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政府からの依頼

 辺りはぴんとした緊張感に包まれていた。灯りの消えたオフィス街。高層ビルが立ち並ぶこの区域の周辺には規制線が敷かれ、周囲には黒いスーツを着た男女が幾人も警戒に当たっている。今宵は満月だが、生憎と今は雲に隠れており、それが更に闇を濃くしていた。

 物々しい空気が漂う中、一人の男が上司と思しき男の元へ駆け寄り敬礼した。

「佐々木典補(てんほ)!討伐予定区域の封鎖、完了致しました!現在この周辺には我々神異(しんい)対策庁の人間しかおりません!」

「ああ」

「しかし、本当に良かったのですか?」

「何がだ?」

 そう問い返すと、部下の男は何とも言えない顔でだってと続ける。

「いくら(あや)が関わる案件だからって、わざわざ祓戸家に応援を要請するなんて。彼らの実力は十分知っていますが、ウチの討伐局だけでも十分対応できたんじゃ…」

「その討伐局が危険度の高い案件だと判断したんだ。万が一にも一般人に被害を出すわけにはいかない。気乗りしないのはわかるが、これも仕事だと思って割り切れ」

「は…申し訳ありません」

「佐々木典補(てんほ)!」

 自分とてこの状況を歓迎しているわけではないのだと伝えると、男は渋い顔で謝る。その男の後ろから別の部下が走ってきた。

「お見えになりました!」

「そうか。じゃあ早速…」

「そ、それが…」

 何やら慌てた様子の部下に、佐々木は怪訝そうに眉を(ひそ)める。

「どうした?」

「双子です!」

「何?」

「派遣されてきたのは、忌み子の双子です!」

 その言葉を聞いた周囲の者達からざわっとどよめきが起きる。佐々木も予想外の展開に狼狽えるが、努めて冷静さを取り戻そうと咳払いをした。

「成程。祓戸め、やってくれたな。我々への当てつけのつもりか」

「いかが致しますか?」

「来てしまったものは仕方ない。こうなったら、噂の活躍ぶりをこの目で直接確かめさせてもらおうじゃないか」



「あちらです」

 双子の到着を告げてきた部下に案内され、佐々木は規制線のあるところまで出てきていた。部下が指差す方向には黒い袴姿の人影が二つ、闇に紛れるように立っている。二人とも顔は(うすぎぬ)で隠れているが背格好は全く同じで、唯一の違いといえば片方は長い黒髪を高く結い上げ、もう片方は緩く(うなじ)の辺りで束ねているくらいのものだった。

 こちらの存在に気づいたのか、髪を高く結っている方がすたすたと歩いてくる。そして目の前まで来ると、懐から黒く縁取られた封筒を取り出して見せた。

「要請に応じ参じました。祓戸家の者です。訳あって名は明かせませんので、御前とお呼びください。あちらは影前と」

 手にしているのは、確かにこちらが出した討伐応援要請の文である。佐々木は一回り以上違うであろう少女を前に敬礼をした。

「庶務局地域安全課所属、佐々木と申します。お二人のご活躍についてはかねがね。本日はよろしくお願い致します」

()()、ね」

 不意に御前と名乗った人物が後ろに視線を投げたような気配を感じた佐々木。意味ありげに繰り返された言葉を訝りながら視線の先にいた影前に目を向けると、こちらにはそっと顔を背けられた。

「?」

「概要は伺っていますが、現在の状況を含め詳細を聞かせて頂けますか?できれば手短に」

「は、はい」

 極めて事務的に話す相手に戸惑いながらも、佐々木は持っていたタブレット端末を操作し画面を見せて話し始める。

「この辺り一帯は東京でも有数のオフィス街なのですが、二ヶ月ほど前からこの区域の企業に勤める会社員の中から未遂を含め自殺者が急増しているとの事で厚労省から神異対策庁へ調査依頼が入りました。調査の結果、ここに迷い込んだ複数の霊がこの区域に充満していた負のオーラに当てられ(りょう)となり、凶暴化した事で一般人へ悪影響が出たものと判断されました」

