第17話 悪役令嬢
テレビドラマで悪役令嬢の役を貰った。
それだけ聞けば華やかな話だが、実際はそう単純ではなかった。
当初、事務所側は猛反対だった。私は清楚華憐な子役として売り出されている。デビュー作『満月の珊瑚』で見せた健気な少女像が世間に強く印象付いている以上、陰湿で苛烈な悪役など“商品価値を下げるだけ”という判断だったのだろう。
だが、この役は方々に打診されながら断られ続けている曰く付きのポジションだった。プロデューサーは焦っていた。
「次の月9で美味しいポジションを用意する。それにギャラは二倍だ」
露骨な条件提示だった。
事務所は沈黙し、最終的に首を縦に振った。
――私は、引き受けた。
理由は単純だ。悪役は美味しい。物語を動かすのは常に“敵”だ。
◆
原作は少女漫画。編入生の主人公と学園のヒーローが恋に落ちる王道ラブロマンス。その障害として立ちはだかるのが、ヒーローの婚約者である悪役令嬢――つまり私だ。
彼女は完璧。容姿端麗、成績優秀、家柄も一流。だが嫉妬深く、プライドが高く、主人公を徹底的に追い詰める。
……問題は設定が高校生なことだった。
「私、小学生なんだけど」
マネージャーに訴えると、あっさりと返ってきた。
「中学生設定に変更になったよ。ヒーローに起用したい子役がいるんだって」
大人の事情、万歳。
こうして私は、中学生の悪役令嬢として現場に立つことになった。
◆
顔合わせを終え、収録初日。
鏡の前に立つ。
中学生の制服。だが着こなしは完璧に。メイクは少し大人びた印象に仕上げる。
歩き方は、モード系モデルを意識したウォーキング。
魅せる歩き方。
悪役令嬢は、ただ意地悪なだけでは駄目だ。女子生徒達の憧れの的でなければならない。
このウォーキングのために、私は事務所に頭を下げ、本場のモデルから特訓を受けた。足の運び、視線の流し方、顎の角度、肩の落とし方。
“威圧”は姿勢から生まれる。
それぞれが位置につき、教室セットに緊張が満ちる。
カチンコが鳴った。
「ねえ、楠木さん。私の婚約者に近付かないで下さい。」
ゆっくりと肩に手を置き、押す。
楠木と呼ばれた少女――泉琳はよろめいたが体勢を立て直した。
「勉君は私の友達です!友達と仲良くして何が悪いんですか!?そうやって勉君を束縛するなんて最低です!」
甲高い声が教室に響く。
……薄い。
私は苛立ちを滲ませながら台詞を吐いた。
「貴女のような庶民が一ノ瀬様のことを下の名前で呼ぶなんて、身の程を知りなさい。」
パーン。
乾いた音。
だが。
「ストップ!ストップ!」
新戒監督の声が飛ぶ。
「泉ちゃん、もっと感情を込めて!いきなり頬を打たれてるんだから呆然とした表情ぐらい出してよ!」
現場の空気が凍る。
泉琳は目をぱちぱちさせた。
「え?でもぉ、そんな急に出来ないですよぉ…」
甘ったるい声。
私は内心で頭を抱える。
新戒監督は演技に厳しい人だ。デビュー作で徹底的に鍛えられた私には分かる。この空気は相当まずい。
主役がスポンサーのごり押しで決まった、という噂は本当らしい。
「…休憩入れよう」
監督は深い溜息を吐いた。
◆
休憩中、私は監督のもとへ向かった。
「新戒監督、お疲れ様です。よくアイドルを起用しましたね。」
「スポンサーの意向だよ。本当に困る」
率直すぎる。
「もう三話まで撮ってますよね?どうですか?」
「……このドラマはぽしゃるな」
絶望が滲む声。
確かに、このままでは崩壊する。
「このままだと、ですよね。ちょっと何とかしてみます」
私は泉のマネージャーに接触し、この後の予定を確認した。幸い、次の仕事は入っていない。
ならば――遠慮はいらない。
◆
再びカチンコ。
同じ台詞。
同じ構図。
だが私は、空気を変えた。
「ねえ、楠木さん。私の婚約者に近付かないで下さい。」
低く、冷たい声音。
彼女の肩を押す。
「勉君は私の友達です!」
その瞬間、私は殺気を込めた視線を叩きつけた。
「貴女のような庶民が一ノ瀬様を下の名前で呼ぶなんて、身の程を知りなさい。」
――バシッ。
今度は手加減しなかった。
本気で打たれた泉琳は、呆然と立ち尽くす。
いい。
その顔だ。
私は扇子で彼女の顎を持ち上げる。
「貴女、目障りなのよ。本当、一ノ瀬様に集る蠅って嫌ね……どうしてくれようか…」
教室の空気が凍る。
アドリブで髪を掴み、耳元で囁く。
「その顔、ぐちゃぐちゃにしてしまえば良いのかしら?」
泉の表情が蒼白に染まる。
恐怖。
本物だ。
「おい!何をしている!?」
一ノ瀬勉の登場。
救われたような視線。
完璧だ。
「カット!」
沈黙の後、監督が声を上げた。
「泉ちゃん良かったよ!その調子!」
泉はぽかんとしている。
◆
私は解熱シートを差し出した。
「叩いてごめんなさい。でも、さっきの演技、本当に良かったですよ。」
「でも、私の実力じゃないし……」
「出来ない人は、あの表情出せません。役の気持ち、伝わってきました。」
私は静かに続ける。
「気持ちを乗せて演じるって、楽しくないですか?」
泉は戸惑いながらも頷いた。
「……ちょっと、分かったかも」
小さな変化。
それでいい。
やがて彼女は、意を決したように頭を下げた。
「燈由ちゃん、演技を教えてほしい。どうしても足を引っ張りたくない」
私は笑った。
「もちろん。泉さん、MV撮ったことありますよね?あの時の“感情を乗せる瞬間”を思い出してみて。カメラの向こうに誰かがいるって想像するだけで、変わります。」
泉はぱっと笑顔を見せた。
その笑顔は、さっきまでの甘ったるさではなく、少しだけ真剣味を帯びていた。
◆
こうしてドラマ『HURIRU』の制作は本格的に動き出した。
私は悪役として全力を尽くす。
視聴者に嫌われる覚悟で。
物語を輝かせるために。
だが、この選択が――
私のイメージを大きく揺るがし、やがて訴訟問題へと発展することになるとは。
この時の私は、まだ知らなかった。
スポットライトの裏側で、既に火種が燻っていたことを。




