カンピージョス国際ピアノコンクール③
スペインでの優勝は、私の想像を遥かに超える波紋を呼んだ。
現地メディアの取材を何とか乗り切り、日本へ帰国するために空港へ降り立ったその瞬間――私は眩暈を覚えた。
「……なに、この人の数」
到着ロビーは報道陣とファンで埋め尽くされていた。
フラッシュが焚かれ、マイクが一斉に向けられる。
「燈由さん!優勝おめでとうございます!」
「ダニエル氏との共演は本決まりですか!?」
「弟子入りの経緯を教えてください!」
容子さんは満面の笑みで私を前に押し出した。
「さぁ、我が事務所の看板娘です♡」
いやいやいや。
私はピアノは趣味だと言ってるのに。
けれどその日の夜、日本のニュース番組やワイドショーは一斉に報じた。
『東洋の真珠、欧州を制す』
『12歳の天才、スペインを震わせる』
『ダニエル・ド・カロが正式に弟子認定』
特に大きく扱ったのは、世界的ピアニスト
ダニエル・ド・カロ
との年一回の共演契約だった。
音楽番組では、彼の代表的演奏映像と共に私の『運命』が流される。
SNSは大荒れだった。
《月光の清楚系じゃなかったの!?》
《運命エグすぎ》
《花魁衣装であの迫力は反則》
《イメチェン大成功では?》
イメチェン、成功した……のかな?
学校ではもっとカオスだった。
「テレビ出てたよね!?」
「スペイン語喋ってた!?何者!?」
「え、弟子入りって留学するの!?」
私はただの音楽隊志望なんだけどなぁ。
一方で、音楽業界の反応はさらに激しかった。
著名な評論家が雑誌でこう書いた。
『秋月燈由の“運命”は、技巧ではなく思想で弾いている』
思想って何。
そんな大層なものは無い。
ただ、私は変わりたかっただけ。
“月光の少女”で終わりたくなかっただけだ。
数日後、事務所に一本の電話が入った。
「……え? 本気ですか?」
容子さんの声が裏返る。
「どこから?」
「アメリカ……ロサンゼルス?」
後日、正式なオファーが届いた。
ハリウッド映画の音楽監修チームが、私の演奏に注目しているという。
制作会社は
ワーナー・ブラザース
傘下のプロジェクト。
監督は
クリストファー・ノーラン
の名前が挙がっているという噂まで出ている。
「燈由ちゃん……これは世界よ、世界!!」
容子さんの目は完全に¥マークだった。
私は天井を見上げた。
……なんでこうなるの?
私はただ、激しい曲も弾けるって証明したかっただけなのに。
ダニエル氏からはすぐに連絡が入った。
『ひより、世界は君を見始めている。だが焦る必要はない。音楽は逃げない』
彼の言葉は不思議と落ち着いた。
だが落ち着かないのは世間の方だった。
音楽学校から特待生の誘い。
海外マスタークラスへの招待。
大手レコード会社からの長期契約打診。
名前が一人歩きしていく。
テレビ番組では特集が組まれた。
『秋月燈由とは何者か?』
幼少期の映像。
初舞台の映像。
月光の演奏。
そして、スペインでの花魁姿の『運命』。
対比演出が露骨だ。
《清楚から情熱へ》
《大和撫子の革命》
私はソファでそれを見ながら呟いた。
「……革命とか言われても困るんだけど」
だが一番変わったのは、音楽関係者の目だった。
今までは“天才少女”。
今は――“次世代の主軸候補”。
重い。
肩が重い。
花魁の髪飾りより重い。
そんなある日、ダニエル氏から直筆の手紙が届いた。
『来年、日本で共演する際は、連弾をやろう。君の“運命”の続きを聴かせてほしい』
続き。
私はまだ途中なんだろうか。
夜、自室でピアノの前に座る。
鍵盤に触れた瞬間、スペインの空気が蘇る。
審査員席で涙を流していた彼の姿。
観客の総立ち。
最後の一音の静寂。
あの瞬間、確かに私は音楽と一体になれた。
――ピアノは趣味。
そう言い続けてきた。
でも。
もしこれが運命なら。
ベートーヴェンの言う“扉を叩く音”が私の人生にも鳴っているのだとしたら。
私はその扉を開けるべきなのかもしれない。
スマホが震える。
容子さんからだ。
「ハリウッド、正式オファー来たわよ♡」
私は額に手を当てた。
「……内容は?」
「テーマ曲の演奏候補。世界配信前提」
世界。
私はまだ12歳だ。
だけど世界は待ってくれないらしい。
窓の外の夜空を見上げる。
スペインで感じたあの高揚。
あの“運命”。
私は小さく息を吐いた。
「……やるしかないか」
こうして東洋の真珠は、日本という殻を越え、
世界という舞台へ足を踏み出すことになった。
――それが祝福か、試練かは、まだ誰も知らない。




