第67話 ドラマ撮影
初夏の東京郊外。
私立星城学園の正門前には、朝六時だというのに大型照明車とロケバスがずらりと並んでいた。門柱に絡む蔦は露を含み、校舎の白壁は朝日を反射して眩しい。そこへ、メガホン片手に現れたのが本作の監督、北条大輔。髪は無造作、目は血走り、だが声はやたら通る。
「よーし諸君! 本日も笑いで世界を救うぞー!」
世界規模。
撮影するのは連続ドラマ《スイッチ・ミー!》。三十代の男性会社員と女子高生の中身が入れ替わる王道コメディだ。だが、王道ほど難しい。リアルな“中身”をどう演じるかが勝負。
三十六歳のエリート部長役は実力派俳優、鷹宮圭介。低音ボイス、端正な顔立ち、ネクタイの結び目まで色気がある。対する女子高生役――わたし。芸能界で活動するマルチタレント、そして現役星城学園二年生。つまり、制服は私物でいける。
ややこしいのは設定だ。わたしが演じるのは「中身が三十六歳の男性になった女子高生」。つまりスカートでおじさん。朝から脳が渋滞している。
◇
第一話の山場は“入れ替わり直後”。校門前でスマホを同時に落とし、謎の光に包まれて――という流れだ。光の演出はCGの予定。予定、のはず。
「本番いきまーす!」
カチンコが鳴る。わたしと鷹宮圭介が正面から歩み寄り、ドンとぶつかる。
「前見て歩けよ!」
と、地声を一段下げて言う。三十六歳感を出すため、昨夜は居酒屋ドキュメンタリーを三時間視聴して研究済みだ。
「え、ちょ、ネイル割れたんだけど!?」
部長の体で乙女全開の鷹宮圭介。妙に可愛い。悔しい。
その瞬間、校門の上にふわりと金色の反射が走る。
スタッフが一斉に上を向く。
「今の、入れた?」
照明チーフが首を横に振る。
違います。たぶんわたしです。
〈感情波動、上昇〉
頭の中でイリスが冷静に告げる。やめて。初日。
◇
教室シーン。二年A組。黒板には《ようこそ転校生》の文字。クラスメイト役の若手俳優たちがわちゃわちゃと座っている。
わたしは机にどっかと腰掛け、腕を組む。
「おい、会議は資料が命だ。プリントは二部ずつ刷れ。」
女子高生の姿で部長の説教。教室、爆笑。
「もっと肘を張って! 中年の貫禄!」と北条大輔。
貫禄って何。
一方、鷹宮圭介は職員室で大人たちを前にモジモジ。
「えっとぉ……部活はキラキラしてるのがいいです……」
渋い顔で上目遣い。破壊力が高い。
笑いが起きるたび、蛍光灯がほんのり明るくなる。やめて。演出と誤解されるのはまだいいが、電気代が怖い。
◇
昼休憩。中庭のベンチでお弁当。
「君、研究してるね。」と鷹宮圭介。
「居酒屋、満員電車、ゴルフ打ちっぱなし。三点セットです。」
「完璧だ。」
彼は紙パックのジュースをストローで飲む。スーツ姿なのに女子高生の仕草。現場の女子スタッフがきゃあきゃあ言う。
「圭介さん、可愛い!」
「やめてくれ。俺は部長だ。」
部長の体で頬を染めるのやめて。
◇
午後は体育館で全校集会。入れ替わった二人がそれぞれの立場でスピーチする。
わたしは壇上でマイクを握る。
「諸君、人生は損益分岐点だ。」
どこの経営学。
エキストラの生徒たちが笑いを堪える。
その瞬間、天井のスポットライトがふわっと輝度を増す。
「今の良い! 奇跡感出た!」と北条大輔。
奇跡じゃない。体質。
〈制御率八十二%〉
微妙。深呼吸。
◇
後日ロケは鎌倉へ。入れ替わりの原因とされる古社でのシーンだ。石段、鳥居、古木。雰囲気は満点。
「ここで叫ぶ。全力で!」と監督。
「元に戻してくれー!」
わたしと鷹宮圭介が同時に叫ぶ。
風が吹く。
葉が舞う。
そして境内が金色に染まる。
スタッフ、凍る。
観光客、拍手。
「すごい演出ですねー!」
違う。
〈制御成功率七十七%〉
下がってる!
わたしは慌てて手を合わせる。
「神様、お願いします、CG扱いで!」
願いが通じたのか、光はゆっくり消えた。
監督が目を輝かせる。
「これだ! 毎回この“光”入れよう!」
毎回!?
プロデューサーがメモを取る。
わたしの負担、右肩上がり。
◇
撮影が進むにつれ、二人の息は合っていく。
わたしはネクタイの締め方や名刺交換の所作を学び、鷹宮圭介はスカートでの階段の上り下りを極めた。
「階段は膝を閉じてだ。」
「部長、詳しすぎます。」
「役作りだ。」
説得力がない。
ある日のテスト撮影では、わたしが会議室でホワイトボードに経営戦略を書き殴るシーン。
熱が入りすぎて、ボードがキラッと光る。
「すごい! 情熱が可視化されてる!」と監督。
違う。
可視化しなくていい。
◇
クランクアップ前夜。
ロケバスの中で窓の外の東京の夜景を見る。
「楽しいね。」と鷹宮圭介。
「はい。大変ですけど。」
「入れ替わるって、相手を理解するってことだろう?」
急に真面目。
「部長も女子高生も、どっちも必死だ。」
わたしはうなずく。
世代も立場も違うけど、笑いの中に本気がある。
その瞬間、窓に映る街灯がふわりと揺らめく。
〈感情安定〉
イリスが珍しく優しい声。
◇
最終日。再び星城学園。
ラストカットは、元に戻った二人が校門で笑い合うシーン。
「もう入れ替わりはごめんだ。」
「でも少しだけ、楽しかった。」
カチンコ。
カット。
拍手。
そして――校門の上に、ほんのりとした金色の光。
監督が親指を立てる。
「最高のエンディングだ!」
たぶん、偶然。
いや、ちょっとだけ、わたしの気持ち。
三十代男性と女子高生。
入れ替わりパニック。
笑いと発光と全力演技。
次はどんな役でも来い。
ただし――常時発光設定だけは、できれば台本に書いておいてほしい。




