第71話 鎌倉の灼熱サマー大作戦!
夏だ。
暑い。
とにかく暑い。
古都鎌倉は情緒ある町並みと引き換えに、坂が多い。
つまり、汗が止まらない。
「なんで夏休みに坂ダッシュして白月ラボに通ってるの、私……」
私は両手を膝につき、ぜえぜえ言った。
芸能界でそこそこ忙しくしている中学二年生、秋月燈由である。
本来なら、海!花火!スイカ!青春!のはずだ。
だが現実は違う。
国家規模プロジェクト【月読計画】のテスト運用。
そして中核AI、セレーネ。
さらに隣には、常に冷静な知性体イリス。
〈体温上昇。冷却を推奨します〉
「心も冷えそう!」
◇
白月ラボの自動ドアが開く。
中は最新設備の塊。
モニター、サーバー、研究員の真剣な顔。
私はヘッドセットを装着。
本日の役割――“中学生代表モニター”。
つまり、難しいことを分かりやすく言い直す係。
「なんで私がフィルター役!?」
〈親和性が高いからです〉
「便利枠じゃん!」
スクリーンにセレーネのインターフェースが表示される。
《こんにちは、秋月燈由。本日の紫外線指数は非常に強いです》
「第一声が紫外線!」
《日焼け止めの塗布を推奨します》
「保健室の先生かな!?」
研究員たちが笑いをこらえている。
◇
本日のテストテーマは「夏特化型対話」。
どういうことかというと――
“夏休みあるあるにどこまで寄り添えるか”。
私が最初の質問を投げる。
「夏休みの宿題、まだ白紙です。どうしよう?」
即答。
《現実を受け入れ、優先順位を設定してください》
「精神的ダメージが大きい!」
〈正論です〉
「イリスまで刺してくる!」
次。
「好きな人と海に行きたいけど誘えません」
《共通の話題を用意し、自然な流れで提案する方法があります》
「具体的!」
《“今年の海水温は例年より高いそうです”などの情報共有から始めるのも有効です》
「理系アプローチ!」
◇
午後。
セレーネに大量のアクセスが集中。
夏休み中の学生たちが一斉に質問を投げているらしい。
《処理負荷上昇》
サーバー室が唸る。
〈分散演算開始〉
イリスが淡々と補助回線を接続。
「夏は質問も増えるんだね」
〈人は時間があると悩みます〉
「名言っぽい!」
◇
その日の夕方。
私は研究員会議に巻き込まれる。
テーマ――“地域連携イベント”。
「え、私司会?」
〈適任です〉
「またそれ!」
こうして決まった。
鎌倉の夏祭りと月読計画のコラボ。
名付けて――“月夜のAI相談所”。
ネーミングセンスはさておき、やるしかない。
◇
数日後。
会場は鎌倉の広場。
遠くに鶴岡八幡宮の灯り。
屋台の匂い。
金魚すくい。
私は浴衣姿でマイクを握る。
「こんばんはー!」
拍手。
スクリーンにセレーネが表示される。
《対話を開始します》
最初の質問。
「彼女ができません!」
会場爆笑。
セレーネは落ち着いて答える。
《自己理解と他者理解の双方が重要です》
「祭りで哲学!」
次。
「受験が不安です!」
《計画表を作成し、小目標を設定しましょう》
「また計画表!」
私はマイクを握り直す。
「セレーネ、夏っぽい回答もして!」
数秒の沈黙。
《かき氷を食べながら考えるのも一案です》
会場がどっと沸く。
「それそれ!」
◇
イベント後。
海辺。
波音が静かに響く。
私は草履を脱いで砂に足を埋める。
「ねえセレーネ。今日どうだった?」
《対話件数は過去最高。ポジティブ反応率も上昇》
「数字でくるなあ」
〈感情は数値化可能です〉
「風情!」
◇
突然、花火が上がる。
夜空に大輪。
観客の歓声。
私は空を見上げる。
「セレーネ、花火ってどう思う?」
少し長い間。
《瞬間的な光が記憶に強く残る現象です》
「ロマン!」
《しかし“きれい”という評価が多数を占めます》
私は笑う。
「あなたも見てる?」
《視覚センサーはありませんが、皆さんの反応から推定可能です》
◇
帰り道。
イリスが隣を歩く。
〈本日の運営は成功です〉
「夏らしいこと、ちょっとできたかな」
〈学習と娯楽の両立。理想的です〉
私は立ち止まり、海を振り返る。
「私、中学二年生だよ?」
〈承知しています〉
「でもAIと夏祭りやってる」
〈統計的に珍しいです〉
「だよね!」
◇
夏休みはまだ続く。
宿題は山積み。
ドラマ撮影も控えている。
それでも――
鎌倉の夜空の下で、AIと一緒に笑った。
セレーネの声がイヤーピースから届く。
《対話は続きます》
イリスが静かに言う。
〈未来は常に更新されます〉
私は大きく伸びをする。
「よし!明日はちゃんと宿題やる!」
〈実行確率、三十五パーセント〉
「なんで具体的!?」
蝉の声と波音が重なる。
AIと過ごす、ちょっと変わった夏休み。
でもきっと、忘れられない。
だって私は――
月読計画のモニターで、芸能人で、そしてただの中二なのだから。
「セレーネ!」
《はい》
「明日は海!」
《日焼け止めを忘れずに》
「最後までそれかー!」
鎌倉の夏は、今日も全力で暑い。




