第8話 押し掛けライバル登場
日常生活に芸能活動が入り込んで、早数年。
気付けば私は「人気子役」と呼ばれ、時折キッズモデルとして雑誌の表紙を飾るようになっていた。
やっと小学五年生。
けれど生活は、全然“小学生らしく”ない。
元々どこの事務所にも所属していなかった私だが、新戒悟監督の強い勧めで、大手プロダクション――キセキ芸能事務所に入ることになった。
専属マネージャーも付き、スケジュールは分単位管理。
結果。
――荒稼ぎ、である。
両親は嬉しそうだし、貯金通帳の数字も順調に増えている。
だが私の体力ゲージは常に黄色信号だ。
公立小学校では芸能活動との両立が難しいだろうと、新戒監督と両親が相談し、私は私立の星箕学園初等科へ入学した。
星箕学園の偏差値は65やや高め。
だが単位さえ取得すれば出席日数は問われない。
芸能人御用達校である。
初等科最高学年になると、学習範囲は中学三年生相当。
入試も難関らしいが――
人生二周目、かつ《完全記憶》持ちの私に死角はない。
◇◇◇
「光、おはよー」
隣の席の友達、光に声を掛ける。
「燈由おはよう。ドラマ見たよ!月9の『あたしの家族』!手毬ちゃん役、凄く良かった!」
ぱっと笑顔。
「あ、ありがとう。そうそう、ちゃんと宿題した?」
光は宿題忘れ常習犯だ。
「したよ!でも分からないところがあって……燈由この通り教えて!」
ぱん、と顔の前で手を合わせる。
可愛いけど計算高い。
「最後の問題でしょ?あれ中三範囲だよ。」
「習ってないじゃん!!」
ぶーぶー文句。
「予習だよ予習。ほら、先生来る前に終わらせよ。」
私はプリントを引き寄せ、解説を始める。
「二次方程式のax²=bの解き方はね、両辺をaで割ってから平方根を取るの。つまり――」
噛み砕いて、丁寧に。
「なるほど!因数分解よりマシだね!さすが燈由様!」
様付けやめて。
◇◇◇
「今日はオフなの?」
「んにゃ、オフだったけど急遽ミュンミュンの雑誌モデルに引っ張り出された。」
「え!?ミュンミュン!?凄いじゃん!!」
光が身を乗り出す。
私は遠い目。
「私は休みが欲しかったよ。小学校卒業したら芸能界は引退するけどね。」
将来は公務員。
堅実万歳。
「勿体ない!今超売れっ子なのに!売れなくなってから引退しなよ!」
酷いこと言うな。
「芸能界は売れてなんぼ。子役の寿命なんて短いよ。本当は愛華先生にピアノ習う時間も欲しいし、日本舞踊の先生にも会えてないんだから。」
ぽつりと本音。
光は少し複雑な表情をした。
その時。
「お前等、席に就けー」
担任の小田先生が入ってきた。
「今日は良いことがあるぞー!」
「何ですかー!?」
クラスがざわつく。
「転入生が来る!」
どよめき。
星箕学園に編入する条件は二つ。
頭が良いこと。
芸能活動をしていること。
どちらか欠けても不可。
光も子ども声優事務所KIDS VOICE所属だ。
この学校に“普通の子”はいない。
「宮園、入ってきて良いぞ。」
扉が開く。
――息を呑む。
私と人気を二分する子役、宮園春香。
「渡辺芸術大学付属小学校から来ました宮園春香です。夢は歌手。特技は料理。宜しくお願いします。」
完璧なお辞儀。
教室が沸く。
「綺麗!」
「顔小さっ!」
「お人形みたい!」
華やかさは確かに本物。
だが。
……何故か私を睨んでいませんか?
宮園春香は、監督の父・宮園雄三、女優の母・宮園敦子を持つサラブレッド。
歌って踊れる万能型子役。
「席は市橋の隣な。」
彼女がこちらへ歩いてくる。
すれ違いざま、小さな声。
「後で顔貸しなさいよ。」
……は?
嫌な予感しかしない。
◇◇◇
休み時間。
宮園春香の周りには人だかり。
だが彼女はそれを遮り、
「私、秋月燈由に用事があるから。」
空気が凍る。
「私は宮園さんに用事ないけどなぁ。」
やんわり拒否。
すると。
「何よ!お高くしちゃって!私が裕翔君とミュンミュンのモデルするはずだったのよ!?」
爆発。
あちゃー。
光がぽつり。
「それって燈由関係なくない?」
正論パンチ。
宮園さん、孤立。
事情は分かる。
本来彼女がやる予定だったモデル案件。
トラブルで白紙。
急遽うちの事務所に打診。
オフだった私に回ってきた。
つまり不可抗力。
「光、先生に用事あるから一緒に来て。」
私は光の腕を掴み退避。
背後から叫び声。
「あんたは私のライバルなんだから!」
はあ。
「テレビとイメージ違うね……」
光が呟く。
「ライバルとかマジ勘弁……」
私は芸能界を卒業予定なんですが。
しかし。
この日を境に、宮園春香――自称ライバルとの騒がしい日常が始まった。
私の平穏な学園生活は、どうやらまだ遠いらしい。




