第22話 目指せ自衛官
秋月燈由、十一歳。
未来の自衛官候補生――その第一歩は、意外にも地味な計画立案から始まった。
「イリス、最適訓練計画って具体的には?」
自室のベッドに寝転びながら念じる。
『目標:自衛官。必要能力を逆算します』
視界に半透明のウィンドウが展開された。
■基礎体力
■持久力
■瞬発力
■状況判断能力
■集団行動適応力
■ストレス耐性
「わ、ガチだ……」
『芸能活動は対人適応力と精神耐性の向上に有効です。継続を推奨』
なるほど。今の仕事も無駄じゃない。
『不足分野:筋持久力・長距離走能力』
「うっ」
確かに、走るのはあまり好きじゃない。
『明朝よりランニングを開始してください。初期目標3km』
「いきなり!?」
『マスターの現在体力値5902を考慮すれば可能です』
……ステータス頼り、恐るべし。
翌朝。
まだ薄暗い時間に目が覚めた。
「ほんとにやるの、私……」
『継続率向上のため、音楽再生を提案』
イリスがテンポの良いプレイリストを自動構築する。
走り出すと、意外にも身体は軽い。
体力値が高いせいか、息が乱れにくい。
3km完走。
「できた……」
『心拍数正常。回復促進のため軽いストレッチを推奨』
まるで専属トレーナーだ。
数週間後。
ランニングは5kmに伸び、筋トレも日課になった。
芸能のレッスン後でも、イリスが最適負荷を計算してくれる。
さらに――。
「イリス、災害対応の基礎知識を教えて」
『了解。地震・水害・火災時の行動優先順位を表示します』
私は図書館で防災マニュアルを読み込み、自主的に応急手当の本も学習した。
『止血方法を実践してください』
クッションを腕に見立て、包帯の巻き方を反復する。
「なんか本格的になってきた……」
『実践機会が望ましい』
その“実践機会”は、思わぬ形で訪れた。
ある日の撮影帰り。
駅前で人だかりができていた。
「誰か救急車呼んで!」
中年男性が倒れている。
周囲はざわめくだけで、誰も動けない。
――どうする?
胸が高鳴る。
『意識確認を』
イリスの指示が落ち着いている。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
反応が弱い。
『気道確保。呼吸確認』
私は男性の顎を持ち上げる。
『脈拍不安定。救急要請済み(第三者)』
イリスが周囲の会話から状況を解析している。
『横向きにし、体温低下を防いでください』
上着をかける。
数分後、救急車が到着。
隊員が手際よく処置を引き継ぐ。
「ありがとう。助かりました」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
私はただ、イリスの指示に従っただけ。
でも確かに、役に立てた。
帰り道。
「イリス、今の私、ちゃんと動けてた?」
『評価:良好。初動判断速度、平均以上』
ほっと息を吐く。
芸能界でスポットライトを浴びることも好きだ。
歌うのも、演じるのも好き。
でも――。
誰かの命を守る可能性がある行動は、比べものにならないほど重い。
「もっと、ちゃんと力をつけたい」
『戦略提案:学生防災ボランティアへの参加』
「そんなのあるの?」
『存在します。申請条件を満たしています』
イリスの検索能力が光る。
数か月後。
私は地域防災訓練に参加していた。
重い消火器を担ぎ、ホースを引き、負傷者搬送の訓練を行う。
周囲の大人たちが驚く。
「子役の秋月さん? 本気なんだね」
私は笑って答える。
「はい。本気です」
イリスは常に最適な動作角度や力配分を提示してくれる。
無駄がない。
夜、自室でベッドに横たわる。
心地よい疲労。
「イリス」
『はい、マスター』
「自衛官到達確率、今どれくらい?」
短い沈黙。
『59%』
「上がってる」
『継続により更なる上昇が見込まれます』
窓の外には、静かな夜空。
私は拳を握る。
芸能界で培う表現力。
イリスで磨く知識と判断力。
自分で鍛える体力。
全部を積み重ねる。
いつか本当に制服を着て、胸を張って立つ日のために。
秋月燈由は目を閉じる。
その未来を、はっきりと描きながら。




