向かった。
せめて、二つに割れているくらいで、接着剤で何とかなれ!と願う。
しかし、現実は非情だった。
・・・・。
バキバキに割れていたのだ。
私の、推しが・・・死んだ。
隣で泣くネコババ女と、それをなだめる彼氏。
その横で私は悄然としていた。
そこへ、友人がやって来た。
「ちょっともー、いきなり店を出て何やってるの?
え、ケンカ?ってか、何そのバキバキのアクスタ!!
え、どうなってるの!?」
私は粉々になったアクスタを全て拾い上げる事は不可能だと判断し、
道路脇に手で掃いて寄せてから、それをそのまま道路に放置し、
友人と共に店へと戻った。
そこからは何があったのかを涙ながらに話した。
推しの声が聞こえたような気がした事、いや、
アレはおそらく本物であり、幻聴では無かった事、
そして私の事をヒロインの次に好きだと言ってくれた事、
この短い時間の間にあった色々な事を、友人に語った。
彼女はそれを疑うでも無く、まぁそんな事もあるか、と処理した。
私は店を出る時もずっとボーッとしていて、友人から心配された。
「大丈夫?一人で帰れそ?無理めなら、今夜一緒に泊りに行くよ?」
「あ、いや、ありがと、大丈夫だよ。
何か凄く不思議な一日だったけど、まぁアクスタなんて、
また買えば済むから・・・。ありがと、じゃあね、バイバイ。」
それから私は、どこをどう帰ったのか覚えていない。
とにかく気が付いたら自室にいた。
スマホの中にある、彼と一緒に撮った景色や食事の写真を眺める。
「あー、そういやこんな事もあったな、ここも行ったなー。
・・・何だか、思ったよりも思い出がいっぱいだ。」
自然と、涙が零れた。
せめて、夢の中で彼と出会えれば。
だけどそれは結局、幻聴と同じようなもの。
目覚めて消えてしまうような夢ならいっそ、
夢の世界の中の住人になりたい。
━━━。
━━━。
━━━。
私は、ふと気が付くとビルの屋上にいた。
これは夢?だけど肌に感じる風はやけにリアルだ。
私は何故ここにいるのだろう?
あぁそうか、きっとあの出来事で落ち込み、飛び降りようとしている、
そういう設定の夢か。
アクスタが割れた程度で飛び降りるとか、どんだけだよ。
安い女だな、私って。
そんな事を考えていた。
だけど、夢か現実化もわからないような感覚の中でも自然と
飛ぶ事に恐れは無かった。
だって、ここを踏み越えてしまえば、それは立体と平面の世界、
次元の壁さえも超えられそうな気がしたから。
アクスタと言う、どこまでも三次元に近い二次元。
その世界の彼に会いに行くには、コレだ。
私は変な確信を持ったまま、靴を脱いだ。
━さぁ、私の事、受け入れてね。
次元の壁を、飛び越えて -[いく]- よ。━
それは、ジェットコースターで下り坂に入る瞬間の浮遊感。
全ての重力から解放されて、私は飛んだ━━━。
遠くの道路脇に、粉々になった彼が落ちていた。
「あぁ、まだあんな所に一人で居るんだね・・・。
結局、命を賭けても救えなかったね、ごめんね・・・。」
その瞬間、彼の声が聞こえた。それは確かに、ハッキリと。
━━「独りで、いかせなんかしねーよ!!」━━
道路脇で粉々になっていた彼は、急に光に包まれて、
そして何と今度はアクスタでは無く、実体として私の眼前に現れた。
「言ったろ?アイツの次にお前が好きだって。
だけどこの世界にアイツは居ねぇ。
つまり、俺がこの世界で一番大切なのはお前だけだ。」
彼は落ちて行く私を抱きしめて、そして一緒に、地面に落ちた。
━━━
━━━
━━━
━━━
とある病院のICU治療室。
ベッドには一人の少女が眠り、側には両親らしき人達が見守っている。
「楓、楓!!母さんよ、わかる?
生きるのよ、頑張りなさい!!高校受験なんて、もう良いから!
ホラ、あなたの大好きな推しのアクスタを持って来たの。
彼も応援してるわよ!!」
「足にはずっとギプスを付けて・・・蒸れてしょうがないよな。
だけど、父さん信じてるぞ。こんなギプス外して、
きっと楓は風の中を走れるようになるんだ。
お前の推しのアクスタを盗んだ同級生の子も、反省していた。
お前、あまりに必死に必死に追いかけたんだよなぁ。
それでもみ合いになって、車道に出て、お前だけ轢かれて。
アクスタだけが無事だったなんて、そんなに推しが大事だったのか?
父さんにとってはお前が、誰よりも推しだぞ、世界一のな。」
━━花丸木 楓(享年14)。
彼女は大切な推しを守り、その花が咲くより前に散った。
人々はこうした新たな時代の殉教者達を弔う言葉を、
まだ知らない。━━
~おわり~