「人が多く集まる場所には、それだけ負の感情も漂いやすいもの。要するにこの辺の会社は軒並みブラック企業って事ね」

「は、はぁ」

 端末に表示されたデータを見ながら話を聞いていた御前は、馬鹿にしたようにはっと鼻を鳴らす。噂ではまだ成人したばかりだと聞いているが、随分捻くれているなぁと思いながら佐々木は説明を続ける。

「当初はこの辺りを管轄する討伐局の構成員が担当する予定だったのですが、討伐前調査の段階で当該の(りょう)が一つに纏まり(あや)へ進化している事が確認された為、本件を第一級案件と認定、祓戸家への応援要請へ至りました。現在、該当区域半径一キロ圏内をガス事故を名目に封鎖。内部にいるのは全員討伐局と庶務局の人間です」

「ですって。それじゃ、頼んだわよ」

 説明を聞き終えるなり、御前はただそれだけ言うと真っ直ぐに街の中心へ歩いていく。

「え、え?」

 訳がわからずぽかんとする佐々木だったが、ふと感じた違和感に後ろを振り返る。

「綾なす光よ、光を結び盾と成れ。守星、房宿(そい)

 それまで一言も発さなかった影前が静かな声で口上を唱えたかと思うと、銀色の光が規制線にぴったりと沿う形で伸びていき、みるみる内に街をすっぽりと覆いつくすドームが出来上がる。

「な、なん…」

 あまりの出来事に、佐々木だけでなく他の者達も度肝を抜かれたようにざわつく。それだけではない。まるで追い立てられるように空に(あや)が姿を現したが、次の瞬間には高層ビルの屋上から飛び出した巨大な虎のような影によって祓われてしまった。

 まさに一瞬の出来事。討伐局がサポートに入るまでもない鮮やかな妖祓い。唖然とする一同に、影前は「お疲れ様でした」と頭を下げた。



「政府の依頼を受けたのは初めてだけど、正直期待外れだったわ」

 迎えの車を待つ間、和梧はつまらなさそうにスマホを弄っていた。その姿を不思議そうに見つめながら、仁梧が尋ねる。

「何をしているの?」

「討伐報告書を作ってるのよ。いつも書いてるものと違ってデジタルで管理してるから、データで提出してくれって言われたの。最初は面倒だと思ったけど、慣れればこっちの方がいいかもね。ウチでも導入してくれないかしら」

「でじ…?」

 首を傾げる仁梧に、独り言だから気にするなと一刀両断する。

「内閣府直属の超常現象、妖対策を担う公的機関神異対策庁。構成員はほとんどが異能持ちだって聞いていたけど、あんな(あや)も碌に対処できないなんてね。国家公務員が聞いて呆れるわ」

「だけど、私が結界を張った時にはもう(あや)の妖気に当てられた(もう)(りょう)もほとんどいなかったわ。きっと私達が来る前に祓ってくれていたのよ…私の出番なんて必要ないくらいに」

 落ち込んだ声で肩を落とす仁梧に、和梧はイラッとスマホを操作する手を止める。

「それが何?異能持ちなら、それくらい特別珍しくもないわよ」

「そういうもの、なの?」

「そういうものよ。仁梧は妖祓い以外で家を出る事がないから知らないだろうけど」

 ちくりと棘のある事を言われ、仁梧は黙り込む。(うすぎぬ)があって良かったと思う。沈んだ顔を見せれば、また和梧を怒らせてしまっただろう。

 そのまま二人の間には沈黙が続き、後始末に追われる神異対策庁の者達の声だけがあちこちで聞こえる。そんな中で一人、彼女達をじっと見つめる人物がいた。

「ふーん。あれが噂の双子、ねぇ…面白いな」

 その時、風に吹かれて雲が流れ月が姿を現す。銀色の光に照らされ、声の主のスーツに縫いつけられた灰色の肩章が怪しく浮かび上がった。

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