第12話 通訳
学校で身体測定をしたら、身長が158cmに伸びていた。
成長期だなぁ、としみじみ思う。私は年齢に反して高身長の部類に入るらしい。
キッズモデルも、あと2cm伸びたら卒業だ。
TEENSやミュンミュンのキッズモデルは160cm未満が採用基準。それ以上になると読者モデル扱いになるらしい。
別にモデルに固執しているわけではないので、仕事が無くなっても問題はない。もともと本業は役者だし、日本拳法やピアノ、日本舞踊もある。やることはいくらでもあるのだ。
先日、イタリア老舗ブランドのスーツCMに出演した際、私を気に入ってくれたデザイナーのマックスマーラ氏からスーツが贈られてきた。
メッセージカードには「将来、あなたが着る本格的なスーツはぜひ私にデザインさせてほしい」と添えられていた。もちろん丁寧にお礼の手紙を書いたのは言うまでもない。
今日は創立記念日で学校が休みだ。
せっかくだから、そのスーツを着てみることにした。
鏡の前に立つ。
うん、大人っぽい。
これ、化粧をしたら大学生に見えるんじゃない?
そう思った瞬間、妙に楽しくなった。
肌に優しいキッズコスメを取り出し、ベースから丁寧に整えていく。シャドウは控えめ、リップは落ち着いた色味。
三十分ほど格闘し、鏡を覗き込む。
……うん、大学生いける。
「お母さん!どう?見違えたでしょ!?」
母に披露すると、
「燈由ちゃん、とっても大人っぽいわ!」
手放しで褒めてくれた。
「小学生でスーツを着る機会なんてほとんどないから新鮮だよ。どうせすぐ身長も伸びるし、今しか着られないかもね」
そう言うと、
「そうね。燈由ちゃんはまだ11歳だもの。成長期はこれからだし、本格的にスーツを着るのはもっと先ね」
母も頷く。
そのとき、家の電話が鳴った。
「もしもし?……お父さん?」
どうやら会社でトラブルがあったらしい。電話を切った母に尋ねると、
「会議で使う資料を家に忘れたみたいなの。ママ、届けに行かなくちゃ」
呆れ半分、心配半分といった顔だ。
「それ、私が行くよ!」
思わず身を乗り出す。
「せっかくスーツ着たのに、見せ場がないんじゃスーツが可哀想でしょ?」
ぱちん、とウィンク。
母はくすりと笑った。
「それはいい考えね。交通費とお小遣いをあげるわ。パパに書類を届けたら、近くの喫茶店でパフェでも食べてきなさい。少しお買い物してもいいわよ」
渡されたのは五千円。
最近ICカードに二万円チャージしたばかりだから、これは純粋なお小遣いだ。大きい。文房具でも買おうかな。
父の書斎から書類を受け取り、私は家を出た。
◇◇◇
カツカツとヒールを鳴らし、颯爽とオフィス街を歩く。
化粧のおかげか、誰も秋月燈由とは気付いていない様子だ。
そのとき、前方で小さな騒ぎが起きていた。
『すみません、場所が分からなくて』
「えっと……何語?英語じゃないよね?」
「あ、交番はどこでしたっけ?」
外国人男性と、困惑する女性二人。
周囲の人は関わり合いになりたくないのか、足早に通り過ぎていく。
今の時代、スマホはまだ普及していない。あるのはせいぜいPHS程度だ。
私は仕事の関係で事務所からPHSを支給されているが、一般的ではない。
私は一歩踏み出した。
『お困りですか?』
男性がぱっと顔を上げる。
『助かった!あなたはイタリア語を話せるんですね。私は英語ができなくて……彼女たちにお礼を伝えてもらえますか?』
『分かりました。日常会話程度ですが』
女性たちに事情を説明し、お礼を伝えると、彼女たちは安心した様子で去っていった。
『私はアルミロ・ヴィオラと言います。四菱商事に行きたいのですが、道が分からなくなってしまって』
『私は秋月燈由です。偶然ですね、私も四菱商事に用事があります。一緒に行きましょう』
こうして並んで歩き出した。
◇◇◇
受付で父を呼び出すと、出てきた父は私の隣のアルミロ氏を見て目を丸くした。
「燈由、この方と知り合いだったのか?」
「道に迷っていたから案内しただけ。これ、資料」
書類を渡す。
するとアルミロ氏が不安そうに私を見る。
『燈由、通訳をお願いできませんか?受付の方がイタリア語を話せないようで』
『分かりました。どなたを呼び出しますか?』
『秋月一史さんです。商談相手で、営業部長だと聞いています』
……それ、うちの父だ。
一瞬フリーズしたが、再起動。
『秋月一史は私の父です。ここにいます。通訳しますので少しお待ちください』
父に事情を説明すると、顔色が変わった。
「通訳が来ていないだって?そんな報告は受けていないぞ……三億の商談だぞ」
どうやら本来の通訳が事故に遭い、代替手配の連絡が社内で止まっていたらしい。
私は小声で言った。
「父さん、このまま私を通訳として使えばいい。今なら大学生に見えるし、父さんが雇ったことにすればいいよ」
「専門用語も出るぞ?」
「言われたことをそのまま正確に伝えるだけなら出来る」
父はしばし迷い、やがて頷いた。
◇◇◇
商談室。
私は父の後ろに立ち、二時間にわたり通訳を務めた。
専門用語はそのまま正確に伝え、確認が必要な箇所は即座に父に問い直す。
途中、アルミロ氏から意見を求められた。
前世で得た知識を総動員し、無難かつ的確に答える。
やがて話はまとまった。
『こんな優秀な通訳がいる会社とぜひ仕事がしたい』
最大級の賛辞をいただき、さらに、
『今夜、一緒に飲みに行きませんか?』
と誘われたが、
『申し訳ありません。私はお酒が飲めませんし、予定もありますので』
丁重に辞退した。
私は小学生だ。
◇◇◇
帰宅後。
父は深々と頭を下げた。
「本当に助かった。今日の礼だ」
そう言って購入してくれたのは、ディスクトップのパソコン。
ずっと欲しかったものだ。
思わぬ形での“アルバイト”。
スーツの見せ場もあり、商談も成功し、パソコンも手に入った。
……悪くない一日だった。




