第18話 虐めが加速する
ドラマ『HURIRU』が放送されると、世間の反応は想像以上だった。
悪役令嬢としての私は、視聴者の神経を逆撫でしたらしい。
SNSもまだ爆発的ではない時代とはいえ、掲示板やワイドショーは連日、私の名前を取り上げた。
――性格が悪そう。
――目が笑っていない。
――あれは地だろう。
泉琳の演技が回を重ねるごとに向上していったことも、皮肉なことに私の評価を“固定”させる材料になった。
「ヒロインを本気で怯えさせている」「裏でいじめているのでは?」
そんな憶測が、事実のように語られる。
テレビでの多少のバッシングはあったが、彼女――宮園春香が動くまでは、仕事に大きな支障はなかった。
私のイメージを大幅にダウンさせた張本人。
自称“私のライバル”。
宮園春香。
彼女はバラエティ番組で、涙ぐみながらこう言ったのだ。
「わ、私……燈由ちゃんに、ずっといじめられてて……」
やられた。
「やられた!あのクソガキっ何てことをしてくれたの!」
マネージャーの氷室容子が机を叩いた。
珍しく取り乱している。
社長も顔を強張らせていた。
「仕事のキャンセルが相次いでるわ。ドラマ一本降板、CM三本キャンセル……痛いわね」
静かな声だが怒気が滲んでいる。
「社長、申し訳ありません」
氷室さんが頭を下げる。
「氷室さんのせいじゃないよ」
私は淡々と口を開いた。
「悪役令嬢をやる以上、多少のイメージダウンは覚悟してた。でも、私を嫌っているMCやコメンテイターがここぞとばかりに煽ってる。そこに宮園さんのデマ。お茶の間は簡単に信じるよ。家も荒らされてるし……芸能界、引退した方が早いかもね」
本音だった。
芸能界に未練はない。
だが社長は即座に否定した。
「燈由ちゃんは悪くない!引退なんてさせないわ!」
力強い言葉。
でも私は冷静だった。
問題は仕事より、家族だ。
連日の嫌がらせ。ポストには脅迫まがいの手紙。自宅前にたむろする見知らぬ大人。
これが三十年後ならネット炎上だろう。
「家も安全じゃないし、父の仕事にも影響が出てる。早急な火消し、出来る?」
社長は不敵に笑った。
「大丈夫。イメージ回復策はあるわ。『HURIRU』の原作者、安生先生が燈由ちゃん専用の二時間ドラマを書いてくれる。それと、宮園春香と、あなたを悪く言った番組関係者をまとめて名誉毀損で提訴するわ。キャンセル企業には違約金請求」
強い。
だが私は首を傾げる。
「宮園さんはともかく、コメンテイターまで訴えたら言論の自由に触れない?」
「子供を守るためよ。遠慮しないわ」
きっぱり。
さらに畳み掛ける。
「家は危ないからマンションを用意する。お父様は東洋株式会社だったわよね?」
「うん」
「取引先に伝手があるわ。守ってもらう」
……権力を翳すスタイル、嫌いじゃない。
こうして私達一家は急遽マンションへ引っ越すことになった。持ち家には防犯カメラを設置し、嫌がらせ達の姿を記録。被害届も提出。
戦う覚悟を決めた。
◆
翌日、学校。
教室に入ると光が真っ先に駆け寄ってきた。
「燈由ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。それにしても、いじめって困るね」
わざとへにょっと笑う。
「宮園さんのデマのせいじゃん!私あの子大嫌い!」
ぷんぷん怒る光。
「だからって宮園さんをいじめちゃ駄目。彼女と同じになってほしくない」
光は唇を尖らせた。
「でも他の子は分かんないよ?みんな燈由に助けられてるし、宮園さんに意地悪されてるから関わりたくないと思う」
事実だった。
宮園春香は、元々クラスで浮いている。
「あの、燈由ちゃん……頑張ってね」
声を掛けてきたのは喜熨斗命ちゃん。
大人しい彼女が声を出すなんて珍しい。
「ありがとう。人の噂も七十五日だよ。もし学校でいじめられてたら自殺してたかもね!」
冗談めかして笑うと。
「自殺なんて絶対駄目!」
命ちゃんが強く言った。
「燈由ちゃんを守るよ!」
可愛い。
心が少し軽くなる。
「燈由ちゃーん!勉強教えてー!」
飯島香織が宿題を振り回しながらやってきた。
「どの教科?」
「英語!私、外国行かないし英語いらない!」
豪語する。
「将来必要になるよ」
私はノートを開いた。
「英語は平叙文・疑問文・命令文・感嘆文を押さえれば簡単。例えば She had been looking for the book. は『彼女は本を探し続けていました』」
周囲が集まる。
「苦手なのは勉強としてしか見てないから。コミュニケーションって思えば楽しいよ」
私はカバンから単語帳を出した。
可愛くデザインされたオリジナル。
「うわぁ♡」
「欲しい!」
「試供品なんだ。感想レポート書いてね」
男の子にはクールなデザイン、女の子には可愛いものを渡す。
「ぷっくりペンで書くと楽しいよ」
文字が膨らむペンを見せると歓声。
「まずヒアリング。洋画を倍速で観ると耳が鍛えられるよ」
授業が始まるまで、私は即席英語教室を開いた。
その時。
宮園春香が教室に入ってきた。
静まり返る。
誰も挨拶しない。
視線すら向けない。
彼女は一瞬、顔を歪めた。
……盛大に嫌われている。
けれど私は、目を逸らさなかった。
戦いはこれからだ。
芸能界でも、学校でも。
私は逃げない。




