第30話 進級
進級に伴い、将来の夢を真面目に考えるようになった。
これまでは目の前の仕事を全力でこなすだけで精一杯だったけれど、気が付けば私は“選べる側”に立っている。
子役として荒稼ぎし、作曲家としても一定の評価を得て、ピアニストとして国際コンクールの出場も控えている。
——だからこそ、立ち止まる。
小学校卒業と同時に芸能界を引退する。
それが、当初の計画だった。
ピアニスト活動は両親の期待もあるし、自分自身も音楽は嫌いじゃない。けれどそれも一生の職業にするかは分からない。引退という選択肢は常に頭の隅に置いている。
音楽は好きだ。
でも、流行を追いかけて消費される側に回りたいわけではない。
好きな時に、好きな曲を。
《イリス》の色を、趣味として自由に紡げればそれでいい。
第一志望は自衛隊。
第二志望が医師。
第三志望が弁護士。
どれも偏差値が高い。特に第一志望は、防衛大学校を目指すなら国内最難関級だ。
……正直、努力量が桁違いである。
《イリス》を使えば理解速度は上げられる。
集中力も、記憶の定着も補助できる。
でも、それでは“私の力”にならない気がするのだ。
イリスは光を屈折させる力。
近道を示すことは出来る。だが、歩くのは自分の足でなければ意味がない。
だから彼——彼女? まあ、性別不詳の相棒には補助だけしてもらうつもりだ。
となると問題は中学受験。
星城学園中等部か、青山女学院中等部か。
星城はエスカレーター式で大学まで繋がる。偏差値もトップ。
青山女学院は交換留学制度が魅力的だ。イギリスへの道は捨てがたい。
女子校は陰湿な噂も多いが……交換留学は魅力だ。
悩みに悩み、パンフレットを抱えてリビングへ向かった。
◇
——そして。
小学校卒業と同時に引退宣言は、あっさり砕け散った。
「お願い、燈由ちゃん……!」
容子さんの泣き落とし。
しかも私は、新戒監督と“主演映画で綺麗に締める”約束をしていた事を、綺麗さっぱり忘れていた。
自分が悪い。
結果——
高校卒業と同時に引退、という書面契約を交わすことになった。
ずるずる続けるつもりはない。
子役が大人になって成功するのはほんの一握りだ。
映画がこけても私の責任ではない。無いったら無い。
「燈由ちゃんなら芸能界で天下取れるのに……」
おうおう泣くオットセイ。
「高校卒業までに天下取っちゃるから泣かないでよ。」
軽口のつもりだった。
「言質は取ったわよ!!」
ガッツポーズ。
……口は災いの元。
「高校は自衛隊の学校に行くつもりだったんだけどなぁ。」
ぼそり。
「大学の学費まで出すから芸能界に骨を埋めない?」
「嫌よ。私は防衛大に行くんだから!」
自衛隊は、国を守る仕事だ。
警察も迷ったけれど、より広い意味での“防衛”に惹かれた。
「中学は星城学園受験するって本当?」
「本当。芸能科は無いけど、全国模試上位なら出席日数免除があるの。」
ビッグネームとしての私を学校側が欲しがったのも事実だ。
その代わり、音楽部在籍とピアニスト活動継続が条件。
有名子役というより、有名ピアニスト枠だろう。
「シンガーソングライターで天下も夢じゃないわよ?」
「これ以上広げたら器用貧乏だよ。」
「マルチタレント♡」
うふ♡じゃない。
「小学校卒業したらモデル辞めてもいい?」
「moo nonセンター決まってるから駄目!」
いつの間に。
162センチ。年齢の割に高身長になってしまった。
もう子供服ブランドは卒業のはずだったのに。
「勉強時間は絶対確保。ピアニスト中心で。」
これだけは譲らない。
「はいはい。今年は国際コンクールあるし調整大変よ?」
何だかんだで、容子さんは私の味方だ。
◇
夜。
自室の机で問題集を開く。
英語、数学、理科。
《イリス》をほんの少しだけ起動する。
文字が、色に変わる。
英単語は青。
数式は白銀。
歴史年号は琥珀。
理解が早まる。
でも答えは自分で導く。
「……ズルはしない。」
小さく呟く。
芸能界で天下を取る。
防衛大に行く。
資格も取る。
恋愛もしてみたい。
全部欲張り。
でも私は——虹を架ける者だ。
虹は一色ではない。
芸能も、勉強も、音楽も、未来も。
全部まとめて、一本の弧にすればいい。
高校卒業まで、あと数年。
天下を取る約束はしてしまった。
ならば。
《イリス》の光で、芸能界も学業も——
まとめて制覇してやろうじゃないか。
私はペンを握り直した。
未来は、まだ白紙だ。
だからこそ、何色にも染められるのだから。




